第403話

 俺は、ロニエールが語る話の中で『神殿騎士』という単語に特別な重みが置かれていることを察した。それこそが彼女の目下の最大の関心事なのだと。

 このロニエールの表情と言葉の端々から滲み出ている大きな懸念と焦燥が示している神殿騎士の脅威とは、いったいどれほどのものなのだろう…。


 俺達の本来の時代である現代において『神殿騎士』という名の武装集団は、神殿勢力の衰退と共に数を減らし続け、結局は消滅したということになっている。この世界最後の神殿と目されている現代のアルウェン神殿にも、そんな武装集団は居ない。

 記述が残されている文献を読み解いた限りでは、魔法を得意とした魔剣士集団であったのだろうというのが俺の印象だ。これは通常の魔法のみならず、おそらくは身体強化系魔法の類にも長けていたのではないか。と、そんなことも感じている。


「ロニエール…。その神殿騎士について、もう少し詳しく教えて貰えるか?」

 そう尋ねた俺にロニエールはすぐに応じ、説明してくれた。


 ……神殿騎士。


 神殿に所属する武人の彼らは、武術のみならず魔法にも秀でた集団であること。

 そして『重装の…』という但し書きが付け加えられた状態は、更に魔法・物理両面における防御性能が格段に向上している状態だという。

 攻撃面では高位の土魔法が付与された魔法剣を用いて容易く敵の武器・防具を破壊してしまうことが可能で、戦闘時の更なる優位性を確保する。


「強固な魔法・物理両方の防御と圧倒的な攻撃力を持った武装集団です。加えて神殿への忠誠心が高く献身的な者達ばかりで、決して戦意を失うことは無いと…」

「遠距離でやるのは難しく、その上、近接戦闘でも分が悪いってことか…」


「……今この砦に居る私達全員が決死の覚悟で挑んでも、神殿騎士が10名も居たら、おそらく敵いません。シュン殿…。情けない話ですが、30名の神殿騎士に対して我々はあまりにも無力です。どうか、もう一度手助けして貰えないでしょうか」


 ロニエールは、そもそも彼女達には縁もゆかりもない門外漢である俺達へこれ以上の更なる助力を願うことには、かなりの申し訳なさと引け目を覚えていたのだろう。

 だがこうして俺と話しているうちに、他に選択肢はないと決心を固めることが出来たのか。ロニエールは、改まった面持ちでそう言うと俺に向けて深く頭を下げた…。



 ◇◇◇



 さて、日は替わり、シュンとロニエールがそんな言葉を交わした翌日。

 もう夕方と言って良いほどに日が傾いた時分のこと。


 そろそろ、偵察で判明済みの神殿騎士を始めとした新たな敵勢力がやって来る頃合いなのは、砦で待ち構える形になった全員が理解している。


 エルフ達の緊張が高まる中、フェルは収容所内に籠り続けているシュンとは別行動で、レヴァンテとモルヴィと連れだって砦の壁に沿って歩きながら外の探査・警戒をしていた。

 その二人と一匹が砦をほとんどまる一周してしまう程に歩いた頃、フェル達を探して駆け付けてきたロニエールの部下から報告を聴くと、二人は大急ぎで走って砦の中に戻り西門に接する物見やぐらに昇った。


 そこで見張りをしているエルフが二人に指し示したのは、この砦に繋がる街道の遥か遠くに小さく見えている集団の姿だった。

 すぐにフェルは収納から光学式の双眼鏡を取り出して目を凝らした。

 視界が拡大されたことでよりハッキリと彼女の目に映ってきたのは、暗い赤褐色という色合いもその意匠もエルフ兵の物とは明らかに異なる鎧・兜などの重装備を纏った騎乗の者達の隊列と、黒塗りの馬車が二台。


 程なく、ジェスがフェル達に続いて同じ物見やぐらに上がってきた。

 フェルは、隣に来たジェスが放っているピリピリした緊張の尖りを感じつつ、双眼鏡を当てたままの姿勢で少し首を傾げると、誰に問うということも無く呟いた。


「……んー、なんか聞いてた話より人数少なくない?」

 ミュー…

 と、フェルの肩に載ったモルヴィが主人の言葉に同意するように小さく鳴き声を漏らすと、続けてレヴァンテもフェルに応じる。

「フェル、私に見えているのは騎乗の15人と馬車二台にそれぞれ6人と7人です」

「てことは28人…。もしかして神殿騎士だけが先行して来たのかな? ジェス、あの変な色の独特な装備の人達が神殿騎士ってことで間違いない?」


 そうやって普段と変わらない調子で言葉を交わしているフェルとレヴァンテのおかげか、少し冷静さを取り戻せた様子に変わったジェスも首を傾げた。

「ん? ああ、そうだ…。あれは神の加護を具現化したと言われている神殿騎士の武装…。確かにフェルが言うようにエルフ軍とは別行動のようだな。エルフ軍の姿はどこにも見当たらない…」



 その後、すぐに神殿騎士の集団が間もなく到着することが砦内に改めて周知され、打ち合わせていた通りに西門の内側周辺と物見やぐらにエルフ達が配置された。

 そしてこれも事前に決めていた通りにジェスとフェル、レヴァンテの三人がまだ閉ざされたままの西門の内側に立った。


「シュンは…?」

 そう尋ねてきたジェスには、今の状況の報告がてら収容所に様子を見に行ってきたばかりのフェルがニッコリ微笑んで応じた。

「もう少しだ、って言ってた。だから取り敢えず私達は時間稼ぎだよ」


 ジェスは眉をひそめてフェルを見返しながら尋ねる。

「フェル…? それは、もう少しであそこの皆を解放できるということでいいんだよな?」

「あ、うん…。詳しいことは分かんないけど、シュンはあの仕掛けに少しずつ介入して行ってるらしくて、そんなこんなが完了すれば囚われてる人たちは解放できるはずだって。そんな言い方だったからね」

 そう応じたフェルと、そもそもの問いの声を発したジェスの両方に視線を配りながら、レヴァンテが補足の説明を始めた。

「……マナが想定量に達すれば、あそこで行われている魔力循環は自ずと停止ソフトランディングするようになっていると、シュンさんはそう言ってました。今シュンさんは囚われている人の負担の肩代わりを急ピッチで進めながら、そうすることでマナ結晶化の処理を少しでも早く終わらせようとしている。そんな形ですね」



 砦の門扉の横には一般的な人の頭の高さより少し高い位置に、格子が嵌められた開閉式の銃眼のような覗き窓が開けられている。

 足場の上に立ってフェルがそんな窓の一つから街道の方を見ていると、もう双眼鏡無しでも騎乗の者や御者達の振る舞いの詳細が判る距離に近付いた所で、突然その神殿騎士達の隊列が進行を停止した。

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