第386話

 やって来たバステフマーク五人を含む集団は、アルウェン支部から第二次ダンジョン調査の為に派遣された職員達と複数の冒険者パーティーだ。これでようやく王都に居た時に計画した今回の第二次調査の為のメンバーが揃ったということ。

 俺達が冒険者ギルドに推薦したバステフマークは、ギルドからの指名依頼を受ける形でラフマノール荘園から王都に出向いて彼らに合流している。


 俺はいつものようにダッシュで飛び着いてきたシャーリーさんを抱きかかえた状態で、近付いてきたセイシェリスさん達に向かって軽く頭を下げた。

「お疲れさまです。道中は大丈夫でしたか?」

「問題無しよ。魔物との遭遇も無くノンビリしたものだったわ」

 そう言ってニッコリ満面の笑みを見せるセイシェリスさんとは対照的に、その隣のウィルさんは

「お疲れさん。なんか王都と東部はいろいろとヤバかったみたいだな」

 と、俺に少し同情しているような。お前らも運が悪いなとでも言いたげな苦笑いを浮かべた。


 俺もそんなウィルさんに応ずるように、やはり苦笑いになってしまう。


 東部連合軍との戦い、サラザール領に在った聖櫃。ホムンクルスにリリスのラスペリアや悪神メドフェイルと魔族、そして神殿のことなどなど…。

 何から話せばいいのだろう。


「その話を始めると長い話になりそうなので、後でゆっくり説明しますね」

 俺がそう応えるとセイシェリスさんはうんうんと頷き、眉を上げたウィルさんはそうだな。と笑みを見せて頷いた。


 これまで俺達が遭遇した事件などの顛末については、いつも俺とエリーゼとガスランの三人とも内容のチェックと添削をさせられるんだけど、ニーナが父親のウェルハイゼス公爵と母親のユリアさんに宛てて書き上げている複数の報告書が在る。

 俺達が王都に来て以来の様々なことについても節目節目でまとめられているので、ニーナが今日出かけている探索から戻ったら、取り敢えずセイシェリスさん達にもその報告書を読んで貰って質問に答えたり補足する形が良いだろう。なんて事を俺は考えていた…。



 とは言え優先すべきは現在受けている依頼であり、現にそもそも皆がここに集まった目的はダンジョン調査だ。

 全員集まっての顔合わせや第二次調査チーム全体としての状況説明などは、周囲の探索に出かけているエリーゼ達とローデンさんを始めとした大公家騎士達が戻ってから行うことになったので、今日やって来た人達に対してはジェムール村から俺達に同行しているギルド職員と発見者パーティーのメンバーによって概略の説明が行われた。

 その後、旅装を解いて俺達のテントの隣にテントの設営を終えたセイシェリスさん達バステフマークの五人には、熱いお茶を振る舞いながら俺の口からもここまでの調査結果と現状に至った経緯を話していった。念の為の遮音結界は張っている。


「……という感じでスピアナーガを倒して剣を入手したんですが、それが光の封印が張られるトリガーだったのだろうと思ってます。封印については、階段の上から見る程度なら害はありませんので、この後、一緒に見に行きましょうか」


 これまで出たアイテムについては、コルスレーンの腕輪のことを除いてローデンさんには伝えている。伝説級という言葉でもまだ足りない程に特別な腕輪を除いても、いきなり魔導書が二つも出たことにローデンさんは言葉を失っていた。

 そしてそれは現時点では俺達以外はローデンさんと一部の騎士のみが知っているという扱い。無用の混乱を避けたいローデンさんの思惑もあって、調査チームに参加している者、他の大公家騎士や兵士達に対してもアイテムのことは伏せられている。


 そんなアイテムのことも含めたダンジョン調査を始めてからの全てを明かしていった俺の話に、終始セイシェリスさんは唇をキュッと絞ったような渋い顔をしていたが、俺が説明にひと区切りつけると、ふぅっと深呼吸をしてその表情を緩めた。


「……時空の魔導書にも驚きだけど、あのステラに適合したというコルスレーンの腕輪はとても興味深いわ。現代にフェンリルが顕現するなんて、とんでもない話…。でもその真祖の腕輪も、ダンジョンの今の状況には直接の関係は無いとシュンは考えているのね」


「はい、そう思います。見せられたリンシアの記憶と言い、タイミング的にもこの剣の方が意味深ですから…」

 俺はそう言って、この場に居る皆にはまだ見せていなかった謎の剣、オプタティオールを収納から取り出した…。



 ◇◇◇



 周囲の探索に出ていた人がキャンプ地に戻って来始めたのは、夕暮れ時だった。

 騎士、兵士達から成果が在ったという話はなく、それぞれが割り振られた区域の探索結果の報告を終えると、ひと仕事終えたとばかりに寛いでいる。

 そしてそんな中。探索に出ていた者の中で最も遅くに戻ってきたのはエリーゼとガスランとニーナ。三人はセイシェリスさん達と再会の挨拶と抱擁を交わすと俺の所にやって来た。


「里が在った物証的な手掛かり・痕跡と言う意味では何もなしよ。だけど…」

 俺に向けた第一声でそう言ったニーナが続きは任せたとばかりにエリーゼを見ると、すぐにエリーゼはニーナに頷き、そして話を引き継ぐように俺に地図を見せながら語り始めた。

「私達は、昔は水場や小川が在ったんじゃないかと思えるところをゆっくり辿っていったの。お昼を少し過ぎた頃、妙に精霊達が集まっている気配を感じて…。地図だとこの辺ね。この森の中に昔は広場、空き地だったような木立が途切れた開けた所を見つけたの…。周囲と比べると、ここには明らかに多くの精霊達が集まってる」


 んん…?

 森の中では顕著らしいが、エリーゼが居れば精霊は自然と集まってくる話を本人からもエリーゼの父親からも聴いている。今エリーゼが言ってるのは、それとは違ってエリーゼが近付く前から精霊が多かったということのようだ。


「もしかして特別な場所…?」

「……だと思う。正確には、そうだった。という感じかな」


 俺の頭の中には、エリーゼの故郷のバウアレージュの里で精霊の洗礼の儀を行った時のイメージが浮かんでいる。

 あの時、儀式が里からは少し離れた空き地のような場所で行われたのには意味があって、古くから里の人々が精霊に示している約束の場所だという話だった。そこで祈りを捧げるとより多くの精霊達が気付いてくれる。そういう話。


 俺が思い出したそんなことを、エリーゼは察してしまっている顔で続けた。

「人の祈りや願いが繰り返された場所は、自ずと精霊達が好む場所になって行く」


「これだけ時間が過ぎていても、それは変わらないということか…」

 俺が思わずそう呟くとエリーゼはニッコリ微笑んで大きく頷いた。


「精霊にとって千年、二千年程度の時間は大した問題じゃないの。そこで捧げられた想いが純粋で愛おしいと精霊が感じたなら、そこはいつまでも精霊にとって大切な場所のはずよ…」



 全員に声が掛けられた夕食の時には、この日数名ずつの班に分かれて実施された探索の結果報告が全てまとめられていた。しかしスライムなどの弱小な魔物との遭遇が僅かにあったという感じで、肝心なことについての目ぼしい手掛かりは無かった。

 過ぎた時間の長さを考えれば元よりダークエルフの隠れ里に関する物証的な物は期待はしていなかったのだが、それでもいつかはやるべきだと考えていたダンジョン周辺の詳細な把握がついでに出来たとローデンさんは朗らかに笑っている。

 そんな話と前後したが、今日やっと第二次調査チームの要員が全員揃ったということで改めてローデンさんから調査チームとしての話が続いた。


 初顔合わせの者が多く懇親会の雰囲気も漂ったそんな全員での夕食が終わると兵士達も騎士達も通常任務の状態に戻った。巡回を行う者、歩哨に立つ者。そしてさっさとテントで眠りにつく者など。

 俺達アルヴィースとバステフマークの計9名も自分達のテント前に戻り、兵士達とは別に続けている見張りの順番を確認してからは、ニーナが引っ張り出したここ最近の王都や東部で遭遇した事件についてまとめた報告書をバステフマークの五人は読み始めた。


 読み進むうちに何人かが思わず息を呑んだり、ウィルさんが唸ったりシャーリーさんが時折意味不明の声を発したりしながらも概ね静かな時間が過ぎた。

 そうして一通り読み終えたセイシェリスさん達からの質問に俺達が答え始めて間もなく、これまで幾度となく感じた覚えがある気配を俺は感じる。


「あっ、もう飛んでくるのか…」

「レヴァンテ?」

「そう。もう出てくる」

 と、俺とガスランが言葉を交わした直後には、転移を終えたレヴァンテと彼女と一緒に飛んで来たフェルの姿が目の前に現れた。

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