第402話 ファーヴド・エルフ
その後、食事を済ませたフェルが早々にテントの中で横になってしまってからは、いつものようにレヴァンテと周囲の警戒をしながらポツリポツリと話をしたり、それぞれ手に持った本を読んだりと、そんな風に過ごしていた。
この日もずっと並列思考を同じ物の解析ばかりにフル稼働させた反動だろうか。
なんとなく頭を別のことに使ってリフレッシュしたい気持ちが大きくなっていた俺は、鑑定で見て以来気掛かりだったロニエールの種族名『ファーヴド・エルフ』について、少し考察を進めてみることを思い付く。
ちなみに、自分の脳内書庫は既に検索済みだが、関連してそうなことは何も引っ張り出せていない。
俺はテーブルの上に置いた遮音結界魔道具の効果と魔力残量に問題ないことを確認してしまうと、レヴァンテに問い掛けた。
「レヴァンテ。知ってたら教えて欲しいんだが、ファーヴド・エルフという種族名に心当たりはあるか?」
レヴァンテは虚を突かれたような表情は一瞬だけで、
「ファーヴド・エルフですか…。ファーヴド…」
と、そう呟き黙ってしまう。
しかし、彼女が視線を落としたまま考え込んだ時間はそれほど長いものでは無かった。
レヴァンテは顔を上げると、鋭さが増した眼つきで俺を真っ直ぐに見つめてくる。
「……ファーヴド・エルフという
「ファーヴニル…」
「ファフニールと言った方が、エルフにもヒューマンにも馴染みが深いかもしれません。決して多くはありませんが、残されているその者の伝承ではそちらの呼び方で語られている場合がほとんどだと思いますから…。ファーヴニルとは、最初の竜人と称された者の名です」
思いもよらなかった竜人という単語が耳に飛び込んできたことで驚いている俺は、すぐに再びの並列思考フル稼働。
そして脳内に在った関連していそうな言葉を口にする。
「竜人と言えば、ドラゴニュートと呼ばれた竜人種が居た伝説ぐらいしか俺は知らない。そのファーヴニルが最初の竜人だとしたら、そいつはドラゴニュートの始祖のような存在なのか?」
俺のこの質問に、レヴァンテはまず微笑で応えてから首を横に振り、ファーヴニルはヒューマンに、ドラゴニュートは獣人種に近い存在だと言った。
「ふむ…。ドラゴニュートのことも詳しく訊きたい気がするが…。でも先にファーヴド、ファーヴニルについて話せることがあれば教えて貰えるか?」
「ええ。魔王様が存命だった時代でも伝説的なことでしたし、禁則事項に該当しそうなことはそう多くはないでしょうから、お話しできると思います」
俺は黙ったまま、レヴァンテから続けられる言葉を待った。
テーブルに肘を付いて前のめり加減の俺に近付くように、レヴァンテも背筋を伸ばして俺の方に僅かに身を寄せる体勢になると、最低限に抑えた声量で話し始めた。
「まずは、ファーヴニルが竜人と称されたその理由からですね…。ファーヴニルはドラゴニュートと違って外見はヒューマンの姿だったそうです。しかし、時にドラゴンに変身することがあったと言われ、そこから竜人と称されるようになりました…。
ファーヴニルは世界の出来事に積極的に関わることはないものの、神の摂理に著しく反することが起きた場合にはその力を行使したとされています。そのような振る舞いから、この世界の創成期における観測者であり裁定者、神の力の代行者と呼ばれたりと、そういう存在だったと伝えられています…。
魔王様は、ファーヴニルがドラゴンに変身できたという一節にはかなり疑念を感じておられました。しかし、それはさて置きファーヴニルは創造神がこの世界に呼んだ使徒だったのではないか。創造神の意思の守り手としての役割を与えられていたのではないかと、そうおっしゃったことがあります…」
最後の部分は禁則事項ギリギリの線だろうと、そんな気がしたレヴァンテの言葉。
推測とは言え、魔王は最初の竜人と称された者のことを、
「シュンさん、ファーヴニルはドラゴンのブレスに匹敵する魔法と大規模な精霊魔法を行使できたと思われます。これは魔王様だけではなくラピスティも同じ結論に至ったことなのですが…。シュンさんもご存知のように伝承には誇張や歪曲された表現がそれなりに含まれる傾向があります。そうしたことを割り引いても、ファーヴニルはそれらの魔法を行使したと解釈すべき内容が散見されるからですね」
俺は魔王とラピスティが推測したこと、言いたいことが何なのか。理解できたような気がする。
「あー…、うん。解るよ。ドラゴンに変身できたなんていう言い伝えは、力の強大さを表現した比喩でしか無く。ファーヴニルはドラゴン・ブレス級の攻撃魔法や精霊魔法が使えた
「はい、シュンさん。その通りです」
「ふむ…、納得だし俺も同意だよ。今聞いた話だと、そう考えるのが自然だと思う」
それからは『ファーヴド』の方へと話題を変えるべく、ファーヴド・エルフという種族名はロニエールを鑑定して見えたものだと説明すると、レヴァンテは種族名にまでその呼び名が反映されている例はやはり知らないと言う。
「……ファーヴニルの子孫の中でもその資質を色濃く受け継いだ者の、あくまでも呼び名・二つ名のようなものだったはずですが、もしかすると公に認知されていなかっただけで、そう呼ばれた者達の種族名にはロニエール女史と同じく『ファーヴド』という属性が刻まれていたのかもしれませんね」
「そうだな。生まれつき先天的にそうなのか、進化して発現したものなのか…。おそらく進化に伴うことのような気がするが…」
と、俺がそう応じると、レヴァンテは同意の頷きを俺に示した…。
◇◇◇
事態が動いたのは、レヴァンテとそんな話をした翌日の午後。
相変わらず収容所の中で解析を続けながら、少しずつ確認テストのようなことを始めていた俺の元に、ロニエールがやって来た。
「シュン殿、神官達の動向が掴めました」
それで…? と視線だけで続きを促した俺は、ロニエールの顔にどこか話し辛そうな苦渋の色が浮かんでいることを悟る。
「もしかして、敵はこっちが想定していた以上の戦力なのか?」
俺がそう尋ねると、ロニエールはその表情に浮かぶ苦渋の色を更に色濃く見せた。
「……はい。実はそうなのです。重装の神殿騎士が約30名、エルフ軍兵士約50名という一団で、到着まであと一日半の距離に迫っています」
情報を吐かせる為に尋問の対象としたこの砦の指揮官達も、神殿の本隊がそんな勢力で来ることは知らされていなかったようだとロニエールは付け加えた。
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