第377話

「フェンリルについて詳しく調べると聞いて飛んできました」


 ニコニコと満面の笑みを浮かべてそんなことを言っているのは、ラピスティ。

 俺は、困惑気味のステラに代わって応じた。

「まあ、なんとなく気持ちは分かるけど…。でも、この付近であまり派手なことは出来ないから、まだ大した検証は出来ないと思うぞ」

 ニコニコ顔はそのままでコクコクと頷くラピスティ。

「シュンさん、そのことなんですが。周囲を気にせず存分に眷獣と遊べる場にステラさんを招待したいと思いました。どうでしょうか?」


「んん? ビフレスタにということか…」


 ふむ…、悪くない。と言うかイイ。


 でも本人に決めて貰おうと思ってステラの方を見たら、うんうんと嬉しそうな顔をしていた。なので決まり。


 ラピスティの魂胆は判り易い。いろいろと自分達の使命に因んだ思惑が有る。

 しかし、それはそれとして俺達がやってることや関わっていることなど、最近は割となんにでも興味を示す傾向だ。そんなラピスティが始祖の眷獣フェンリルに好奇心を抱かないはずがない。

 おそらく過去に魔王と共に始祖に関わったこともあって、その時に得た知見も持っているだろうし。ステラにとってもラピスティが積極的に関わってくれるメリットは大きいだろう。



 ラピスティは、フェンリルの初お披露目が終わって俺達がテントに戻った直後、何の前触れもなく時空転移でやって来た。


 そして挨拶もそこそこに言ったのが冒頭のひと言。


 結局それから間もなく、ステラとディブロネクスを連れてラピスティはビフレスタへ飛んで帰ったが、飛ぶ直前に

「ステラさんがフェンリルの力を最大限発揮させられるように、僕も協力しようと思います。半精霊は非常に貴重な存在ですからね」

 と、俺だけに聞こえる声量でこっそりと囁いた。



 ◇◇◇



 新ダンジョン第一層の調査二日目。

 この日は、まずは最初の分岐を左に進んでみる予定だ。

 第一次調査チームは、最初のY字路の分岐どちらを進んでもすぐにモンスタートラップに掛かってしまって撤退する羽目になったと思われる。

 右に進んだ時のトラップは昨日潰してしまったので、おそらくは左にもあるトラップをきっちりと調査はしたうえで潰しておこうと考えている。


 第一層への階段を降りきった所で一旦停止すると、ニーナが

「じゃ、隠蔽掛けるね」

 と言って全員に最大効力の掛け捨てではない動的領域隠蔽魔法を掛けた。


 この魔法は帝国の女帝のフェイリスの得意技の一つで、人間の集団に掛ける隠蔽魔法としては俺が知る限りでは最上級のもの。

 フェイリスから直々にこの魔法を伝授されたニーナが、隠蔽がモンスタートラップに効くか試してみたいと言い出して、人の生体魔力波を感知して動作するトラップに対して隠蔽魔法がどの程度有効なのか。そんな実験を行うことにしている。


 昨日はいきなり爆弾を投げ込んでトラップを発動させるという荒っぽいことをしたが、今日はそういう訳で静かなスタートだ。


 四人でのいつもの慣れた布陣で前進を開始した俺達の歩みは、分岐を左に入った所ですぐにスローダウン。

 この辺りだろうと予想している俺は、じっくりと壁や床を調べ始めた。


「もしかして天井にあるのか?」

 床は真っ先に調べ尽くして徐々に壁を上に辿っていた俺がそんな独り言を呟きながら頭上を見上げると、そこに見つけた。


 生体魔力感知結晶


 鑑定で見えている情報は、モンスターハウスの隠し扉に仕掛けられていて人が触ると発動するものと同じだが、解析と魔力探査も使って詳細を調べていく。


「俺の真上のここに感知結晶が仕込まれてる。そしてどうやら感知の範囲内に、もう全員が入ってるみたいだ。でも感知はまだされていない」


「ふふっ、この隠蔽なら効くってことね」

 ニーナはご機嫌だ。

 だけど、今ニーナが掛けているような隠蔽は、ニーナやフェイリスだから可能なのであって普通の魔法師が使える代物ではない。

「じゃあニーナ、少しずつ隠蔽を緩めてみようか」

「オッケー。試そうと考えてるのは5段階ぐらいよ。今のをレベル5として一つずつ落としていく感じで緩めてみるわ」


 という訳でニーナは、掛け捨てずに制御を続けていた隠蔽魔法を操作して少し効果を落とし、俺は隠蔽の状態と感知結晶の両方を観察する…。


 ……うん、感知されてない。


「大丈夫。これくらいの隠蔽でも十分って感じだな」

「……ふーん、こんなに緩めても大丈夫なんだ。じゃあ次はレベル3」


 また少し隠蔽の効果が弱まってその状態で留まると、ニーナは結果を求めて俺の方をじーっと見てくる。


 ふむ…。まだ感知はされてない。


 俺は両手で大きく〇印を作って示した。

「まだ大丈夫だ。感知はされてない」

「いいね。このくらいの隠蔽だったら掛けることが出来る魔法師はそこそこ居ると思うわ」


 そして、次の段階。

 ニーナが言うところのレベル2に落とした所で感知された。


 俺は両手で×印。

「感知されたよ。総員警戒を」

「「了解」」

「了解、さすがにこの程度じゃダメか~」



 ◇◇◇



 感知結晶が人の接近を察知した結果として現れたのは、前日とほぼ同じような構成の魔物の群れだった。ゴブリンリーダーが統率しているのも同じ。

 今回は、前衛の俺とガスランが敵の群れを一気に押し返す勢いで無双しつつ、エリーゼとニーナがその合間を通す矢の連撃で後方の敵を次々に瞬殺していくというスタイルで終わらせた。


 魔物の死体を回収してしまうと俺達は前進を再開。

 目指すのは今の魔物の群れが待機していたであろう部屋があると思われる所だ。


 前日と違って、通路は左カーブを描きながらの一本道。

 ガスランが隣でボソッと呟く。

「こっちは分岐無いんだ」

「なんとなくだけど、行き止まりっぽい感じがしてるよ」

「うん、俺もそんな気がする」


 そんな予感通りに、通路は突き当たりの広間に着いた所で終わっていた。そこは前日のいろんな仕掛けが在った広間の四分の一程度で、小部屋と言い換えてもいい。


 小部屋の入り口から中をひと通り見渡して、

「隠蔽されてるような箇所は今のところ見当たらない」

 と、皆に言った俺は、引き続き念入りに小部屋の中を隠し部屋の類を見つけるべく調査を継続。

「ここはトラップは無しなのかな…。だとすると宝箱も無しだよね」

「こっちはハズレね」

 なんて感じのお気楽な話をしているエリーゼとニーナはほっといて、俺は調査に専念した。



 結局、その小部屋にトラップの類は発見できず。

 俺達はすぐに来た道を戻って、この階層の最初の分岐を昨日と同じ右に進んだ。

 宝箱が出た広間への通路には入らず、昨日は足を踏み入れていない方へ道なりに進み、くねくねと曲がった末に見えてきたのは十字路になっている分岐。

 そしてここからは、通路の幅が少し狭くなって短い間隔で分岐が数多くあるこれぞ迷路という様相に変わり、通路は曲がり角や分岐が増えて見通しが悪くなってきた。


 探査があるとは言え、気を抜くことなく俺達は警戒を緩めずに前進を続けた…。


 実質的に先行調査という役割の俺達の目的は、この階層の難易度を計りながら、間違いなく存在しているはずの下の階層への手がかりを見つけること。そこに至ればボス部屋が在るのがお決まりのパターンなので、その撃破も行うつもりだ。フロアボスの正体と強さが判れば自ずとその階層の特徴や難易度も明らかになる。

 その目的を果たすべくマップで経路を確認して、なるべくこの階層のスタート地点から遠ざかりそうな方向を選んでいる俺は、時折進行を止めてそのマップに現在地までを描き加える。


 今もそうしてマップを描いていると、隣でマップを覗き込みながら水筒の水を飲んでいるエリーゼが俺に言ってきた。

「なんか、おかしいよね」

「うん、おかしいな」

 俺は即答。エリーゼが言わんとすることは解っている。


 ガスランとニーナも俺達と同じ疑問を感じていて、

「こんなに歩いたのにまだ遭遇無し」

「通路を徘徊している魔物が居ない」

 と、二人揃って訳が分からないという顔でそう言った。



 通路の幅が少し広がってきたなと感じたのは、そんな話をした後に進行を再開して一時間ほどが過ぎてからのことだった。ここまで魔物との遭遇は最初のモンスタートラップ以外は一切無し。


 ガスランも通路の変化には目敏く気が付いていて俺に声を掛けてきた。

「シュン、なんか雰囲気変わってきた」

「だな。俺もそう思う」

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