第338話 ドレイン反転実験

 エリーゼとステラと俺。

 三人で坑道から出て、谷の入り口の方に少し戻った辺りで停まった。


 俺が距離を取って向き直ると、ステラが悩ましげな表情で言った。

「取り敢えず本気は出さないつもりだけど、正直言って程度を弱めることなんて意識したこと無いから」

「その辺もやりながら調整してくれて構わないよ」

 俺がそう応じると、ステラは尚一層の苦悩の顔色なのか不機嫌なのか。どちらか分からない表情を見せた。

 探査や解析。ステラのドレインスキルに対してどの程度有効か。それは実際やってみないと分からないが、それらの調査系スキルをいつでも発動できるよう俺は心構えだけはしておく。

「いつでもいいぞ」

 俺のその声掛けで、ステラは決心を固めるように大きく息を吐いた。

「じゃ、いくよ」


 俺が頷くと、すぐにステラはドレインスキルを発動させた。

 黒くて細い槍のような長いものが、一瞬のうちに俺に延びてきた。


 速い。

 ガスランが剣を振るスピードに匹敵する速さだ。

 ステラが狙ったのは俺の左腕だということが分かったので、俺はそれを前腕で受けることにする。


 スピードの割に当たった衝撃は小さい。

 だが、女神の指輪は白く輝いて大きく震えた。


 大丈夫だ。干渉してくれなくていいぞ。

 俺が心の中でそんな言葉を呟くと震えが小さくなり、同時に輝きも薄れる。


 そして、パッシブに有効な自分自身の耐性についても意識して無理やりに緩めていくと、僅かに吸収され始めたことが実感できてくる。


 この時ステラは、おや? と手ごたえが無いことを不思議に思っていた顔から今度は俺を案ずるような心配そうな顔に変わっていた。

 今、俺が吸収されているのはHPとMPを始めとした各種ステータスだ。

 本人が言っていたとおりに、やはりステラのドレインは全ステータスダウンの超高速かつ超絶激化版なのだということが判る。

 まさに究極のドレイン。

 対象の全ステータス、即ち生命力を直接根こそぎ奪ってしまう。一連の処理のスピードを加味すれば、これはもう即死スキルだと言ってもいい程のものだ。

 真祖、チート過ぎだろ。と、俺はそんなことも思った。


 さて、本来の目的を達するべく、異常耐性スキルによってほとんどが抑えられている状態を維持したまま俺はステラに向けて言葉を発した。

「ステラ、今は俺の全ステータスが少しずつ吸収されている。これをMPだけに絞れないか?」

「それ、意識はしてるんだけど。どう調整すれはいいのか解ってないの」


 ステラから俺に向かって真っすぐに延びて繋がった状態の黒い硬質な線を見て、俺はそこに魔法を重ねてみようと思い立つ。

「ステラ、スキルを今のまま維持しててくれ」

 俺はそう言うなり、MPドレイン魔法をステラから延びた線に沿って作用させた。


 ドレイン魔法は一時的にだが、対象と自分の間に魔法的パスを繋いだような状態を実現する。そのパスを通じて対象からドレインするという仕組みだ。


 ステラの状態異常耐性もかなり高い。

 その抵抗の強さを痛感しながら、俺はMPの消費を惜しまずにドレイン魔法の強度を上げた。


 綱引きのような状況のその均衡が逆に傾いた瞬間に、ステラがハッとした表情を見せた。

「シュン、これね」

「そうだ。今、俺の方にお前のMPが少しずつ流れてきている」

「これを後押ししてみるよ」

「焦らなくていい。ゆっくりな」



 そんな風に日没を過ぎても続けたステラのドレインを反転させる為の実験。

 結論から言うと、なんとかなりそうだった。

 休憩を挟んでの最後の実験で、ステラはコツが掴めた気がすると言った。


「おっ、MPが流れ込んでくる」

 もう俺の方からはドレイン魔法は実行していないのに、ステラからMPが送られてきたのが判った。

 集中した表情は変わらないままでステラは俺に向かって頷いた。

「うん…。私も実感できてるよ。これ以上速くは難しいけど」

「いや、スピードは今ぐらいで十分だ」



 その後、実験を終えて坑道に戻り始めた時、ステラはしみじみと言った。

「……にしても、シュンのステータスって。とんでもないね。驚きとか通り越して呆れてしまったよ」

 そう言い終わるとステラは、今度は微笑みを見せた。

 ドレイン魔法で相手の情報が見えることは無いので、俺はステラのその話に大いに興味が湧く。

「ん? 判るものなのか?」

「うん。元々私のドレインはそういうものよ。ドレイン可能な相手ならそれは感じるの。今回はシュンが抵抗緩めたでしょ。そうなってからは把握できた。具体的な数値が見える訳じゃないんだけど、自分と比べてどのくらいってのは判る」


 このことは、ステラのドレインスキルが魔法とは全然違うんだということを改めて表している話だと思った。スキルは固有のものが多くて魔法以上に謎が多いが、出来ることならいろんなスキルについてこういう解析を今後も続けていきたいものだ。


 話を聞いていたエリーゼが

「ステラのドレインスキルにも、私達の探査や鑑定と通じる部分が在るのかな」

 と、そんな疑問を口にした。

 そう。探査では相手の強さというものがかなり鮮明に判るし、俺の鑑定スキルをもっとレベルを上げていけば対象のステータスまで詳細に見えるようになるんじゃないかと思っている。


「対人的なスキルにはあると思う。私が持ってる気配察知もそういう類だもんね」

 ステラはエリーゼに頷きながらそう答えた。



 ◇◇◇



 六人での夕食は賑やかな中で進んだ。

 ステラ達は久しぶりのまともな食事だと言ってとても喜んで食べて、そして食べながら東部の情勢についてまだ語りきれていない話を次々と披露してくれた。


「さっきも少し触れたけど、公爵軍がドヌーブ伯爵領を落とすのはそんなに先のことじゃないと思うわ。既に領都の包囲は完了していたから、もって二週間て感じだろうなと思ったよ。サラザールが援軍を出す様子はないし、だからエゼルガリア攻略の準備は早めた方がいいって言ったの」

 ステラがそう言って、もう一人の女性がうんうんと頷いている。

 思案気な顔になったガスランが尋ねる。

「てことは、あと何日かでドヌーブ領都陥落は間違いない?」

「だね。公爵軍は凄い。近接戦闘は圧倒的だし遠距離の部隊もメチャクチャ強い。ほとんど抵抗らしいことも出来ないドヌーブはただ閉じ籠って時間稼ぎしてるだけって感じよ」

 そこでニーナが悩ましい顔でステラに問う。

「ドヌーブ領に第二王子が居る様子はないって言ってたよね。だとすると、やっぱりもうこっちに来てるのかしら」

 ステラは大きく頷いてから応えた。

「公爵軍がドヌーブ領内に侵攻した頃まではドヌーブの城内に居たのは確実。でもその後は確認できていない。そして残念ながら、エゼルガリアでも王子の到着を示す証拠は見つけて無いの。とは言っても、サラザールが動かない今の状況を考えると、既に第二王子はサラザール領内に入ってると思ってた方がいいよ」

 そこでエリーゼがポツリと呟く。

「それって、エゼルガリアに居るとは限らないってことだよね」

「エリーゼさん、その通りです」

 と、隠密メイドの女性が肯定した。


 更に彼女は続けて言う。

「エゼルガリアの北東の城塞、イアンザードが最も怪しいと見てます。どうやらサラザール軍の主力はそっちのようですから」


 イアンザード城塞は王国建国当時から存在し、それはエゼルガリア北東の高台の上に在る。エゼルガリアが領都として発展してからは民間色を排して軍事拠点へと変わった。領都エゼルガリアのサラザール城と並ぶサラザールの武の象徴だと称されていたこともあったが、近年では軍の駐屯地程度のものとして見られている。しかし堅牢さは健在だとステラは言う。

 そして遠く外洋をも望めるその場所に城を築いたのは当時の領主が神託に従ったからだという伝説が残っていて、神殿との関連と合わせて史跡的な価値もある城だ。


 ステラは、イアンザードの名を聴いてからずっと表情を曇らせていた。

「イアンザードは民間人がほとんど出入りしない城塞なんだよね。警戒も厳しくてなかなか忍び込めない。うちの部隊が手こずってるし、ウェルハイゼスの特務部隊も同じみたいで情報が乏しいのよ」



 と、そんな感じで話が盛り上がった夕食の時間が終わり、程よく夜も更けてくる。

 ここからは森の中の怪しい領域の調査の時間だ。

 ホムンクルスの男の子を置き去りにすることは出来ないので自ずと人選は限られるのだが、ステラとステラの同僚の隠密メイドがこの場に加わっていることで少しメンバーを変更してもいいなと俺は思っている。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る