第278話 捕縛

 スウェーガルニダンジョンの第10層ボスを倒した俺達とバステフマークの面々。

 宝箱から出てきた魔導書に関する諸々も済んで十分な休憩を取ったのちに、出現していた下層への階段を降りて少しだけ11層の様子を見ておこうということになる。

 ちなみにシャーリーさんが使った光の魔導書は、以前エリーゼが使った時と同様に使用した後は消えてなくなってしまった。他の属性の魔導書と違って光はそういう仕様なのだろうと思うしかないのだが…。


 さて、そういう訳で初めて足を踏み入れる第11層。

 階段を降りた先のその第11層の通路自体は直前の第10層とほぼ同じような様相だ。しかし一つ一つの部屋は比較にならない程に広いものだった。


 10層の踏破が終わっている訳ではないので11層に長居するつもりは無い。それでも部屋一つぐらいはどんな魔物が居るか確認しようと決めていた俺達は最初の部屋の中に踏み込んだ。

 そこで俺達を待ち構えていたのは約20体のグレイトロールの群れ。トロールの亜種だ。

 鑑定で見えたその名の通りに通常種のトロールとは身体の色合いが違う。通常種は少しくすんだ緑がかった色なのに、このグレイトロールはその緑色っぽさが全く無くて灰色。もう少し肌に艶があるともしかして銀色っぽく見えるかもしれない。


 素材の価値が未知数なので破砕してしまうような魔法は使用しない方針がセイシェリスさんから通達されていて、とは言え初見の魔物でもあり慎重に対峙。

 奴らは身体は通常種よりもひと回り小さく敏捷性は驚くほどに高い。そのうえ武器の扱いにも長けていた。通常種のイメージでのろまなトロールだと思って舐めていたら痛い目に遭うだろう。


 慎重な様子見はすぐに終えて見切ってしまったウィルさんとガスランとクリスという剣術トリオが無双して殲滅。そんなグレイトロールの全ての死体の回収を済ませてこの日の狩りはこれで終了となった。


 外は既に日が暮れている時刻だ。俺達はすぐに来た道を戻って10層ボス部屋前の安全地帯でテントを張った。


 皆でワイワイと騒ぎながらの夕食を摂った後はシャーリーさんは光魔法、ティリアは闇魔法に取り組む。

 ここで二人を指導する先生は、それぞれエリーゼとニーナ。すぐ傍でフェルとケイレブが興味深げに見守っている。

 シャーリーさんはライトの魔法はすぐに使えるようになって得意満面の顔で複数を同時発動したうえでの制御に挑戦し始めたが、ティリアはかなり苦労している。

 加重魔法から取り組んでいるティリアは、少しだけ発動させることは出来ているのに制御が全くと言っていいほどに覚束ない。

 その様子を見ながら俺はエリーゼに小さな声で囁く。

「加重魔法がすぐに発動できただけでも大したもんだと思うけどな」

「だよね。重力系は闇属性を持っていても出来ない人が多いって言われてるのにね」

「ニーナの教え方がイイんだろうな」


 ……そんな話をしているとエリーゼの電話に着信。

 もちろん相手は一人しか居ない。フレイヤさんからだ。


 こちらの状況などを話していたエリーゼの声が少し途切れると、

「シュン、ラルフさんが手伝ってほしいって言ってるみたい」

 エリーゼが電話を手にしたまま俺を見てそう言ってきた。


 ウェルハイゼス公爵家の第一騎士団が、ケイレブ王子とニーナをターゲットにした今回の企みに対処するためにスウェーガルニに来たことは知っていた。それは団長のラルフさん自身が率いてのこと。


「ラルフさんが…? 何か進展があったのかな」



 ◇◇◇



 バステフマークとの合同パーティーで第10層ボスを攻略した翌日の夜。

 俺達はスウェーガルニの新街区に在る騎士団分団本部の会議室に来ている。

 ここに居るのは俺とエリーゼとガスラン。そして代官のレオベルフさんとラルフさん、リズさんと特務の隊長さん。

 ケイレブ王子は当然だが、ニーナも当事者だしフェル達だけに王子の警護を任せる訳にもいかないのでダンジョンに残してきた。


 その会議室で特務部隊の隊長さんが机上に広げた地図で示したのはスウェーガルニの街区から馬車で30分ほどの場所。街道からは外れているので、滅多に人が立ち寄らない辺りだ。

 エリーゼがその地図を見ながら軽いため息を吐く。

「そんな所に拠点が在ったんですか…?」

「……はい。どうやら随分前からスウェーガルニを監視していたようです。襲撃の実行犯には知らされていなかった諜報部隊のアジトですね」

 隊長さんがエリーゼにそう答えた。


 隊長さんの方に顔を向けたガスランが続けて問う。

「そこは住民は居なくて敵ばかり?」

 隊長さんは首を縦に振った。

「おそらくそうでしょう。後継者がいなくなった外農地を買い取って、それなりに農作業もして農民として振る舞っています」


 先日、学院の門前で行われた派手な市街戦。

 その際に捕らえた第二王子派閥サラザール伯爵家の息がかかった実行部隊の男たちを尋問して得られた情報には、彼らが襲撃の直前まで使っていたアジトの事もあったのだが、その話を聞いてすぐに領兵が徹底した捜索を行ったものの手掛かりなどは一切残されていなかった。


 それでも、こうやって敵の別のアジトを見つけてしまう辺りはウェルハイゼス公爵家の特務部隊の優秀さを物語っている。


「怪しいと解った時点からずっと監視を続けています。一昨日、貴族風の一団がそこに入ったことが確認できました」


 学院での襲撃は失敗したのにそんな動きがあるということは、彼らがまだ諦めていないことを意味しているように思う。


 冒険者に扮したキース・ハルムンゼスが娼婦にパミルテの薬を過剰使用して死なせてしまった一件に始まり、これまでの取り調べで第二王子派閥のサラザール伯爵家が王位争いを優位に進めるために計画を主導していることが明らかになっている。その計画にキースの兄であるハリル・ハルムンゼスがニーナへの個人的な思い入れを盛り込んできたことも。


 ラルフさんが鋭い目つきの険しい表情になっている。

「企みの内容から言って、ニーナに執着しているハリルがスウェーガルニに来る予定なのは間違いない。弟のキースと違ってハリルはサラザール家の家臣だ。こいつを捕縛して吐かせればサラザール伯爵の喉元に剣を突き付けることができるだろう」

「そのアジトにやって来た貴族がハリルだったら、問答無用で捕縛してしまっていいんですか?」

 そう尋ねたエリーゼにラルフさんは頷いた。

「ああ、殺してしまわないように、それだけは気を付けてくれ」



 という訳で早速、敵のアジトであるその農家へ向かうことにした。

 まだ日付が変わったばかりの時刻だ。件のアジトの場所は街区からそれほど遠くない。夜明けまでにひと仕事終えられるだろうと見ている。


 俺達三人に加えて特務の隊長さんとその部下が一人同行しているので総勢5名。

 街区からの街道を少し進み、街道からは外れて整備されていない狭い道を歩く。ここは随分前に一度だけエリーゼと二人で薬草を探しに来たことがあった道だが、収穫が無かったせいでそれ以来来たことは無い。

 暗闇に紛れた一行の先頭を歩いていた俺は、右手を挙げて全員の歩みを止めた。

 魔力探査に微かな反応を感じている。

「停まって…。少し先に探知の結界があるみたいだ」


 地図で、もう少し進めばアジトになっている家が見えてくるはずだと解っているし、探査でも人が居るのが見えてきている。家の中をうろうろしているのか、大半はまだ眠ってはいないようだ。

「結界を突っ切って一気に突撃してもいい距離だけど、念のため探知結界は避けて通ろうか」

「ええ、そうしてください。出来たら中で何をしているか様子を見たいですから」

 隊長さんがそう言ってコクコクと大きく頷いた。

「了解」


 俺は、結界が張られている道から外れて草むらを通り、探知結界の有効範囲を大きく迂回する方向へ皆を導いた。


 さわさわと草を撫でるような音だけを響かせて家に近づく。

 そして家が目前に迫った時、再び停止の合図を示した俺は小声で後ろに続いている皆に囁く。

「また結界がある。柵を起点に家の周囲に張られてる」

 今度のは魔物除けと探知の両方の機能を持つ結界だ。


 この結界に用いられているのは見覚えのある術式ではあったが、一応は解析してから確信を持ったうえで無効化していく。

 そして、俺と隊長さんの二人で家の壁に接近。

 他の三人は身を隠せる草むらの所で待機だ。


 耳に当てるタイプの魔道具を隊長さんが一つ渡してくれる。

 二人揃ってそれを耳にあてて壁越しに家の中の音に耳を澄ませた。



 ◇◇◇



「……男爵殿、何度も言ってますがそれは無理です。ダンジョンから出てくるのを待つしかありません」

「そうです。アルヴィースは10層を起点にしているという話です。我々が10層まで行くのは不可能です」


「だが、もう人数は揃えられないんだ。相手も人数が少ないダンジョンの中で不意打ちするしかないだろ」

 男爵殿と呼ばれていた男だろう、そう答える声が聞こえてきた。


「サイクロプス相手でも平気な相手ですよ!? アルヴィースが居る所では絶対に不可能です。……やっぱりターゲットを分けて考えましょう。ユリスニーナ姫を攫うのは諦めて王子だけになるまで待つべきです」

「くどい! そっちこそ何度言ったら解るんだ! ユリスニーナを捕らえなければ意味がないと言っているだろうが…。それにウェルハイゼスの騎士団も来てるんだ。王都に戻る時の護衛が、来た時のような少ない人数とは限らないぞ」

 男爵殿は怒り心頭の口調だ。


「ですから、もう今回の計画自体が破綻していますよ。捕縛された奴らからサラザールの名前が出ていると考えた方がいいです。我々まで捕まってしまったらもう言い逃れできません。迂闊に動けませんよ」

 そして、こちらも怒りの度合いが増した雰囲気でそう応じている。


「だからこそ当初の目的を果たさなければならないんだと、どうしてお前たちは理解できないんだ!」

「男爵殿。それを言うなら、ユリスニーナ姫を拉致するのは当初の計画には無かったことですよね」

「ウェルハイゼスの力を削ぐのは計画以前に当然のことだ。それに、ここまでやって失敗しましたと手ぶらで帰れるとでも思ってるのか?」



 まだ言い合いは続きそうだが、彼らの話、口論の大筋は見えてきたのでケリをつけることにした。

「隊長さん、奴らを鑑定しますね」

「はい、気を付けて」


 鑑定スキルはレベルが上がっても目視しないと効かないのは相変わらずだ。おそらくは、どんなにレベルが上がっても目視が不要になることは無いと俺は思っている。


 家の中、奴らが居る部屋の窓に俺は近付いた。

 不十分かもしれないが、俺にとっては目いっぱいの隠蔽魔法を自分自身に掛けている。


 窓にカーテンの類は無く、灯されている明かりのおかげでその部屋に居る三人の顔が見えた。見るからに貴族だと判る一人は身なりが良く、他の二人は農民が着るような服装だ。

 そして、貴族風の男の名前が見えてきた。

「ハリル・ハルムンゼス…。間違いないな」

 そんなことを頭の中だけで呟いた俺は、合図として決めていた小さな光球を家の屋根の上に出した。


 ガスランとエリーゼは家の裏口から、俺は正面から侵入。

 入ってすぐの部屋にはハリル達三人が居る。

 突然開いたドアに驚きながらもすぐに武器を構えたのはさすがだと思うが、そこまでだ。難なくスタンで気絶させてしまうと、その頃にはガスランとエリーゼも他の部屋に居た二人を気絶させてしまっていた。

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