第401話

 収容所の入り口脇にある兵士の詰所。

 その部屋のテーブル席に全員が付いてしまうと、ロニエールは尋問で得た情報を話し始めた。

 まずは目下の最大の懸案事項から。

 収容所の半地下部分で行われているのは、やはり魔法実験のようなものだということ。それは囚われた人々の現状が示す通り、人の身体を使った人体実験という話だ。


 多くの人に強制的に相互魔力循環を行わせることで、大量のマナが循環する場を生成し、どうやらそのマナを結晶化させようとしているらしい。


 それを実行している収容所の半地下部分の仕掛けは神殿から派遣された神官によって設置されたもので、砦の指揮官含め兵士の誰一人としてこの仕組みの詳細について説明できる者は居ない。

 ただ軍の上層からの指示に従って神殿の手伝いをしていただけ。というのが彼らの言い分のようだ。

 そして肝心のその神官の姿は無く、砦から消えてしまっている。


「どうやら昨夜の我々の襲撃が始まって間もなく、砦を脱出したようです」

 苦々しげにそう言ったロニエールは、既に周辺に捜索隊を複数出したということを言い添えた。


「ねえシュン…。そもそもなんだけど、マナの結晶化なんてそんなこと出来るの?」

 隣からそう小声で尋ねて来たフェルに俺は答える。

「普通に考えれば無理。お前も知ってるように、体外に出たマナは保有者の制御が無くなればすぐに単なる魔素になってしまう。結晶化と言ってるのは、制御が外れてもマナとして存在させ続けるとか、そんな意味合いでの言葉だと思うんだが…。もし本当にそれが実現できたら、俺達にとっては全くの未知の物質だ。高性能な魔力源に出来そうだという他にどんな特徴を持ってるのか今の時点では想像もつかない」

 と、俺が言うとフェルは眉をひそめ口を尖らせて忌々しさを表した。

「効率のいい魔力源を作る為に、こんな酷いことしてるの?」


 フェル同様に俺も思わず悪態を吐きたい気分になりながら、首を横に振った。

「いや、そう単純な話じゃないと思う…。いくら高性能だと言ってもたかが魔力源の為だけだとしたら、非道なうえにこんな手間をかけてる理由としては弱すぎる。マナの結晶は、その先の別の目的を果たすために必要なものなんだろう」


 フェルが今度は首を傾げて考え込むと、代わりにレヴァンテがやはり苦々しさでいっぱいの表情で俺に視線を向けてきた。

「私も同感です。ここで行っていることとは別に何か大きな企みがあると考えた方が良さそうですね」

「ああ、おそらくそんな感じで間違いないと思ってるよ。なんにせよ、仕掛け人の神官を捕まえて、一体どういうつもりなのか全部吐かせるしかないかもな。もちろん俺も解析は続けるつもりだけど」


 詰所に入室してロニエールが話し始めた時からここまで、ずっと静かに話に耳を傾けていただけのジェスが、少し身を乗り出すように俺の方に向き直った。

「シュン、今言ってる話の流れに沿うことなんだが…。あと五日後ぐらいに、神殿から別の神官がここに来る予定になっているらしい。先に来ていた神官と指揮官は、その予定に間に合わせる為に、里の民の拉致と今行われている妙な仕掛けの発動を急いだみたいだ。後から来るそいつらこそが神殿の奴らの本隊なんだろうとみている。逃亡している神官がそいつらと合流してしまうと面倒だが…」


「てことは、ここの兵士達を武装解除して西に追っ払うという話はますます無しだな」

「そう。この砦の建物の中に全員閉じ込めておこうと考えてる。民からの襲撃はあったが砦は無事だという体を装うことにした」



 その後まもなく。ロニエールの指示で、これからやって来る予定の二人目の神官の動向を掴むべく別に偵察隊が編成されて街道を西に向かった。


 俺達三人は収容所の隣にテントを張ってそこを落ち着く場所と定め、俺は半地下部分の仕掛けの更なる調査と囚われている人々の状態を見続けながら、フェルとレヴァンテはジェスを手伝う形で砦内と周辺の見張りなどなど。そうして、遅からず偵察隊が持ち帰ってくれるはずの情報を待つことにした…。



 ◇◇◇



 そんなことがあった翌々日。

 すっかり日が暮れた時分になって、テントの前に置いた長椅子で寝そべっている俺の元にレヴァンテとフェルが戻ってきた。


「シュンさん。ただいま戻りました」

「ただいまシュン。ごめんなさい、遅くなっちゃった…」

「ん、おかえり。結構遠くまで行ってたみたいだな」


 レヴァンテはテーブルの上にカップを三つ並べると、続けてお茶が入ったポットを出した。

「フェル、寛げるお茶をどうぞ。シュンさんもよろしければ…」


 ありがとう…。と、椅子に座ってレヴァンテに微笑んだフェルの肩の上からモルヴィがぴょんと飛び降りてくる。

 フェルはテーブルの上で丸まったモルヴィにクリーン魔法を掛けてしまうと、優しく毛並みを整えるように撫で始めた。


「今日は北の森に行ってたんだけど。ジェスがヒューマンの兵士が近付いてるって言うから、皆で様子を探りに行くことにしたんだよ。木の密度が濃いとこを二時間以上かけて」

「んん? もしかして交戦したのか?」

「いやいや…、近いって言われたから私も最初は覚悟はしてたの。でも、それジェスの遠隔視で見て普段より近いって意味だった。アイツ本当に人騒がせ。結局、目視できる距離に近付く前にヒューマン達はこっちに気が付くことも無く方向転換して北東の方に戻って行ったよ」

 フェルはそう言って笑いながらお茶が入ったカップを口元に寄せた。

 そして、一口喉を潤すと言葉を続ける。

「にしても、ヒューマンの偵察部隊が昔より近くに来るようになってるのは間違いないみたいで、ジェスの里の民も時々遭遇してるらしいよ。でも最近はこっちが民間人だと分かるとヒューマンの兵士達は遠ざかっていくんだってさ」


「ほう…。そうなのか」

「うん。兵同士だと小競り合いは時々はあるみたい。で、以前は里の民と戦闘になったこともあったらしいんだけど、ここ最近はエルフの民間人との交戦は避けてる雰囲気だって、今日一緒に森に行った人達がそう言ってた」


「そうか…。リンシアの記憶を見た時、アレックスがそんな様子だったんだ。軍同士は仕方ないとしてもエルフの民間人とは戦いたくないっていう、そんな会話も交わされてたよ」

「うん。アレックスだけじゃなく他の前線の兵士達もそうなんだろうね」


「お互いにそれほど敵視してる訳じゃないなら、注意すべきはエルフよりやっぱり森の魔物ということになるのか…。今日はどうだった?」

「今日進んだぐらい森の奥に行くと、さすがに魔物は少し多いかなって感じ。ジェスはこの先はもっと多い所が在るって言ってた。そんな所で野営なんてしてたら寝る暇はないかも」

「持久戦になれば、何日もは持たないってか」

「そうだね。エルフの里の近くだったら魔物は割とマメに駆除してるみたいだから。いっそこっちに進んできた方がイイよ」

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