第305話

 三匹のドレマラークの死体、斬り落とした尻尾。更には飛び散って散乱している鱗も全て回収してしまうべく、警戒は続けながら全員で手分けして回収作業を行った。

 ドレマラークのような大型のドレイク種は討伐自体がほぼ皆無と言ってもよく、希少な物だ。そして俺達も防具の素材としているようにドラゴンやドレイク種の鱗は防御に於いて非常に優れ価値が高い。


 そんな作業がひと段落して、このコロシアムの壁際まで移動するとやっと休憩モードになった。

 ちなみに今回のドレマラーク戦では俺とレヴァンテ以外の全員がレベルアップしたようで、フェルは一気に5レベル上がったと言う。

 休憩モードになった途端、フェルが剣を振り始めたのはそういう理由だ。

 フェルが嬉しそうに剣を振る傍でその剣筋をレヴァンテが割と真剣な眼差しで見ている一方、レヴァンテの頭の上で寝そべっているモルヴィは、のんびりした様子で時折、喉をゴロゴロ鳴らしている。


「あっ、精霊の守護の効果が切れたみたい…」

 テーブルと椅子を出して座ったニーナが、自身の身体をキョロキョロと見ながら言った。

 エリーゼはコクリと頷く。

「うん、めいっぱいで掛けて今はまだこのくらいの時間なの。切れそうになったら重ね掛けしようと思ってたんだけどね」


 ドラゴンのブレスにも対抗可能な防御手段は、ヴォルメイスの盾を除けば俺達にはエリーゼの精霊の守護しか無い。一時的にはガスランのガンドゥーリルやニーナの重力障壁でも防御可能だが、長い時間は保てない。

 今回の戦闘でヴォルメイスの盾を持たないフェルやウィルさん達も積極的に参加することが出来たのは、この精霊の守護があったからこそなのは言うまでもない。



 休憩は結局、このまま早めの昼食も済ませてしまうことに。

 ティリアとクリスが皆のリクエストを聞いて準備をする間、フェルとエリーゼは全員に治癒魔法を掛けて回る。ちょっとしたケガや、少しでも痛みや違和感がある箇所には念入りに治癒を施していく。仕上げのヒールを掛ける役割はシャーリーさんが受け持った。


 フェルが俺の傍に来た。

「シュンは、どこか痛いとか変だなってところある?」

「ん? いや俺は大丈夫。ありがとな、フェル」

「ううん、私はほとんど魔法使ってないからね。こんな時に使わないと」

「そっか。皆のケア頼むぞ」

「りょーかい」


 それはそうと…、と俺。

「ドレマラークの背中に乗って斬りかかるとは思わなかったぞ」

「うん、あれはシュンの真似してみたんだよ」

「え?」

 咄嗟にそう疑問を口にした俺だが、すぐに思い当たった。


「あー、イビルドラゴンの時の話か」

 俺達が転移で飛ばされてからスウェーガルニに戻るおよそ1年近くの間の話を根掘り葉掘り聞きたがったフェルには、かなり詳細な話をしている。


「尻尾側から飛び乗って翼を切り落としたんでしょ。あんな感じだったのかなって」

 イビルドラゴンはもちろんのこと、ドラゴンは基本的には二足歩行なので四足なドレマラークとは随分違うが、フェルは巨大な竜種への攻撃手段としてイメージしていたのだろう。

「うん、死角なのは間違いない。お前の思い切りの良さにはホントに感心するよ。だけど、いいアイディアだと思ってもレヴァンテやモルヴィが駄目だって言ったらやっちゃダメだぞ」

「あ…、はーい」


 ミュー…

 フェルの肩の上で話を聞いていたモルヴィが、コツコツとフェルの頭に自分の頭を優しくぶつけて小さく鳴いた。

「うん、解ってるよ。ごめんってば」


 どうやらフェルは、しっかりとモルヴィを心配させてしまっていたようだ。



 ◇◇◇



 さて、もう一度モチベーションを高めてレヴァンテと俺の二人で偵察。

 この人選は縮地スキル、もしくは同等のスキルを有するという条件でのもの。


 これまでの空中コロシアムと違って、中に入る前の早いうちから探査が通っていることに違和感を覚えながら早速、橋を渡って入り口から覗いてみた俺は、またもやと言うかやっぱりと言うか、嫌な予感しかしない。


「レヴァンテ、あれ何に見える?」

「ふふっ、シュンさん嫌そうですね」

 俺がどんなことを思っているか察したのだろう。珍しく吹き出したような笑いに続けて、レヴァンテは冗談めかしてそんなことを言った。


「ルインオーブを見て以来、あんな形の物にはいい印象は持てないんだよ」

「確かに見た感じは大きなオーブですね。私もそう思います。鑑定できますか?」

 と、レヴァンテは俺に尋ねる。


 見えているのは、ダンジョンの床としては典型的な石畳が隙間なく敷き詰められたこの最後のコロシアム内の中央。50センチずつ掘り下げられているような、間隔の広い同心円の階段で造られた傾斜の緩やかなすり鉢の最深の部分。

 そこにぽつんと置かれた大きな球体。

 球の表面では黒い渦が時折、暗めの銀色の影を帯びながらゆっくりと蠢いている。

 大きさはルインオーブよりかなり大きく直径は2メートル近いだろう。そして、ルインオーブの時のような台座などは無く、すり鉢の底の床に直接置かれている。


 距離が離れているせいで小さめに見えているからなのか。不気味な球体として俺はルインオーブのことを思い出したが、間近で見ればその大きさのせいで印象は全く違うものになるのかもしれない。


 それにしても、鑑定を行えるレヴァンテがそんなことを訊いてくるということは、彼女にも鑑定は出来ていないのだろう。

「俺も鑑定は出来ない。そもそも鑑定すべき対象がはっきりしない」

「私もそんな感じです。レジストされているのではなく、いなされている、躱されていると言うんでしょうか」

「そうだな。隠されている訳じゃないし、そういう意味では偽装に近いものかもな」


 探査では魔法と魔力の存在を感じるのみ。既に鋭意実行中の魔法解析は遅々として進まないが、少しずつ見え始めているのは時空魔法だ。

「あそこと言うか、あの中に在るのは時空魔法だと思う…。表面に結界、いや封印と言った方がいいのかな。があるみたいだけど、それもどうやら時空魔法みたいだ」

「二種類の時空魔法ですか。ラピスティはもっと近づいてくれと言っています」


 俺だってもっと近付いて解析したいと思っている。

 だが…。

「まだ駄目だよ。アレが何をしてくるか、どういう反応をするか分からない。それに表面の部分で既に二種類あるみたいだから三種類以上ということ」

「現象的には時空の揺らぎ…。ですよね」

「そう、何故かずっと続いている…。いや待てよ、時空不介入…? まさかそれを利用しているのか?」

 レヴァンテがハッとしたような顔で俺を見詰める。

「シュンさん…、ラピスティが興奮状態です。もっと近くで見てみたいと」

「気持ちは解るが、これは殺人兵器かも知れないという可能性は排除できないぞ」


 夢中になってしまいそうなほどに興味深い時空魔法なのだが、しばらくして、それからは一向に進まない解析は中断した。

 距離は保ったまま謎の大きな球体への警戒は続け、レヴァンテと二人でこのコロシアム内の探査と鑑定を念入りに行った。

 結論から言うと、球体以外には目ぼしい物は無さそう。


 偵察としては取り敢えずここまでとキリを付け、俺とレヴァンテは皆が待つところに戻って状況を説明した。


 話を聞いてすぐにエリーゼが顔を顰める。

「第一印象はルインオーブみたいなもの…?」

「私、あれ嫌いよ」

 すかさずニーナも同じような顔でそう続いた。

 ガスランも嫌そうな表情でうんうんと頷いている。



 その後、入り口から見るだけに留めて近付かなければ危険はないだろう。

 万が一でもすぐに退避できるだろうということで、全員がひと目その球体を見ておく事になった。

 その球体見学が終わって、全員が何が何やらさっぱり分からないという雰囲気の中、フェルがポツリと言う。

「外側、表面にある封印みたいな物だけでも無効化できるといいのかな。そうすれば正体が何なのか見えそうなんだよね?」

 するとニーナが、フェルのその話を引き継ぐように俺に問う。

「シュン、ドレインは出来そう?」


 エリーゼが、俺が口を開く前に応じる。

「ルインオーブの時とは魔力源が違うんじゃない?」

「あー、そっか。大きいだけじゃなくてここはダンジョンだもんね」

 ニーナは残念そうに口を尖らせた。


 幾つかもっと詳細に調べるための手段をシミュレートしながら、俺は補足。

「停止させる為じゃなく、別の意味合いでドレインは試してみようかとも思ってるけど、まず間違いなくダンジョンが魔力を供給しているだろうから、あれをドレインで停止させてしまうのは無理。続ければ先に俺のMPが枯渇する」


「シュン、表層にある封印なのか結界なのか、その効果については何か掴めた?」

 少し話題を変えるように発したセイシェリスさんの問いに俺は答える。

「おぼろげですけど、おそらくは防御系でしょうね。カウンターが仕掛けられている可能性はもちろんあります。ですが、物理的な侵入と魔法の作用の両方を遮断しているのが本質じゃないかと思います」

 ここでレヴァンテが俺に深く頷いて口を開く。

「ラピスティもそれに付いては同意見です。シュンさん同様に、もしかしたら時空を分断している類ではないかという推測をしています」


「それは…、時空の揺らぎの範囲でという意味よね」

 セイシェリスさんは、驚きから考え込むような表情に変わるとそう言った。


「さすがですね。その通りです」

 フレイヤさんが翻訳した時空の魔導書を熱心に読んでいたセイシェリスさんとは、ミレディさんやエリーゼも交えてこの辺の時空の作用については長い時間をかけて話をしたことがある。


 しかしほとんど全員が疑問符だらけだ。

 なので、レヴァンテが解説を始める。

「時空の揺らぎと呼ばれているものは、実は人為的なものではなくても自然現象的に発生することがある現象で、時空が細かく震えているかのように微かに伸縮を繰り返している状態のことを指します。時空本来の正常な状態ではないのですが、ごく短時間のうちに自然に解消します」


 ニーナがすかさず質問。

「自然解消というのは、揺らぎについては時空の秩序維持の為の介入が行われないという意味?」

 時空の秩序維持の凄まじさについては、帝国のエルフの北方種族自治領にある聖域と呼ばれる場所で、サキュバス化したルミエルが発動した時空魔法の結果起きたとんでもない状況を俺達四人は至近距離で経験済みだ。


「そうです。介入する程ではない無視しても構わないもの。現象に対する時空からのリアクションは無いということです」

 今度はクリスが尋ねる。

「揺らぎは放置しててもそのうち解消するから、いちいち大袈裟に秩序維持の介入をする必要が無いとかそんな感じ?」

「その通りです。実際、揺らぎは時空そのものにも、時空の中のものにも殆ど影響を及ぼしません。些細な現象だということですね。生物にも影響はまずないと言ってもいいものです。そして当然、揺らぎ程度では結界の効果などは有りません」


 難しい顔をしているウィルさんが言う。

「今の話の流れだと、今回のアレはその揺らぎだということ…? だよな?」

「はい、表面上はそうじゃないかと思われます。それで、実はここからが本題なのですが、揺らぎが起きている範囲の中で時空改変が発生している場合の話になります」


 ウィルさんが腕組みをして考え込んだ。

 レヴァンテは皆の顔を見渡してから続ける。

「時空の介入とは、その時空内で発生した改変、即ち異常な領域に隣接する正常な部分が、本来あるべき姿にしようと手を伸ばして正常な状態に是正していく作用です」


 あっ、と声を上げたフェルが手を挙げた。まるで学院の授業中のような感じ。

「揺らぎの範囲内だから、改変領域の周囲には正常な部分が隣接していない!」

「フェルその通りです。ですから時空の秩序維持の為の介入が行われません」

「自然にもそういう現象は有るの?」

 フェルのその質問にレヴァンテは頷く。

「発生しています。と言うか、時空改変と言ってもいいほどのものは多くの場合その周囲に揺らぎを伴うものです。ですが、完全に揺らぎに囲まれた状態は稀ですし、例えそうであっても揺らぎというものは通常は極めて短時間、刹那の間に自然に解消するので、そうすると剥き出しになった改変領域は介入され是正されていくという流れですね」


 ニーナが話は解ったという顔でまとめる。

「時空が無視する程度の軽微な異常の領域に包まれた、真に異常な領域が存在し続けるということなのね」

 俺はニーナに大きく頷いて見せる。

「その軽微な異常の領域を維持できているのが信じられないんだけどな。副次的に揺らぎを発生させることは出来ても、それを維持し続けて揺らぎの領域までコントロールし続けることが出来る魔法なんてものは、俺は知らない」


「そんなに大変なものなの?」

 そう言ったフェルに俺は微笑んだ。

「時空魔法という奴は、座標を指定することからすべてが始まる。ある時空で揺らぎが発生した時、その時空の中の視点から得る座標は共に揺らいでいるから揺らぎのコントロールには使えない。時空の外からの視点じゃなければ揺らぎをコントロールする為の絶対的な座標は得られないんだ。皆が知っている具体的な例で言うなら、レヴァンテが使える時空転移の視点から、その転移先に該当する時空そのものをコントロールするようなものだということ」

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