第268話

 ウェルハイゼス公爵家の騎士団同様に、王国騎士団も第1から第2、第3…、と幾つかに分かれているそうだ。

 今回のケイレブ王子警護の部隊は、第3騎士団の精鋭に他の各騎士団の精鋭を加える形で編成されている。

 俺達と話をした警護の指揮官は王国第3騎士団の副団長で、その第3騎士団はケイレブ王子の母親である王妃とケイレブ王子、二人の専属のような位置付けの騎士団だという。

 キースは第5騎士団所属。そこは本来第2王子専属の団だが、今回のケイレブ王子の警護の為に各団の精鋭が集められたと言われているうちの一人だということだ。


 改めてキースの取り調べは公爵家騎士団が執り行うことになった。これはキースも騎士なのが理由として大きい。

 これまで衛兵の取り調べに対してそのキースは、冒険者に扮して街に来たことまでは認めたが、あくまでもケイレブ王子警護のための先行偵察のみを行ったと主張。それ以外の事は知らぬ存ぜぬを通している。


  ニーナの説得に応じてキースの検査に同意した警護指揮官の副団長を伴って、俺とニーナとレヴァンテはキースが実質監禁されている部屋に入った。

 いきなり部屋に入ってこられ、それはニーナも一緒とあって面食らっていたキースに口を開く間も与えず俺はスタンで眠らせる。そんな乱暴な扱いに副団長は何か言いたげだったがニーナが視線で黙らせた。


 すぐに行った検査の結果はレヴァンテと俺、共に一致していた。

「検出できました。パミルテの薬で間違いないです」

「うん、俺も見えた。間違いなくパミルテの薬物が残留している。量が多いな」


 キースがパミルテの薬を使用したことがこれではっきりした。


 ニーナは黙ったまま頷き、副団長の肩に手を置いた。

「物的証拠ではないが、私が信頼する者達の言葉を信じよ」


 確証が得られたことでその日以降はキースへの取り調べは一転して厳しいものになった。それは、警護役としてキース同様に第5騎士団から派遣されている二名にも及んだ。

 取調べは、ほぼ全ての聴取の場に俺とエリーゼも立ち会って話の真偽を見極めながらという形で行われた。


 その結果見えてきたのは、やはり予想通り別動隊が居ること。そして計画を詳細に知っていたのは騎士達の中ではキース一人だということ。

 他の二人はスウェーガルニに着いたら第5騎士団として秘密の予定があると知らされてはいたが、それがケイレブ王子やニーナを害したり命を奪うほどの突拍子もないものとは思っても居なかったようで、パミルテの毒性について説明した時には二人とも真っ青な顔になった。

 キースは20代後半で騎士団の中堅。剣の腕は騎士として十分に確かなものらしい。そして口が堅い男だ。真偽の判定で揺さぶって別動隊が居ることまでは判ったものの、首謀者についても計画の具体的な内容も聞き出せていない。

 そしてパミルテの薬を娼婦に使ったのは、どういうものか一度試してみたかったからだということまでは判明した。まさか死ぬとは思っていなかったということも。


 あの死んだ娼婦は種族としてはヒューマンだがエルフのクォーターだったということが判っている。

 その事実とパミルテの薬はエルフには効きづらいのだということを聞くとキースは愕然としていた。

 リズさんは淡々と言った。

「媚薬としての効果はエルフの血が流れていると極端に弱い。お前が、聞いていた話と違うとばかりに薬の量を増やしたのだろうということは容易に想像がつく。しかし毒としての効果はエルフであっても何ら変わらない。だからすぐに死んでしまったということだ。死ぬとは思わなかったなんて言い訳をしたいか?」



 ◇◇◇



 表向き、ケイレブ王子の視察が予定された通りに進められていないことは長旅の影響で体調がすぐれないからだと公には説明されている。

 この日は王子一行が宿泊している宿に俺達の方から出向いた。レオベルフさんと俺とニーナ、そしてエリーゼとガスランも今回は身を隠すことなく一緒だ。


 出迎えた副団長も今回は思うところがあるようで、何か言いたげなそれを躊躇っているような、行き来する思いが彼の中で渦巻いている雰囲気を俺は感じる。

 ニーナも確実にそのことは感づいているが、今はスルーすることに決めたようだ。

「今日はケイレブを交えて話しましょう」

 と、ニーナは何食わぬ顔でそんなことを言った。


 それほど待つこともなく、ケイレブ王子の側仕えなのだろう女騎士が先導する形で部屋に現れた王子は、ニーナの姿を認めると前回のように嬉しそうに一気に顔をほころばせた。

「ニーナ姉さん!」

「ケイレブ、退屈してない?」

 ニーナもニッコリ微笑んでいる。

「あー…、正直、退屈です」

「だろうと思って、今日はお話をしに来ました」

 ニーナはそう言ってケイレブ王子に席に着くことを促した。


 ニーナはほとんど包み隠さずに今回の件をケイレブ王子に説明した。その間、側仕えの女騎士が思わず漏らした溜息以外の声を発する者は居なかった。副団長もじっと黙ってニーナの話を聞いている。


 話がひと段落着くとケイレブ王子はニーナに微笑んだ。

「ニーナ姉さん、僕を気遣って守ってくれたんですね。ありがとうございます。嬉しいです。さすが僕の自慢の姉さんだと、今そう思ってます」

「うんうん、もっと褒めていいわよ」

 ニーナのその言葉でガスランがプッと吹き出すと、皆が笑った。


 満面の笑みでケイレブ王子は今度は俺達の方に向き直った。

「シュンさん達も、そして代官殿もありがとうございます」

 ですが…、

 ケイレブ王子は表情を一変させて厳しいものに変えると続けた。

「ですが、この件は僕も積極的に関わらせてください。王国騎士団は王家にとっては身内同然です。そこに起きたことを知って知らんぷりは出来ません」

 そう言うと、ケイレブ王子の眼光が一瞬だけ鋭くなった。

 おっ、なかなか。

 男の子の顔が一瞬、一人前の男の顔のように見えた。これが王の血筋というものなのだろう。俺はそんなことを思った。



 その後、夕食を終えるまでの非常に長い時間をケイレブ王子と共に過ごして、いろんな話をした。

 王子と接していて解ってきたのは、子どもらしい笑顔に隠されてはいるが、冷静に周囲の人間を見極める目がしっかりと養われているということ。


「ジャスティン兄さんとその母君が僕と母を目の敵にして毛嫌いしているのは解っていました。リオネル兄さんに対してはさすがに表立ってはそんな様子は見せてないですけど」

 ジャスティンというのが第2王子。

 リオネルが第1王子、皇太子だ。ケイレブとは10歳違い、同母の兄である。


「そして今回、ジャスティン兄さんの第5騎士団からも警護の騎士が加わると聞いた時は僕を監視するためなんだろうなと、そんな風に思いました。ベレル副団長には第5騎士団からの参加は断るべきだと言われましたが、例え断ってもどうせ誰かがこっそり様子を見るために付いてくるだろうから、この際目が届く範囲に居てもらおうと僕が言ったんです。それが裏目に出ちゃったみたいですけど…」

「そう…。まあ、今更な話ね。これからのこと考えましょうか」

「はい。僕の希望を言ってもいいですか?」

「もちろん、聞かせて」



 ◇◇◇



 翌日、ケイレブ王子に付き添う形で俺達は学院に来ている。

 挨拶をした学院長のすぐ隣には数人の教師たちと並んでフェルと女の子と男の子という三人の生徒が立っている。

 フェルは普段通りの様子だが、他の二人は緊張しすぎもいいとこの硬い表情だ。

 この二人はレオベルフさんの子どもでフェルの同級生。


 まだ学院は休み中だ。しかし案内は王子と同世代の生徒にという要望が出ていて、それがフェル達に役割として与えられたということ。


「なあ、もしかしてフェルはまだニーナの腹違いの妹だと思われてるのか?」

「多分そうだね。じゃなければ呼ばないよ」

「だよな」


 と、ひそひそとエリーゼと話していたら地獄耳ニーナから睨まれた。


 緊張気味だった二人も次第にほぐれてきて、最初は教室など屋内の座学の為の施設を見てそれから屋内演習場へ入る。無人だった教室棟とは違いここには生徒たちが武術の訓練をしている姿があった。

 ケイレブ王子は顔をほころばせてニーナを見る。

「僕も学院で時々は模擬戦やってたんですよ。ニーナ姉さんに見せたかったな」

「あら、そうなの? てっきり机で本ばかり読んでたのかと思ってたわ」

「ちゃんと鍛えておかないと父上に叱られますから」

「そうか…。お互い武闘派の父親だと大変ね」

 ニーナと一緒にケイレブ王子も笑う。


 そんな和やかな雰囲気に包まれた中、ケイレブ王子が木剣を手に取った。

「シュンさん、僕を強くしてくれませんか」

 顔は笑顔のままだが、目が真剣だった。

「ケイレブ王子、まずは基礎訓練と素振りからだよ」

「素振りは結構やってました」

 ケイレブ王子はそう言って剣を振り始めた。


 ふむ、悪くはない。基本に忠実で悪くはないが、とにかく力が無さ過ぎる。自ずとスピードもない。


「僕には今はこれが精いっぱいです。だけど強くなりたいです…。そうだ。シュンさんの、アルヴィースのシュンさんの真剣な一振りというのを見せてくれませんか。本物の超一流を実感しておきたいです」

「えっ? ここで?」


 何か言いかけたケイレブ王子に被せるようにニーナが言う。

「シュン、少しだけ見せてあげて。本物を知りたいという気持ちは私にも良く分かるの。遠慮も気遣いも無い本物の剣技を見せてあげて」

「……オッケー」


 気が付いたら武術の訓練をしていたはずの生徒達までが周囲に来ている。

 参ったな…。

 そう思うが、俺は少し柔軟運動をしてから自分の木剣を取り出した。

「じゃあ基本的な素振りを…」


 いきなり風が起きる。空間を切り裂いたかのような鋭さと残像すら目に留めることが出来ない剣の振り。

 ニーナたちやフェルは見慣れたものだが、他の人にとっては衝撃的だったのだろう。呆気に取られて呼吸をすることすら忘れてしまったような人が多い。

 ケイレブ王子がそんな静寂を破る。

「シュンさん、剣が長く大きくなったように見えました。もう少し見せてください」

「うん、分かった」


 ひとしきり型を幾つか変えて見せてから俺は言う。

「フェル、お前も剣を持て」

「え? なんで私?」

「俺と模擬戦だ」


 ニヤリと笑ったフェルは戦闘種族の顔に切り替わっている。

「手加減しないよ」

「ああ、本気でかかってこい」


 ガスランの合図で始まったフェルとの模擬戦は、電光石火の剣戟の撃ち合いと互いに足を止めないスタイルの神速の攻防が続いた。

「フェル、腕を上げたな」

「毎日、レヴァンテと、やってる、から、ね!」

「よし、じゃあもう一つギア上げるぞ」

「望むところ!」


 ケイレブ王子は楽しくて仕方ないという顔でニーナに何かを尋ねている様子。


 珍しくフェルが足を止めてからの渾身の一撃を振って来た。綺麗に体重が乗ったいい振りだ。

「ほう、ウィルさんっぽいな…。いや、クリスの方か」

 そう言いながら受け流した俺はお返しにと同じような一撃を振り下ろす。

 フェルはそれを弾き返すことを選択した。

 それならばと、返す剣を封じるように続けざまの連撃に刺突を織り交ぜる。

 フェルはそのことごとくを受けてからの四斬剣を撃って来た。

 その二つを躱して、残りは撃ち返すとガスランが思わず声を上げる。

「あれ躱せるの?」

「ギリギリ、ガスランもやれると思うぞ」



 長い攻防にキリを付けたのは俺の軽い一撃だった。

 あえて全速では無い速さで振られた剣がフェルの首筋でピタリと止まる。


「あっ…」

「油断禁物」


 オオォォォーッ!!

 生徒たちが一斉に大声を上げ、教師たちも拍手。

 ケイレブ王子も興奮した顔で思い切り手を叩いている。


 ニコニコ微笑むエリーゼとニーナの所に戻ったフェルが二人に頭を撫でられる。

 そこにフェルの同級生二人も加わる。

 フェルは女の子の方とは抱き合って何やら話をしている。


 ケイレブ王子の護衛の騎士達も全員が驚いた顔のまま拍手。


「シュンさん、それに…、フェルさんでしたね。凄かった」

「フェルって呼んでください。私の方が年下ですから」

「あ、うん…。フェルも凄かった」

 ケイレブ王子はそう言って眩しそうにフェルを見つめた。

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