第367話 女神降臨(お手伝い)

 神殿では、立ち会う気満々のソニアさんや神官達とも打ち合わせを行った。

 予定していた時間になって俺達は聖堂の中へ入り、オーブの前で配置に着く。

 同時に視ておく必要があるシスティナイシスは近くの目が届くところに運んでいて、オーブからは距離を置いてベッドに横たえた状態だ。


「んじゃ、そろそろ始めるよ」

「「「了解」」」

「慎重にな、シュン」

「……」


 俺の声掛けに手を挙げるだけで無言なのは、聖堂の入り口の所から身体は半分隠すようにして見守っているソニアさん達だ。

 もっと近くに居たいと言ってたけど、そこまで退いてもらっている。傍に居るパティさんを含む数名の騎士達は緊張を隠せていない。


 ぐるっと周囲を見渡した俺は、慎重にと言ったディブロネクスには解ってると目で答えを返した。



 ゼノヴィアルソードを左手で構えた俺は、オーブへその剣先を向けた。

 まずは深淵鑑定で、オーブとそれに纏わり付いているものの今の状態を見極めるつもりだ。魔剣は、抜いた直後から神の鎖の存在を俺に見せてくれている。


 しかし続けて鑑定を始めようとした時、魔剣と共鳴しているかのようにグググッと女神の指輪が震え始めて、俺の頭上1メートル程の所に光が集まり始めた。


 えっ、なんだこれは…?


 と思っているうちにも、光はどんどん大きくなってくる。

 怪しいと感じたのは一瞬だけだった。

 何故ならこの光からは脅威などは全く感じられず、それどころか逆に身体も心も温かく癒されていくような慈愛に満ちた輝きが放たれていて、この光に永遠に包まれていたいと思ってしまうほどだからだ。


 出鼻をくじかれた感じで呆気にとられた俺がその光を見上げていると、今度は大きくなった光が俺のすぐ傍に降りてきた。


 そして、集まっていた光が周囲に広がって溶けるように薄れていくと…。


「シュンさ~ん♡ 私も手伝いますよ~」

 そこには、そう言ってニッコリ。とてつもない可愛さで微笑んでいる女神が居た。


 美貌はいつも通り。但し装いは少し違っていて、両方の腕に装着している金色の腕輪は初めて見る。そしてどことなく武装っぽさを感じさせるのに神々しさは逆に増しているような白い装束は、いつもより露出は控えめのものだが、スタイルの良さは隠せていない。


 俺は、つい見とれてしまいそうになりながら、首を横に振って我を取り戻した。

 そうだ。俺は驚いているが呆れてもいるし、なにより少し腹が立っている。


「ちょ、なにやってんだよ…。こんな危ないとこに来るなんて」

「あー、シュンさんが心配してくれてる~♡」

 数歩歩いて俺の正面に来た女神は、嬉しくて仕方ないような様子で俺に近付いて顔を覗き込みながらそう言った。


 女神のその視線には睨みを返しながら、俺は周囲を改めて探った。

 オーブの方に特に変わった動きはない。

 しかしこの一瞬のうちに女神は、システィナイシスを含めたこの場に居る全員と聖堂の壁や床、天井に沿った全域に守護結界のようなものを張ってしまっている。

 そして更に注意を向けてみると、神殿そのものを大きく包むように防御のベールで覆い尽くしていることも判ってくる。

 だが判るとは言っても、光魔法っぽいという程度の認識だ。

 得意なはずの光魔法なのに俺にはこの魔法の詳細がほとんど見えない。


 さすがの神の御業に感心しつつ、しかし相変わらずいつも通りの平常運転で威厳という言葉とは程遠い神様だな。なんてことを思っていたら、女神は俺の耳元で特段に甘い声で囁いた。

「今、私の姿はシュンさんにしか見えていないのです~♡ 他の皆はぼんやりと私の存在を感じ取れてるだけ~。もちろん声もほとんど聞こえていないよ♡」



「シュン、女神様なの?」

 と、その時。エリーゼが少し震える声でそう尋ねてきた。

 俺は後ろを振り返ると、エリーゼの顔を見て頷く。

「うん、そう…。どうやら、これからのことを手伝ってくれるみたいだ」


 神々しいばかりの光に驚き圧倒されて、黙って目を見開いて固まったまま俺と女神が居る方を凝視していたニーナが、俺の言葉の意味を理解するとやっと再起動。

 そしてすぐにエリーゼと顔を見合わせて嬉しそうに微笑んでいる。

 エリーゼもニーナも、俺とガスランのようにいつかは女神に会いたいと、以前から願っていたからね。


 二人のそんな様子を見た女神はエリーゼに近付いて頭を撫で、続けてニーナにも同じように手を差し伸べて優しく頭を撫でた。

 エリーゼ達には、女神の存在を感じさせる光が自分に近付いてそっと撫でてくれたように感じているのだろう。二人は感激した面持ちで頬を上気させた。



 ◇◇◇



 なんだか女神の登場で、気合い入れていた所に水を差された感もあるが、その女神にも聞こえるように再度手順の確認をしてから、俺はもう一度オーブへと集中した。

 『神の鎖』。それは悪神メドフェイルがオーブとシスティナイシスを理不尽に縛っているものだ。その鎖の状態に最近詳しく見始めてからの変化はない。


 鎖は、びっしりとおぞましいほどに絡みついているとしか表現のしようがない。

 最終的に俺は、それらを束ねている核となっている箇所に狙いを定めようとしているが、まずはこの鎖を少しでも弱体化させる為の行動を起こす予定だ。


「侵食を発動させるよ」

 俺がそう言うと、エリーゼがこの場の全員に掛けている精霊の守護を重ね掛けして、普段なら掛け捨てるのにその制御を維持した。

 必要があれば更に即座に強化するということ。


 それは女神の光の守護との相乗効果なのだろうか。二つの守護が掛かった状態は、安心感と共に冷静さと事態に対する為の集中をも後押ししているような気がする。

 女神が掛けた光の守護は一時的であるにせよ、神の祝福や加護と同等のものなのかもしれないなと、そんなことも思っている。


 隣に居る女神をチラッと見て、俺は光の侵食を発動した。

 足元から真っ直ぐに伸びた侵食の青い光が、サーッとオーブの元へと走った。

 そしてオーブの下から周囲に舞い上がるように立ち昇った青い光は、オーブを包んで廻り始める。この侵食の対象は神の鎖そのものだ。

 静寂の中で何も音は発していないのに、時折、音を立てて弾けているように青い光が所々で小さな金色の光を勢いよく迸らせている。


「抵抗していますね~」

 今のこの誰もが緊張した中に在っては場違いな感じたっぷりの、のんびりした口調で女神がそう言った。

 俺はオーブに向けた視線は外さず、すぐに問い返した。

「この状況をメドフェイルが観て対抗しているってことか?」

 視界には入っていないが、女神が首を横に振っているのが解る。

「様子を探ってはいますが、違いますよ~。これは予め組み込まれた反応です~」


 神の鎖も魔法だと見做すならば、侵食で蝕まれた部分を補うべく魔法が自己増殖しているような印象だ。分解された魔法式を修復し再構築しているような状態。


 しかし、その弾けていた光が突然一斉に鳴りを潜める。

 嫌な予感しかしない。


「ニーナ!」

「…っ!」

 返事をする間も惜しんだニーナの一気呵成の重力魔法が瞬時に発動した。

 ハイヒューマンに進化して一段と増した発動の速さでこそ、なせる技。

 瞬時にオーブの周囲を囲んでしまったこの重力障壁は、内側に向けた強い加重を伴うものだ。障壁と拘束の両方の作用がある。


 直後、まるで赤く燃え上がるような光が障壁の内面全てを一気に染め上げる勢いで爆発した。神の鎖が無数の細く鋭利な長い棘状の赤い光となって全方位へ突き出されている。

 何箇所か破られた障壁から漏れてきた赤い光は、向かってくるものはヴォルメイスの盾や剣、槍で防ぎ、ガスランのガンドゥーリルと俺が手にしているゼノヴィアルソードが斬り裂いて無効化していく。

 しかし、そうしていても漏れた赤い光の衝撃波で聖堂はおろか神殿そのものが揺さぶられた。


 とんでもないパワーだな。

 俺はそんなことを思いながら、継続していた光の侵食の威力を三段階ほど高めた。



 そうやって侵食の青い光の作用が増したことで、燃え上がっていた赤い光は急速にその勢いが削がれていった。

 だが、このまま完全に侵食で消滅させることまでは難しい。この力技の長時間の行使は俺のMP的に無理だし、仮にエリーゼの精霊の癒しでMPが回復されたとしても、既に光の侵食への対処を試み始めているメドフェイルの神の鎖が攻略の糸口をつかんで形勢逆転してきそうな雰囲気だ。


「やっぱり時間の問題か…。だが、もう少しは時間が掛かりそうだな」

 そう呟いた俺は、予定していた次の工程へと移ることにした。


 構えているゼノヴィアルソードへと目の焦点を合わせて、意識を集中した。

 俺は、魔剣に光の侵食を込めていく。


 最初から長期戦になることはこちらも望んではいない。

 これで鎖の核となっている箇所を一気に砕いて消し飛ばしてしまおうとしている。

 ゼノヴィアルソードを使い始めたら、おそらくは時間との勝負。短時間で決着を付けないとシスティナイシスが長い時間そんな大きな負荷に耐えられるとは思えない。


 するとその時、女神が俺の傍に近付いてきた。

 見ると、女神はどこか無邪気さを感じさせる笑顔の自分を指差していた。

「お手伝いしますよ~♡」

 と、そう言うと、女神は俺の右手に自分の右手を重ねて一緒に剣を握ってきた。


 ピッタリ俺に寄り添った女神は既に自身に掛けていた光の隠蔽は解除してしまっていて、爆発的だった赤い光の対処の為に俺の右側に進み出てきていたガスランは、女神のそんな様子を緊張した面持ちで見つめている。

 それは他の三人も同様だ。予定外の女神の行動で何が始まるのかと。


 しかし当の本人は、周囲のそんな緊迫はどこ吹く風。

 こんな時でもメチャクチャいい匂いがする女神は、俺の耳元に近付くと甘い声で囁いた。

「シュンさん♡ 光の侵食をたくさん、私にも注ぎ込んでくださいね~♡」


 ならばと、俺は侵食を更に加速させた。

 すると女神を通じてぐんぐんと吸い込まれるように、勢いを付けて光の侵食がゼノヴィアルソードの中に入って行く。元々青く輝く魔剣が、更に内側から発する青い光で輝きを増していった。


「もっと…、シュンさんもっと~♡」


 いや、今の状況って割と深刻なはずなんだけど…。


 女神が言ってる言葉がどこか卑猥に感じてしまうのは俺の心が汚れているせいだろうか。と、そんなことを思いながらもう一度横目で女神の顔を見てみたら、女神は今にも吹き出しそうな顔で楽し気に笑っていた。


 余裕がある女神に少し安心感を覚えながら、でも俺は他の誰にも聞こえない程度の声量で囁く。

「お前さぁ…。この程度余裕なのかもしれないけど、もう少し真面目に手伝えよ」

「え~、私。すごくマジメですよ~♡」


 嘘つけ、この野郎。

 そう思ってたら、またノンビリした調子で女神は囁いてきた。

「この態勢って、ウエディングケーキ入刀みたいですよね~♡ 確かな強い愛で結ばれた二人の最初の共同作業~♡」

 と、更に余裕に満ちた発言。

 なんとなくだけど、女神の周囲にピンクの後光が射し始めたような気がしてきた。


「はぁ…。どこの世界に魔剣でウエディングケーキ入刀するカップルが居るんだよ」

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る