第322話
ゼノヴィアルソードがおとなしく収納に入ってくれるか。
そんな心配もあったが、実際には何事もなくあっさり収納に仕舞いこんだところで今回のミッション完了。
塔の攻略として目標にしていたことは取り敢えず達成できた。
全員が醸し出すホッとした空気が流れる中、レヴァンテが俺に軽く頭を下げた。
「シュンさん、ありがとうございます」
「いや、剣を見た時から何となくこうなるんだろうなと思ってたよ」
そう言って俺は苦笑い。
フェルはニコニコ微笑んでいて、
「シュン、そのうちでいいから魔剣の凄さを見せてね」
と無邪気に言ってきたが、そんなフェルにも俺は苦笑いを返すしかない。
「一応、詳しく調べることと検証はしてみようとは思ってるが、俺が使いこなせるかは分からない。まあ期待しないで待っててくれ」
節目としてフィールド階層をもう一度よく見ておくべく、改めて今居る空中コロシアムから周囲を眺めて強く感じるのは、やはりこのフィールド階層の広さだ。塔が在ったこの場所はフィールドの中心ではなく、むしろここから先の方が広い。
フィールドをもっと進んだ遠くのどこかには、例えば別の階層への入り口のようなものが在るのだろうか。俺達が知らない魔物が跋扈しているのだろうか。
空中コロシアムの端に立って俺がそんなことを考えていると、ガスランが隣に来た。
「このフィールドの向こう側、何かあるかな」
ガスランも考えていることは同じようなことみたいだ。
塔を攻略したからと言ってこの階層を攻略したことにはならない。
「これだけ広いと何かありそうだよな。特にこの方角。窓の正反対の辺り」
真北の方角を指し示して俺はそう言った。
「ディブロネクスなら知ってそう」
「あいつが本当にこのフィールド全てを支配してたならだけど。どうなんだろうな」
頷いたガスランは、唐突にすっと顔を寄せてきて小声に変わる。
「話は変わるけど。あいつ結局、フェルのことには気が付かないまま?」
「そう。フェルのことどころか、良く知っているはずのモルヴィにもな。浄化が済んで目覚めた後はレヴァンテ達のことはちゃんと認識していたみたいだから、今会えば気が付く可能性は高いかも」
「……そっか。グレイシアのことは?」
俺はチラッと横目でガスランの方を見て応える。
「ラピスティに、その辺のことも聞き出してくれというのは頼んでるんだよ。でも、今のアイツはそのことは覚えていないみたいだ」
ガスランも俺の方を見て眉を顰めた。
「それって二重人格のせい?」
「そうだと思う。完全に別の人格なのかは分からないが、おそらく最低でも二つ、もしかしたらそれ以上。人格が分離してたんじゃないかと俺は思ってる。そして精霊の浄化でそれが消えてしまったのかどうか、一番気になるのはそのこと。もし消えてないんだとしたら、いつかまた表に出てくるかも知れないな」
ところで、ビフレスタに飛んで傷の手当てを受け、時間が停止した檻からも助け出されたグレイシア本人が語った話で、彼女はヴィシャルテンの北の山林地帯でゴブリンの集団から襲撃を受けたことが判明している。だが、そこから後の足取りは本人も傷を負って気を失ったせいで何も判っていない。護衛や随伴していた者達のことも不明だ。
大公家は、グレイシアの迎えに来ることと並行して調査を再開すると聞いている。ヴィシャルテンのウェルハイゼス公爵領軍も協力することになっているらしく、調査が進展するといいなと俺も思っている。
解明すべき謎は、どうして彼女はダンジョンの中に居たのかということに尽きる。
転移で飛ばされたのだろうという話がもっともらしく言われていて、俺もその可能性は低くないと思う。だがそれは大問題だ。ダンジョンの、サイクロプスが群れを成しレイスが飛び交っている階層と地上が繋がっているという話になってしまう。
それはダンジョンの意志によるものなのか、もしくはそれ以外の誰かが意図したことによる結果なのか。
◇◇◇
さて、予想外も甚だしくいろんなことが在ったが、取り敢えずは目標だったドニテルベシュクから言われていた塔の攻略を終えた俺達は、ダンジョンを出た。
そしてスウェーガルニの街区に戻った翌日。
俺とガスランはレヴァンテとフェルを連れてフェイリスが滞在中の迎賓館を訪問している。ちなみにエリーゼとニーナは騎士団で用があると言ってこの日は別行動。
館の前でいつものようにメイド軍団から歓迎され、そして館に入ってすぐの広間に迎えに出てきていたフェイリスからも大歓迎される。
「いらっしゃい、よく来てくれたわ。レヴァンテ、教皇国での協力本当にありがとう。貴女にベルクレージュの名を贈ったことは私の誇りよ」
肩に手を置きながらそう言ったフェイリスに、レヴァンテは少し戸惑う表情も浮かべたがニッコリ微笑んだ。
「勿体ないお言葉です。陛下」
そして? とフェイリスは催促の顔を俺に向けた。
俺はそんなフェイリスに頷いてから、フェルの紹介を始める。
「フェイリス、この子が会いたがってたフェルだ」
「はじめましてアミフェイリス陛下。コーフェルトゥ・ブレアルークと申します。フェルと呼んでください」
さすがに緊張気味のフェルがそう言ってお辞儀をすると、フェイリスはその肩に手を添えた。
「会いたかったわ、フェル。私のことはシュンやガスラン達と同じように友人として接して頂戴」
「あ、はい…」
それで…? とフェイリスはまだ催促と言うか待っている表情。
そうか、そうだった。
俺はフェルに言う。
「あー、フェル。モルヴィをフェイリスに紹介してやってくれるか」
「え?」
「モルヴィにも会いたがってたんだよ、フェイリスは」
うんうんとフェイリスは頷いている。
俺も頷いて見せるとフェルは左手を少し上げた。
「……モルヴィ、出ておいで」
ミュー…
フェルの左の掌の上には、ちょこんと座っている小さな黒い猫。
すぐにフェイリスが丁寧にモルヴィに挨拶をした結果、撫でたり抱き上げたりすることも許して貰えて、フェイリスは嬉しくて仕方ない様子。
場所を広い応接間に移してからも、フェイリスはレヴァンテ達二人と一匹と楽しげに話を続けた。俺とガスランは少し離れた席でフェイリスに付き従っている女近衛騎士と他愛のない話をし、そこにメイドたちも加わった。
結局、そのまま皆で昼食を共にすることになってからはメイドや騎士たちとも親しげに話をしているフェル。そして大人気のモルヴィ。
フェイリスはそんな彼女たちを目を細めて見つめ、隣の席に座る俺に囁いた。
「シュン、フェルはいい子ね。謙虚さと信じるものが在る強さ。両方を持っている気がするわ。どんな風に成長していくか楽しみ」
「まだまだ世間知らずだけどな。でも、多分それは年相応のことなんだろうと思う。いろんなことを学院で学んでるみたいだから、学院に入れて正解だったよ」
俺がそう応じるとフェイリスはニッコリ微笑んだ。
「来週、スウェーガルニ学院を訪ねるのよ。もちろん表向きはジュリアが訪問する話なんだけど、私もそれには付いて行くことにしてるの」
「来週なら学院の新学期は始まってる。普段の様子が見れて丁度いいかもな」
「ええ、そうね。そして、それが私のスウェーガルニでの最後の予定よ」
フェイリスはそう言うと少し寂しげに微笑んだ。
◇◇◇
学院の夏休みが終わり、新しい学年がスタートした。
フェルの総合学科という選択は変わらず。
それに関しては、
「剣も魔法も、ということになると総合学科しかないのよ。私もそうだったからね」
とニーナはそんなことを言っていた。
ニーナは自身が積極的に関わっているスウェーガルニ学院を大陸一の学院にしたいという野望を抱いていて、その為にカリキュラムの内容の見直しや果ては新しい学科などについても計画を立てている。事ある毎に、日本の高校や大学について俺から根掘り葉掘り聞き出そうとするのは、最早よくある日常のことになってしまっている。
さて、そうしてフェルとレヴァンテは学院中心の本来の生活が始まった訳だが、俺達四人は朝から昼までは訓練、午後からはそれぞれの課題に取り組むといういつものパターンに戻った。
それにはビフレスタへの転移以降必死になっているバステフマークも全員が参加していて、最近の彼らの訓練に対する真剣さは尚一層目を見張るものが在る。ウィルさん始め全員が毎日のように体力も魔力も使い果たさんばかりだ。
しかし皆がそうして訓練に励んでいる中、俺は毎日午後からはベルディッシュさんの工房に籠っての製作活動だ。かなり消費してしまった爆弾を補充することに始まり、ニーナからのリクエストにも応えるべくコツコツと作業を続けた。
そして、ベスタグレイフ辺境伯家使節団がスウェーガルニを出立する日になった。
やって来た時と同様に、俺達は南門に並んだ。
フェイリスとの別れは前日の夜に一緒に食事を摂りながら済ませているので、南門で一旦停止した馬車から降りてきたのは、ジュリアレーヌさんとオルディスさんの二人だけだ。
そのジュリアレーヌさんが、ティリアと言葉を交わした後に俺の所にやって来る。
「シュンさん、今回も大変お世話になりました。ありがとうございました」
「いえ、俺達がロフキュールでして貰ったことと比べたら、全然です。レゴラスさんとジュゼルエフさんにもよろしくお伝えください。またお会いしましょうと」
「分かりました…。それで、シュンさんにはステラのことをお伝えしておこうと…」
うん。最近姿を見ないし、スウェーガルニには既に居ないんだろうと思っていた。
「ええ、もうスウェーガルニの近くには居ませんよね」
ジュリアレーヌさんはコクリと一度だけ頷いた。
「はい、そのことです…。彼女だけではないのですが、特別任務で王都アルウェン方面へ向かわせました。もちろん情報収集が目的です。但し、もし必要があればシュンさん達に全面的に協力するよう指示しています」
「……そうですか。フェイリスは王国の内乱に直接的な関与はしないと言っていました。ステラは難しい立場になってしまうんじゃないでしょうか」
「陛下は余程のことが無ければ通常の軍は出すつもりはありませんが、ウェルハイゼスとの協調は王国でも知れ渡っていて今更な話です。それに王都に居られるウェルハイゼス公爵妃、ニーナのお母様とは互いの特務部隊を通して既に連絡を取っているんですよ」
これには俺も少し驚いた。
もしかしたらニーナもこのことはまだ知らないかもしれない。
「ですか…。もうそんな段階になってるんですね」
「はい。直接情報を共有した方がいいと我々はそう判断しました。うちの密偵は王国東部にも潜入していますからね」
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