第274話 ボス部屋
俺を前衛中央に置いて左右にガスランとウィルさん。中衛はニーナとシャーリーさんとクリス。後衛はセイシェリスさんとティリア、そしてエリーゼ。
更にその後方に位置するフェルとレヴァンテは、ケイレブを守りながらの主に後衛的な立ち回りをすることになっている。
そういう陣形で臨むことになっていた俺達だが、いきなり出鼻をくじかれた。
「階段…?。それに天井低っ」
ニーナがそう言ったとおりに扉を開けた所は狭く、在るのは下に降りる階段。暗くて天井が妙に低い。そこはまるで階段を上り詰めた所のように感じられた。
俺は階段の方に進んで見下ろした。階段はすぐに右に折れていて見通せないがその先は通常のダンジョンの中と同じ明るさのようだ。
「階段の少し先は明るくなってるよ」
「部屋はまだ先ということかな」
セイシェリスさんが俺の隣でやはり下を覗きながらそう言った。
俺とシャーリーさんが先行する形で階段を降り始める。
右に曲がって明るさと共に見えてきたのは、広く長く天井がとても高い部屋。
階段はその部屋の天井の隅から壁沿いに下に向かって作られている。
「下までは50メートルぐらいありますね」
「シュン、両側の壁にある穴は怪しいぞ」
階段を少し降りて足を停めた俺はすぐ後ろに続いているシャーリーさんとそんなことを話している。
長い長方形の部屋。その長方形の短い辺に当たる壁の上に位置している俺達からは、この部屋は深い谷底にある大通りが奥の方へ真っ直ぐ長く続いているように見える。
そんな部屋を囲む高さ約50メートルの高い壁。
シャーリーさんが気にしている穴は、左右両側に長く続く壁に部屋の下から縦横共に15メートルほどの間隔で幾つも開いている。一つ一つの大きさは同じようだ。それは人が楽に通れる大きさ。
「確かに、あの穴からなんか出てきそうですね」
俺は穴が幾つも開いた両側の壁と共に部屋の床の方も探査で見続けている。
部屋の床という表現をしたがそれは砂地だ。
「下の砂も、なんか不気味です」
「探査は?」
こちらを見てそう尋ねてきたシャーリーさんに、俺は視線は床の方から外さないままで首を横に振った。
「砂からも阻害されてます。ダンジョンの壁や床と同じような感じですね」
進行を再開して降り始めた壁沿いに作られた階段には、途中一か所だけ踊り場があった。そこからは折り返すように向きを変えて更に下へ続いている。
踊り場でいったん休憩。と言うか作戦タイム。
「探査にはまだ何も反応がありません」
そう言った俺にセイシェリスさんが頷く。
「下に着いたら何か変化が出てくるのかもしれない。注意して進もう」
警戒は続けながら黙々と俺達は階段を降りた。
そして、その階段の最後。
砂地になっている床に一歩足を踏み入れた途端、探査に一斉に反応が現れる。
クゥエェェェェ… クゥエェェェ…
同時に聞こえてきたのは耳障りな鳴き声。
すぐに俺は、その壁の穴から次々と出てきて空中に留まっている魔物を鑑定。
「ハーピーだ」
「50、60…。まだ増えてます」
俺に続いてエリーゼが数を報告。
ハーピーは鳥人種と称されることもある人型の魔物だ。四肢全てに太い木の幹を掴めるほどに大きい掌を持ち、大きな足は人間程度の生き物ならば引き裂いてしまえるほど力が強い。
背中にある羽と身体はほぼ全体が鳥のような羽毛で覆われている。白に近い灰色のその羽毛に覆われていない顔と上半身の前面は人間の女性とよく似ていて、その見かけ通りにハーピーにはメスしか存在しない。
このボス部屋の魔物はコカトリスじゃないかという想定はあったので、飛行する魔物への対処は打ち合わせ済みだ。
「セイシェリスさん、打ち合わせ通りに
ショットガンについては昨夜のうちに説明して撃つところも見せているし、バステフマークの人達にも操作に慣れてもらう為に結構な時間をかけて試射もした。
ただ、全員に一丁ずつは無いので取り敢えずは実戦でも使ったことがある俺達が撃つことにしている。
「そうしてくれ。ショットガンを撃てる者が前列。他はその後ろからだ」
「「「「了解」」」」
セイシェリスさんの指示で陣形を変えていく。
ニーナを中心にして、その左側に俺。ガスランとエリーゼは右側。
俺は後ろに近づいてきたフェルを振り返った。
「乱戦にはならないように、遠距離攻撃だけで撃退するぞ」
「分かった!」
フェルのすぐ隣にいるケイレブがショットガンを手にして俺を見つめている。
「シュンさん、僕も撃ちます」
「焦らずにしっかり狙って撃て」
「分かりました!」
ハーピーたちは穴から出てきてもまだ攻めてくる様子は無く、宙に留まってこちらの様子を見ている。
探査で判るハーピーの個体数は既に200を超えた。
「200体超えたな…。どんだけ出てくるんだよ」
「凄く統率取れてるわね」
ニーナは険しい目つきでハーピーを睨みながらそう呟いた。
ニーナと俺の間、少し下がった位置に立つセイシェリスさんは言う。
「上位種が居るのは間違いなさそうだ…」
そして続けて全員に向けた指示を口にする。
「皆、いいか。この壁を背にしてなるべく離れないようにしろ。ハーピーは風魔法を使うと聞いたことがある。距離があっても油断するな」
俺達は階段を降り切った所に居る。
そこは壁のすぐ前で、空を飛んで襲ってくる相手にしてみれば近接攻撃を加えるならば壁に激突しないように気を付けなければならない位置だ。壁から離れるということは相手に攻撃しやすい状況を与えてしまう。
ハーピーの群れの先頭との距離は200メートルはあるだろう。睨み合いのような状況がその後も少し続く。多くのハーピーがクエックエッと耳障りな奇声を上げ続け、こちらを威嚇し挑発しているかのようだ。
しかしそんな中、ひと際大きく鋭い鳴き声が響く。
キュックゥゥエッ…、キゥエッ…
鳴き声をかき消すほどの羽ばたきの音が起こり、ハーピーが次々と俺達の方に向かって飛んでくる。
床すれすれの高さで最短距離を向かってくる一群、別の一群は横の壁沿いに天井近くへと上がっていく。
そして群れが動き始めたことで、まだ動いていない後方の群れの中心、高さ20メートルほどの空中に静止したひと回り大きな体躯を持つ個体が見えてきた。
「正面のデカいのはハーピークイーンです。今のところ上位種の反応はあれだけですから、あれが指揮官でしょう」
「分かった…。よし今だ、撃て!」
真っ直ぐに飛んできたハーピーの一群の先頭が俺達にあと50メートルに近づいた時にセイシェリスさんが攻撃を指示した。
ズガガガガガガッ! ズガガガガガガガガッンッッ!!
ズガガガガガガガッンッッ!! ズガガガガガガガッンッッ!!
ハーピーが変わらずに発し続けていた威嚇の鳴き声は一瞬で止んだ。
そしてハーピーの白に近い灰色の羽毛が飛び散り、更には肉片や千切れた身体も飛び散った。人間とは違う腐った肉のような血の臭いが漂ってくる。
ショットガンと呼んではいるがマシンガン並みに連射できる俺達のショットガンが一斉に火を噴き、ハーピーの最初の群れはことごとく雷撃散弾で消し飛んだ。
半数が宙に留まったまま残っているハーピーの群れはまだしっかり統率されている様子だ。それでも仲間の惨状を目の当たりにした動揺の為だろうか、ゆらゆらと落ち着きなく動く個体が増えてきた。
距離があるせいでその表情の変化は良く分からない。しかし、人のような顔と仕草のハーピーにはどこか困惑しているような雰囲気を俺は感じる。
キュッ…、キゥエッ…
戸惑いがもうしばらく続くのかと思ったその矢先に動きが出てくる。
ハーピークイーンが発した声で一斉に群れが配置を変えた。
横と縦に大きく広がった位置で静止したハーピー全てが俺達の方を見つめる。
俺の中に沸き起こった嫌な予感に続いて、僅かに遅れて探査で感じ取れ始めたのは風魔法の発動兆候。
「風魔法撃って来ます」
「先に撃て! 全員遠距離攻撃を撃て!」
ハーピーが一斉に風魔法、風撃に近いものを放ってくる。それより一瞬早く再び火を噴いた俺達の散弾の弾幕でほぼ無効化されたハーピーの風魔法だが、間を縫って俺達に届く風魔法もある。
それらの大半はニーナの重力障壁が防いだ。
すぐにハーピー達が散開して俺達に迫り始めたのを見たエリーゼは、ショットガンをシャーリーさんに渡すとベラスタルの弓に持ち替えて雷撃雨を放ち始める。
ニーナは両手でショットガンを撃ちながら重力障壁の制御、更には爆炎も撃ち始める。
ガスランがガンドゥーリルでハーピーの魔法を斬り裂きながら、左手のショットガンを撃つ。
ハーピーは最初に現れた俺達からは少し離れた穴からだけではなく、俺達が背にしている壁に近い辺りの横穴からも出てき始めた。
「まだ数が増えてきてるぞ! 撃ち続けろ!」
セイシェリスさんが大声でそう言いながら、横から迫るハーピーに向けて弓と雷撃を放つ。
俺は自分のショットガンをクリスに渡して、自前の散弾に切り替えた。
「ありがとうシュン。使わせて貰うね」
「ああ、思いっきりぶっ放してくれ」
昨夜試し撃ちをさせた時に最も真剣に念入りに撃っていたのはクリスだった。そこそこの威力の風魔法を放てるクリスなのだが、セイシェリスさんやティリアと比べると見劣りするせいで本人は自分の魔法はダメだという認識が強い。
セイシェリスさんが俺に向かって言う。
「シュン、ハーピークイーンを狙い撃てるか?」
「俺もそれ考えてました。エリーゼとやってみます」
「頼む」
クリスと交代するように俺は前列から下がる。
降りてきた階段を少し戻るように上がった俺とエリーゼは、一段高い位置からハーピーの群れの方を観察する。
「あそこか…」
探査で、群れの密度が高い集団のその奥の方にハーピークイーンが居るのは判っている。そして今、目視でもそれを確認した。
「エリーゼの射程範囲内だな」
「うん、いける」
雷撃砲を撃てば簡単にケリは付くはずだが、それでは全て焼失させてしまって素材も魔石も何も残らない。それは皆理解していて雷撃砲は最後の手段だと判っている。
階段を昇り上に飛び出たような形になった俺とエリーゼはハーピーの格好の標的になった。そんなハーピーには俺が対処していく。
「撃つね」
構えたベラスタルの弓をすっと引いたエリーゼは、その矢には雷撃を込めている。
かなりの初速で放たれた50本の光の矢がハーピークイーンが居る群れに飛んだ。
ベラスタルの弓で放たれる追尾が付与された矢から逃れられる者は、まず居ないと言っていい。
逃れる術は矢を迎撃することだが、この矢は魔法の矢である。簡単には防げない。
矢のことごとくが胸を貫通して、バタバタとハーピーが落ちていく。ハーピークイーンもその例外ではなかった。そして探査の反応でもハーピークイーンの消失が確認できた。
「続けて撃つね」
エリーゼが更にまた50本ほどの矢を放ち、その数の分ハーピーの死体が下の砂地の床に落ちていった。
俺達の方に近づいているハーピーたちにすぐに変化は見えないが、横穴から次々に出てきていたハーピーの増援の流れが途切れた。
エリーゼは単発に切り替えた矢を放ちながら言う。
「穴の奥に残党が居ないか見に行かないとダメだね」
「うん、殲滅してしまうのがボス部屋のクリア条件になってるみたいだからな」
しかし俺がそう言った直後、砂地から大きな反応が現れる。
ほぼ同時に気が付いたエリーゼが大声で叫んだ。
「砂の中から大きな反応! 皆、一旦階段に上がって!」
「総員反転退却!」
殿で戻ってきたニーナと入れ替わるように、俺は隊列の最も下へ位置した。
俺達を追うように近付くハーピーは一番上に居るエリーゼとシャーリーさんが撃ち落としている。
砂の床が下から持ち上げられた。それはハーピークイーンが落ちた所。
「サンドワーム…?」
砂から頭を覗かせたそれを見てニーナが呟いた。
俺はニーナの方は振り返らずに頷いた。
「だな…。サンドワームまで居たとは…」
サンドワームはハーピークイーンの死体とその近くにあった他のハーピーの死体を幾つか飲み込んでまた潜った。その時にはまだ少し飛んでいたはずのハーピーの姿も全て元の穴の中へと消えてしまっていた。
残っているのはサンドワームが出てきた証のような荒れた砂地とおびただしいハーピーの死体だけで、生きている魔物は探査でも一切感じられなくなった。
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