第331話

 神殿で日課のようになっている一連の作業を終える頃。俺は、見覚えのある探査の反応に気が付いた。そうやって気が付かれることを最初から解っているようなステラを迎える為に、俺は一旦神殿の外に出ることにした。

 神殿の西の出入り口を出て、森の中の道を歩いた。

 魔族が転移してきたあの一件以来、外側の結界の所には今日も公爵家の騎士団員が二名立っている。その騎士達のすぐ横で、そろそろこの警備体制もどうにかした方がいいんだろうな。そんなことを俺が思っていると、てくてくと小道を歩いてくるステラが俺に向かって手を挙げた。

 珍しく今日のステラは町娘のような恰好をしている。その方が王都では目立たないということなのだろう。いつもの冒険者風の装いは今だと傭兵っぽいうえに、元々冒険者が少ない王都で更に女性というのはかなり目立つ。


 手を挙げて応じた俺の振る舞いを見て、騎士達はステラへの警戒を解く。

「知り合いなんで、大丈夫ですよ」

 と、俺がそう言うと騎士達はニッコリ微笑んで軽く頭を下げた。


 こんな所で立ち話という訳にも行かないなと、そう思った俺は神殿の方を指差した。

「折角来たんだし、中入ってみるか?」

「えっ、いいの?」

 ステラは目を大きく見開いて、驚きと期待と嬉しさの全部がミックスされた表情で俺を見た。

 その様子に思わず笑ってしまった俺は、大きく頷く。

「俺がいいって言うのも変なんだけど、いいよ。神殿の一番偉い人から、俺がそう思ったら構わないって感じの許可は貰ってる」

「やった、スッゴク嬉しい。これは皆に自慢できそう」

 ステラはそう言って、飛び上がらんばかりの喜びを満面の笑みで表した。


 神殿は最初に侵入した時と比べると、かなり綺麗になっている。

 これは魔族達が出入りしている状況でそれどころじゃなかったということと、掃除をしたり手入れをする人手が不足していたせいで、荒れていると言ってもいい状態だったのを見かねて、俺達が手を加えたからだ。

 神殿の外も中も神官たちの私室に至るまで漏れなく徹底的にクリーンで綺麗にして、エリーゼがこれまた徹底的に硬化魔法などを駆使して補修が必要そうな箇所に処置を施した。

 その際、最初にこじ開けてしまっていた元々は神殿の本来の入り口があった南側については、神官達の意見を聞いて大きく頑丈な扉を取り付けた。普段はしっかりと閉じておけるように、ということ。

 そして聖堂の一般的な入り口にあたる部分の南からの廊下の終わりの箇所にも扉を付けた。訊いてみたら、元々はそこにも扉があったような話だったので。


 ステラを聖堂の中に連れて行って、最近はずっと俺が置いたままのテーブルを挟んで座り、お茶を飲みながらそんなことを含めた神殿とのいろいろについて話した。


「原初のオーブ、って言ったよね」

「そう聞いてる。俺には単にオーブとしか見えてないんだけどな」

 と、改めてオーブの方に視線を向けたステラと同じように俺もオーブを見ながらそう答えた。


「シュン、前に一度話したことがあると思うけど…」

 ステラは視線を俺に戻すと声を落としてそう話し始める。

「ここは常に遮音結界が張られてるから大丈夫。ん? 何の話?」


 ステラは、原初のオーブが神が最初に作ったオーブのことを指しているなら、それは神が精霊を変化させて作ったものだと言う。

「……確か、リュールの記憶だと言ってたな」

「そうよ」

「システィナイシスは…。あー、さっき説明したここの巫女で実際は聖者の、眠り姫のことなんだけど。彼女は、原初のオーブは力を蓄え続けていると言うんだ。それは多分、アイツら巫女の何世代にも渡ってという意味だと思ってる」


「力を…? まるで生きてるみたいな言い方」

 腑に落ちないという顔つきでそう言ったステラに、俺はうんうんと頷く。

「俺もそう思った。で、いずれは世界樹に匹敵する精霊の源泉になるらしい」

「……」


 この時、ニーナを先頭にエリーゼとガスラン。三人が聖堂の中に入って来た。

 互いに笑顔で、この前は会っていないエリーゼとガスランがステラと再会の抱擁と挨拶を交わす。


 その後は、聖堂の中に大人数で居座るのも悪いなと思って、俺達は神殿の外。畑が造られている横の庭のようなスペースにテーブルと全員分の椅子を出して座ると、気を遣ってくれたのだろう神官の一人がお盆に軽い食べ物や飲み物を載せて持って来てくれる。

 今では、精霊魔法を行使するエリーゼを女神のように考えているんじゃないかと思うぐらいに丁重さというか俺達にかなり好意的というか凄い。神官達は揃って寡黙だが、時折話してみると皆、誠実で慎ましい。以前からの、神殿は挙動不審でどこか腹黒いという印象はここでは感じられない。


「てか、早かったな。戻るの夕方ぐらいだろうと思ってた」

 俺がガスランにそう尋ねると、

「割と近場で結構いいのがたくさんあった」

 神官が持って来てくれた素朴な味の焼き菓子を食べながら、ガスランがそう答えた。


 そんなやり取りを耳にしたステラがやっぱり菓子を食べながら、何の話? という顔をしているのでガスランが説明。

「岩を拾いに行ってた。ニーナの趣味」

 パコーン、とガスランの頭を引っ叩いたニーナが笑いながら補足。

「誰の趣味よ! あー、岩はね…。また攻城戦になりそうだから。教皇国でかなり使ってしまったから、その補充なのよ」

「あ…、あれね…。あれは怖い。私だったら泣いて逃げる」

 ステラは驚き、そしてその後は妙に納得したようにそう言った。


 そうやって皆でワイワイと雑談をして過ごした後。

 明日から東部に向かう、その為の準備をすると言って街中に消えていくステラを全員で見送った。



 ◇◇◇



 第二王子が王城から失踪したという知らせが公爵邸に届いたのは、そんなことがあった翌々日のことだった。


 第二王子派閥は、現在の王の政に強い不満を持つ者の集まりだと言われている。

 この派閥は東部貴族だけで構成されている訳ではなく、王国各地の領地持ち貴族や下級貴族の中にも、これに属している者がそれなりに居る。彼らは東部の軍が王都に押し寄せるような騒ぎになってもまだ傍観者だった。それは臆病と言い換えてもいい慎重さと勝ち馬に確実に乗りたいという狡さ故の姿勢。

 第二王子が王城から抜け出した。もしくは彼の母の第二妃同様に拉致されたのか。

 いずれにしても第二王子が失踪したという事実からは、近い将来には東部にその身が在るだろうということが容易に想像できる。連合軍がことごとく撃退されて揺らいでいたはずの第二王子派閥が、まだ傍観者として振る舞い続ける為の大きな要素になり得る。


 王子失踪の話を聞かされた俺達は、続けてユリアさんからお願いされる。

「どうやって消えたのか皆にも調べてみてほしいの。王城には話は通しているから、同行してくれるとありがたいわ」

 ニーナが俺をチラッと見た。

 うんうんと頷いて見せた俺にニーナがニコッと微笑む。

「何か痕跡が残ってるかもしれないわ。急いだ方が良さそう。母上、行きましょう」


 ニーナが心配しているのは魔法の痕跡が分からなくなってしまうことだ。王国騎士団やその魔法技術部門も、最近の散々な状況でボロボロになって残り少なくなっている王国騎士のメンツにかけて徹底的な調査を実施しているだろう。その結果、現場が荒らされてしまうことを心配している。


 ぞろぞろと王城の門をくぐり、案内の王国騎士に先導される形で俺達は第二王子の私室に入った。王国騎士は厳重な警護を続けていて、この私室に居たはずの王子が消えたという。

 部屋の入り口部分に立つ王国騎士に見守られながら調査を始めた。王子の私物など残っている物を検分していくのはユリアさんとニーナ、ガスランに任せて、俺とエリーゼはひたすらに探査。解析も同時に行使して調べた。

 私室は間取りとしては三つに分かれている。執務室という感じで応接も備えた入ってすぐのスペースに続いて、書斎と寝室がある。


 ん? と、書斎に入ってすぐに魔法の残滓を検知した俺は解析を始める。

 そんな俺の様子に気が付いたエリーゼに頷いて見せると、

「そこの机の前…。だよね」

 とエリーゼが囁いた。

 魔法の残滓を感じ取ることは探査の能力の範疇なので、エリーゼも俺と同じぐらいに感受性は高い。ただ俺は魔法解析のスキルを持っているおかげで、より詳細な調査が出来る。


「うん、そう…。転移なのは間違いないと思うけど…」

「またトラップみたいな感じなのかな」

 俺と同じく小声でそう言いながらエリーゼは、書斎の中をぐるりと見渡して他に何か無いか探し始めている。


 後宮での第二妃拉致のトラップで使われたのは、おそらくは設置型の固定転移。外からのトリガーを必要とする条件発動型だろう。単純なトラップだと、たまたまその上を通った者を転移させてしまうかもしれない。間違いなく、第二妃の姿を確認してタイミングを見て発動させた者が近くに居たんだろうと俺はそう思っている。

 だが、今回の王子の私室に残っている転移の残滓はそれとは少し異なる。

 ひと通り解析を終えた俺は、その時には傍に来ていたニーナの方を振り返った。

「いろいろ解ってきた。話は帰ってからの方がいいかな」

 俺がそう囁くと、ニーナは少し大きめの声で応じる。

「こっちも成果なしね。帰りましょうか」


 王国騎士達は、俺達が王城に来てからずっと怪しんでいるという雰囲気を隠しもせず露骨に俺達を見張っていた。公爵妃のユリアさんと姫殿下のニーナに対しても警戒心を抱いているのが判る。

 そんな様子が判っていた俺は、ここでわざわざ情報を提供してやる義理は無さそうだなと思っていて、どうやらそれはニーナも同感だったみたい。


 そういう訳で、さっさと退散を決め込んだ俺達。

 速足で歩いて王城を出た所で、ガスランがぼやいた。

「証拠隠滅に来たと思われてたのかな。王国騎士から敵意みたいなものを感じた」

「まあ、胡散臭いと思われてたのは間違いない。敵意と言うより恐れと警戒だな」

 俺がガスランの苦笑いに付き合って同じように笑いながら応じると、ユリアさんは俺とガスランに頷き、そして半ばため息交じりで嘆いた。

「多分…、同じ王国騎士同士でも疑い合っているんじゃないかしら。シュンの言う通り、不安も大きいのでしょう。今回の内戦が終わったら王国の軍は再整備が急務ね」



 ◇◇◇



 残っていた転移魔法の痕跡を調べた翌日に、俺達四人は王都を離れた。そして ジャスティン第二王子の失踪から1週間が過ぎた今も騎乗の旅を続けている。


 季節は晩秋。王都から南東方向へ続く主街道沿いの木々や草原が、その色合いを変えて冬が近いこと表している。

 王都以南は雪が降ることはあっても積もることはほとんどない。本来ならば秋の収穫後の二毛の作物を育てている頃合いなのだが、幾つかの通り過ぎた村や町に人影を見ることは無かった。秋の収穫もせずに放置された畑を見ることも少なくない。

 事前の情報では街道から離れれば住民が残っている所もあるということだったが、街道のモノの流れが止まっているこの状況。残っている住民たちがどんな暮らしぶりになっているかは想像に難くない。


 この日は、そんな行程の中で初めて人が多く残っている街道沿いの町に近付いた。

 人の背丈よりも少し高い程度の柵で囲まれたその町を遠めに見る位置で停まった俺達は、町の様子を窺っている。


 いつもの双眼鏡で町を見ながらニーナが

「どう見てもあれは東部連合軍の兵。町の警備は厳重そうよ。いよいよサラザール領に来たってことね。まだ直轄領のはずなんだけど、現状はそうじゃない」

 と、そう言うと、エリーゼが探査に集中したままでその話に応じた。

「荒らされては居ないし町の住民も居るみたい。宿泊地として自分達も使えるからなのかな」

 そういうことなんだろうと、俺も思う。

 あとは物資の貯蔵だろう。街道沿いに補給のポイントを持っておきたいのは当たり前のこと。

「なんとなくだけど、侵攻開始の前から補給基地になってたって感じだな」

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