第319話 魔法陣が示すもの

 夕方まで観察を続けた俺とレヴァンテ。

 途中からエリーゼもそれに付き合ってくれて、フィールドの様子はかなり把握できた。そして遠距離からではあるが、ディブロネクスが居る所はハッキリ見えているので解析結果の裏付けも少しだけ進んだ。


 ゲート広場での夕食の席で、エリーゼがそのことを皆にも説明する。

「サイクロプスの群れは以前はひとところにじっと留まっていたのが、どの群れもうろうろと移動していたよ。通常のダンジョンの中を徘徊する魔物みたいに」


 すると、テーブルに肘をついて千切ったパンを片手に持ったまま首をひねっていたニーナが口を開く。

「そう…。でも、今が本来のこの階層の、言わば正常な状態だと思うわ」

「だな。この前のディブロネクスは、フィールド階層のおそらくほとんど全ての魔物を統率していた。窓を塞いだのもアイツの仕業だったんだろう」

 俺がそう言うと、ニーナはすかさず応じた。

「私もそう思う。だけど、それってダンジョンに抗っていたということだよね」

 事実として認識はしていながらも、そんなことが本当に可能なのかと言いたげなニーナが考えていることは俺も良く解る。


 本来ダンジョンに支配されているはずの魔物がダンジョンに抗う。それが何を意味するのか。それはいつの日か魔物の意思によるスタンピードが起きるかもしれないということだ。

 想像してみてほしい。膨大な数のサイクロプスが地上にあふれ出てしまうさまを。ニーナの頭の中にはその懸念が駆け巡ってしまっているということ。


「実際のところは抗っていたというより、間隙を縫ってうまく介入してダンジョンを騙していた感じかな。それでも、魔物の数を増やして統率で支配して配置も変えた。塔を造って封印の器を、自分をその中に隠した。と成果は大したものだ。エリーゼが言ったように、俺が奴の魔法を遮断した結果、転移阻害だけではなく階層全体に及んでいた他の魔法も、その起点を失って霧散してしまったんだと思う。あれだけのことをやってたんだ。再構築にはそれなりに時間が掛かるよ」


 それはさて置き、もしかしてと薄々俺が思っていることに、ディブロネクスは俺が持っているものと同等の並列思考を持っているのではないかということがある。

 あれだけのことを実現するためにはいったい幾つの魔法を制御していただろうか。並列思考なしでは説明が付かないのだ。それにあの異様な多重人格のようだった奴の様子も、それと関連しているように思えて仕方ない。



 ◇◇◇



「封印の正体は光魔法」


 皆が聞きたがっている解析したことについて説明を始めている。

 レヴァンテが特に真剣な表情だ。彼女の瞳の奥から同時にラピスティにも見つめられているようだと俺は感じる。

 俺は話を続ける。

「まず最初に、光の魔素だけが満たされた領域が在ると思ってくれ…。その中に光の振動を起こしてその周期を速めていくと、ある周期の時点から光の魔素は少しずつ結合し始める」


「魔素が…?」

「……結合?」

 ニーナとガスランはそう呟いただけで俺の話の続きを待つ姿勢だ。


「この振動の速さと光の魔素だけを詰め込んでいることから言えるのは、封印を施したのは只者じゃないってことかな」


 エリーゼが眉を顰めた。何か言いたげだが取り敢えず言葉は飲み込んだようだ。


「その辺はまた後で話すよ。話を戻そうか…。結合された光の魔素は指向性を持った障壁として維持することが可能で、これが封印。障壁は、外に対してのみ魔法・物理両方の絶対防御として機能する」


「シュン、封印自体の魔力は? どうやって魔法がずっと続いているの?」

 フェルがそんな質問をしてきた。

 俺はそれに少し微笑みながら答える。

「いい質問だ…。封印の意味合いを考えれば外から魔力の供給は有り得ない。そこを遮断されたら封印はいつかは解除されてしまうからな。だから内側に魔力源を持つ必要がある。今回の場合、封印の起点も魔力源もそれはディブロネクス。そして奴も魔力を無限に持っている訳じゃなくて、奴自身は通常のダンジョン内の魔物と同様にダンジョンから魔力供給の恩恵を受けている」


「てことは…? 封印は完全には閉じていない?」

 そう言ったのはフェル。

 フェルは話に付いてこれてるなと俺は感心する。

「まあ、閉じていると言えば閉じているんだけど。唯一、外との繋がりがあるという意味で、ディブロネクスとダンジョンの間には魔法的パスが繋がっている」


 ふむふむと納得の頷きのガスラン。

「それが無いと封印は維持できない」

「そういうこと」


「シュンさん、一ついいですか?」

 レヴァンテが小さく手を挙げてそう言ってきた。

「ん、いいよ。一つと言わず幾つでも」


 会釈をするように軽く頭を下げたレヴァンテが話し始める。

「封印はディブロネクスが維持し続けているということでしたが、今のお話を聞いていると、それは彼の意思ではないとシュンさんは言っているように感じました」


 うんうん、それそれ。と我が意を得たという表情に変わったのはニーナとフェル。


 俺は彼女達にも頷いて見せる。

「そう。そのつもりで言った。ハッキリ言えば強制されてるってこと。もっと言うなら呪いと言ってもいい類だな…。逆にそうやって縛られていなければ、奴は封印の外に出ていけるはずだ」

「シュンさんは、彼は強制的に封印の核にされたとおっしゃっているのですね…」

「その表現で正しい。むごいことだと俺は思う。まあ、あいつは既に人ではなくリッチになってしまってるから、どう感じているかは分からないけど」


 さて、そこからは今回やろうとしていることの説明に移った。

 エリーゼには既に話しているので、これはそれ以外の人向けということ。

 特にニーナに、なんだけどね。



「……という訳で、最初は重力魔法な。ニーナ頼むよ」

「オッケー、任せて…。けど、ディブロネクスが取り付く島も無かったらどうするの?」

「気は進まないけど、封印を壊すことに専念するしかないかもな。まあ、その辺は臨機応変に。今回で全部終わらせなきゃいけないって訳でも無いし」



 ◇◇◇



 翌早朝。

 最初からニーナに全員を浮かせて飛んで貰っても良かったんだけど、MP節約。前回の経験もあるのでフィールドの魔物のことはかなり把握できている俺達は、地表に一旦降りた。


「こうして下に降りると、なんか街の近くの山林って感じ」

 フェルがそんなことを言って周囲の草原や林を見渡した。

 エリーゼは探査で見えているサイクロプスの群れの方角を指で示しながら、

「でも見通しが悪いから要注意だよ」

 と、そう言って注意を促した。


 皆がそうやって周囲を確認しているうちに、改めて俺は俯瞰視点で得た情報でコース取りを検討。

「さあ、最短コースで行くぞ」

「りょーかい。遭遇すれば殲滅ってことね」

 ニーナは良く解っている。魔物をわざわざ追ってまではやらないけど遭遇しそうな魔物を避けて迂回したりもしないということ。


 フェルがガスランを見て尋ねた。

「ショットガン使う?」

 ガスランは少し首を傾げて答える。

「いや、多分そうはならない。レイスかハーピーが出てきた時ぐらいかな…。でもいつでも使える準備はしとこう」

「うん、分かった」

 フェルはそう言うと、自分のショットガンの魔力残量を確認し始めた。



 全力ではないが、かなりのスピードで俺達は走った。

 誰一人として息が上がる様子もないのは、日頃の訓練とレベルアップを重ねてステータス爆々上がりのおかげだ。


 そして遭遇したサイクロプスは全て殲滅。

 毎回、いつでも拘束できるようにニーナは備えてくれていたけど、それが実際に必要となる場面はほとんど無かった。MP節約しつつ、粉砕せず剣でやってしまっているので素材としてもしっかり残せている。


 さて、そんな感じでどんどん走って出会う敵は殲滅した俺達は、いよいよ目的地に近付いてきた。以前のような魔物の密度だったらここまで速く進むことは出来なかっただろう。

 ほぼ真上に封印の器がある空中コロシアムを見ながら、しばしの休憩。

 隠蔽などを警戒して念入りにその周辺を見続けても、特に変わった反応は感じ取れない。

 宙を睨んでいるニーナが警戒心と猜疑心を前面に出して言う。

「妙に静か。何か企んでそう」

「使える魔物が居ないんだろうけど、それにしてもだよね」

 エリーゼはそう言いながら探査で見続けている。

 ディブロネクスが俺達の動向を見ていないはずはなく、この静けさは俺も不気味に思う。が、とにかく行ってみないと何も解らないし何も始まらない。


 という訳で、それぞれが手っ取り早く口に出来る物を食べて、それを昼食代わりにする。声を発する者もほとんど居ないままそんな時間が過ぎ、皆の準備を確認した俺はゴーサインを出した。

 エリーゼが全員に精霊の守護を掛ける。

 その完了を見て俺は全員へ。

「目的地は空中コロシアムの南端。俺とレヴァンテが先行。少し遅れてニーナは皆を上げてやってくれ」

「「「「「了解」」」」」


 俺とレヴァンテは真っ直ぐ直線的に上昇。コロシアムまでの最短距離を飛ぶ。

 ニーナは他の三人、エリーゼとガスランとフェルを連れて少し弧を描くように上昇する。一旦空中コロシアムから距離を取って上から状況を見る軌道をとっている。



 ◇◇◇



 眠っているように見えた。

 それはディブロネクスのこと。


 空中コロシアムの縁に飛び乗った俺とレヴァンテは、最上級の警戒をしながら高さ30メートルの巨大な砂時計のような形のほとんど透明な器を見ている。

 その封印の器の様子は前回間近で見た時と変わりはない。

 光の魔素が結合して結晶化した状態特有の微かな黄色っぽい光がうっすらと輝き、器の中央のくびれた部分に在る遺産が発する青く強い光も以前のままだ。

 今回もそれの鑑定を試みるが、やはり俺には鑑定は出来なかった。


 隣のレヴァンテが小声で囁く。

「顔つきが少し変わっていますが、ディブロネクスです…。間違いないと思います」

「……そうか」

 前回は骸骨と魔族の顔が交互に現れていたような状態だったのに、今日は魔族の顔だけ。

 これは何を意味しているのだろう。

 二つの人格が同居しているように感じていたあれから、また変化が起きたのだろうか。そんなことを俺はバックグラウンドでずっと考え続けているが、何か答えが導き出せている訳ではない。


 器の中、底の部分に立っているディブロネクスは、静かなことと目を閉じていること、そして骸骨の顔を見せないことを除けば、奴が置かれた状況には変わりが無さそうだ。

 俺はレヴァンテをチラッと横目で見て頷く。

 ゆっくり、二人並んで器に向かって歩いた。


 封印の器から30メートルほどの所で、俺とレヴァンテが少し互いの距離を置いて停まるとニーナ達が降りてくる。

 俺が最初に降り立った位置に降りた四人は、すぐに散開。器との距離を保ったまま横に開いた。レヴァンテは一瞬だけ自分の後方に位置したフェルを確認すると、その視線をディブロネクスの方に戻した。


 ニーナはそのまますぐに俺の方へ近付いて来る。


「ずっとだんまり?」

 そう言ったニーナの方は振り向かずに俺は返事をする。

「うん、最初からこんな感じ。意外なことに魔法は何も使ってないよ。封印維持のは別にして」

「また話してみるんだよね」

「起こしちゃ悪そうだけど、挨拶なしって訳にもいかないしな」

「了解よ」



 ◇◇◇



「ディブロネクス!」


 何も反応なしかと思ってしまいそうなほどに奴は動かなかったが、やっと動きを見せ始める。ゆっくりと目を開けて俺の方に顔を向けた。

 しかし言葉を発してくることは無く、続けて俺達を順に見ていくように視線を巡らせた。そしてそれを終えると、ディブロネクスは再び俺の方を見た。


 どうやら今日はまだ話す気は無さそうだな。

 と、そう思った俺は用件を言うことにする。

「そこに在る遺産を貰いに来た。そっちが攻撃してこなければお前に危害を加えることはしない」


 ディブロネクスの眼光が少しだけ鋭くなったような気がした。


 俺は、奴への警戒は続けながら手筈通りに始める。

「ニーナ」

「りょーかい」


 既に準備はしていたニーナが発動させたのは重力魔法。ベクトル操作ではない純粋な重力魔法のみ。それは封印の器に対して作用している。


 封印が実現している魔法と物理両方への絶対防御がどこまでの物なのか、解析とその後の考察で最も時間を費やしたのがそのことだ。

 状態異常系も含めて攻撃系の魔法には非常に有効だろうというのはすぐに判った。光属性が持つ他を排する特性が存分に発揮されているものだと言える。


 今、ニーナが行使している重力魔法の起点は封印の器から少し離れた全周囲。そこに向けて器を膨張させるかのように全体を外に引っ張っている状態だ。強さは2G。自然の重力の二倍。


「まだ、今のところ抵抗は無いわ」

 俺も解析と魔力探査で判っていたが、そう言ったニーナに大きく頷いた。

 続けて次の指示。

「少しずつ強めて」

「オッケー」


 すぐにニーナが言う。

「今、重力の五倍ぐらい。シュンの言い方だと5Gってことかな」

「ああ、その表現でいいよ。でも意外だな。まだ許容範囲なのか。予想だと…」

 と、俺がそう言ったその時、綺麗に結合体に埋め尽くされていた器の一部が剥がれた。


「ニーナそこだ。その強さのまま続けて」

「うん、光ってるのが動いたよね」


 光の魔素の結合を維持し続けるには、周期の速い光の振動を魔素に与え続けなければならない。今、重力魔法はその振動の周期に干渉している。


 光の属性は元々他を排する特性を持っている。それが幾段にも強化されているのが結合体だ。物理攻撃への対処についての詳細は俺も把握できていないが、おそらくはヴォルメイスの盾に匹敵する。しかも瞬時に修復可能なことから出した結論は、物理では無理ゲーだろうということ。魔法攻撃は完全排他。物理攻撃もダメ。


 魔力の供給をなくすか、光の魔素を使い切らせてしまうか。最初はそれを考えたが、結合体の維持を阻害することを思い付いた。そして自然の重力は器にも当たり前に普通に作用しているが、重力魔法にはどんな反応をするのか。これはテストしてみてもいいなと俺は考えた。


 予想以上に上手くいっている。このまま続けるしかない。

 次の手順。今度は俺の出番だ。


「次、始めるよ」

「うん、やっちゃって」

 ニーナはこの程度の重力魔法を維持し続けるのは苦にならない。周囲の警戒も怠らない余裕がある。そして、その余裕のままに俺の方を見てニッコリ微笑んで見せた。


 近くに居るレヴァンテがワクワクしている様子なのが伝わってくる。

 おそらくエリーゼやフェル達もそんな感じだろう。振り返らないと見えないんだけど。



 今、結合体が欠落して開いたのはごくごく小さな穴だ。

 俺はそこから光を送り込む。


 いつも使うライトの光球のような光が、器の中に入って形を成していく。


 光が描いていくのは魔法陣。

 ディブロネクスの頭上に、俺は魔法陣を描いている。

 しっかりと照準も合わせた位置に描いていて、その照準はディブロネクス。


 そうしているうちに、結合体の欠落がまた少し広がっている。

 本当に予想以上にうまくいっている。このニーナの重力魔法を続ければ封印は解除可能だと思う。


 だが、それではディブロネクスは救われない。


 ディブロネクスが結合体の欠落箇所を見詰めているのが判る。

 凝視していると言った方がいいだろうか。

 信じられないとでも言いたげな表情のようにも思う。


 そしてその時、今日初めてディブロネクスが言葉を発した。

「どうして…? 何が起きている? お前達は何をやった?」


 魔法陣の仕上げの作業を続けながら俺は奴に応える。

「それはあとで説明してやる…。ディブロネクス、魔法陣を見ろ!」


 さあ、魔法陣は完成した。

「お前には理解できるはずだ。この魔法陣を時空魔法で上書きして発動させろ」

「時空魔法…? ……!!」


 凝視の視線を魔法陣に移すや、すぐに理解し始めた様子のディブロネクスに俺は怒鳴る。

「お前を縛っている、お前の魔核に定着している呪いを消し飛ばす魔法だ! 自分の力で討ち払って見せろ!」

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