第329話

 捕縛したカーマイン男爵らと魔族二名の取り調べは苛烈なものとなり、すぐに第二妃拉致実行の詳細、そして東部からの侵攻に合わせた王都内の軍の施設や貴族の邸宅をターゲットにした複数のテロ計画についても明らかになった。

 翌日には公爵家からの告発を受けた王国騎士団とそれに率いられた王国軍、王都の衛兵が積極的に捜査を開始。計画に関与している者の拠点を強襲し、多くの容疑者を捕らえていった。


 この件は、王都の緊張感を一気に何段階も高めた。

 街中には血相を変えた軍人が常に行き交い、まるで血の臭いがいつも漂っているような殺伐とした空気が蔓延し、開戦前夜という様相を見せ始めた。

 そしてそんな王都の状況に呼応するかの如く、遂に、集結していた王国東部連合軍と称する東部貴族の軍勢が動き始めた。敵軍が東の街道を西の王都に向かって侵攻していることは間違いがなく、王都への到達予想は四日後。その軍勢は最終的には兵6万に達するだろうとされた。


 籠城が既定路線と見られていた王国軍は、戦前の予想に反して先陣を務める王国騎士団と共にこれを迎え撃つべく王都を出立した。その数およそ5万。



 ◇◇◇



 俺達は、ここ数日の日課となった感もある神殿へとやって来ている。

 エリーゼとニーナは、これまた恒例となったシスティナイシスの見舞いだ。毎日のようにエリーゼが施す精霊の癒しのおかげで、状態はとてもいいらしい。


 ガスランと一緒に神殿の外をひと回りして異常が無いことを確認した俺は神殿の中へ、そして聖堂へと入った。

 そこでオーブの状態を確認していく俺は、比較的新しい魔法の痕跡に気が付く。

「おっ、これは…」

 思わず俺がそう呟くと、丁度聖堂に入ってきた地獄耳ニーナが反応した。

「何かあったの?」


 俺はニーナの方を見て一旦は首を縦に振るが、途中から首を傾げて曖昧な返事。

「あー…。まあ、あったと言えばあったみたいだ」

「んん? どっちよ」

 ガスランも、どうした? という顔なので俺は説明する。

「オーブに定着している固定転移魔法を弄ったって話はしただろ」

 ニーナは少し首を傾げて応じる。

「うん…。ここに転移できないようにしてしまうって話だったよね」

「そう。転移は不成功に終わるけど、その痕跡はこっちにも残る。これ見ると転移してこようとしたのは多分昨夜だろうな…。昨日見た時はこの痕跡は無かったし」


「……ということは、敵の親玉がここに様子を見に来るかも」

 心配そうにそう言ったガスランに、俺もそれは同感だという意味で頷く。

 ガスランが言ってる敵の親玉というのはディアスじゃなくて悪神の方のこと。


「魔族達は異変が起きてると判っている所にわざわざ飛び込んでくるようなことは無いだろうけど、まあ、その親玉が来る可能性はあるかもな。その意味じゃ結界張っといて良かったかもしれない。魔力消費多いけど」


 この結界の話は、改造した神殿に張っている物のことではない。公爵邸を起点として張り巡らした王都全域をカバーする広域結界のことだ。


 ガスランが急に思い出したように質問してきた。

「シュン、今は女神も飛んでこれない?」

「あ、それな。多分、女神は俺が居る所なら問題ない」

「シュンが居る所?」

「俺の指輪と繋がってるんだよ。これを辿るなら視点云々は関係ない。と言ってもそれもあの女神ならって感じだとは思うけど」

「なるほど…」


 そう。そんな話をしている通り、俺が新たに張った広域結界は時空断絶結界だ。ディブロネクスが張っていたものを元に改造している。魔力消費を抑えて、更には強すぎた効果も適正なものにした。時空転移を阻害するだけなら十分。



 ◇◇◇



 神殿から公爵邸に戻った俺達は東部連合軍の新たな情報を知らされた。

 ニーナにそれを伝えに来たのは女騎士のパティさん。

「東部連合の第二陣の動きが予想以上に速い模様です。二日後には王都の南100キロ地点に迫りそうだということです。その数、約7万…。です」

 いや、それって…。

 こっちの方が第一陣だったんじゃないか。と俺がそんなことを思っていると、ニーナが何故か俺を睨む。その目は余計なことは言うなと言っている。

 そしてニーナはパティさんに言った。

「王国軍もうちも、敵の行軍開始を察知できてなかったということなのね」

「はい、その通りです。そしてこの情報の切っ掛けは…、殿下。これをどうぞ」

 パティさんはそう言ってニーナに折り畳まれた紙片を差し出した。


 受け取った紙片を開いて見たニーナは、プッと吹き出した。

「ステラよ」

 そう言ってニーナは紙片を俺達にも見せた。


『ニーナ、串焼きはガーリックソースだよね』


 ガスランが文字通り腹を抱えて笑い出した。

 俺とエリーゼも笑う。ニーナもそんな俺達に釣られるようにまた笑い始めた。


 パティさんが言うには、帝国の諜報部隊からこちらの特務に送られたこれまでの敵位置の変遷と今後の進行予想が記された書類の中に、これが挟まれていたそうだ。様々な憶測と共に偽情報が乱れ飛んでいることもあって、この帝国側からの情報も半信半疑だったらしいが確認してみたら、ということらしい。


 きっと帝国の諜報部隊は王国軍の動きも追っている。そして、討って出るならこっちが先だとステラはそう言いたいのだろう。

 既に並列思考で熟考を始めている俺は、ステラのことはひとまず置いて、話に出ていた辺りを地図で確認し始めた。そして更に考え続ける。


 そうやって俺が考え込んでいると、その様子を察した皆からは笑みが消えた。


「王国軍もそうかもしれませんが、この南東方面に派遣していたうちの特務も全員が消された可能性があります。連絡が途絶えているそうです」

 空気が変わったことを機にパティさんがそう言うと、ニーナは険しい顔になる。


 確かに情報が入ってこなかった理由には、そんなことがあったからなのかもしれない。だがそれにしても、と俺は思う。

 遠隔視、探査、鑑定、もしくは魔眼的な、そんなものの存在を予感させる。

 南東方面は甘くないぞ。俺は自分にそう言い聞かせた。



 間もなく主だった者が集められ軍議の形となった場で、俺達にも公爵軍の情報が明かされる。

 ユリアさんの指示で既に公爵領最東端の街レニアルシスを出立している中央軍を主力とした公爵軍。その総勢12万は2日後に王都へ到着するそうだ。しかし王都には留まらずそのまま東へ進む。


 王都籠城とは、王都の壁のすぐ外が真っ先に戦場に変わるということ。

 璧の周囲に何も無い訳ではなく、街道沿いを中心としてたくさんの人が暮らし、商店や住居や農地がある。特に王都の南側から東側の広い範囲は街道の合間を埋めるように街並みが広がり商業地としても発展している。

 籠城を選択せずに王国軍が東からの敵を迎え撃つべく前に出たのは、戦場となる地域をより王都から離れた所にしたいのが大きな理由だ。

 しかし分析官は

「王国軍は敗走するだろうというのが現時点での見通しです。数ではそんなに差はありませんが王国軍は討って出るということに対してあまりにも戦意が低すぎます」

 と、そう言った。

 隣に居るニーナが俺にだけ聴こえる程度の声量で囁く。

「戦意もだけど王国軍は王都に兵を残し過ぎ。中途半端なのよ」


 公爵軍は東へ侵攻する。それは王国軍を助ける為ではなく、敵の初撃を返り討ちにして徹底的に粉砕してしまうのが目的であり、それがこの戦争の趨勢に最も効果的だと考えているからだ。

 東部海岸地域まで攻め入らんばかりの公爵軍の侵攻は、東部連合軍の第一陣を追い詰め壊滅させてしまうだろう。それは現時点で東部連合軍として蜂起した軍勢のおよそ半分に相当する。公爵軍は一気に形勢を傾けるべく敵の勢力と支配地域を大きく削ってしまうつもりだ。


 ユリアさんは悩んだことを隠さない表情で言った。

「我が中央軍を二つに分けることはしない。あくまでも、まず東の敵を全軍で徹底的に叩く。今、大公家の軍と調整を進めているの。彼らも王都へ入ってくれる。王都内の要所と王城の守護をかなり任せられるわ」


 大公家は王都からは北の方角に在る街の一帯を、そのとても小さな所領として治めている。覇権を目指さないという主旨のこの処遇は大公家自らが望んだ伝統なんだそうだ。但しこの街は非常に栄えていて、美しい景観と相まった美しい街並みが有名だ。また大公家は文武両方の教育に力を注いでいて、個の力量に優れた武人や文官、文化人を多く輩出している。王城に務める文官にもこの街の出身者は多い。

 軍としての数的な勢力は公爵家とは比べるべくもない僅かなものではあるが、大公家の軍人はその全てが忠義に厚いと称えられている。


 さて軍議は、もう一つの懸念となった南側からの敵の侵攻についての話に移る。


 東部連合軍の第二陣が二日後に布陣すると目されている王都の南100キロほどの地、そこは南主街道と南東主街道の間に広がる見通しの利く平原地帯だ。東部連合軍がここを王都攻略の本陣とするのは間違いないだろうと推測された。


 俺が、つい溜息を吐くと、両隣のニーナとエリーゼが俺の顔を見たのが判る。ガスランもニーナの隣からじっと俺を見る。

 そんな様子に気が付いているユリアさんが、やはり深く息を吐くと口を開いた。

「シュン、やってちょうだい。対処できるのはアルヴィースしか居ないわ。ソニアの部隊も同行させるつもりよ」

 ソニアさんは、何故か嬉しそうに笑っている。

「誰に向けて剣を抜いたのか、思い知らせてやりましょ」


 俺は正直呆れている。と同時に、なんと逞しい母娘なんだろうかと感心もしている。もちろんそれはニーナも含めての話。

「分かりました。出番はもう少し先だと思ってたんですが、やってみます。あと、南東方面の特務部隊は後退させた方がいいと思います。多分ですけど、索敵に優れた敵が居るような、そんな気がします。その辺のことは帝国の隠密部隊にも話を聞いてみようとは思ってますけど」



 ◇◇◇



 その日の夜。偵察も兼ねて王都を飛び立った俺とニーナは、南へ向かった。

 敵が目指しているであろう平原近くにまで来ると、ついでに正確な地図も作ってしまおうと思っていた俺は、俯瞰視点と探査を駆使して辺りをじっくりと見始めた。


 雲が少なく月が明るい夜で、暗視効果もあるので地上の様子を見ていくのに特に問題はない。地上から千メートルほどの高度そのままでゆっくりと更に南へ進んだ。


 平原のおよそ中央付近にまで来た時に、東の方角にステラの反応を捉えた。王都から南東方向に延びる主街道の一つ。その街道から平原の方に入り込んだ所にステラは居る。

「やっぱり様子を見てるな。アイツ、ここが戦場になってもずっと見張り続けるつもりか?」

「ん? ステラ居るの?」

 そう言ってきたニーナに、俺はステラが居る方を指差して示した。

「街道からずっと入ってきた所の木立のこっち側」


 ニーナは双眼鏡を取り出して見始めた。

 ロフキュールのメイド軍団から譲ってもらった純粋に光学式の双眼鏡だ。

「んー…。木の陰? あ、居た居た」

「え? 見つけたのか?」

「うん、こっちに手を振ってる」

「お、おぅ…。そうか」

 いや、ニーナが見つけることが出来たのは、ステラが俺達に気が付いて隠蔽を解除したからだ。でなければ肉眼で看破するのはまず無理。


「じゃあ取り敢えず降りるか」

 と、俺はニーナを先行させて地上に降り始めた。



 すぐに遮音結界を張ってしまうと、早速女子二人の会話がスタートした。

 互いの近況などを語り合いながら二人で串焼きを食べ始めている。もちろんガーリックソース味。


 俺はそんな二人の横でせっせと地図を描いている。

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