第376話 灰銀の半精霊

 さて、悩ましいのは腕輪だ。正直、どう扱えばいいのか判らない。

 鑑定・解析などを根気強く続けて今のところ見えているのは、罠や呪いなどとは無縁なことと、攻撃(?)的な補助だったり気配察知といった感じの機能が複数ありそうだという程度なので、機能については結局は適合者が装備してからじゃないとハッキリしないのだろう。


 ただ、ディブロネクスが俺とエリーゼに話してくれた、噂話のような形で奴が耳にしていたことはこの腕輪にまつわるものとして少し参考に出来ると思っている。


「……あと、これはさっきディブロネクスから聞いたんだけど。コルスレーンの腕輪は魔王がモルヴィルーンの腕輪を造る時にかなり参考にした物らしいんだよ」

「「「……」」」

 このことは初耳のニーナ達三人が絶句。

 それぞれの頭の中で、いろんなことが駆け巡っている様子なのが見ていて分かる。


「……モルヴィが産まれる前から存在していたということなのね」

 沈黙を破った第一声でそう言ったニーナに俺は頷いた。

「そうだな…。古い物なのは確かだろう。しかも魔王が参考にしたというぐらいだから、おそらくは神装の類じゃないかと俺は思ってる」


 神装という言葉のせいで、ふうッと溜息を吐くような息を呑むような音が幾つも聞こえてきた中、ずっと首を傾げていたステラが俺の方を見て話し始める。

「あのさ、シュン。コルスレーンと聞いた時から、凄く気になってることがあるんだけど…」


「もしかしてリュールの記憶に?」

 エリーゼがそう尋ねると、ステラはエリーゼの方に視線を移して少しだけ首を縦に振った。

「うん。ヴァンパイア種には当たり前の伝承だから特別な話じゃないんだけどね…。実は、コルスレーンというのが始祖の名前と同じだから気になってて…。そして私自身、その腕輪を見てなんだか心がざわついてしまったって言うか、落ち着かない感じがするの。自分でも不思議なんだけど」


「始祖…?」

 ピンとこない様子のガスランのこの問いは、俺が引き取って答える。

「ヴァンパイア種の始祖のことだよ。始まりの真祖、この世界に初めて現れたトゥルー・ヴァンパイア…。でもステラ、始祖の名はグレイブじゃなかったか?」

 と、俺は自分の記憶の中に在る名を言った。


 すると、それに対してステラはコクコクと頷くが、口元を歪めて少し困った顔。

「うん…。人間がヴァンパイアについて記した書物は始祖グレイブとしか書いて無いものばかりだから知らなくて当たり前なのかもしれないけど。始祖グレイブは、正しくはグレイブラスト・コルスレーンっていう名前なの」


「ほぅ…。それは知らなかった」

 俺はそう応えながら頭の中はフル回転。



 ◇◇◇



「……ヴァンパイアの始祖に関連してるとしたら、もうステラしか適合する可能性はないってことでしょ。それに、どうせやるんだからさっさと試しましょうよ。可能性が低い私達からやってみて、何か変化が在ったらシュンとディブ爺が解析する。それでいいわ」

 と、そう言ったニーナは、自分は適合する訳がないと言わんばかりに腕輪を手に取って魔力を注いだ。


 いや、実は既に俺は試してみたんだよね。

 こういうアイテムに好かれることが無い俺のこれまでの例に漏れず、確信に近いレベルでの予想通り適合はしなかった。しかしそれでも僅かな反応はあった。

 そうやって自分が試した時もそうだったが、今も危険を感じさせるようなことは無いので、ニーナが魔力を注いでいる様子をそれほど不安は覚えずにしっかり観察。


 見えるのは俺が試した時と同じような魔力に対する条件反射的な揺らめきだ。

 ニーナの後に続いたガスランの時にはそれが少し大きかった。かと言って適合する様子がある訳ではない。

 その後はエリーゼ、ディブロネクスという順に試して、ディブロネクスの時にも少し大きな反応が感じられた。


 次はシュン。と渡された腕輪を手にしたままで、俺はそのことについて考えている。ガスランとディブロネクスには少し大きな反応を見せたことを…。


 すると、同じく反応の違いに気が付いているディブロネクスが俺を見て言った。

「シュン、おそらくじゃが…」

「魔核か…」

 ディブロネクスは頷いた。

 俺やエリーゼ、ニーナとは違って体内に魔核を持つガスランとディブロネクスには強く反応したんじゃないかと思っている。

 とは言えそんな推測も、もう次のステラで結論が出るんじゃないかという予感を更に強くしただけ。


「じゃあ、ステラ…。魔力を流してみて。魔道具を使う時のような感じでいいから」

「……分かった」

 声が少し掠れていたステラは、手にしていたカップのお茶から一口喉を湿らせると、そのカップをテープルの上に置いた手で俺から腕輪を受け取った。



 その瞬間パッと、まるで演劇の舞台照明が切り替えられたように周囲の光が変化して、結界を張った訳でもないのに辺りは静寂に包まれて無音になった。


 やっぱり…。ステラが適合者。

 適合条件は真祖であることで間違いないだろう。


 まだステラは手に取っただけで、腕輪に魔力を流してはいない。

 周囲の突然の変化に驚いて動作が停まっているステラに、俺は努めて平静さを滲ませた口調で声を掛けた。

「ステラ、大丈夫だ。続けて」

「……」

 無言で頷いたステラが、腕輪を見詰めたままゆっくりと魔力を流し始める。


 すると、周囲の変化が更に大きくなってきた。

 まるで日本に在ったブラックライトで照らされたように、通常の色は失われてそれぞれに隠されていた別の色がじわじわと目に映ってきたような錯覚を覚える。


 そんな中に在って、腕輪だけが明るさと存在感を増していた。


 ステラが視線は腕輪から外さずに俺に向けて呟くように言う。

「認めてくれたみたい…。資格…? なんて言ったらいいのか分からないけど、それが私にはあるみたい」

「……だろうな。ステラ、腕に嵌めてみて」

「うん、そうする」

 ステラは一瞬どっちの腕に嵌めるべきか悩んだ様子を見せたが、左手を腕輪に通した。

 手首を少し過ぎた辺りでピッタリと腕に装着された腕輪は、まるでステラの腕に浸透してしまうかのようにその元々の厚みを薄めて貼りつくと、今度は点滅を始めた。


 ここまでは、モルヴィルーンの腕輪の時の状況と似ている。そして適合者が装着したことで腕輪の状態が変わり、そうなって初めて俺の目に見えてくる情報。

 思わず俺は感嘆の声が漏れてしまう。

「ふぅ…、これは。とてつもない腕輪だな」


 俺のそんな言葉は、ステラの耳には届いていない。

 ステラはただ一心に自身の腕に装着した腕輪に集中していた。



 ◇◇◇



 腕輪について見えてきたことを皆に小声で説明をしているうちに、時間的には五分程度は経っただろうか。

 ステラはずっと腕輪を凝視していた目線を上げて大きく息を吐いた。

 少し目がうつろな感じで、疲れを隠せていない。

 もう一度息を吐いて、椅子の背にどっぷりと身体を預けてから今度は目を閉じた。

 おそらくは腕輪から伝わってきた様々な情報と、そして自身に起きた変化を噛み締めているのだろう。昂った気持ちを落ち着かせているようにも見える。


 そしてしばらくして、エリーゼが淹れなおした紅茶のカップが自分の前に置かれた音で、ステラは目を開いた。

「あ、エリーゼ。ありがとう」

「熱いうちにどうぞ。でも、ステラがこんなに疲れた感じに見えるのって初めて」

「あー、そうかな…。いや多分そうよね。自分でもそうなんだろうと思う」


 俺も紅茶を飲むことにして、続けていたステラの腕に装着された腕輪に対する解析を止めた。


「皆にはちゃんと説明しないといけないね。シュンもかなり話してくれていたみたいだけど…」

 と、ステラは話し始めた。


「俺に見えているのは表面的な雰囲気みたいなものだけだよ」

「うん…。だから背景と言うか経緯から話すよ…」

 そう言ってステラは皆を見渡した。


「最初に、腕輪はやっぱり始祖グレイブの腕輪だった。だけど、彼が使っていた物という意味ではなくて、彼の遺産と言った方がいいみたい」


「……始祖は死んでしまってるということ?」

 ニーナがそう尋ねるとステラは渋い顔で頷いた。

「そう。これは歴史家、研究者の間でも意見が分かれてるよね。魔族によって消滅させられたという説と永い眠りについているだけで時が来れば目覚めるという説もあるし、私も消滅はしてないはずだと思ってたから少しショック…。ヴァンパイア達にこの話を広めたい訳じゃないからここだけの話だけど、始祖の根源を消滅させたのは魔王だったみたい。でも、それは始祖グレイブ自身の願いだったの…」



 始祖グレイブは転生することを望んだのだとステラは言った。

 当の本人にとっては永遠に続く呪いでしかない不老不死から解放されて、ヴァンパイアではない別の新しい生を得ることを望んだと。

「私自身、ドニテルベシュクに根源消滅させられそうになった時に、魂はまたどこかに行くんだろうな。また転生するんだろうなって、なんとなくそう感じてた」


「ふむ…、解放されたいという気持ちは、想像でしかないけど解るような気はする」

 俺がそう言うとステラは微笑みながら頷く。

「うん。まあでも今は、彼がそう考えるに至った理由は本題じゃないし、実際その辺の心境みたいなことまでは腕輪からも読み取れない。だけどグレイブは自分がこの世界から去るにあたって一つだけ心残りがあった…」


「それを腕輪に残したってことか…」

「そう。彼が従えていた眷属たち。始祖が滅すれば同時に滅したはずの眷属たちを腕輪の中で生かし続けて後継者に託そうとしたのね」


 始祖が従えていた眷属は、それだけでも伝説になっているようなものばかりだ。簡単に言うなら、エンシェントドラゴンに匹敵するものということ。


 見せたいし自分も実際に目で見てみたいからちょっと場所を変えよう。そう言ったステラに付き合う形で、俺達全員ぞろぞろとダンジョン前の広場に移動し始める。

 歩きながら、俺はステラに尋ねた。

「眷属たちって言ったよな。腕輪の中には複数居るのか?」

「始祖の全ての眷属が腕輪の中で眠ってるみたい。と言っても、今の私にハッキリ見えていて呼び出せそうなのは、まだそのうちの一体だけだけどね」


 広場の中央に立った俺達。

「ふむ…、遮断結界で良いか」

 そう言ったディブロネクスが、音と光を完全に遮断してしまう結界を広場全体を包むように張った。それは小さなドームと言っていい物。俺達全員が大きなプラネタリウムの中に居るような状態になった。


「ディブ爺、さすがにそこまで大きくはない」

 と、笑いながら言ったステラは数歩、俺達に背を向けて離れた。


 次の瞬間に微かに魔力の流れを感じたのは、ずっとステラの挙動と腕輪の状態に注視はしていたから。


 フワッと、ステラの前に揺らぎが生じて小さな山のようなものが姿を現した。

 それは巨大な灰色、そして銀色でもある狼の姿。ヘルハウンドの数倍は有ろうかという大きさだ。


 既にその存在感からの威圧を感じている。

 俺は、感嘆と驚き。そんな気持ちでいっぱいだ。

「フェンリルだったのか…。始祖はとんでもないものを残してたんだな」

「フェンリル…」

「凄い」

「相変わらず、気高いのう。灰銀の眷獣は」

 ディブロネクスは見たことがあるような口ぶりだ。あとで詳しく話してもらおう。


「シュン、これって…」

 エリーゼが言い掛けて言葉に詰まったのは、フェンリルが魔物であることと同時に精霊に似た存在感も漂わせているからだ。そして探査で見える反応は魔物というよりも、むしろドラゴンに近い。


 俺はじっとフェンリルを見詰めたままエリーゼに答えた。

「精霊であり魔物でもある。昔の人は、このクラスのものは魔獣と呼んでいたのかな…。半精霊の魔獣。半霊半魔だよ」

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