第306話 時の棺に眠る美女

 俺が先行して謎の球体に近付く。

 少し遅れてガスランとニーナ、その後にはエリーゼが続く。


 他は全員、入り口の所で防御の陣形を取って待機。

 レヴァンテは付いて来たそうな様子も見せていたが、フェルの守護といざという時の俺達四人以外の退避の為に残っている。


「始めるよ」


 俺は、球体まで5メートルの位置に来て足を停めると魔法の構築を開始。


「りょーかい」

「了解」

「気を付けてね」


 最初の偵察と皆への説明をした後、球体の表面にドレインをかけてその反応を観察したり、解析をしつこく続けたおかげで更に少し球体のことが見えてきている。


 今、俺が構築を始めた魔法の照準は球体の周囲。そして球体の表面の時空分断領域。


 時空分断領域は、球体の表面を薄く覆っている。

 膨らんだ風船のような薄い膜状のその内側には、更に時空の揺らぎを隙間なく帯びた時空分断領域が存在している。風船の中にもう一つ風船があるような状態。時空分断領域が二重に、二つの薄い層として存在しているということだ。

 今回の最終的なターゲットはその二つのうちの外側の領域。まずは、二つの風船の外側の方の一つを剥がしてしまおうとしている。


 まっすぐに伸ばした右手は、その手のひらを球体の方にかざしている。

 意識を集中してターゲットをイメージとしても明確にした俺は、光の侵食を発動。


 微かに、リーンと澄んだ音が聞こえてくる。


 俺の手からさっと光の粒子が広がった。

 輝く金色の粒子。

 その光の粒子は球体から少し離れた周囲に広がってひと回り大きく包んでいく。球体が床に接している所は、ダンジョンの床の中にも粒子は入り込んでいく。

 向こう側が透けて見える程の淡い金色の光のヴェールが、球体の全方位を完全に覆い尽くしてしまったことを確認した俺は、続けてもう一つの侵食を発動。


 球体の周囲にたった今完成したばかりの金色のヴェール。それを通り抜けて、今度は少し青みのある光の粒子が球体目掛けて進んで行く。

 青い光の粒子は、次々と球体の表面に付着する。


 まだ見えている元々の球体の表面の黒い渦が、脈動しているかのようにピクリピクリと蠢く速さを増した。周囲を覆っている金色のヴェールの複数の箇所で、輝きが強くなったり弱くなったりと明滅を繰り返し始めた。


 ここまで来てやっと制御に少し余裕が出てきた俺は、さっきから何か問いたげな雰囲気を後ろから強く漂わせている主にニーナの為に説明をする。

「青い光は、球体の表面の時空分断領域を喰らい尽くそうとしている侵食の光。そして金色はダンジョンから供給されている魔力とその経路を喰らい尽くして同時に遮断している光」


「そんな風に聞くと、とんでもなく怖い魔法だよね」

 ニーナの返事に俺は思わず苦笑いを浮かべて応じる。

「想像以上にダンジョンの抵抗が強いよ。喰ってると言ってもドレインじゃないから俺の魔力はどんどんそれで消費しているところ。最後まではもたないかもしれない」


「もたせるよ。絶対に枯渇させない」

 冷静で凛としたエリーゼの声が響くと、すぐに精霊魔法が発動した。

 全員に最強の精霊の守護を掛けた上での、エリーゼの更なる最強の精霊の癒しが俺を包んだ。

 それはほんの少し赤みを帯びて淡いピンクのようにも見える光だ。

 優しく包まれて感じるのは、身体を活性化されていることと精神的な落ち着き。

 体力も気力も、もちろん魔力も充実していく。


「ありがとう。エリーゼの髪の色みたいで凄くいいな」

「ふふっ、そうでしょ」


 ダンジョンとのせめぎ合いが始まるや、みるみるうちに半分近くにまで減っていた俺のMPは、エリーゼの精霊の癒しによって一瞬で全回復した。



 これなら一つ目の領域の侵食はなんとか完走できて領域を消滅させられそうだと思った時、探査に大量の反応が現れた。


 三つ目までと異なり、四つ目のコロシアムは外からの視覚に対する隠蔽こそ施されているものの、探査は阻害されていなかった。通常はセットで実現するはずの生体魔力波を含めた魔力の隠蔽・遮断はされていなかったのだ。

 コロシアムの外から中が探査で見えていたし、コロシアムの中に居ても外の探査が可能だった。

 観方を変えれば、同じように探査が可能な敵からはこの四つ目のコロシアムに侵入した俺達が見えているし、そこで行使されている魔法の検知も可能だということ。


 俺とほぼ同時に反応に気が付いたエリーゼが大きな声で叫ぶ。

「総員戦闘準備! 敵は上空北西から約500! 敵は…、すべてレイス!」

 セイシェリスさんが散開の配置を指し示しながら言う。

「全員ショットガンを使え!」


 俺はニーナの方を振り向いて言う。

「ニーナ、透過型の障壁を準備してくれ。レイスの主な攻撃は振動系の闇の波動だ。100%防げなくてもいい。ある程度軽減できればいいぞ」

「りょーかい、透過型ね。ちょっと時間かかるわよ」


 互いに闇魔法のレイスの振動系の波動とニーナの重力障壁。

 この振動を無くしてしまうように防御させると障壁の寿命が極端に短くなる。

 だからすべてを吸収してしまうのではなく、最初からある程度に留めることで障壁自体の寿命を長くする方がいい。弱められた波動なら身体に当たっても精霊の守護も防具もあるし、剣で撃ち払うことでも消してしまえる。


 セイシェリスさんが配置に着いた全員を確認して指示。

「射程に入るまで引き付けるぞ」

「「「「了解!」」」」


 ニーナの重力障壁が張られる。

 それはコロシアムの中央付近に居る俺を含めた全員の頭上をカバーする広さ。


 みるみるうちに姿が大きく見えるようになってきたレイス達は、その速度を落とすことなく突撃してきた。


「撃て!!」


 一斉に放たれたショットガンの雷撃の音が轟音となって空気を揺らした。

 それぞれが二丁ずつ手にしているショットガンからの射線の光が、まるで幅広の雷撃砲のようにレイスの群れをかき消した。


「続けて撃て!」


 まだ残っているレイスに向けて次々とショットガンが撃たれる。

 予想通りに、雷撃の連射となるショットガンにはレイスは極めてぜい弱だ。


 それでも、そんなショットガンの弾幕から免れたレイスがこのコロシアムの周囲にある壁の下に逃げ込んだ。

 そして、皆の背後をとろうと入り口側の壁の上からも出て来るが、それらは全て探査で誰よりも早く感知するエリーゼによって撃墜されていく。

 上空に逃げた個体は、全員で狙撃して落とした。


「第二波来ます。次も約500体のレイスです」



 ◇◇◇



 第一波を見た後では単調にしか感じられない。リプレイでも見ているかのように同じパターンで突撃してきたレイスの群れは簡単に撃破。同じことの繰り返しだった。

 しかし倍の千体ほどの勢力に膨れ上がった第三波は、さすがに変化を見せて直前で散開し四方から襲ってきた。

 それでもショットガンの前では無力だ。迎撃する側が慣れてきたこともあり、レイスが得意なはずの闇の波動をこちらに届かせることが出来た個体は多くは無かった。


 第三波を最後にレイスの襲来は途絶える。


 そしてその頃になると、ダンジョンが行っている球体への魔力供給の実際について俺も理解し把握できていた。

 対象として鮮明にダンジョンからの魔力に狙いを定めてその供給を潰し続け、本来のターゲットである球体の表面の侵食も進めた。


 青く輝く光の粒子がその輝きを減らし始めたのは、レイスの空襲を撃退してしまってから間もなくのことだった。


 少し前から俺は球体の中を凝視し続けている。

 隣に立つエリーゼも同じように見つめて、そして声を発することが出来ずに居る。


 一つ目の時空分断領域への侵食が進むにつれて、一旦は全体が青い光で覆い尽くされてしまっていたのが、少しずつ青い光と共に黒い渦も無くなり中が見えるようになってきていた。


 球体の最も外側を覆っていた一つ目の時空分断領域を消して見えてきたものは、二つ目の時空分断領域に覆われている球体だ。

 そのひと皮剥けた球体は黒いばかりだったさっきまでとは全く違い、部分的にはほんのり白っぽいもやが掛かっているものの、無色透明な水で満たされているようにも見える。

 そして球体の中には、まるでその水中に漂いながら眠っているような一人の人間の女性の姿があった。


 当初の目的を達した俺は全ての侵食魔法を停止。

 早速、改めて見えてきた時空分断領域に包まれた球体の解析を始めた。

 何かに急かされるように、俺はその解析を急ピッチで進めている。


「シュン、この女性は…」

 エリーゼがやっと絞り出した声で俺に問いかけてきた。

「判らない…。だが、この人はまだ生きてると思う」

「……うん」


 じっと球体を見詰めている俺とエリーゼの後ろで息を呑む音がした。

 それは、レイス撃退の後始末を終えて俺達の元へ近付いてきたセイシェリスさんとニーナ。


 震える声でニーナが言葉を絞り出した。

「嘘でしょ…。どうして?」


 そのただならぬ様子を感じたエリーゼがニーナを振り返った。

「ニーナ、知ってる人なの?」

「……ええ、知ってるわ。グレイシア・サリュース・レヴァイン。大公家の行方不明だった姫殿下よ」

「「えっ!?」」


 俺がこの世界に転移してきた日に遭遇したゴブリン。

 奴らが持っていた非常に高価そうな剣を回収した俺は、フレイヤさんに持ち主を探してもらった。

 その剣は大公家の騎士ローデンさんに託して家に持ち帰って貰ったのだが、剣の持ち主だった女性の名が、グレイシア・サリュース・レヴァイン。

 同じく公家のニーナの親戚筋にあたる。

 ニーナ自身は大公家とはあまり交流は無かったと言っていたが、何度か会ったことは有るとも言っていた。


「王妃の姪。だからケイレブの従姉ね。私とはあまり接点は無かったけれど、見間違えることは無いわ。それに、その鎧下にある紋章は大公家のもの」


 俺達の昂りを感じ取り、ニーナの後を追ってやって来たガスランに説明するように、そしてそうすることで自身の気持ちを落ち着かせようとしているのか、ニーナはそんな話をした。


 女性は鎧は身に着けていない。だが、逆に言うなら鎧が無いこと以外は貴族の戦闘用の装いだ。ニーナがロフキュールの式典の際に着た戦時の姫殿下の正装によく似ている。


 それにしても、なぜここに。どうして。いつから。

 そんな風にいろんな疑問が湧いてきてキリが無いが、俺は女性の観察に専念する。


 理由は分からないが鑑定は出来ない。しかし探査では反応がある。

 但し、一応はヒューマンのものだろうという程度で、通常のヒューマンのものとはかなり異なっている。

 生きているのに死んでいるような。否、何もかもが止まっているようだ。


 その時、ガスランと共に傍に来ていたレヴァンテが俺に耳打ちする。

「シュンさん、この方の状態も気になるでしょうが、この球体の調査を先にした方がいいかもしれません。これはまるで…」


「時間が停止しているみたい、だろ?」

 俺がレヴァンテの言葉を待たずにやはり小声でそう言うと、レヴァンテは深刻そうな顔で大きく頷いた。


 静まり返り、全員がここに注目している様子をひと通り見渡したセイシェリスさんが交代での見張り、周囲への警戒を全員に向けて指示した。


 見張りに立った以外の者は、このコロシアムの中心。球体が安置されている所から少し離れた段差に腰を下ろして、球体の中の女性と球体そのものを見つめ続けた。

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