第378話

 階層の奥を目指す俺達は、多くの分岐や小刻みに曲がりくねった狭い道で形成された本格的な迷路ゾーンに入っていた。迷路型階層はダンジョンの序盤の浅い層の定番だが、取り分けこのダンジョンの迷路は探索者を徹底的に迷わせて疲弊させる気満々としか思えない密度で似たような分岐や曲がり角が続いている。

 そんな中、偶然行き当たった道幅が広めの通路はひと際目立っていて、その違いには明らかに何かの意味があるように感じた。

 親切にもこれが本線だよと探索者に進むべきルートを示しているのか。それとも罠に誘い込もうとしている悪意なのかは判らない。

 いずれにせよ迷路の先に何があるのか。それを確かめるべく、この意味深な通路に導かれるようにしばらく歩き続けた結果、俺達は呆気ないほど唐突にこの面倒な迷路ゾーンから抜け出した。


 迷路を為していた通路は俺が今立っている曲がり角の前方10メートルほどで終わり、その先に大きなスペースが広がっているのが見て取れる。


 一旦停止と警戒を手で示した俺は、続けて皆に小声で呼び掛けた。

「割と広いスペースだ。探査ではまだ何も反応はないが、警戒を」

「「「了解」」」

 全員が警戒の緊張を高めて抑えた声で応じた。

 しかし俺は、スペースに足を踏み入れる直前にもう一度足を停めて中の様子を覗き込んだ瞬間、思わず声を漏らしてしまう。

「えっ!?」

「……っ!」

 俺のすぐ後ろに追い付いて来たガスランも同じく驚きの声。


「どうしたの…?」

 と囁くような声で言ってガスランの隣に首を出してきたニーナも固まった。

 続いたエリーゼは息を呑んで凝視している。


 広いスペースの中、俺達から見て左手の奥でとぐろを巻いて横たわっているのは大きな竜蛇種。青みを帯びた体表の色合いは無数の青黒い鱗でおおわれているせいだというのが判る。手足は無く、まさに蛇。とぐろのせいでハッキリしないがおそらく体長は15メートルを超えているだろう。

 とぐろの上部に見えている頭は横を向いていて、どうやらこちらに気が付いている様子はない。目を閉じているのは眠っているからなのか。


 俺は鑑定を続けながら指示を出した。

「少し下がろう…。あれはスピアナーガ。竜蛇種だ」


「スピアナーガ…」

「竜蛇種…」

「……取り敢えず、隠蔽掛けとくよ」

 と、気を取り直したニーナが後ろに下がりながら全員に隠蔽魔法を掛けた…。



 ボス部屋ではないこの大広間は『大蛇の間』とでも称される類だろうか。

 迷路側に少し戻った位置から、俺は見えている範囲のスペースに念入りに鑑定と解析の目を走らせている。


 ガスランが小さな声で俺に尋ねてきた。

「探査で見えなかったのに、姿が見えているのは何故?」

 同感だとばかりに俺はガスランに頷く。

「それな。気配遮断の隠蔽なのは間違いないけど、ここまでやってて視覚を妨げていない理由が判らない」

 と俺が答えるとエリーゼが首を傾げながら言った。

「空中コロシアムに居たドレマラークの時とは違うね」


 エリーゼが言っているのは、スウェーガルニダンジョンでグレイシアを見つけた空中コロシアム群を攻略した時の話。

 あの時、空中コロシアムで待ち構えていたドレマラーク三体は気配も視覚も遮断するほぼ完全に近い隠蔽が施された状態で潜んでいた。


 ん? 待てよ。もしかして…。


「エリーゼ、一緒にこの大広間をまんべんなく全力で探ってみてくれないか。あのドレマラークの居場所を探った時みたいな感じで」


 エリーゼは、はっと気が付いたような顔で頷く。

「うん、解った」

「……ふーん、なるほど。一匹とは限らないって話ね」

 嫌そうな顔でそう言ったニーナもその言葉通りに既に俺の考えを察している。

 そして、ガスランと二人。ショットガンを取り出して魔力残量の確認を始めた。



 ◇◇◇



 集中して全力の能動的探査を駆使した俺とエリーゼは、次第に状況が判ってくる。

 視覚をも欺く隠蔽を看破して見えてきたのは新たに二体。最初から見えていたスピアナーガとは別に二体居て、同じようにとぐろを巻いて居座っている感じだ。

 見えている一体は囮で、それをやろうと近付いたら隠蔽されている二体が襲い掛かってくるのだろう。判ってしまうと単純な仕掛けだが、これに引っかかる冒険者は多いかもしれない。


 エリーゼが集中から意識を戻して俺を見てくる。

「……あの見えてるナーガの両脇に一体ずつ」

 俺もエリーゼを見て、頷きを返しながら応える。

「だな。俺にもそう見えてきた。この二体も同じスピアナーガみたいだ」

「全部で三匹ってことね」

 ニーナはそう言って今すぐにもやる気満々な顔だが、俺は一つ試してみたいと思っていることがある。


「こいつを使ってみるか…」

 俺がそう言って収納から取り出したのは爆弾。しかし、いつも使っている雷撃砲を全方位に放つ爆弾ではなく、光魔法を発動させるもの。


 んん? と訝しげなニーナが眉をひそめて俺が手に持っている爆弾を見つめる。

「それって…、光爆弾? だよね」

 爆弾に定着させている魔法を確認しながら俺は応じる。

「そう。確かニーナにもいくつか渡してたな」

「……うん。使いどころがなくてお蔵入りしてるけど」


 だろうな。対人用の目眩し程度の目的でしか考えていなかった代物だ。


 そこでガスランが口を挟んでくる。

「だけどシュン。それ、この前改造してた」

「あー、うん。そういう意味ではニーナに渡してある物とはちょっと違う」


 先日の女神降臨のドタバタで光魔法のレベルが限界突破して上がってから、なんとなく思い付いてアップデートしていた様子をガスランは興味深げに見ていたのだ。


「これに籠められた光魔法はレベル11。俺の予想通りなら、闇魔法の隠蔽をある程度は攪拌できて、うまくいけば解除出来る気がしてるよ…」

 接近してガンドゥーリルや女神の剣で隠蔽魔法を斬り裂かなくてもいいということ。もちろん爆弾なので誰が投げてもいい。


 おおっ! という顔のニーナ。

「わぁお、それ出来たら凄くイイ!」

「光…、万能すぎる!」

 最近たて続けに属性が発現済みのガスランはこれまで以上に魔法への関心が強い。

「爆弾でそれ出来るといいね」

 エリーゼも興味津々な表情。


 さて、そういう訳でワクワクし始めた約三名を落ち着かせてから、ニーナの究極隠蔽魔法を重ね掛けした上にエリーゼの精霊の守護が掛けられた俺達は『大蛇の間』の中に静かに踏み込んだ。


 四人でのいつもの布陣。

 俺が先頭でガスランが斜め後方少し下がり目、ニーナとエリーゼが後衛に位置する形。女性陣は状況によって横並びの二人の間隔を広く取ったり、俺とガスランの真後ろに位置するが、今回は後者だ。


 スピアナーガの最大の特徴は、高い俊敏性だ。そして名前の由来にもなっている鋭い尻尾をスピアのように敵に対して振るうことと、それと併用するように風魔法による風撃を行使する。というのはギルドの資料室で読んだ書籍の中に書かれていた話。俺の脳内ライブラリから引っ張り出した。

 フィールド上の生息域はアリステリア王国では発見されておらず、帝国西方の獣人種小国家群の更に西の奥地で確認されている程度。ダンジョンでは旧教皇国のダンジョン内での遭遇が報告されている。

 但し、いずれも体長は最大でも7、8メートルとあり、今、俺達の目の前でとぐろを巻いている奴はその二倍以上である。鑑定で見る限り上位種ではないので変異種なのだろうと俺は思っている。



 スピアナーガにあと30メートルという距離に近付いた所で俺は停止した。

 肉眼では見えていない二体を合わせると、目の前に三体のスピアナーガが並んでいる状態。


 じゃ、いくよ。

 囁きのような声量で俺はそう言って光爆弾を投擲した。

 光爆弾は人への直接的な攻撃力は無いので一定時間経過で起爆するタイプだ。デフォルト設定は投擲後2秒程度。

 スピアナーガの前に落ちた直後に、光爆弾は爆発して周囲を白く染め上げる光が迸った。


 魔法の揺らぎを感じて、それが闇魔法だということも俺は理解する。

 隠蔽されていた二体のスピアナーガが光に照らされて、視覚的にもやはり揺らぎながら実像が浮かび上がってきた。

 そうして肉眼でも見え始めてすぐ、剣で魔法を斬った時のガラスが割れるような音が聞こえることもなく闇魔法によって実現されていた隠蔽魔法が霧散し、初めから見えていた一体目のスピアナーガに掛かっていた気配遮断の隠蔽魔法も霧散していた。


 そして、これも予想していた通りなのだが、ニーナが俺達全員に掛けていた隠蔽も同時に解除されていた。精霊の守護には影響は皆無だった。


「大きさは違うが全てスピアナーガ。伸びてくる尻尾と風魔法に注意!」

 俺は三体の中央に位置している最初の一体に向かいながら、そう声を掛けた。

 大きさの違いを口にしたのは、探査ではいまひとつ不明瞭だった二体は最初の一体よりも二回りほど小さいからだ。


 シュシュッ、という音が発したかと思った次の瞬間にガスランが剣で尻尾の攻撃を弾き返した。一瞬でガスランに接近した一体が尻尾を自身の頭より前に撃ち出して突き刺そうとしている。


 ほう…、縮地っぽい。

 と、スピアナーガが近接してきた方法を見て変なところに感心している俺だが、考えるべきはガスランのガンドゥーリルと撃ち合えているという点だ。


 もう一体はニーナに向かっていて、重力障壁にぶつかり最大効果のベクトル反射で投げ飛ばされ壁に打ち付けられていた。


 この攻めて来た二体は体長が10メートル弱。

 胴体も身体の長さ相応に細いので、この二体だったら迷路の中まででも追ってきそうだなと思う。


 一方、敵の正面中央の最初の大きなスピアナーガは動いていない。

 何か大技でも繰り出してくるのかと思いきやそんな様子もない。

 閉じていた目を開け、ただじっと俺達の様子を窺っている。

 隠蔽がすべて解除されたせいで探査でもはっきりと見えているのは、その敵意や害意の無さだ。

 そのことに強い違和感を感じつつも、俺はガスランの助太刀に向かった。


 風魔法の発動兆候を捉えた俺は、縮地でスピアナーガの背後を取るとすぐに、尻尾を振り回す支点となっている位置の胴の部分を女神の剣で突き刺す。

 防御力の高さからの大きな抵抗を感じるが、俺は確信めいた印象そのままに硬い鱗を突き破って見せる。


 クゥオォォォーン


 発せられたスピアナーガのその声は悲鳴なのだろう。

 風魔法は発動には至らず中断している。

 俺は突き刺した剣を握る手を大きく振り、膂力を振り絞って胴体を斬り裂く。

「ガスラン、硬いのは尻尾だけだ」

 その時にはガスランが尻尾をいなした返しの剣でナーガの顔面へガンドゥーリルを振るっていた。

「そうだと思った!」

 ガスランが撃ち据えた剣は顔面を斬り裂いて、そのまま頭部も半分ほど抉りスピアナーガの動きがピタリと止まった。


 壁際までニーナによって吹き飛ばされていたもう一体がまた縮地っぽい動きで戻ってくると、今度はこちらに向かってきた。

 だが、俺が尻尾、スピアナーガのスピアの部分を弾いてガスランがすかさず首を斬り裂いたところでこの一体の討伐も終了。

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