第318話 封印の器
四日間の会議の全日程が終わり、両家が合意した内容が一般にも広く告知された。
表向きのそれは二領間の関税や交易制限について緩和する方向に細かく定義し直したり、より一層の学術交流や民間交流を推し進めると言った民間色が濃い項目が数多く並んだものではあるが、有事の相互協力についてもさらりと触れられてはいた。
初日の意見交換の場だけの出席だった俺とエリーゼとガスランは、翌日からは暢気に訓練をしたり魔道具の作成をしたりと気楽に過ごした。しかし全ての会議に出席するニーナは、朝の訓練こそ俺達と一緒にやるが朝食を食べたらすぐに会議の為に代官屋敷へ赴き、夜は帰ってきたらとにかくさっさと風呂に入って寝るというパターンになっていた。
訓練と言えば、フィールド階層の攻略から撤退した後のフェルとバステフマークの面々は、ビフレスタという異界の衝撃が薄れてからは、武術と魔法の訓練に一層熱心に励むようになった。デルネベウムに戻りスウェーガルニに帰ってからもそれは続いている。
フィールド階層攻略で幾度も繰り返された激しい攻防でレベルアップを続けて、ステータスがとんでもないものになっていること。そして何よりも、強大な敵を目の当たりにした経験が各自に己の力不足を知らしめたせいだ。
ところで、無自覚な本人以外の知る人ぞ知る魔王後継者のフェルがビフレスタを初めて訪れたという意味は大きかったのだが、レヴァンテもラピスティもさり気ない態度に終始していたらしい。そして当のフェルはと言えば、ガスラン達と熱心に訓練もするがもっぱらラピスティと一緒にドラゴンの背中に乗ってビフレスタ中を飛び回ったり、モルヴィと水遊びをしたりと毎日楽しそうに過ごしていたという。
「クイーンとも仲良くなったんだよ」
フェルは戻ってきてすぐ俺にいろんな報告をしてくれた時に、そんなことも言っていた。なんだか夏休みに行ったテーマパークの楽しい思い出を語っているような感じに聞こえた。
◇◇◇
さて会議が終わってほっとひと息、誰もがしばらくノンビリしようという雰囲気を醸し出している中。空気を読まない俺達はダンジョンに行くことにした。
目的はテストと検証。
リッチ化したディブロネクスを魔王の遺産と共に封じ込めていたあの封印に関して、解析した結果からの考察が進んだからだ。あわよくば解除出来て…。という気持ちも無くはないが、ダメでもそれを検証して次回に繋がればいいと思っている。
そんな話をしたら、ガスランが悩ましいと言いたげな表情を露わにした。
「どうする? フェルも連れて行く?」
「そうだな…。今回は短期戦のつもりだし連れて行ってもいいとは思ってるよ」
俺がそう答えるとニーナは思案気な顔。
エリーゼもやはり考え込んでいる様子でこう言った。
「遺産の事もあるからね…。レヴァンテに相談してみる?」
「だな」
「そうね。その方がいいわ」
「同意」
そういう訳で、フェル本人の耳に入れば連れて行けと言うに決まってるので、レヴァンテだけにこっそり話をしたら…。
「是非、ご一緒させてください。シュンさん達から聞いた彼の状態を実際に確かめたいとラピスティも言っていますので」
という答えが返ってきて、それには頷いて俺はフェルのことを尋ねる。
「フェルはどうする?」
「まだ夏休みなのに自分だけ置いて行かれたと思わせてしまうのは可哀想な気がします。それに、最近またフェルの実力は上がっていますしモルヴィも居ます。そしてヴォルメイスの盾のおかげで魔法、物理両方の防御力がかなり上がりました」
「あー、あれは凄いな。ヴォルメイスの盾はモルヴィの為に造られたんじゃないかと思ってしまうほどだ」
あの時、ディブロネクスと対峙する直前。レヴァンテとフェルはドラゴンと共にラピスティやセイシェリスさん達が居る所へ向かわせた。その際に「モルヴィと相談して好きにしていい」と言ってフェルに渡したのが、エインヘリルゴーレムが所持していたヴォルメイスの盾。
何度も助けられたこの盾の有用性を俺達は身をもって熟知している。
頼りになる万能の盾なので、いつかフェルも持つことが出来るといいなと思っていた。だからこそ、迷うことなくフェルに渡した。
その後ビフレスタに飛んでしばらくして、フェルは俺に言われたとおりにモルヴィと相談したそうだ。するとそこにラピスティのアイディアも加わり、最終的にモルヴィとラピスティによってかなりの改造が施されて現在の形になった。それはフローティングシールドとでも呼ぶべきもの。
普段は、フェルの左腕に嵌められたモルヴィルーンの腕輪に格納されている。
フェルの意思でも瞬時に取り出して普通の盾のように装備可能だが、むしろ本領を発揮する時の主導権はモルヴィにある。
盾を最大8つに分割することが可能で、それをモルヴィはフェルの周囲に浮かべて操作する。全方位、最大八方向からの魔法・物理両方の攻撃を
模擬戦でフェルとモルヴィのこれに対峙した俺は、なかなか攻略の糸口を掴めなかった。それほどに万能さが増し増しだということ。
◇◇◇
すぐにダンジョンに入るつもりの俺達は、昼過ぎにダンジョンフロントに着いていつものギルド出張所での情報収集を終えるとその足でダンジョンに向かった。
ダンジョンフロントが商業区として実質も機能し始めてからは、ダンジョンフロントの警備・治安維持活動の主体は衛兵へと変更された。しかしダンジョン自体の監視や入り口周辺、避難所に常駐するのはいまだに領兵が多いままだ。
そんな領兵達がニーナの姿を認めて敬礼の姿勢をとった。
応じて軽く頷くような目礼を返したニーナは、兵達に声をかける。
「皆、ご苦労さま。変わったことは無い?」
「特にありませんが、今日はDランクパーティーの入場が多いです」
「そう…。推奨ランクを守ってくれるといいのだけど」
「はい、そこは必ずひと声かけるようにはしていますが…」
現在も入場資格はダンジョンが公開された当初と変わっていない。Dランクパーティー以上、ソロならCランク以上。
だが、階層ごとに設定される推奨ランクは魔物の出現構成が変わればその都度変更されていて、現在は割と厳しめ。第3階層の推奨ランクは入場の資格から一つ上がったCランクパーティー以上とされている。
要するにDランクパーティーだと第3階層は厳しいとギルドは言っているのだが、それはあくまでも推奨であり禁止している訳でも罰則がある訳でも無い。
ゲートに向かって歩いている時にフェルが
「学院生が何人か来てるかも」
と、そんなことを言った。
その後、全員でゲートをくぐって飛んできた10層ゲート広場は、前回俺達が滞在した時と変わった様子は無さそう。ギルド職員の定期訪問があった程度だろうか。
彼らはやってくるたびに何か物を増やしていく。大きな物では二軒のロッジが最たるもので、最近ではその前に竈やテーブル、ベンチなんかが少しずつ増えていた。
今回は増えている物は無さそうだなと思っていたら、ロッジの外の壁に掲示板のようなものが作られていた。
「へぇ、この掲示板はいいかも」
「掲示と言うか伝言板だな」
と、エリーゼと俺が話しているように、そこには職員の予定が書かれた紙が貼り付けられている。冒険者同士の伝達にもご利用くださいという但し書きと共に。
さて、不覚にもその頃になってやっと俺は気が付いた。何気にゲート広場をぐるっと見渡した時だ。
「あれ? 北門の先が…」
ゲート広場の北門の先、通路の突き当りでレイスと戦いその結果フィールドを高い位置から望める大きな窓が開いたところは、その後、このフィールド階層の攻略を始めた時に再び閉ざされて壁に変わっていた。
そこにまた窓が開いている。
壁だろうと窓だろうと魔物などが居なければゲート広場からの通常の探査結果には変わりがないので、油断していた。
「総員警戒。北門の先が変化している」
そう言って先頭に立った俺は北門の方をフル探査。
すぐ後ろに続いたガスランが呟いた。
「窓が復活…」
ニーナはその先の懸念を口にする。
「フィールドも変化してるかも」
その可能性は高いなと俺も思う。
「フェル、前に出るな」
興味津々のフェルにそんな言葉をかけてから、俺は北門の先へ進むことを指示した。
北門からの通路は行き止まりだ。今そこは再び窓になっている。
慎重に進んでその突き当たりの窓の縁までやってきた俺は、そこから見下ろせるフィールドを眺めた。少し遅れてガスランとエリーゼ。その後ろにニーナとフェル、そしてレヴァンテが居る。
フィールドの最も大きな変化は塔が無くなっていること。前回かなり破壊したのは事実だが、こんなに綺麗に跡形もないのは俺達のせいじゃない。
そして塔が在った所の空中に、もう馴染みが深すぎる例の空中コロシアム。浮かんでいる高さはこの窓よりも少し低い。ドレマラークが居たり、グレイシアが安置されていた時の物とは違って周囲を囲む壁は無いと言ってもよく、人の身長よりも低い手摺程度のもの。そんな低い囲いの中、正円を為すその広さは直径約200メートル。
壁が無いお陰で、そのコロシアムの中心には見覚えがある大きな高さ30メートルの砂時計状の封印の器がはっきりと見えている。
◇◇◇
予定ではこのゲート広場から逆進して9層のシャフトにまた行くつもりだった。
そんな手間と労力、時間が省略できそうなのは歓迎だが、もう少し情報が欲しいと思った俺は窓からフィールドの観察を続けた。
今、この窓際に居るのは俺とレヴァンテの二人だけで、他の皆は広場で少し早いが野営と今夜の晩飯の準備中。
「シュンさん。ラピスティの見立てですが、あの封印はかなり手強いんじゃないかと言ってます」
まあ、形あるものは何かしらの方法でその形を壊すことは決して不可能じゃないと俺は思ってるんだけど、ラピスティが言いたいことは理解できる。
「力技で壊すことはしんどいなと、俺も思うよ。そういう意味で雷撃砲も厳しい」
「干渉系の魔法なら可能ですか? もしくはシュンさんの光の侵食ならば」
大きな砂時計から視線を移して、レヴァンテは俺の顔を見た。
レヴァンテに一度だけの頷きを返し、そしてすぐに俺は首を横に振った。
「光の侵食は駄目だよ。あの封印はもちろん魔法的なものなんだけど、あれは光魔法だ。俺の侵食は光魔法にはメチャクチャ相性が悪い。同じ光だからな」
「そうですか…。やはり光魔法なのですね。ラピスティは解析が進まないということから逆説的にそんな推測をしていましたが…」
俺は封印の方を見て、そして手を挙げてそれを指し示した。
「あのくびれた部分に魔王の遺産と言われている物がある。青い光で全く見えない鑑定も効かない状態だが、それが何なのかレヴァンテ達には判るか?」
「……すみません」
だろうなと俺は納得する。
「いや無理しなくていい。禁則事項なんだろ?」
「はい、申し訳ありません」
「封印を解くこと自体は、異存は無いということでいいか?」
「はい、もちろんです。むしろ是非お願いします。フェルの為にも」
俺はレヴァンテにニッコリ微笑んだ。
「可愛い妹分の為だからな。それにビフレスタの為にもきっと必要になる物だろう。最善を尽くすよ」
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