第420話

 空中に留まっていたニーナ達の斜め上方に突如転移で現れた魔物の群れ。その中心に向けて即座に放たれたフェンリルの火焔で、敵の勢いは一旦は削がれるかに見えたが意外なほどに回避の飛行は素早く、そしてこの敵はとにかく数が多い。


 俺はそんな状況のニーナ達のほぼ真上に転移した。


 目敏く気付いていてチラッと俺の方を見上げたニーナは、フッと笑みを浮かべた直後には敵に向けて構えていた両手のショットガンの引き鉄を引いた。

 ニーナとほぼ同時に、ステラもショットガンを撃つ。

 更に二人の射撃とタイミングを合わせてフェンリルも新たな魔法を放った。

 それは、この灰銀の半精霊の伝承にも記されている氷の撃針アイスダムバレット

 時折エリーゼが使用する氷魔法の矢に似ているがあれよりも小さく、雷撃に匹敵する超高速で飛ぶ細い弾丸状の氷の礫が、これもまた散弾のように放たれた。


 こうしてあっという間に形成された容赦のない弾幕で、上空から押し寄せた無数の敵がバラバラと撃ち落とされていく。


 鑑定で見えているこいつらの名はピルスバット。グール同様、俺達にとっては未知の魔物だ。赤みを帯びた黒に近い灰色の姿形は間違いなくコウモリの様相。その魔物の一種なのだろう。一つ一つの頭から脚先までは小型犬ほどの体躯で、日本で見たことがあるコウモリと比べるとかなりデカい。しかし、その体重をしっかり支える大きく広がる翼手を使って自在に空を飛び回ることが出来ている。

 そして、どうやら攻防両方の為の風魔法を纏わせているバットの翼手は、そこらの鋭利な刃物よりも切れ味は鋭そうだ。襲い掛かるスピードとその切れ味で相手を斬り刻むことがこいつらの主な攻撃手段なのだと、俺は推察した。


 空からの激流となって押し寄せ始めたバットは数で圧倒できると信じ切っているように、愚直に持てる総力を単純な突撃という形で真っ直ぐぶつけてくる。

 弾幕が途切れれば、あるいはその思惑通りに数で圧倒してこちらを斬り刻み、奴らは勝利に酔いしれることが出来たかもしれない。

 しかし、こちらの弾幕は全く途切れることはなく。

 すぐにニーナ達の応戦、迎撃に加わった俺も、自前の雷撃散弾とショットガンで、数えきれないほどの大量のバットを次々と葬っていった。


 フェンリルの火焔に対してはある程度回避できていたバットも、氷の撃針と雷撃の速度には全くと言っていいほどに反応できていない。氷の撃針は雷撃散弾と同等以上の威力だ。小さな氷の弾丸は掠めただけでも瞬時に爆発的な破壊力を発揮してバットの身体をズタズタにしてしまっている。


 このフェンリルの魔法を構成している属性は、水と土と風。

 解明できない部分が多い構成だが、俺は効率の良さに素直に感心している。

「もしかして、瞬時に気化させているのか…? 水って確か、気化すると体積は千倍以上に膨れ上がるんだったっけ…」


 そんなことを考えて独り言を呟いているうちに、真正面に集中していた敵の圧力が弱まってくる。後続が次々と押し寄せる状況に変化は無いものの、当初は闇雲な突撃だけだった戦い方に少しずつ変化が出てきたせいだ。単純に最短コースを突進してくるのではなく横に回り込む動きをとる個体が増えて分散、散開して包囲しようという意図は明らか。

 敵の変化に応ずるように弾幕の範囲を広げることと飛行を妨げるニーナの重力障壁で俺達は対処していくが、一点集中の圧力は弱まったとはいえ終わりが見えない。


 こうしたキリがない状況だが、取り敢えずは当初より少し余裕が出来た俺は、迎撃の手は緩めずにニーナ達の方に高度を下げて近付いた。


「シュンおかえり。いいタイミングで戻って来たね」

 と、ニーナがニヤニヤと笑いながら大声でそんなことを言う。

 ニーナは同時に風魔法もキャストしていてしっかり騒音対策もしているが、今は三人分の射撃音が続いているので、やはり大声じゃないと互いの耳には届きづらい。


「おかえり、無事で良かったよ」

 変わらず弾幕は張りながらも、手数の半分は弾幕と障壁を掻い潜った敵を撃ち落とす役回りに転じているステラもニッコリ微笑んでいて、俺は二人に笑顔を返した。


「あー、取り敢えずただいま…。てか、そんなことよりこいつらをどうにかしないとな。キリがない」


 おっしゃる通りです。とでも言いたげな仕草でニーナはうんうんと頷く。

「多分だけど、あそこに現れた転移陣がまだ開きっぱなしだからだよね? あれをどうにかしないとって、今ステラとも話してたとこよ」

 そう言ったニーナの目の前には、結構威力が高めの爆弾が三つ既に浮かんでいて、ここが地上ではなく空中だからだろう。森を傷つける心配など無いとばかりに、今すぐにでも投擲する気満々の気配が漂っている。


 だが俺は、それに待ったを掛けた。

「ニーナ、その爆弾はちょっと待って。転移元がどこなのか確かめたいし、もしかしたら術者が近くに居るかもしれない」


 少し考えるような顔を見せたニーナはすぐに答えを返してきた。

「……オッケー。いきなり吹き飛ばしたら、手掛かりも消してしまうってことね」


「そういうこと。まずは、こいつでどうなるか見てみよう」


 俺がそう言って収納から取り出したのは、ニーナが用意していた爆弾よりも大きな爆弾だ。但し、光爆弾。とっておきのスペシャルバージョン。



 ◇◇◇



 俺自身を起点としてこの場の全員を含んだ領域を守護する光の障壁を張り、狙いを定めて投擲した特別な光爆弾は、敵の転移の出現ポイントの少し手前で起爆した。


 レベル11の光爆弾は、効果範囲に存在する闇魔法のことごとくを無効化してしまう術式破壊の効力を持つ。

 今回の特別な一品はドレマラークの魔石を使用した超大型の光爆弾で、可能な限りの最大効力を発揮する設定の他、余裕がある魔力のおかげで更に光の侵食を追加しているもの。侵食の作用対象は、生体反応がある魔物の体内に在る魔石・魔核だ。

 そして教訓に基づいたこの手の爆弾を使う際の必須の前提として、自らの闇魔法への影響を防ぐ為の光の障壁を事前に領域展開して術式破壊の効力を相殺している。


 キィィーンッッ……


 と、耳を突き刺してくるような音が一瞬だけ脳内に響き、俺達にとっては歴代最高の光量と言っても過言ではない強烈な光が迸った。


 想定と最大の振れ幅の予想をも大きく上回る光量は、防眩効果のある首飾りを着けていても思わず目を閉じてしまいたくなる程で、流石にこれはやりすぎだったかと一瞬思うが、俺のそんな憂いを掻き消したのはニーナの歓声だった。


「凄いっ! コウモリが皆、落ちて行ってる!」


 光が迸った直後から、一斉にパラパラと自然落下を始めた無数のバット達。

 見えている限りでは、飛び続けている個体は一匹も居ない。

 迎撃を行う必要は無くなって、ショットガンもフェンリルの魔法も止まって静かになったこの場に、ニーナの声はよく通った。


 ステラは、やはり真祖の能力のおかげでニーナよりも詳細にこの状況が見えていて少し冷静な口調。

「この数が、全て瞬殺された…?」

 そう言って俺の方に向き直ると、いろいろと問い質したそうな視線を送って来る。


 ピルスバット。槍のようなコウモリと形容されたこの呼び名は、おそらくは一気に目標へ向けて突き進んでいく攻撃スタイルの故なのだろう。一斉に落ちて行くそのバット達に一切の外傷は無く、突然生命活動が止まった状態だ。

 ステラはその様子が、肉眼だけではなく別の特殊な視覚とスキル的な感知でも良く見えているということ。


 俺はニーナとステラに、何かしら説明したり言葉を返したいと思ってはいるが、今最も優先すべきことに集中していた。


 ニーナが転移陣と言い表した敵の転移出現ポイントは、ピルスバットの出現が始まってからずっと今もまだ維持され続けている。

 固定された二点間の空間転移ではなく、予約されていない転移先を魔法発動時に動的に定めてこれだけ長くそれが維持されているということは、言い換えれば、術者が制御を手放していないことを意味している。

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