第275話
その後、しばらく待ってみたが探査への反応はないまま。
状況の整理とサンドワーム対策を考える為に俺達は一旦安全地帯まで引くことにして、その前にハーピーの死体の回収を可能な限り行うことにした。ショットガンで撃ち砕かれたボロボロな死体ばかりで手間だがハーピーは希少なのでなるべく回収しようということ。
ただし、それは俺とニーナの二人で行う。
この人選の根拠はいつものようにいざとなったら重力魔法で上に逃れられる者。
他は全員、階段から周囲の警戒を続けている。
「こんなに大量のハーピーなんて、どんな値段になるか想像がつかないわ」
「そんなに価値が有るんだ?」
「風属性を持つ魔石もだけど羽毛は高級素材よ。加工すればとても肌触りがいいうえに加工しても尚、物理耐性が高いのよ」
「へー、じゃあこれで防具作るのもいいかもな」
そんなことを話しながら、俺とニーナはハーピーの死体を回収していった。
回収作業を終え安全地帯に戻ってティータイムとした俺達は、思い思いに椅子に座ったり床に敷いたマットに寝そべったりして寛いでいる。
ドリスティアの北西、ジュツウォール山脈にかなり入り込んだ辺りに古くからの山村があり、そこから更に二日ほど山を登った所にはハーピーの生息地があるらしい。
その話を始めたクリスが続けて言う。
「その山村は私の生まれ故郷の村なの。だから私もたまに見かけることはあったんだけどね…」
「そこのハーピーもやっぱり、こんな感じで集団で襲ってくる?」
ケイレブと二人で何かをもぐもぐと食べているフェルが興味深げにクリスにそう尋ねた。
クリスは首を横に振って応える。
「見かけた時でも一体か二体程度だし。ハーピーは繁殖期に男を攫う以外には人を襲ってくることは滅多にないと聞かされていたわ。でも、ここはダンジョンだから特別なのかな…。」
ハーピーが人間の男を攫うのは繁殖用だ。人間以外にも人型の魔物を対象にするという話もあるが、人間の男を好むというのが定説。
古い逸話に、ハーピーに攫われて種付けをさせられた男が奇跡的に生き延びて人里に戻れた話が残っている。しかしハーピーは攫ってきたオスが群れの成体すべてと交尾を終えたなら、そのオスを卵の為の栄養源にしてしまう習性があるため、簡単に逃げられる訳ではない。
クリス達の話を聞きながら、ハーピーはあの感じなら何とかなると思っている俺はサンドワームの方が気になっている。
「いずれにしてもハーピーはもうそれほど残っていないと思うわ。問題は、どこから出てくるかわからないサンドワームの方」
話題を変えるようにそう言ったセイシェリスさんも俺と同様に考えているようだ。
するとエリーゼも思案気な顔で言う。
「サンドワームを…。何匹居るのか分からないけど砂の中から誘き出す方法があるといいんですけどね」
探査を阻害するダンジョンの壁や床と同等の砂のせいで上に出てくる直前にしか探査で感知できないのはやっかいだ。警戒していれば近接での対処も可能だとは思うんだけど、それでも数が多かったら厳しい状況になりうる。
何と言っても全長20メートルはある大きな魔物だ。そして意外なほどに動きは速かった。それが何体も同時に下から飛び出して来たら…。そう思うと、全員で砂地を歩いて進むなんて気にはなれない。
◇◇◇
部屋の壁際の端を通って砂地の上を進んでみようという意見も出た。だが、サンドワームについてはもう少し情報が欲しい。なので砂地に踏み込むことは後回しにして、空中からの偵察とハーピーへの対処を俺達は先に済ませてしまうことにした。
ハーピーたちが壁の穴から出てきた時の様子から、出入り口としての穴は幾つも開いているがその先はおそらく同じ場所に行き着くのだろうと思われる。
俺とニーナは空中から部屋の奥までの偵察。突き当りの壁まで行って砂地の様子を確認することと全力の探査でも探ることにしている。
俺とニーナ以外はハーピーが逃げて行った穴の探索だ。
外と違ってダンジョン内の魔物は基本的に逃げるということをしないものだが、待ち伏せをするタイプの魔物はその限りではない。
天井近くまで高度を上げて俺とニーナはゆっくりと下を眺めながら移動する。
ハーピークイーンの死体を喰ったサンドワームが出現した時にかき乱していた砂地は、いつの間にかほとんど元通りの平坦な状態に戻っている。
「あのワームはハーピークイーンが目当てだったんだよね」
「うん、ついでに通常種も何体か口に入れてたけどな」
「ダンジョン内では魔物同士は戦わないはずなのに、既に死んでれば単なる餌って訳か…」
「そういうこと。そしてハーピークイーンの魔石が目当てだったんじゃないかと俺は思ってる。ハーピーの通常種がバタバタと落ちて行った時には反応しなかったのにクイーンだと急いで出てきた感じだったし」
「通常種とクイーンの違いが判ってた…。魔力感知が出来るってこと?」
「多分な…。実験してみればもう少しはっきりすると思うぞ」
部屋の突き当りまで行って、俺は全力の探査を砂地の中に向けて実行。
魔物の気配は感じ取れなかったが砂の深さは何となくだが判ってきた。
「サンドワームってもしかして隠蔽スキルみたいなもの持ってるのかもしれないな」
「あー、それありそう。あの巨体で獲物に飛びかかるんだから普通に近付けば気配は駄々洩れだもんね」
ところで、この突き当りの壁はのっぺりとした通常のダンジョンの壁そのもので、こちら側には階段などそういう物は一切なく完全な行き止まりの様相。
探査の後はその壁を念入りに鑑定して何か仕掛けの類が無いかを確かめていく。
そうしていると、ショットガンのくぐもった音が聞こえてきた。
ニーナが音がした方へ顔を向ける。
「あっ、見つけたみたいね」
「そんなに奥の方じゃないな。穴を入ってすぐという訳でもなさそうだけど」
音のくぐもった感じから俺はそう察した。
いったん聞こえ始めると散発的にしばらくショットガンの音が聞こえてきたのが、それもようやく鳴りやんだ。
ん? キリが付いたかな、と思った俺にガスランの声が届いた。
「シュン、こっちは多分全滅させたと思う」
「了解。ご苦労さま」
俺達にほど近い壁の穴から顔を覗かせているガスランに俺はそう答えた。
続けてガスランの横に顔を覗かせたティリアが言う。
「予定通りに階段に戻っておくから」
その言葉に手を挙げて応じた俺は、ニーナに向き直る。
「さっさと実験を済ませてしまおうか」
「オッケー、ミノタウロスキングだったよね。私持ってるから出すよ」
ニーナは、俺が指し示した辺りの砂地にミノタウロスキングの死体を一つ収納から取り出して置いた。
ハーピークイーンは通常種のハーピーと比べてひと回り身体が大きい。そして、さっき対峙した時に判った魔力の反応はその体躯の違い以上に大きく、ミノタウロスキングぐらいの存在感だった。
しばらく待っていると、ハーピークイーンの時と同じような反応が現れた。
砂から出た直後は口を尖らせたような形だったサンドワームは、ミノタウロスキングの死体に向かった時にはその口を大きく広げてその死体を丸呑みしながらまた砂の中に戻ろうとする。
サンドワームの解析をしていた俺は並行してそこに雷撃を撃つ。
伸びた身体を突然折り曲げて長い身体をくねらせたサンドワームは、砂から出ていた部分をそうやって折り曲げたまま動かなくなった。
「雷撃、無茶苦茶効いてるな」
「瞬殺ね」
取り敢えずは、中魔石を持つ魔物の死体で釣ることは出来るということと雷魔法が効果抜群なのはわかった。
ニーナが割と満足げな顔になっている。
「戻る?」
俺はうんうんと頷いて見せる。
「うん、皆のとこに戻ろうか…。まあ、最悪こうやって一つずつ釣っていくしかないのかな」
「何匹居るか、それ次第だけど。やるしかないかもね」
◇◇◇
「多分、魔力感知の能力はこの部屋の中では高くないんだろうと思います。小さな魔物、言い換えると小魔石しか持たないような魔物や人間が砂の上に居ても感知できないんじゃないかなと。それはこのダンジョンの砂のせいだと思います」
「ダンジョンだからか…。良いのか悪いのか、何とも言えないとこだな」
俺の説明にウィルさんがそんな風にため息交じりで応じた。
以前アトランセルで見たエレル平原の調査隊の資料には、サンドワームに襲われた時のことが詳しく綴られていた。それに書かれていた地表に居る人間の存在を感知して襲ってきたというものとは今回はかなりかけ離れている。
その違いはダンジョン製の砂だからサンドワームも感知が阻害されているということによる。
普通に考えると魔物にとってもデメリットでしかないこの状況は、全滅させなければならない俺達にとってのデメリットの方が大きい。やっつけたくても魔物がどこに居るのか判らないからだ。
俺はふと思いついたことを口にする。
「水攻めという手もあるな…」
「まだたくさん残ってるんだっけ?」
ニーナが目を見開きながらすぐにそう言った。
「ロフキュールで補充したから、あるよ。ここを埋め尽くすには十分すぎる。ただダンジョンは水の吸収が速いんだよ。それとのスピード勝負になるし、もちろんそのせいで量は多く必要になる」
スカルエイプを水攻めした時のことはセイシェリスさんや皆に話したことがあるので、今はケイレブとレヴァンテに向けてニーナが説明を始めた。
「水を嫌って出てくる? 息ができないとかで」
ガスランがそう尋ねてきたが、俺は首を横に振る。
「多少は影響あると思うけど、それもダンジョンの吸収スピード次第だな。て言うか水没させて溺死させたい訳じゃなくて、狙いは砂に水が多く含まれた状態が続いてくれればいいなってことだよ。この砂は水が含まれていると探査に対する阻害が緩和されて見つけやすくなる。まあ、それはサンドワームにとってもということだけど」
エリーゼは少し異論があるようで眉を顰めている。
「だけどシュン。ダンジョンがどういう反応するかわからないよ…。吸収が速いだけじゃなくて、何か起こりそうな気がする。それがちょっと心配」
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