第330話

 捕縛された魔族二人は、王都のとある場所の地下牢に留置されている。

 尋問の専門家によって厳しい取り調べが続き、テロの計画の他にも、彼らのボスのディアスはサラザール領に居ることなど、ディアスが率いる魔族の過激派一味のことについても少しずつ明らかになっている。

 一味の中には侵攻中の東部連合軍に帯同している者もいるという。但し捕縛されている二人は連合軍の具体的な進軍計画の一部しか知らされておらず、それに関しての情報はまだ乏しい。


 王都では、東部連合軍の集結が伝えられた頃から目立ってきた避難民が日を追うにつれてさらに増えた。王都に入場する門に長蛇の列を作って街道から溢れ、璧外も壁内も大混乱となった。これは東部連合軍に追われるように町や村から夜を徹して逃げてきた多くの民が押し寄せたことが切っ掛けだ。

 そして、既に東部連合軍が通過した町や村での連合軍の兵の非道な所業が瞬く間に王都中に広まった。



 ◇◇◇



 さて、ニーナとステラの女子会にもキリが付いて、仕事の話に入った俺達。

 ステラは自分が使っている地図を広げて説明を始めた。

「当初の行軍スピードのままなら、今夜はこの辺りに居るはず。そして、明日の野営地はおそらくこの村の周りかな。で、その翌日にはこの平原に着く」

 ふむ、パティさんが教えてくれた二日後というのは割といい線だったな。と俺はそんなことを思う。


「ところで、諜報に対する敵の索敵が優秀過ぎる気がしてるんだけど。ステラは何かその辺気が付かなかった?」

 ニーナがそう尋ねるとステラは表情を曇らせた。

「もしかしてウェルハイゼスの部隊が?」

 ニーナは黙ったままで頷く。

 首を小さく横に振ったステラは、

「私は特に気が付いてることは無いわ。どんな感じか判る? 遠隔視なのか察知系なのかとか」

 そう言って俺を見た。


 だが、消されたようだと聞いているだけなので、正直、俺も見当が付かない。

「いや全く。ただ、こっち方面だけみたいだ。東ではそこまで無さそうだから」

「そう…、こっちが主力と言えば主力だからね。本当の主力はまだサラザール領に居るんだろうけど、こっちはサラザール家臣の軍も参加しているみたいよ」


 そうだ。と思い出して俺はステラに尋ねる。

「ステラ。魔族には敏感だって言ってたよな」

「うん、言いたいことは解る。王都でシュン達が捕まえた二人が魔族だってのは私も気が付いた。でも、今のところあの二人以外は魔族の気配は感知してないよ。索敵に優れている場合は同時に隠蔽も得意なことが多いから、上手く隠れてるだけかもしれないけどね」


 ステラは俺達が神殿に行ったのを見ていたような口ぶり。て言うか、見てたんだろう。超遠隔視恐るべし。


「だな…。とにかく気を付けてくれ。今回の連合軍に魔族が帯同しているという話もある。俺も意識して探るようにしようと思ってるから」



 ◇◇◇



 南の平原で戦端が開かれたのは些細なことから。

 王国軍の代表者が連合軍本陣近くに出向く形で話し合いの場を持っていたはずが、それが平行線のままお開きになるやすぐに小競り合いが始まった。

 気勢を上げる連合軍に追い立てられる格好で、璧外を守備するはずの王国軍の部隊もその全てが壁内へと逃げこんだ。


 そして、機を見ていたかのように王都のあちこちで火の手が上がる。

 事前に摘発できていただけでは不十分だったということ。テロの始まりだ。狙われているのは軍・行政の施設や貴族の邸宅ばかりではない。むしろ被害が大きいのは大手商会の倉庫だ。



「無駄死にだろ…。そもそも、誰がこんな進軍を決めたんだ」

 この日は情勢の情報共有の為の軍議に出ていた俺は、思わずそう漏らした。

 今は情報官から、連合軍の第一陣を迎え撃つために東進した総勢5万の王国軍が接敵して間もなく総崩れとなって敗走した状況が説明されたところだ。

 その敗走は事前に見立てていた通りだとは言え、あまりにも呆気なさすぎる。

 俺の呟きが聞こえているニーナから何か小言を言われるかと思いきや、同意と王国軍への諦めが混在した表情でニーナは俺に頷いた。


 情報官の説明は続いている。

「その翌日。我が中央軍は連合軍と戦闘開始。敵を圧倒し完全撃破しました。敵の残存兵力約1万は東方へ退却。我が中央軍は兵の損耗極めて軽微であり、支障なく計画通りに第二段階へ移行。敵を追撃しつつ、連合軍を構成した東部貴族領の順次制圧を開始する。とのことです」


 東の海岸沿いの東部貴族領を北から順に制圧し、サラザール領に迫るルート。それが壁に大きく映された地図でも示された。連合軍の軍勢の大半はこの沿岸地域の各貴族領から出兵している。


 俺は隣のニーナに小声で尋ねる。

「制圧って具体的には?」

 エリーゼとガスランも同じことが気になっているようでニーナを見ている。

「真っ先にやるのは領主の断罪と治世権の停止ね。言い逃れが出来ない国家反逆罪よ。しかも自分の軍勢による王国民に対する殺人暴行略奪。罪名には事欠かないわ」


 ユリアさんが、報告を終えた情報官をご苦労さまという視線で労い、ひと息つくような間を置きながら全員を見渡した。


「……東は退けた。次は南からやって来た反逆者共の討伐よ。これを成せば東の戦果と合わせて国民を一旦は安心させられるわ」


 そう言ったとおりに、このタイミングを待っていたユリアさんから俺達に出撃の指示が出た。敵と対峙するのは、予定通りに俺達四人とソニアさん率いる公爵家第一騎士団の精鋭30名。



 ◇◇◇



 ……シュン達に出撃が指示された、その前日の夜のこと。


 パティは自分が付き従っている公爵妃のユリアが、多くの報告書や書類に目を通しては、その都度考えこむように目を閉じたり、デスクに広げた地図をじっと見つめている様子を静かに見守っていた。


「まだ非公式な話だけど…」

 ユリアは唐突にパティに向かってそんな言葉を掛けた。

 何事かと、パティは改めてユリアの顔を見る。


「……東の初戦は圧勝よ。完璧な勝利」

 続けてそう言うとユリアはニッコリ微笑んだ。

 今、東と言えば、王都から東の街道を三日ほど進んだ辺りで始まっているはずの連合軍との合戦のことだ。


 パティも思わず頬が緩んでしまう。そしてユリアに軽く会釈をした。

「ユリア様、おめでとうございます」

「ふふっ、皆の勝利よパティ。こういう時は素直に一緒に喜べばいいのよ」

 そう応じたユリアにパティは満面の笑みを見せて頷いた。


 少し経って笑みを消してしまったユリアは、デスクの上の地図をじっと見つめ始めた。そして、自分に言い聞かせるように。

「となれば…、こっちを片付ける時が来たということね」


 パティはユリアの言葉の意味を正しく理解しているつもりだ。


 王都の外壁近くに迫り、二方面から王都に睨みを利かせて王都内を消耗させるという敵の狙いは分かりやすいほどに分かりやすい。兵站の弱さと備蓄の少なさは最初から見透かされていて、敵は籠城させたがっているのだ。

 連合軍は、兵糧については用意周到に準備してきた自信がある。対する王都は軍だけではなく、たくさんの民を抱えている。軍が飢えなくても民が飢えたら負ける。

 璧外の戦局を言えば、もしユリアが公爵軍を二つに分けて東と南の両方に対峙させたなら、その両方の戦線が膠着してしまう可能性も浮上する、これもまた敵が望んでいることだろう。

 王国の軍は全くあてに出来ない。これまでも懸念していた従来からの腐敗体質や堕落した兵。更には東部出身者もそれなりの割合を占める王国軍自らの自らへの不信。


 ユリアが打ち出した方針は、サラザール城を落とす最終決戦まで温存できればと考えていたアルヴィースをここで投入するというもの。侵攻してきた敵の主力を殲滅してしまう為に。そうすれば公爵軍を二分する必要はない。


 こういった様々なこと。ユリアがこれまで話してくれたことなどを思い返していたパティは、真剣な表情、眼つきに変わって改めて姿勢を正した。


「南に迫ってきた連合軍ですね…。ユリア様、その件でお願いがあります」



 ◇◇◇



 そして作戦決行の日。


 王都の南門から出て建物の陰に集合した騎乗の騎士達とアルヴィース。

 同じくその場所に到着したパティは、自分がとても緊張していることを自覚している。そんな自分を落ち着かせようともう一度装備の確認をし、予め聞かされているこれからの行動予定を頭の中で反芻していると、自分の名を呼ぶ声に気が付いてパティは振り向いた。


 そこには心配そうにパティを見てニッコリ微笑んでいるニーナの姿があった。

「パティ、姉上の傍を離れないようにね。そして、言われてると思うけど。いざとなったら真っ先に逃げて母上に報告すること」

「は、はい…」


 アルヴィースに同行したいと志願した際、ユリアから言われたことがパティの耳にまだ残っている。

「おそらく、そこで見ることは貴女のいろんなものを変えてしまうわ。地獄を見るかもしれない。だけど、必要なことなのかもしれないわね。いいわ…。私の代わりにその目でしっかり見てきて頂戴。そして帰ってきたら、私にそれを詳しく話して聞かせてね」


 パティは、どうして自分がこんな衝動に駆られたのか。

 自分のことなのに上手く説明が出来ない。

 何かに衝き動かされて、そうしなければならないと思ってしまった。


 怖いと思う。たった30人程度で立ち向かうにしては桁違いどころの話ではない。

 しかし、淡々と装備の確認をしている騎士達、地図を見て打ち合わせをしている様子のソニアやシュン達を見ていると、全員が落ち着いているのが伝わってくる。

 彼ら彼女らは自信というもの以上の確信を持っているのだとパティはそう思った。



 南へ真っ直ぐに進む街道をしばらく進んだ一行は、王都から続いていた町並みが途切れ、ポツポツと点在するだけになってきた街道沿いの民家の一つの傍で停止した。

 その民家で待機していた特務部隊に馬を預けた一行は、そこからは徒歩となる。


 街道から外れていくように東にしばらく歩き、幾つめかの木立の間を抜けると、まさに平原という様相の一帯が視界一面に広がってきた。

 なだらかな平原で遮るものがほとんど無いおかげで、遠く南の方に敵が陣を敷いている様子も見えてくる。

 そこには既に柵や防塁が築かれていて、いずれは砦にでも仕立て上げようとしているのだろうかとパティはそんなことを思った。

 柵の後方にはたくさんのテントや天幕。そして小屋のようなものも在る。


 立ち止まった一行と共に足を停めているパティが、そうやって敵陣の様子を眺めていると、

「もう気付かれてる。少し早いけど潰してくるよ」

 という声が聞こえてきた。

 その声は、シュンがニーナ達に向けて言った言葉。


 えっ、何を潰すの? パティがそう思った次の瞬間にはシュンの姿が消えていた。

 驚いて固まったパティは背中を押される。

「さあ、俺達は予定通りに進もう」

 パティの背中に手を添えてそう言った一人の男性騎士は、誰よりも緊張感を滲せているパティを気遣うように頷いていた。


 一行は、更に平原の真中を敵陣に向かってまっすぐ進んだ。

 多くの敵がこちらを窺っているのが、近づくにつれてパティにもはっきり判るようになってきた。


「姉上、それじゃ私とエリーゼは行ってくるから」

「気を付けてね」

 ソニアとそんな会話を交わしたニーナがエリーゼの腰に手を回した。


 あっ、また消えた…。パティはそう思うと同時に、隣に居るガスランが空を見上げていることに気が付く。釣られてパティも見上げると、はるか上空に居るニーナたち二人の姿を目で捉えることが出来た。それでも、そう思った次の瞬間にはまた見失ってしまう。


 進行を一旦停止し、ソニアの合図で一行の全員が魔道具を手に構えた。

 パティも事前に説明は聞いている。

 ショットガン…。そういう名前の魔道具。

 半円を描くような隊列となった一行は、前進を再開する…。



 少人数で現れた一行を訝しむように様子を見ていた敵が、ようやく動き始めた。

 しかしそうなってからの展開は早く、明らかに中隊規模の集団が三つ迎え撃つように出てきて、それを支援する魔法師の隊も追随する。


 するとその時、敵陣の奥から

 ゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴッ、ゴゴゴコゴゴゴゴゴゴッ…

 と、続けざまに地面を揺るがす地鳴りが響き始めた。


 そして上空から真っ直ぐ斜め下、敵本陣の西の方に向かって大きな光が走った。

 ズギュンッッッ!!

 続いた破砕音は、太い光が地面を粉砕した音。


 そこにソニアの冷静だが大きな声が一行に発せられる。 

「行くぞ! 油断するな!」

「「「「「了解!!」」」」」


 一行の先頭はガスラン。それを頂点とした隊形になって足早に進む。

 少し先行したガスランが停止し、それに合わせて隊列全体が停まると、その時にはガスランが抜いた剣から斬撃が飛んでいた。

 最も近くに居た敵の一群の兵達の身体が全て真っ二つに斬り飛ばされた。遅れて血煙と共に吹き上がる真っ赤な血。


「撃て!」


 ズガガガガガガガガガガガガガガカッンッッ!!…

 ガガガガガッ、ズガガガガガカガッ! ズガガガガガカガッッッツ!!…


 何もかも粉砕していく雷撃散弾。その光が迸り音が響く。

 ゆっくりと前進を続けながら、騎士全員が手あたり次第に敵を粉砕して行った。


 敵兵は、反撃など考えることすらできない。すぐにただ逃げることにのみ考えが及ぶ。それは本能的な恐怖に駆られた行動。

 その思いは瞬くうちに伝染し、駆けつけようとする兵は途絶えて逆に蜘蛛の子を散らすように逃げ始めた。しかしそんな彼らの頭上から雷撃の雨が降り注いだ。


 パティはその時になってやっとニーナとエリーゼが戻ってきていることに気が付いた。


 大きな爆裂音が響いた。

 それは敵本陣から。


 ショットガンで粉々に粉砕され、今は頭上から落とされた爆弾によって何もかもが崩れて弾けてそして壊されていく。一つ一つの命の奪い合いなどではない。ただ大量に一斉に処理されているだけだ。


 パティは、ユリアが地獄かも知れないと言った意味が理解できたと思っている。

 これがこれからの戦争なのだろうか。

 人間は入ってはいけない領域に足を踏み入れてしまったのではないだろうか。


 パティは、右手に握っている抜身の剣を見た。

 万が一にと構えていた。

 この状況では全く意味が無い、長く愛用してきた剣をパティはじっと見詰めた。



 残党狩りにひと区切りつく頃、敵本陣が在った所を通り過ぎて更に先に進むニーナ達に遅れまいとパティは付いて行く。

 すると、近くに来て初めて分かった唐突に地面に大きな溝が出来ている所に出た。溝は幅も深さも約5メートル。そんな溝が平原を南北に分断するように、まるで綺麗に計ったような直線を描いて続いている。


「これは…」

 思わずそんな声を発したパティをエリーゼが見た。

「始まった時に作っておいたんです。逃げる敵兵をここで食い止める為です」

「……」


 最初に聞こえた地鳴りの正体がこれだったんだと、パティは今やっと理解できた。

 そして確かに所々、溝の中に落ちている敵兵の姿がある。

 よく見るとまだ動いている兵も居ることがパティにも分かってきた。


「どうされるんですか?」

 パティのその質問はソニアとニーナに向けられていた。

 出動前にユリアが全員に明確に告げたことの一つに、敵兵は全員が国家反逆罪の罪人であり、捕縛しても戦争捕虜としては扱わないということがあったからだ。ここに至るまで、王国民に暴虐を尽くしてきた極悪な野盗の集団だと。それは、すべて処分してしまえという意味。


 何ごとか言葉を交わしていたソニアとニーナとエリーゼ。するとエリーゼが示した敵兵をニーナが上に引っ張り上げ始めた。


 その時、パティの問いかけには随分と遅れてソニアが答えた。

「ここからは、一応息がある敵兵は拘束しようと思ってるわ。どうするかは正直決めてはないのだけど」

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