第273話
フィールド階層はダンジョンの外と同じ周期で夜になる。
閉ざされてしまって今では見ることは叶わないが、このスウェーダンジョンの最初の調査の際に見つけたフィールド階層もそうだった。オークの集落が点在していたフィールド階層のことだ。
そして今、俺とレヴァンテの眼下に広がるサイクロプスが居るフィールド階層も同じように夜の帳に覆われてしまっている。
さっき広場に居た時に感じた魔力の蠢きは、あれからすぐに途絶えてしまっていて今は感じられない。
俺は探査を窓から見下ろすフィールドの方へ広げる。
そうして真っ先に感じた違和感は、探査への反応が何も無いことだった。
レヴァンテをチラッと見た俺は首を傾げながら呟いた。
「妙だぞ…。サイクロプスの反応が無い」
「居ませんね。すぐ下の森の中にも集落のようなものがあったと思いますが…」
レヴァンテも同じことを疑問に思ったのだろう。そう言いながら引き続き探査を繰り返している様子だ。
フィールドの遥か遠くにある塔のような建物はその大きさのおかげもあって明るいうちならば肉眼で見えるが、今は暗くて見えない。そしてその場所は遠すぎて探査の範囲外だ。だからこれまで塔とその辺りについては大した情報は得られていない。
俺は気配察知の方の探査は諦める。
「魔力探査だけ全力でやってみるか…」
魔力探査に指向性を持たせて、それを塔の方へ伸ばした。
途中何度かもうここまでかと思いつつ、それでも力を振り絞って探査を伸ばす。
同時に、僅かな反応でも逃してなるものかとばかりに並列思考がうなりを上げてフル稼働する。
レヴァンテが心配そうにこっちを見ているのを感じるが、俺は更に集中を続けた。
すると、そんな奮闘の甲斐あってようやく探査に反応が出てくる。
「これは結界の残滓…? その他にこれは…、ギガントサイクロプスの魔法か…? 使われたみたいだな…」
感じ取れた手掛かりの解析をした俺の、その呟きを聞いたレヴァンテは考え込むような素振りを見せた。
「争いのようなことがあったとお考えですか?」
「うん、ギガントサイクロプスのこの魔法は以前に一度だけ見たことがある。超音波のような攻撃魔法だよ」
大半の魔物は夜目が利く。人型ではあるがサイクロプスもそうだ。
言い換えると、人間同様に夜に行動する際には火を使って視界を確保する人型の魔物なのだが、人の視覚に近いゴブリンなどと違ってサイクロプスは明かりを必要としない種だということ。
だから、暗いフィールドに火や光の類が一切見えないからと言ってサイクロプスがそこに居ないということにはならず、結界の残滓と魔法の痕跡が感じられた辺りにはまだサイクロプスが居るのかもしれない。
それにしても、ギガントサイクロプスは何に向けてその魔法を放ったのか。
そして結界は誰が何のために張っていたものだったのか。
「結界をギガントサイクロプスが壊したということでしょうか…」
「二つを結び付けてしまうならその可能性は高い。さっきの魔力の蠢きは結界が崩壊した際の揺らぎだったのかもしれないな」
「ニーナのベクトル反射のような障壁を持つ結界ですね」
「そう。そんな感じのもの」
◇◇◇
翌日は、ケイレブの肉体的な疲労と緊張を続けたことによる精神的な疲労、その両方を考慮してまる一日を休養日とした。
と言っても午前中にフェルと一緒に軽く基礎訓練だけはやらせたのだが、レベルアップによるステータス上昇で見違えるほどに身体が動くようになっているのがよく判った。
フェルが自分も剣の素振りをしながらケイレブに微笑む。
「ケイレブ、剣の振りすごく速くなったね」
「うん、自分でも驚いてる」
ケイレブはフェルにそう応えながら笑顔を返した。
昼食の後からは、そのケイレブとフェルの二人はニーナとガスランを交えてカードでゲームを始めた。彼らの楽しそうな歓声や笑い声。それを耳にしながら俺は長椅子に寝そべって読書。
すぐ傍でエリーゼはレヴァンテと共に古代エルフ語の本を読んでいる。エリーゼが解らない部分はレヴァンテが教えてくれている。
そんな時にゲートの魔法が発動する。
誰がやって来るのかと皆が注目する中、エリーゼが言う。
「多分バステフマークだよ。今日こっちに来るはずだってフレイヤさんがそう言ってたから」
エリーゼがそう言ったとおりに最初にゲートから出てきたのはウィルさんだった。
「おっ、なんだ皆揃って…? 今日は休みか?」
「お疲れさまですウィルさん。昨日ここに着いたばかりなんで今日は休養日にしてます」
続いて現れていたセイシェリスさんが皆に微笑む。
「お疲れさま…。そうだったね。ゲスト同伴だからゲートじゃなかったんだね」
「おー、シュン会いたかったぞ!」
と、いつものようにシャーリーさんが飛びついてくる。
「あれ? 三人だけ?」
ガスランのその疑問にはセイシェリスさんが答える。
「ティリアとクリスは少し遅れて来るわ。突然ティリアに帝国から使いが来て、それで何か代官と話があるらしい。クリスはその付き添いね」
夜になってギルド職員も一緒に全員でバーベキューをして食べ始めたところで再びゲートが作動してティリアたちがやって来る。
そのティリア。
「やっぱりバーベキューだ。もう食べてるし」
「イイ匂い。私達も食べさせて。おなかぺこぺこなの」
ニコニコ微笑みながらクリスもそう言った。
「用事は済んだの?」
エリーゼがテーブルに彼女たちの分の皿や飲み物などを出しながらそう尋ねるとティリアが頷いた。
「ありがとう…。うん、実家からの伝言を代官に伝えるだけだったからね。あっ、シュンにも伝言と言うか手紙を預かってるわ。うちの母と陛下から」
ティリアはそう言って収納から書簡を二通取り出した。
見覚えのあるフェイリスの押印が片方にはある。
それを目にしたエリーゼがニーナに言う。
「なんだろ。また何か依頼かな」
俺は先にジュリアレーヌさんからの書簡を読んで、そしてフェイリスからの書簡には時間をかけて目を通した。
読み終わった俺は、何ごとかを知りたがっている様子の皆を見渡した。
「教皇国に居た時にオルディスさんからチラッと聞いてはいたんだけど、辺境伯家とウェルハイゼス公爵家との会議をやっぱりやるらしいよ。スウェーガルニで」
「スウェーガルニで?」
そう問い返してきたフェルに俺は頷く。
「そう。距離的にアトランセルとの中間でティリアも居るからという感じでオルディスさんは言ってた。で、ジュリアレーヌさんからはその事前準備にメイド軍団が行くからよろしくってこと。フェイリスからは、その会議にはオルディスさんとジュリアレーヌさんが出るからアルヴィースも全員で参加してほしいという依頼。そのことはウェルハイゼス公爵にも伝えているみたいだ」
ガスランは少し思案気な様子で俺を見る。
「メイド軍団って、もしかしてステラが来るのかな」
「ハッキリそうとは書いてない。でも、おそらくそうなんだろうなと俺も思う。まあ、あいつ一人だけじゃないだろうけどな」
「私の予想なんだけど…」
ニーナがそう言って話し始めた。
「……うちからはおそらく父上自身が来ると思うわ。騎士団と中央軍も1個師団ぐらいは来るんじゃないかしら」
その後は、教皇国でのことなどを中心に話に花が咲き、全員がこれでもかと言うほどにたくさん食べた。
「じゃあ、そろそろ私達が今回ダンジョンに来た目的の話をするわね」
食後のお茶を飲み始めてからセイシェリスさんがそう言った。
「実はアルヴィースと一緒に攻略をしたいと考えたの。フレイヤから今アルヴィースが要人警護の依頼を受けていることは聞いてる。それが王子だということもね。市街戦みたいな襲撃があったことは街でも話題になっていたから、ダンジョンに潜ったという話を聞いてなるほどって思ったわ。警護という目的からは外れてしまうとは思うんだけど、出来たら何人かでも手伝ってほしいと思ってるの」
ケイレブを見てニッコリ微笑んだセイシェリスさん。
ティリア達がやって来た時に改めてケイレブの紹介は済ませている。
真面目な顔になったニーナがセイシェリスさんに続きを促す。
「で、セイシェ。攻略って言うのは?」
「私達、前回来た時の最後に、この第10層のボス部屋らしき部屋の扉を発見しているのよ。でも、この第10層の魔物はあまりにも種類が多すぎて、どういうボスが出てくるか予測が全くつかないわ。それにコカトリスの存在ね…。あれは私達にしてみればすごく相性が悪すぎるの。遠距離の手数が少ないという意味でね」
近接戦闘でコカトリスの返り血を浴びることは即ち毒を浴びることと同義だ。可能な限り近接で戦わないことが鉄則。
では遠距離攻撃はどうかと言えば、コカトリスは動きが速く照準しづらい上に風魔法と水魔法にはやたら耐久性が高い。しかし、火と雷には弱い。出来ることなら範囲の広い火魔法で焼いてしまうのが一番いい。
但し火魔法が弱点だとそれが解っていてもダンジョンの中では火魔法は使いにくいものだ。ニーナほどの制御が出来るなら話はまた少し違うが、それにしても火を使った影響は自分達に確実に跳ね返ってくる。
「確かに、ボス部屋が大量のコカトリスとかだったらキツイね…」
エリーゼが苦笑いを浮かべてそう言った。
なんかフラグっぽい話だなと思わない訳でも無いが、最悪を想定するのは冒険者として当然のことだ。
◇◇◇
そして翌朝。
この日は街に戻ると言うギルド職員に別れを告げて、俺達は朝早くにゲート広場を出立した。もちろんケイレブの警護は当然続けている。しかし、ケイレブ自身がボス部屋攻略を見たがったことと、依頼のそもそもの趣旨はケイレブを守るだけではなく冒険者の実態を見せて学ばせるということなので、結局は全員でボス部屋に行くことにした。
ニーナはケイレブに言い聞かせる。
「いざとなったら逃げろという指示をするわ。それだけは絶対に守ってね」
そして一日かけて辿り着いたボス部屋前の安全地帯。
第10層ではゲート広場を除けば初めての安全地帯だ。
セイシェリスさんは皆の表情を確認すると言った。
「少し休憩したら扉を開けて中に入るぞ」
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