第366話
今回の宰相レガニスの事件が、その後のひと通りの捜査などを終えて落ち着きを取り戻すには王城前での騒動から数日を経なければならなかった。
あの騒動では幸い命に関わるような犠牲者は一人も無く、俺達から蹴られたり投げ飛ばされたりした騎士達もそのケガは酷かったが命に別状はなかった。心配されたレガニスから操られているように見えたことについては、一時的に憑依された状態だったのだろうと今のところはそう推測されている。
彼らは、ケガの治療と並行してしばらくは隔離して様子を見ることになった。俺が調べた限りでは特に問題は残っていないと思うが、念のためにということ。
そして騒動の爆心地となったレガニスは、やはり一命は取り留めたもののかなり傷んだ状態だった。それはケガという意味でも精神的な損耗という意味でも。
気を失っていた状態から意識が戻っても人との会話が可能な状態ではなく、目は開いていても心ここにあらずという感じ。回復にはかなりの時間が必要だと思われる。
宰相レガニスの身辺などを含めた徹底的な調査は王国騎士団が中心になって続けている。しかし特に有益な情報は出てこず、常人でも感知できるあれほどまでに異常に色濃い邪に染まった経緯などは依然として不明なままだ。
ただ一つ。レガニスの異常さが目に付き始める少し前、邸宅警護の衛兵から衛兵本部に一人のエルフの男の身元を問い合わせていた記録が俺達の目を惹いた。
そこに記されていたのはエリーゼの兄、エヴェラード・バウアレージュの名。
このことを知ったニーナの厳命を受けたウェルハイゼス公爵家騎士団の特務部隊もエヴェラードの調査を重点的に行っているが今のところほとんど進展はなく、消息はおろか王都近郊での足跡など手掛かりは無い。
◇◇◇
さて、そんな風にレガニスが起こした騒動の余波は残っているが表向きは落ち着きを取り戻してきたこの日、俺とディブロネクスは二人で神殿に来ている。
昼過ぎには聖堂でのオーブに関する解析作業は今日はここまでとキリを付けると、神殿の外の庭で二人で話をしていた。
「ディブロネクス…。お前達の禁則事項かもしれないことを尋ねるから、答えられる範囲でいい。教えてくれ」
「ふむ…、良いぞ。言ってみろ」
「ダンジョン魔法は、お前が魔族として生きていた頃にも既に存在してたんじゃないのか?」
俺がそう尋ねるとディブロネクスは意外そうな顔を見せて、次にその表情はすぐに興味深さを滲ませたような笑みに変わった。しかしそれは、どちらかというと苦笑いと言った方が正しい。そんな笑みだった。
「スウェーガルニダンジョンのような質の高いものが実現できる魔法として完成したのは、儂が死んだ後じゃな…。だが、確かに既に原型は在った」
ディブロネクスは魔族とエルフの大戦が勃発した頃に魔族としての生を終えたらしいということは、これまでいろんな話をしてきて判っている。そして、古き世の使徒がこの大陸のあちこちにダンジョンを作ったのは大戦が終結した後の話だ。
俺は、やっぱりなという顔で頷いて言葉を続けた。
「ラスペリアはダンジョン魔法が使える。と言っても、俺達がイアンザードに掛かりきりの時に跡形もなく消されてしまって証拠も残っていないんだけどな…」
「ホムンクルスを産みだしていたダンジョンのことかの」
俺の話に被せるようにディブロネクスはそう尋ねてきた。
俺が言いたいことなどもうとっくに察してしまっている様子のディブロネクスに再び頷いて見せて、俺は話を続ける。
「そう。あんなものを造って運用していて、俺達に中を見られたのが判るとさっさと痕跡もほとんど残さずに消してしまっている」
「前も言ったが、消すのも簡単では無いはずじゃ…。それだけお主らを脅威と感じたのであろうの。そしておそらくは、停止しても魔法の痕跡が多く残るコアを奪われる前に回収したかったのは間違いないじゃろう…」
そこまで言うとディブロネクスは一旦俺をじっと見つめた。
そして次には溜息を吐きながら、今度は俺から目を逸らして口を開いた。
「シュンは、そのダンジョンの最下層で感知した
尋ねられた俺も、思わず深く息を吐いた。
「ふぅ…、その通りだ。正確には眷属になったエヴェラードだったんだろうと思ってるよ。前に撃ち込んでいたはずのマーキングが消えていたのは、眷属化されて変容していたとかそんな感じじゃないと説明が付かないし…」
「そのエヴェラードとやらがコアの役割を果たしていたかもしれないと言いたいのであろう…? シュン…。エリーゼももうとっくに察しとるぞ。どういう経緯であれ兄は既に死んでいるということぐらいは」
そうだ。エヴェラードはもう死んでるんだろうと、誰も口に出さないだけで俺やエリーゼのみならずニーナもガスランもそう感じている。だからニーナは一縷の生存の望みを探すべく調査させている。互いに心底嫌い合うような仲でいろいろあったとしても、エヴェラードとエリーゼは血の繋がった兄妹だ。
何も言わずに頷いた俺を見たディブロネクスは、更に言葉を続けた。
「ダンジョンのコアとして使われていたかどうかはともかく、リリスの眷属と化していたなら残念ながらその時点で人としては終わっておる。レガニスが人として生かされていたのは何か別の理由があるはずじゃ」
そうなんだよな…。
ガスランとニーナと三人であのダンジョンに潜った時に、仮にすぐに対処できていたとしても手遅れだったかもしれないというのは理解している。だがそうであっても、せめて魂を縛る鎖を解いて浄化して救えたんじゃないかと思っている。
「そうだな…。リリスは眷属が死んでも尚、魂をずっと縛り付けて操り続け、そして時には元の身体を持たせたりできるようだ」
「うむ、おそらくは元の身体のように見えるというだけであろう。魂に残る情報を基に再現しておるといったところかの…」
「そんな地獄から解放してあげたいと思ってるよ。以前やったことがあるサキュバスのとは全く違う次元のものだが、ゼノヴィアルソードが届く範囲に近づければ何とかなるんじゃないかってな」
「それは儂も賛成じゃ。ついでにリリスを滅してしまうべきであろう」
取り留めのなくなった話に互いに頷き合う形で区切りをつけると、俺達は揃って茶を淹れたカップを手にした。
そうやってひと息ついたところで、俺はもう一つの本題に入ることにする。
「ディブロネクス、実はここからが本題だ…」
と、俺が言うとディブロネクスは不審げな顔を見せるが、構わずに続けて俺は問い掛ける言葉を発した。
「悪魔種のリリスと古き世の使徒の共通項が意味していることはなんなんだ?」
「……」
しばらくの間、苦虫を噛み潰したような顔でディブロネクスは黙っていた。
この辺のことも禁則事項なのだというのは顔を見て居れば分かる。
「無理して答えようとしてくれなくていい…」
そう言うとディブロネクスは、すまんなという顔をして俺に何度も頷いた。
「以前、魔族の正統な血脈。そんな言い方で俺にディアス達の選民思想の拠り所について話してくれた奴が居た…。話してくれたそいつ自身も魔族の正統な血を誰よりも濃く受け継いでるんだと、俺はそんな風に思っていたんだ。魔族が先に産まれたのか、それとも悪魔種が先なのか…。それは俺には分からない。だが、ルーツは同じだと思ってるよ…。正統な血とは、言い方を換えるならそれは悪魔種に近い血だ。だから一般の魔族よりも高い能力を持っている。そしてスキルや魔法の適性も悪魔種に似たものが発現するんだろうな」
◇◇◇
アルウェン神殿の周囲に張られた結界に沿う形でウェルハイゼス公爵家騎士団が厳重に警戒し、璧外に駐留していた公爵軍からも多くが静かに入門すると彼らもまた王都内の各域に配置された。特務部隊の隊員達があらゆる地点に潜み、更には呼応したローデンさん率いる大公家騎士がいつもより人員を増やして王城の警備を固めた。
神殿近くでこそ、この物々しさは人目を惹いたが総じて密かに目立たないように進められたこの配置をニーナとソニアさんは地図上で確認している。その傍にいる騎士達も緊張した面持ちで付き従っている様子だ。
俺は二人の後ろから同じく、その地図を覗き込んだ。
「やっぱり、ちょっと大げさすぎないか?」
緊張というものは無くむしろ半ば呆れている俺がそんなことを言ったら、ニーナにジロリと睨まれた。
「何も無ければそれでいいのよ。何か起きてから、もっと兵を出しておくべきだったなんて後悔はしたくないでしょ」
Xデーとして定めた今日のこの備えは、主にニーナとソニアさんが立案。最終的には公家の権能に基づくものとしてユリアさんが承認し命令を下す形で始まっている。
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