第277話
ヒュージワームは通常種のサンドワームより二回りは大きい。
その大きなワームの背後に向けて俺は再び転移を行使した。
エリーゼが続けていた雷撃雨で長い身体をくねらせていたヒュージワームは、すぐ背後に現れた俺の魔力と気配を感知したのか、振り向くように頭を巡らせる。
こいつの魔法防御は特殊だな…。
俺の雷撃もエリーゼの雷撃雨も嫌がってはいるが、ダメージが有るかと問われればそれほどでも無いと言わざるを得ないだろう。
「じゃあ、物理防御はどうなんだ?」
そう呟いた俺は、ヒュージワームの頭を包み込んでしまうようにライトの光球を出した。
縮地で飛び込んだ俺は女神の剣を振るう。
剣で深く斬り裂いたワームの身体から体液が飛び散る。
しかし次の瞬間、そんな攻撃などなかったようにヒュージワームは大きく口を開いて俺に向かってきた。
俺はワームの懐と言ってもいいほどに近接している。そんな俺の方へヒュージワームは鋭角に折れるように身体を曲げてこちらに向かってきた。
身体がぽっきりと折れてしまったような、自身の身体の太さが邪魔になっていないその様子が妙に不自然だった。体幹を構成している箇所なのに触手のような動きだ。
「なんだよ、その変な身体は!?」
思わず悪態をついた俺は縮地でいったんその場を逃れる。
少し距離を取った所からたった今斬ったワームの身体を見ると、斬った所がはっきり目で判るほどに塞がっているのが解る。通常種とは全く異なるその様子に、俺は並列思考リソースをかなり使って考え込んだ。
だが、そうしている間にもヒュージワームは俺に攻撃してくる。
縮地で避けながら、俺もすれ違いざまの迎撃の剣を振るった。
物理防御もかなり高いということは最初の一撃で理解していた。
それは、斬撃を受け止め威力を吸収する防御。硬軟を瞬時に変化させることができるせいで、その身体を大きく斬り裂くことが困難になっている。
不自然な角度で身体を折り曲げることができるのもこれが理由だろう。曲げた箇所の外側は伸びて内側は縮んでいる。
身体の全部が触手の進化版みたいなものか…。
◇◇◇
「魔法でやらないと手に負えそうにない。皆でやろう」
またもや皆が待つ階段に戻った俺が作戦を素早く説明するとニーナがニヤリと笑った。
「了解。焼き尽くしてもいいのね」
「奴の再生は欠損した部分をすぐに生み出している訳じゃない。斬られてもすぐにくっついているだけだ。だから少しずつ削っていこう」
雷撃を放ちながら飛び立った俺の後を追うように、エリーゼとニーナが魔法を発動させる。
エリーゼは土魔法でヒュージワームの下の砂地を硬化。
その上に這いつくばらせるようにニーナの重力魔法が作動する。
ヒュージワームは重力魔法にも耐久性は高いようで、抑えつけられながらそれでもまだ身動きは止めずにもがいている。
頭の先を皆が居る階段の方に向けていたワームの背後、尻尾の方から俺は近付いて剣で出鱈目に斬り刻み始めた。
斬った端から再び癒着して元に戻ってしまう様子を見ても、俺は剣を振るう手を緩めない。
ニーナに抑えつけられて俊敏さは失われているが、ワームは頭を何とか俺の方に向けてきた。そのワームが本能に導かれるように俺に向けて開けた口の中に俺は小さめの爆弾を投げ込む。
その爆弾は、内蔵している魔石の魔力隠蔽を敢えて外したものだ。
「餌と思っただろ?」
魔石はワームにとっては何よりのご馳走。放り込んだ爆弾を吐き出すどころかワームはすぐに飲み込んでしまう。
「残念、今喰ったやつは食あたりを起こすものだよ」
と、縮地で離れた俺がそう言った直後、飲み込んだ爆弾が起爆した。
ズズンッとくぐもった音が響いて、ヒュージワームの腹の辺りが揺れた。
続けてニーナの爆炎魔法が発動してヒュージワームの身体の後ろ半分を覆う。
苦し紛れのように頭を振って、再び口を開いたその中に今度はエリーゼの雷撃を纏わせた矢が幾つも飛び込んだ。
ヒュージワームは火と雷から逃れるために砂に潜ろうとし始める。しかしエリーゼが固めた砂地に潜ることは出来ない。
重力魔法を行使して俺はヒュージワームの上に飛び上がる。
それを見たニーナとガスランが爆炎の数を増やしてワームの身体全体を青い業火で包み込んでしまう。
ニーナの重力魔法で抑えつけられ、砂地を硬化し続けるエリーゼによって砂の中に入ることは叶わず、ニーナとガスランの爆炎であぶられ続けている状態だ。更にそこに俺とエリーゼの雷撃が降り注ぐ。
そんな状態でもヒュージワームは抵抗を続けていて、目下の最大の脅威である爆炎に対抗するために水魔法も行使し始めたのが判る。元々の魔法防御と水魔法の合わせ技で何とか身体が燃やし尽くされることを阻止しようとしている。
「凄いな。本能で動いているだけだとしても、その対処は見事だ」
俺は思わず称賛の言葉を呟いた。
ずっと続けていた探査と鑑定で見えてきているヒュージワームの防御力と再生能力の根源。それは奴の中に在る魔核だ。
その魔核、魔石はワームの身体の中に二つ存在していて、それぞれが身体の中の一か所に留まらずに移動し続けている。
狙いを絞らせない上に二つ存在しているということは、仮に一つを失っても残っている一つによって再生可能だということ。
◇◇◇
ブレスのような魔法は二度と放たれることはなく、ヒュージワームは絶命した。
攻撃よりも爆炎を防ぐことと自己の再生を優先したことで魔力が枯渇して自滅した格好だ。
爆炎で削られ続けて再生すべき体組織が元の半分程度になってしまうとその後は早かった。
消し炭のようなヒュージワームの残骸の中から魔石を一つ掘り出したエリーゼが言う。
「このワーム。何となくだけど、ゴーレムっぽい感じがしたよ」
「俺もそう思った。土魔法と水魔法で形成された生体ゴーレムって感じだったな」
そして、ヒュージワームが死んですぐにこのボス部屋は変化していた。
セイシェリスさん達は、その変化が現れたこの広い部屋の奥で調査を始めている。
奥に出現したのは新しい階段と宝箱。
魔石の回収を終えた俺達もその場所へ行く。
「宝箱だ!」
「宝箱!」
フェルとケイレブはニコニコと微笑んでいる。
「では、一応警戒しててくれ」
セイシェリスさんのその一言で俺達は少し下がった位置で武器を構える。
箱を開けるのはウィルさんとシャーリーさん。
「トラップの類はなさそうです」
そう言った俺にシャーリーさんが頷いた。
箱を開けて中に見えてきたのは魔導書。
なんと二冊ある。
すぐに鑑定を始めた俺の様子をセイシェリスさんがじっと見ている。
俺はその視線に応じて鑑定の結果を告げる。
「闇の魔導書と光の魔導書です」
「光…」
超レアな光の魔導書だと知ったほとんど全員が絶句する中、エリーゼだけがそう呟いた。
光の魔導書を見るのは、エリーゼが光属性を発現させた時以来だ。
セイシェリスさんは二冊を収納に仕舞うと全員を見渡した。
「一旦安全地帯に戻ろう。魔導書の扱いは食事でもしながら考えることにしようか」
ウィルさんがうんうんと頷いている。
「そうしよう」
「ですね」
もちろん俺達にも異存は無く、と言うかさすがに腹も空いてきている。ガスランとニーナも何か食べようと言いたげな顔をしている。
◇◇◇
「シュンさん達の戦いぶりは次元が違いすぎて、僕には解らないことも多かったし何と言っていいのかわかりません」
雷が効きにくいという希少さのせいで難敵だったヒュージワーム。
そんな第10層ボスに俺達四人が対処し始めてから、ただ呆気に取られていただけだったケイレブは、反省会のような感じになった食事の時にそう言った。
そんなケイレブにティリアが微笑む。
「ケイレブ、それは私達も同じよ」
クリスが同意だとばかりにコクコクと首を縦に振っている。
「そうね。シュン達が居なくて私達だけだったら、早い段階で全く歯が立たずに退却していたわ」
セイシェリスさんもそう続けた。
そして、ウィルさんがしみじみとした表情で俺の方を見てから、ため息交じりに言葉を吐き出した。
「俺達、魔法をもっとどうにかしないといけないな…」
その通りだと思う。
バステフマークはバランスが取れたいいパーティーだと思うが、魔法攻撃力という意味でも、パーティーメンバーが行使できる魔法の種類という意味においても物足りなさはあると思う。
今回のような特殊なボス相手だと、物理攻撃に偏っていると太刀打ちできない場合が今後もありうるだろう。
さて、少し話し合った結果、魔導書に関してはどちらもバステフマークが使うことになった。
セイシェリスさんは、
「うちとアルヴィースで一冊ずつということにしよう」
と、そんなことも言ってたんだけどね。
ニーナの活躍ぶりのせいで闇魔法は本当に大人気だ。皆が欲しいと思っているが、今回俺達は助っ人だった。
なのでアイテムに関しては全て譲ることにした。
「じゃあ魔石は好きなだけ持って行ってくれ」
「あ、でもかなり拾ってますから。今持ってるのをすべて貰えれば十分です」
という訳で、魔導書。
シャーリーさんが本人の強い希望で光の魔導書を、そして闇の魔導書の方はティリアが使った。
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