第339話

 集落に立ち入ることは避けて、迂回するように森の中を進んだ。


 探査で見えている見張りは、さっきと変わらず集落の入り口に二人。但し、別のヒューマン二人と交代している。他は全員が家の中に居て、ほとんどの身動きしていない者はどうやら睡眠中だと思われる。


 先頭を進む俺のすぐ後ろにはニーナが続き、その後にはガスラン。

 坑道での留守番と看護をステラ達二人に頼もうと思ったが、自分も傍に居た方が良いと言ってエリーゼもホムンクルスの男の子のために残っている。


 更に進んだ俺達三人は、集落の外れの小さな林道が始まる位置に辿り着いた。

 約半日前にガスランと二人で昼飯休憩をとった所だ。

 進行は一旦停止して、そこから改めて俺は念入りな魔力探査の網を広げる。狙いは林道の前方、魔族三人を含む奴らがぞろぞろと出てきた地点とその先。


 そんな全力の魔力探査の甲斐あって、俺はすぐに何かモヤモヤした壁のようなものを感じ始めている。広めの隠蔽魔法が張られているのは間違いなさそうだ。


「もう少し近付いてみようか」

 ニーナとガスランの方を振り返った俺はそう囁き、林道を歩いた。

 続けている魔力探査を違和感を感じる辺りに集中させると、そこに近付くにつれて一層強く魔法を感じるようになってくる。


 問題の箇所に近付いた所で、俺は右手を挙げて停止の合図を示す。

 ニーナとガスランは俺のすぐ後ろまで来て停まった。

「5メートルぐらい先から隠蔽の領域が始まってる。侵入検知も他の仕掛けも、今のところは無さそうだ」

 そう囁いた俺にニーナが囁き返してくる。

「てことは、このまま突っ切っても大丈夫ってことだよね?」

「仕掛けは無いにしても、この先に何が有るかなんだけどな。まあ、でも…。悩むより見てみた方が早いか」

「そうしましょ。少し不気味ではあるけど、危険な感じはしないのよね」

 ニーナは何気に言っているが、実はニーナのこういう勘は割とよくあたる。


 と、そんな感じでニーナにさっさと進めと促される形になり、俺達は隠蔽魔法に囲まれた領域の中へと入って行った。



 そこに在る物を見た瞬間、日本に在る天文台のようだと俺は思った。

 ステラが超遠隔視と看破を駆使して見通したとおりの、ドームのような形状だ。


 集落からのこの林道の先には、森の木々にぐるっと囲まれたスペース。丈の短い草で覆われていて、伐採を続けた結果として出来た空き地のようなここが、呆気ないほど集落に近い林道の終点。但し、中心には不気味な黒っぽい色のドームがあることがこのスペースを異様な領域に感じさせている。

 それは明らかに決して自然の産物では無い。

 正円の曲線で整えられた半径10メートル程度の半球のドームは地面に直接建てられていて、パッと見は地中から突き出した大きな岩を誰かが削ったかのようだ。


 俺は意識の半分はこのドームに向けながら周囲への警戒と探査も行う。

 それはニーナとガスランも同様で、ドームを気にしつつ周囲に注意を向けていた。


「んん?!」

 鑑定を始めた俺は、思わず驚きの声をあげてしまう。


 どうしたと言いたげに俺を見てくる二人に左手で警戒を意味するサインを示し、

「警戒態勢を続けて。ここ一帯とこのドームと、両方を」

 と、俺は小さな声で言った。


 まずはドームの周囲を確認しようと、俺を先端とした隊列でドームとは距離を置きながら横に回り込んだ。

 すぐに、歩いて来た林道からは見えなかったドームの反対側が見え始めると、それは俺に鑑定の結果についての確信を持たせた。

 見えてきたのはドームの側面が縦にそぎ落とされたような垂直な壁。

 その中央には大きく開いた入り口があり、地下に降りる階段が始まっている。こんな階段は何度も見たことがあるし何度も通ったことがある。

 ここに至って改めて、ドリスダンジョンの入り口に似た構造なのだということに思い当たった。


「ダンジョンだ。鑑定で見えているこのドームの材質はダンジョンの壁と同じだよ」


 俺がそう言うと、ガスランの息を吐く音に続いてニーナの溜息も聞こえた。

 二人のそれは唐突過ぎるこんな展開に対して、難題を突き付けられたと感じて困惑する思いの表れだろう。俺も同じく、いきなり目にしたダンジョンと同じ材質の建造物には、ぶっちゃけ勘弁してくれという気持ちが強い。


 だが、そんな気持ちとは裏腹。

 既にいろんな考えが頭の中を駆け巡っている。

 並列思考のほぼ全てを使いながら俺は考察を続け、推測やシミュレーションも繰り返している。しかしその結果が何であれ、ダンジョンの下の階層に繋がっているような階段を目の当たりにして、そこを降りてみないという選択肢はない。最初からそれだけはハッキリと自覚していた。


「シュン、降りてみるよね?」

 ニーナが背中からそう囁いてきたのは、そのドームの入り口・階段の前まで近付いた時だった。

 半身になって後ろのニーナとガスランを見た俺は頷く。

「見てみないと何が何だかさっぱりだしな。て言うか、先に集落に居る奴らを尋問すべきか、それを悩んでたんだよ」

 ガスランは悩ましげな顔。

「降りるならトラップに注意しないと」

 ガスランのその言葉に同意の素振りを見せたニーナは冷静な口調で言う。

「あっちの連中はわざわざ馬に乗ってたんでしょ? だったら、ここを降りた所で馬が必要ってことだよね」

「そう、それな。下はそれなりに広いと思ってた方がいいと思う」


 入り口も階段部分も天井の高さも、馬が通ることには全く支障がない広さだ。ゆっくり進めば馬も余裕で降りて行けるだろう。



 結局、集落の連中を尋問するにしても、一応はこの階段の下を見ておいた方がいいだろうと結論付けた俺達は階段を降りることにした。

 この階段は、その幅や段差や勾配などスウェーガルニダンジョンの物とほぼ同じ造りだ。これが標準的なダンジョンの階段ということなのだろうと思う。スウェーガルニダンジョンでも階段によって違いがあるのはその段数、即ち長さで、目的の階層の深さに応じて階段の長さは異なる。


 いつもやっているように俺とガスランが先行する形で慎重に、警戒を緩めずに降りて行った。最初の階段にしては長く、いきなり階層の深さを予感させられながら降りてしまうと、そこからはダンジョン特有の照明に照らされた通路が始まっていた。

 スウェーガルニダンジョンで言うなら、ゴーレムが出てくる第7層のような雰囲気だ。通路の幅と天井までの高さ、共に十分な広さと高さがある。


「もう少し進んでみようか」

「「了解」」


 ダンジョンだと確信したからこそ、現れてもおかしくはない魔物は気配すら一切無いことに逆に不気味さを感じる。そのことと共に違和感を感じるのは、緩やかなカーブを描いて延びる通路には分岐が全く無いことだった。


 通路は弧を描くように続いて、そして通路の始まりから半円形に丁度180度回った所には早くも次の階段が在った。


 俺達は更に先に進んだ。



 しかし、二つ目の階段を降りた所からは上と全く同じようなカーブを描く通路が延びていて、やはり半円を描いた所で次の階段が在った。そんなことを数回繰り返して、さすがにどうなってるんだと、俺達は立ち止まった。


「ま、やっぱりと言うか。普通じゃないわね」

 ニーナは、眉をひそめて口を尖らせた不満げな顔で階段の下を覗くとそう言った。


 ガスランが階段の下と自分達がやって来た方を見比べるように何度か首を振った。

「少しずつ下に降りて行ってるけど、どこまで降りるんだろう。これも階層って言っていいなら、もう次は7階層め」

「馬に乗ってないとやってられない程ってことなんでしょうね」

 と、そう言ったニーナの話には少し同意するが、何となく俺はそれだけでもないような気もする。


「あともう少しだけ降りてみよう。それでもこんな感じなら、引き返して奴らに訊くしかないだろうな」

 そう言って俺は階段を降り始めた。



 ◇◇◇



 それは11個目の階段を降りた時だった。

 これまでは全てがカーブを描いていた通路が、今回は真っ直ぐ直線的に延びている様子を見て俺達は再び立ち止まった。

「ふむ…、変わったな」

「変わったね…。やっと」

「変わった…」


 ゆっくり慎重に歩いてきたせいもあり、このダンジョンに入ってから既に2時間が過ぎている。エリーゼ達も心配しているだろう。何かがあるにせよ無いにせよ、そろそろキリを付けようと思う。


「警戒態勢で行こう」

「了解」

「りょーかい」



 進み始めて、前方を肉眼でも探査でも積極的に確認している。

 どうやら突き当たりには広い空間があるようだが、暗さと広さのせいでこの通路の終わりのその先の様子はハッキリとは見えなかった。

 だがそれも、どんどん歩いて近付くにつれて次第に判ってくる。


「もしかして…、フィールド階層?」

 ガスランの誰に言うともなく呟いたその言葉を俺は肯定する。

「みたいだ。外が夜だから暗いってことだな」

 最後尾のニーナは黙ったまま。だが、懸命に前方を見詰めて何かを探ろうとしている。そんな雰囲気を感じる。

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