第387話 遡行

「お疲れさん。早かったな」

「お疲れさまです。なるべく目立たないように深夜になってからと考えていたのですが、フェルが急がせるものですから…」

 苦笑いのレヴァンテと俺がそんなことを話している横でフェルは、再会を喜ぶセイシェリスさん達から早速ワシャワシャともみくちゃにされている。


 昨晩のフレイヤさんとの電話の最後に、レヴァンテとフェルが二日間ほどこちらに来るという話になっていた。それはフェルの強い要望。

 俺は現状の見通しの暗さについてもう一度念を押すように、

「……週末にちょっと様子見は別に構わないけど。解決の糸口もつかめていないこんな時に来ても、お前が居る間にダンジョンに入れるようになるとは思えないぞ」

 と、そんな風にも言ったんだけど、フェルはとにかく外からで良いから新ダンジョンを見てみたい。そして何よりオプタティオールを見てみたいと。彼女自身も愛用するヴォルメイスの剣、盾と同じ製作者の手によるものじゃないかという俺の推測で好奇心に火をつけられた格好だ。


 転移で飛んで来たフェル達の歓迎がひと段落したところで、俺達は中断してしまっていた王都と東部で遭遇した諸々の件についての話を再開した。

 これまでフレイヤさんを通じてだったり以前にバウアレージュの里に飛んで来た時にもかなりの話を俺達から聞いているフェルとレヴァンテだが、改めて興味深げにその話の輪の中にすぐに溶け込んでいった…。



 翌早朝。前日からどんより曇っていた空から遂に雨粒が落ち始めて、俺はレヴァンテと一緒にテント前を広く覆うように天幕を張った。

 その後、一時間ほど経っていよいよ雨が本降りになってきた頃には、揃ってニーナとエリーゼが目を覚ましてテントから出てきた。ガスランは明け方に交代の俺を起こしてから二度めの眠りについているのでまだ眠っている。


 ニーナとエリーゼは天幕の外を見上げるように空に顔を向けて様子を窺う。

「この辺りでこの時期にまとまった雨というのは珍しいわ…」

「昨日から降りそうだったからね」

 そんなことを話している二人に俺は「おはよう」と声をかけて、テーブルの上に二人の分のカップも置いてお茶を注ぎ始めた。


 カップの前の椅子に腰を下ろしたニーナが、朝の挨拶と感謝を示すように少し首を傾げて俺を見る。

「おはようシュン。もう確認はしてきたの?」

 そう尋ねてきたニーナだけではなく、自分も同じことが訊きたかったと言いたげに俺を見つめているエリーゼに対しても俺は視線を移し、頷きを返した。


 既にこの日最初のダンジョンの封印についての状況確認を済ませていた俺は、二人にその話を始める。とは言え、語るべき内容はほとんどなく状況はこれまでと同様。ダンジョンへの入場を阻む光の封印が施されて以来の大きな変化はない俺の話を聞いたエリーゼは、浅くないため息を吐いた。

「ふぅ…。どうにかして封印を解く手掛かりを見つけないとね…」

「だよね。せっかく要員は揃ったのに、肝心の調査ができないのは…」

 ニーナがそう応じて、やはりエリーゼ同様に吐息を漏らした。


 そうやって三人でお茶を飲んでいるとガスランが起きてきた。そしてバステフマークのテントからもセイシェリスさんが出てくる。

 俺達と朝の挨拶を交わし、やはり目覚めのお茶を口にし始めたセイシェリスさんはレヴァンテが居ないことを問うてきた。

「レヴァンテは…? フェルはまだ寝てるんでしょ?」

「ええ、フェルは夜中に一旦起きたみたいでまだ寝てます。レヴァンテは朝一で俺と一緒に封印の確認をした時からずっと、今もまだ階段の上で解析中ですね」

 セイシェリスさんは俺のその答えに、ふむふむと納得の頷きを見せる。

「そう…。何か判るといいわね」


「それなんですけど。レヴァンテはダンジョンの再構築じゃないかと言ってました」

「「再構築…?」」

「……?」

 セイシェリスさんとニーナからオウム返しのように問い返され、エリーゼからも続きを促す視線を向けられた俺はすぐに言葉を続けた…。



 ダンジョンは常に成長している。

 それは階層が増え続けているという解り易い大きな変化を指して語られることが多いものだが、スウェーガルニダンジョンでも過去に幾度か起きた魔物の出現構成が変化したことも、広い意味ではダンジョンにとっての成長と言い表されるダンジョンの変化の一例として挙げられる事象だ。

 俺はこれを、人の攻略状況などの実態を踏まえた上で魔物の構成と配置を見直すバランス調整みたいなものなのだろうと思っている。


 この調整の大掛かりなものをレヴァンテは再構築と表現した。


「古き世の使徒の秘術扱いだった完成形としてのダンジョン魔法は、私達も詳しく解析したことは無いのです。ですが魔王様に報告として上がってきていた内容については、ある程度私達も把握はしていました…。現代の言い方でダンジョンの成長と称されるものには、新しく階層が追加される文字通り成長と呼べるものとは別に既存の階層への調整があります。調整は大掛かりなものになると既に出来上がっている階層の構造の変化を伴う場合が多く、そういうレベルになると調整とは区別して階層の再構築と呼ばれていたようです」


「再構築…? それは階層が全面的に作り直されるような、そんな話なのか?」

「そうです。ですから、再構築はその対象の階層から人を完全排除して行われるのだそうです」

「なるほど…。この封鎖はその再構築の為だと…?」

「おそらくはそうだと思います。ですが、それにしてもリンシアなるハーフエルフ女性とオプタティオールのことは意味深だとは思いますが」


 そして、最初に俺達が封印を観察し始めて間もなく。それまでは半透明の光の幕の向こうに見えていた階段下が暗くなって見えなくなってしまったのは、再構築が本格的に始まったからだろうとレヴァンテは言った…。



 ひと通り俺がレヴァンテと話したことを聞いたニーナが思案顔だ。

「なるほどね。てことは、あの階段下が暗くなって見えなくなっているのが元に戻らないとダメってことなのね」

「そういう話になるよな。ま、あくまでも推測でしかないことだけど…。ただ、俺はなんとなく再構築の他にもうひと捻りありそうな気がしてるよ」

 ニーナと俺がそう話した直後、フェルがテントからふらりと出てきた。

 まだ眠そうな顔だが、一応は身支度は整え終わっている。

 そして、そんな風にフェルが行動し始めたことを感知しているのだろうレヴァンテがダンジョン入り口から姿を現した。


 俺達が居るテント前まで戻って来たレヴァンテは、雨で濡れた自分の髪を拭きながら俺に向かって言う。

「変化はありませんが、光の封印についての解析で一つはっきりしたのは、今回のあの封印の魔力供給の経路は大規模で非常に確かなものだということです」

「んん? それって…?」

 と、口を挟んだフェルにレヴァンテは頷きを返した。

「一瞬で膨大な魔力が供給されるようになっています。何か大量の魔力が必要な場合を想定しているのではないかと思われます」



 ◇◇◇



 レヴァンテが言ったその言葉が図らずも実証されてしまったのは、その後に摂った朝食を終えてすぐのことだった。


 ググググっと、何かが地下深くから地上に噴き出してきているような。

 そんな錯覚を覚える魔力の波動の迸りを感じた。


 あたかも最初から自分がこの騒動の中心点に居るように感じられてしまうほどに近すぎて逆に判りづらい。そんな異常な魔力の高まりの源を誰しもが探したが、自ずと答えは明らかだった。


「……ダンジョンだな」

 呟くようにそう言った俺に、セイシェリスさんが念押しで確認するように問い返してくる。

「シュン、封印の所で間違い無さそうか?」

「はい。魔力そのものはダンジョンの深い所を含めた全体から。それが集まっているのはあの光の封印ですね」


 その頃には飛び起きていたバステフマークの全員も既に装備を整えて、いつでも行動可能な状態になっていた。

 ぐるりと彼らを見渡したセイシェリスさんは指示の声を発する。

「私とアルヴィースで様子を見てくる。他は全員、キャンプ地の端まで離れて防御優先で待機していてくれ。いざとなったら兵と共に退避。逃げることを躊躇うな」

「「「「「了解(おぅ)」」」」」


 自分も一緒に? という疑問を視線に籠めて見つめてきたフェルに俺は頷いた。

「お前もアルヴィースだろ。それにレヴァンテにも見て貰った方が良いと思う」

「了解!」

「畏まりました」


 洞窟の始まりから覗いただけで、封印の所が明るく輝いているのが判った。

 元々光の封印が発していた光の光量が異常に高まっているのだろうと思った予想通りに、階段の上から見下ろした封印を為す光の幕の輝きはさっきまでとは桁違いに明るく光り輝いている。


「封印の構成そのものに違いは無いですね…」

 俺に話しかけるようにそう囁いたレヴァンテに、やはり解析をしていた俺は応じる。

「ああ、俺にもそう見える。ただ…、何か別の魔法が構築される直前のようなそんな感じだな」

「シュンさんには何の属性が感じとれてますか?」

「属性は最初と同じだよ。光のみ。今も光以外の魔法属性は無い」


 階段の最上段の縁まで近付いていた俺とレヴァンテ。並ぶようにセイシェリスさんが立ち、フェルが俺とレヴァンテの間から階段の下を懸命に覗き込んでいる。

 ガスランはすぐにでもフェルを引き戻して自分の後ろに庇える位置に居るのが判る。ニーナは無為自然の構えで即座に障壁を張れる状態で、エリーゼはさっきからずっと維持している全員に掛けた精霊の守護をいつでも強化できる。


 その時。不意に頭の中に流れ込んできたのは、先日感じたばかりのリンシアの記憶の流入と同質のもの。


『……助けて、ください…。お願いします…。オプタティオールで…、どうか…』


 その声が聞こえたのはここに居る全員のようだった。

 そして人間とは全く異なる造りのレヴァンテにもそれは等しく感じとれたのだろう、驚きの表情を浮かべている。


「どういう意味…?」

 ニーナのその疑問の声に答えを提供できる者は居ない。

 しかし、俺はなんとなく感じ取れたことがあった。

「今の声はリンシアの声だ。おそらくこの場所に焼き付けられていたんだろう」

 どんな仕組みなのかはさっぱり見当もつかないんだけど、リンシアの記憶、俺に言わせれば記録映像のようなものを再生した仕組みと同種のもの。


 俺は感じ取れたことを全員に聞こえるように口にする。

「どうやら、この封印をオプタティオールで斬り裂けと言ってるようだ」

「「「……」」」

「えっ…?」

「それは…?」


「シュン、封印が眩しくて判りづらくなってるけど、多分階段下がまた見えるようになってると思う」

 というエリーゼの冷静な指摘を受けて俺も意識して見直してみる。

 ふむ、確かに…。

 階層の再構築が終わったということなのか。

 だから、この魔力の迸りが始まったのだろうか。


 判断は任せるという目で頷いているセイシェリスさんに頷きを返した俺は、エリーゼに精霊の守護を最大強度で維持するように言った。そして視線を合わせたガスランには頼むぞという思いを目で訴えた。

 オプタティオールを収納から取り出した俺は、もう振り向くことはせずに全員に向けて言葉を発する。

「総員、警戒態勢で。これから封印を斬り裂く」

「「「「了解!」」」」


 オプタティオールは収納から出した途端にこれまでにない輝きを放ち始めている。

 それはまるで格段に光量を増した光の封印と呼応するかのように。


 階段を降りて封印に近付くと、俺の中に再び声が流れ込んできた。

『お願いします。まだ間に合うはずです。どうか…』


 サクッと吸い込まれる刃の滑らかさとは裏腹に、剣を握っている俺の手に伝わってきた重みと振動は大きなものだった。振り抜こうとした剣は急激に剣速が削がれて途中で止まってしまう。


 剣に伝わってくる振動が更に大きなものになった次の瞬間。

 これまでに見たことが無い魔法が刹那のうちに発動した。


 それは時空魔法。


 俺の空間転移やレヴァンテが行使する時空転移とも異なる、時空を超える魔法。

 俺の全てを残したまま魂だけがその魔法によって引っ張られていく。

 酩酊感や気を失いそうな感覚は一切無く、俺は冷静に並列思考がフル稼働。そして解析や鑑定などもフル稼働し続けた。


 視界が戻ってきて最初に感じたのは、自分の身体や装備など身に着けていた物が魂の後を追いかけて来たかのように同じ所まで届けられたとでも言えばいいだろうか。身体の確かさと装備の質感や重さなどの感覚が甦ってくる。

 そしてすぐに探査で感じ取れたのは、今の魔法で飛ばされたのは俺だけではないということ。肉眼でもそれが明らかになってくる。


「フェルと、レヴァンテか…。二人とも大丈夫か?」

「うん…。大丈夫」

「大丈夫です」

 ミュー…

 ちゃんとモルヴィも付いてきている。


 三人で自分の周囲を見渡すと、そこは小さな洞窟の中のようだった。

 そして少し先に見えている洞窟の外は暗い。


「シュン、ここはどこ?」

 小さく囁くような声でそう尋ねて来たフェルの顔を真っ直ぐ見て、俺は答える。

「場所はさっきまでとそんなに大きく違っていない。だけど、おそらくだが…。俺達は時間を遡った」

「えっ…」


 レヴァンテは俺の言葉に同意の首肯を示す。

「そうですね…。五千年以上遡行したのではないかと思います」

「要するに、リンシアが生きていた時代ってことだろうな」

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る