第320話

 ディブロネクスは訝しげな表情から驚きへ、そしてすぐに何かへの意欲が込み上げているような顔つきに変わった。


 みるみるうちに、朱色の光で描かれていた魔法陣が銀色に染め上げられていく。

 魔法陣は直視できない程の眩しい銀色の輝きへと変わる。


 その銀色の輝きが一度揺らいだ直後、時空魔法が発動。


 魔法陣から勢いよく流れ落ちる滝のように噴き出した銀色の光がディブロネクスの全身を覆うと、奴の胸の魔核の部分が赤い輝きを発し始めた。

 ディブロネクスは、強く注がれ続けている光を仰ぎ見て何か言葉を発しているようだが俺には聞こえてこない。

 握り締めた両手の拳を少し上げて、ディブロネクスは目を閉じた。


 ひとしきり銀色のシャワーが続くと、次第に魔核の位置で輝いていた赤い光が銀色の光に溶けていくように消えて、魔法陣からの輝きも弱まっていった。

 そうして俺が示した魔法陣によって発動された時空魔法が終了した時には、ディブロネクスに定着していた本人の意思とは無関係に働く封印維持の魔法の数々と、厳しい隷属の形で行動を縛っていた魔法が消え、その結果、巨大な砂時計状の形を為していた封印も完全に消滅した。


 そんな魔法の発動で力を使い果たしてしまったのか。解呪に伴う代償か。

 ふらりとディブロネクスの身体が揺れて崩れ落ちると、そこにニーナが重力魔法を行使して、意識を失って倒れ込むディブロネクスを受け止めた。


 どうなってるのと言いたげな顔でこっちを見たニーナに、封印が在った所から離れる方向を俺は指し示す。

「解呪はそれに応じた負担がある。ニーナ、そっちへ運んでくれ」

「オッケー」

 横になった状態のディブロネクスをニーナは浮かせたまま運び、床に降ろした。


 するとその時、魔王の遺産だと言われている物。青く輝いている物が下に落ちた。

 ザンッッッ!! と響いた音は、それが下に落ちた時に発したもの。


 俺達はすかさず警戒態勢をとって青く輝くそれを見守った。

 落下した以降の動きはなく、すぐに視界を遮る青い輝きが薄れて見えてきたのは床に刺さったひと振りの大剣。

 その柄は仄かに金色に、刃は青白く輝いている。

 ずっと輝いていた青い光はこの剣自体から発せられていたものだったのだと俺達は理解し、同時に聖剣ガンドゥーリルに劣らない業物だということも解った。


 形が見え始めてからは、これまでずっと視界と共に鑑定や探査なども遮断していた作用も薄れている。だったらと鑑定、解析、探査…。俺は全てのスキルをフル稼働させた。


 しかし、それでも俺が知ることが出来た情報は極めて乏しい。

 並列思考がまだフル稼働して唸り続けている中、俺は皆にその剣の銘を告げる。


「ゼノヴィアルソード…。魔剣ゼノヴィアルソード。銘以外はまだ分からない」


「「「……」」」

「魔剣…」

 ただ一人声を発したガスランの声は掠れ、驚きを滲ませている。

 全員がまだ警戒は解かない。

 だが、この唐突な物の出現に戸惑っている。


 俺の隣に近寄ったレヴァンテが、小さな囁くような声で言った。

「神をも滅することが出来る滅神の剣と言われた剣です」


 俺はまたもや並列思考フル稼働。

 そんなものを世に出してもいいのだろうか。幾度も自問自答を繰り返した。


「……よりによって。そんなヤバい物が残ってたんだな」

「はい。しかし、扱えたのは魔王様だけでした」


 勇者が手にしていた聖剣ガンドゥーリルが勇者が死んだ後にその姿を消したのと同じように、魔王の崩御後に行方が分からなくなっていたという。レヴァンテとラピスティは、魔王自身によって死後自動的に隠されるようになっていたのではないかと推察していたらしい。

 魔王のみが使えた剣で、神の力をもってしてもこれを破壊することは不可能。故に魔剣と称されたが、創造神によって作られ鍛えられた原初の剣の一つだそうだ。



 ◇◇◇



 さて、どうしたものかと俺は悩んでいる。

 封印については予想以上の成果と言っていいだろう。俺が思い描いた通りにディブロネクスは戦うこともなく無力化された。

 だから今悩んでいるのは、全く想像も出来なかった魔王の遺産、魔剣のことだ。


 そんな俺にエリーゼが言う。

「シュン、迂闊に手を出せない雰囲気だよ」

「俺もそう思う。なんか邪悪さもほんの少しだけど感じるんだよな」

 こっちを見ているエリーゼに俺がそう応えると、エリーゼは唇を噛み締めながら大きく頷いた。


 そもそもこの剣は、まともな状態の時でも、持ち主を選ぶなんて生易しい物ではなさそうだ。適合しなかった場合には剣に触れた者には何が起きるか分からない。そんな予感をビシビシと感じさせてくれる。


 俺はエリーゼに視線を戻した。

「取り敢えず浄化はしといた方がいい。けど、それからどうするって話だよな」


 エリーゼは顔は剣の方に向けたまま、横目で俺を見る。

「シュンは扱えそう?」

「握ることぐらいは出来るとは思うけど…」

「ちゃんと扱えるかは分からない?」


 俺はまた剣の方を見て、通算何度目だろうか。鑑定を行う。

 剣が放ち続けている青い輝きは下に落ちてきて弱まった時のままで、その後はずっと一定している。そして鑑定の結果も変わらない。


「分からないと言うか、多分ダメじゃないかな。ガンドゥーリルにも嫌われたからな、俺…。あと、最悪の場合こいつ暴れ回るかもしれない。そんな気がするよ」


「厄介だね…。いっその事、女神様に頼んで持って帰って貰う?」

 エリーゼが少し笑いながらそう言った。

 俺は、その意見には大賛成だ。

 思わず吹き出しそうになりながら横目でエリーゼの方を見たら、エリーゼも俺の方を見て笑っていた。

「エリーゼ、それメチャクチャいい案だよ。ホントそうしたい」



 そんなことを俺とエリーゼが剣の前で話していた時、動かくなって横たわっているディブロネクスの傍ではレヴァンテとニーナが奴の様子を見ていた。

 一応は俺とエリーゼが強化しまくった魔封じの鎖で拘束はしているが、上位の悪魔種にも匹敵するリッチに対してどの程度その効果があるのかは未知数。なので、いつでも対処できるようにニーナとレヴァンテが油断なく傍で見張っている。


 すると、ニーナと何ごとか話し合っている様子だったレヴァンテが、こちらを振り向くなり俺とエリーゼを呼んだ。

「シュンさん、エリーゼ。お願いがあります」

「ん? どうした?」

「…?」


 俺は、俺達の少し後方まで来て興味深げに剣を見ているガスランとフェルに、

「二人ともなんとなく感じてるだろ。この剣はちょっとヤバい気がしてる。触らなければ今すぐの危険はないと思うけど一応警戒を。あと、周囲の警戒も忘れずに」

 そう声をかけて、エリーゼと共にレヴァンテの方へ歩いた。


 俺達がレヴァンテの傍まで近付くと

「今のうちにディブロネクスを浄化して貰えませんか」

 と、レヴァンテはそう言った。


 今のディブロネクスは、強大な呪いが解呪された反動で一時的なMP枯渇だ。こうなった時の人間と同様にHPもかなり削られた状態なのだろう。

 改めて、目を閉じて横になっているディブロネクスを俺は魔力探査、鑑定でも見直した。見た目と違って人間とは明らかに異なる身体なのでハッキリとは言えないが、治癒が必要なほどの異常は無いように思う。時間が経てばMPもHPも回復して動けるようになるはずだ。


 だがレヴァンテが言っていることは、邪に染まっているディブロネクスをどうにかしたいという話。


 そんなレヴァンテに、エリーゼは微笑みながらうんうんと頷く。

「分かった。まとめて一緒に浄化してしまうよ」

「ん? まとめて?」

 首を傾げるニーナ。

 エリーゼはもう一度コクリと頷くと、魔剣の方を見た。


 あっ、そういうこと…。と、ニーナは納得の表情に変わった。



 ◇◇◇



 少しの間集中した様子のエリーゼが、精霊魔法を発動した。

 この空中コロシアムの上に展開した魔法陣から精霊の光が降り注いだ。


「今回は魔法陣大活躍だね。私も魔法陣で発動するやり方、練習してみようかな」

 ニーナがそんなことを言った。


「考えやすいのは、固定的な部分を魔法陣に任せるやり方。今エリーゼがやってるのがそれ。発動後に制御を続けているのは魔法の持続時間と強度だけだから余裕があるだろ」

「うん、確かに」

「なるほど」

 ニーナに続いて、話を聞いていたフェルも納得の表情。



 封印で閉ざされていた一帯と今ディブロネクスが横たえられている箇所。それら全てを網羅する範囲に精霊の浄化の光は降り注いだ。

 ディブロネクスの身体がその光に包まれて明るく輝き、同じように魔剣ゼノヴィアルソードも精霊の光に包まれて輝いている。


 ところが、エリーゼが首を傾げた。

「抵抗…? されてるみたい」

「エリーゼ、どっちが?」

 俺がそう尋ねると

「ゼノヴィアルソードよ。ディブロネクスの方は順調なんだけどね…」

 エリーゼは眉を顰めたまま、そう答えた。


「このまま重ね掛けできそうか?」

 俺のその問いかけにエリーゼはニッコリ微笑む。

「うん、いけるよ…。でも、ただ重ねるだけじゃなく撃ち込んでみるよ」


 え? 撃ち込む? と、この場のほぼ全員が各自の頭の上に疑問符を浮かべた時。


 ベラスタルの弓を構えたエリーゼが弓を引いた。

 ヒュッヒュッヒュッ、と微かな音を続けざまに響かせて放たれた魔法の矢。

 エリーゼは更にまた同じように矢を放ち続ける。

 ゼノヴィアルソードのあらゆる箇所に、精霊の浄化が付与された矢が止めどなく刺さり続け、その魔法の矢が当たるたびに小さく黄金の光が弾けるように飛び散る。


 おそらく、放たれた魔法の矢の数が100はとっくに超えてから。

「うん、これなら効いてるみたい」

 エリーゼはそう言ってまた微笑んだ。


 フェルが、さっぱり解らない。教えて、解説してという顔で俺を見詰めているので それに応えることにした。

「今、ベラスタルの弓でエリーゼが放っている魔法の矢には攻撃力は全く無いんだよ。だけど精霊の浄化が付与されている。それは邪を祓う、破邪の矢」

「うん…」

「破邪の矢は穢れを狙い撃ちする。だから、最初にやった範囲魔法でじわじわと全体に浸透させていくような作用じゃなくてピンポイントで作用しているということ。おそらく魔剣には何らかの呪いが掛けられていた可能性があるな。浸透させていくだけのようなソフトな方法だと抵抗される。だけど破邪の矢には対抗できないってこと」

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