第321話 ゼノヴィアルソード

 エリーゼの精霊魔法による浄化が終わったのは、始めたのが遅かったこともあってフィールド階層が暗くなり始める頃だった。天頂から暗くなってその暗さが全方位に広がるフィールド階層の夕暮れは独特で、暮れ始めるとそれは速い。


 俺は鑑定や解析などを駆使して、ディブロネクスと魔剣への念入りな調査を実行中だ。特に魔剣については浄化が済んだことで新たに見えてくるものが在ると思っているし、時間を掛けてこそ解ってくることもある。

 そして他のメンバーは、そんな俺を守るように位置し周囲への警戒を続けている。


 ディブロネクスの鑑定などを終えた俺は、続けて魔剣への一連の調査作業を始めた。至近距離に近付いて丹念に隈なく見ることから。

 俺がそんな作業を開始して間もなく、暗くなってきた空に警戒の目線を配していたガスランが俺の方に顔を向けてきた。

「シュン、そろそろ一旦引き上げよう」

 ガスランにそう言われて、キリは悪いが確かに潮時だなと俺も思う。続きは明日でいいかな、と。

「そうだな。ここで野営はしたくないしな」


 俺とガスランの話が聞こえていたフェルは何か言いたげな顔をしている。

 そう。フェルは魔剣のことが気になって仕方ないのだ。


 魔剣と称される業物のことを詳しく知りたい。フェルのその気持ちは同じく剣を振るう者としてよく解るし、そういう純粋な興味に加えて、もしかするとモルヴィの時のようにこの剣との間にも魔王の魔核に由来する因縁というか繋がり、絆のようなものが残っているのかもしれないなと俺はそんなことも思っている。


 そして、ガスランから言われて10層のゲート広場に戻ることと、今やってる作業にキリをつけることを考え始めた時。レヴァンテが俺に話しかけてきた。


「シュンさん…。一時的で構いませんのでゼノヴィアルソードの所有者になっていただけないでしょうか」


 レヴァンテとラピスティは、今すぐは無理でもいつかはフェルにこの魔剣を持たせたいはずだ。俺もそう思っている。だからこそ俺は念入りに調べようとしているし扱いを悩んでいる。

 レヴァンテが強調した一時的という言葉の意味を考え始めた俺に、レヴァンテは真剣な顔つきのままで続ける。

「この剣が封印もなく、所有者も定まっていない状態で放置されるのは危険です。良からぬ考えの者が手に入れようとやって来るかも知れません。もちろんここはダンジョンの中ですから、簡単ではないと思います。しかし、それにしてもです」


 ふむ…。

 レヴァンテが言いたいことは解る。

 魔王の遺産と言われていたものが魔王が使っていた剣だと判明し、実物を見た時点で、このままにはしておけないと俺も思っている。

 俺は意識して声量を落としてレヴァンテに囁く。

「良からぬ考えの者というのは、例えば挙動不審の神殿とか、悪神の一柱だったりとか、そういうことを言ってるのか?」

 レヴァンテは真剣な表情を変えず、大きく頷いた。


 滅神の剣なんてものが万が一にでも悪神の影響下にある者の手に渡るようなことがあれば、それは暗黒時代の始まりと言ってもいいだろう。


 伝説のエルフと魔族の大戦は、神の代理戦争だったのではないかという話がある。

 最近では俺はかなりこの説を支持するようになっている。

 神々も一枚岩ではない。

 それは最近の事実から言っても、教皇国の教皇ゼレスをこの世界に転生させた神の存在が示しているように、禄でもない神が居るのは間違いないと俺は思っている。


 俺とガスランがよく知るあの女神が善神かと問われたら、上手くこき使われているような気がしている俺からすれば素直にそうだとは言いづらいのだが、とは言え、あの女神の本質は慈愛であり善そのものだ。それは断言できる。

 魔王の継承者の資格を持つフェルはまだ幼く、この剣を握れる段階ではない。

 ならば他の者に渡さないという意味でも、この魔剣を預けておくのに相応しいのは冗談抜きで女神だと思う。


 俺がそんなことを思い巡らしていると、女神の指輪がグッグっと震えた。


『シュンさんが~持っていてください~』


 なんとなく、そんな声が聞こえた気がした。

 女神はどうやら預かることは出来ないようだ。そうしたくないのか、それともしたくても出来ないのか。どっちなのかは分からないけど。


 全く…。と心の中で溜息を吐いた俺は、改めて魔剣ゼノヴィアルソードを見た。

 青白い輝きは変わっていない。だが、浄化が済んでからその輝きはほんの少し穏やかになったような印象だ。



 ◇◇◇



 とにかく一旦はゲート広場に戻る事にした俺達。

 MP節約モードは全面解除して最速で広場に戻ってからは、何はともあれ野営の準備と食事の準備を手分けして進めた。

 封印の所に着いて以降は戦闘は行っていないが、全員がずっとかなりの緊張を保って警戒を続けていた。少し休むべきだ。


 その後、食事を摂り終わって、俺が一人で窓の前で胡坐をかいてフィールドを眺めながら思索に耽っていたら、エリーゼがやって来た。

「シュン、剣に掛けられていた呪いは何だったか解析は出来た?」


 俺は首を横に振った。

「完全には解ってない。でも状態異常っぽい、剣を手にした人間に作用する類だったと思う。想像も入るけど、おそらくは狂戦士化みたいなもの」


 隣に座って眉を顰めたエリーゼが俺を見つめる。

「それって、まさに呪われた魔剣だよね」

「そうだな。あと、呪いを掛けたのはこれも魔王自身だと思う。進化前のフェルを浄化した時のこと覚えてるだろ」

「魔核に掛けられていた呪いのことね」

「そう。呪いそのものの構造はあれとよく似ていたよ。今回の方が呪いの定着の強度は高かったみたいだけど」



 その後、広場に戻るとニーナとガスランは既にそれぞれロッジの中で眠っていた。

 レヴァンテがテーブルの前の椅子に座り、すぐ横の長椅子ではフェルが横になっている。見ると仰向けのフェルの胸の上には本が開かれたままで、どうやら本を読みながら寝落ちしたような感じ。モルヴィもそんなフェルの腹の上で丸くなっている。


 レヴァンテは戻ってきた俺とエリーゼを見ると静かな声で言った。

「そろそろラピスティを呼ぼうと思います」

 俺はその言葉に頷いた。

「ディブロネクスはまだ目覚めていないが、もういつ目覚めてもおかしくない状態だと思う…。ホントに付き添わなくていいのか?」

「はい。お任せください」


 魔剣の扱いは大きな問題だが、ディブロネクスのことも問題だ。


 奴を縛り付けていた封印に伴う呪いは全て取り除かれた。

 リッチはレブナント同様にゴーレム的な形態から脱却したアンデッドの一つの完成形だと言える。魔力的にダンジョンに依存しているレイスとは異なり、行動の自由度は高いだろう。実際、人間社会に溶け込み人として振る舞い続けたリッチのことが記録としても残っている。

 その辺も踏まえてラピスティ達には何か考えが有るのだろうと思った俺は、直接話をしたいと言ったラピスティの申し出を了承している。但し、俺とニーナが最初に奴と会った時の多重人格的だった様子については要注意だと念押しはした。



 ◇◇◇



 翌朝。

 ちゃんとロッジの中のベッドに運んでいたフェルも起きてきて、軽く朝の体操を済ませて朝食タイム。

 皆がほぼ食べ終わったところで、レヴァンテがディブロネクスのことを説明した。

 それは、ディブロネクスは昨夜のうちにラピスティがビフレスタに連れて行ったという話。

「今の状況については彼も理解出来たようです。今回の処置は様子見を兼ねてということなのですが、ビフレスタでは悪さのしようもありませんし、今後のことは様子を見極めたうえでラピスティが彼と話し合ってということになると思います」


 そこでニーナがすかさず問う。

「封印に閉じ込められていたことについては、何て言ってるの?」

 レヴァンテはニーナに微笑みを見せるが、すぐに真顔に戻って答える。

「リッチとして再生してすぐのことだったらしく、本人の選択という訳ではなかったようです。それでも、自分が選ばれた理由も自分が適任だということも納得はしていたそうですが、いつからか恨む気持ちが膨らんできたと言ってます。そして封印の外も閉ざされた世界、フィールド階層のことですが。そのことを理解してからは、階層を支配することを考え、同時に外敵を排除する備えに腐心したようです」



 さて、ディブロネクスの話題にキリが付いた所で俺達は行動開始。この日は最初から魔法使い放題で空中コロシアムへ飛んだ。


 たった一晩で状況が変わっているはずもなく、ゼノヴィアルソードは変わらず床に刺さった状態だ。そしてやはり青白い輝きを発している。


「んじゃ、始めるよ。全員、最上級の警戒で」

「「「「「了解」」」」」

 皆が間隔を取って身構え、ヴォルメイスの盾を持ったフェルの肩に乗ったモルヴィもじっと俺を注視している。


 これまで観察をしてきた距離から数歩近付いた所で、ゼノヴィアルソードの青白い輝きが微かに揺らいだ。どことなく警戒されているような、そんな気がした。

 女神の指輪がググっと震えたが俺は構わずに更に近付き、そして右手を伸ばして剣の柄を逆手に握った。


 ビリビリと手から伝わってくるのは、激しい拒否の波動だ。感電でもしてるような気がしてくる。

「そんなに嫌うなよ。そのうち時期が来れば開放してやるから」

 そう呟いた俺は、左手も柄に添える。


 左手の女神の指輪が金色に光る。

 その光がゼノヴィアルソードを一瞬のうちに包み込んだ。


 剣から伝わる波動が大きくなり、それは俺に対する攻撃の様相を帯びる。

「じゃじゃ馬には、お仕置きだ」

 俺はそう言って雷魔法をゼノヴィアルソードに無理やり流し込んだ。


 それでもまたもや激しくなってきた波動に、俺は半ば呆れてくる。

 仕方ない、最後の手段だ。

 左手はそのままで、右手を離した俺は収納から女神の剣を取り出した。

 あっという間に白く光り始めた女神の剣に、俺は更に雷を籠めた。


「神にも破壊できないと言われるお前だが、これで斬られても無事かな」


 振るわれた剣は神速。

 ゼノヴィアルソードの刃の中心を斬り裂く勢いで振られた女神の剣は、接する直前

で急停止。

 だが、空気が震えて波動が途切れ、一瞬の空白の後、また始まった時にはそれは弱いものに変わっていた。

 一旦引いた女神の剣を、今度はゆっくり剣の腹同士が軽く打ち合うように当てると、よく鍛錬された金属同士を打ち合った時のような澄んだ音に重なって、水の中に焼けた鉄の棒を差し込んだようなジュッという音が聞こえた。


 波動が鎮まり、呼応するように指輪からの輝きが消えた。

 ゼノヴィアルソードの青白い輝きも消えて、まだ青く見えているのは刃自体の色合いとしての青さだ。


 この剣はまさに世界一の芸術品と言ってもいい。国宝級などという陳腐なカテゴリを口にするのも憚られる程のまさに神の御業による業物。ガスランの聖剣ガンドゥーリルに匹敵するのは間違いない。


 女神の剣を収納に仕舞った俺は再び右手も柄に添えた。

 そして引き抜いた。

 すぐに手首を返して握り直した俺は、中段に構えてもう一度剣全体を見た。

 鑑定が進む。解析も少し進んだ。

 そして、このゼノヴィアルソードが持つ能力の一端が見えてくる。


「滅神の剣、か…。その名の通り、恐ろしい剣だなお前」

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