第269話

 貸し切り状態の学院の食堂で、俺達と護衛の騎士達、そしてフェル達生徒三人も一緒にケイレブ王子を囲んでの昼食。


「もう少し社会勉強が必要だと思ったんだ。どの専門学部に進むべきか、その選択はそういうことをもっと知ってからの方がいいと思った。それが今ここに居る理由」

 ケイレブ王子は、フェルにそう言って少し自虐気味に微笑んだ。


 学院を驚異的な速さで卒業したのに、こうして旅をしている理由をフェルから問われた王子の回答だった。


「私も、専門学部に進んでもっと勉強したいと思ってる…。だけど冒険者として早く本格的に働いていろんな所に行ってみたいとも思う。ずっと悩んでるよ」

 フェルは呟くようにそう言って、テーブルの上でパンを食べているモルヴィを撫でていた手を止めると顔を上げてケイレブ王子にニッコリ微笑んだ。


 ほとんど同い年なんだからと、ケイレブ王子は自分への敬称などをやめるようにフェル達に頼んだ。フェルはすぐにそれに応じて俺達に対する言葉遣いと変わらないものになったが、他の二人の生徒はなかなか切り替えが出来ずにいる。



 この日の予定では、学院の施設見学の後は街区の璧外に広がる外農地を視察する予定だった。

 しかしすぐに学院を去ってしまうことを王子が名残惜しく思っている様子なのが解って、ニーナが予定を変更して学院で昼食を摂ることを提案した。


 昼食を食べ終わって皆がお茶を飲み始めるとフェルがケイレブ王子の方に少し身を乗り出した。

「ケイレブ、時間があるんだったら図書館を覗いてみない。王立学院ほどではないだろうけど、凄くたくさん本があるんだよ。私達が大好きで自慢の図書館」

 パッと顔を輝かせた王子はそれに同意する。

「いいね。僕は本が大好きなんだ」


 食堂を出てキャンパスの中の道をフェルと王子が並んで歩く。

 ぴょんぴょんと飛んでフェルの肩の上や王子の肩の上を行き来するモルヴィに二人で微笑み、何か話をしている様子だ。


 二人から少し離れて後ろを歩く俺に、隣のエリーゼが囁く。

「あっという間に仲良しになっちゃったね」

「フェルは誰に対しても真っ直ぐで純粋だから。王子も似たところがあるし、ウマが合うんじゃないか」


「こんなに楽しそうな王子は久しぶりに見ました」

 俺とエリーゼの会話が聞こえたのだろう。俺達のすぐ後ろを歩いているケイレブ王子の側付きの女騎士がそんなことを言った。



 図書館に入ってすぐのカウンター。その中に在る広いテーブルの所にはレヴァンテが座っていた。年配の男性と一緒である。テーブルの上にはとても分厚い本が載っていて、二人はそれを開いて読みながら話をしていたようだ。

 何人もの人が入ってきたことでレヴァンテはこちらの様子を伺い、話をしていた男性に何ごとかを言って立ち上がった。

「フェル、シュンさん達も。どうしたのですか? そちらの方々は?」

 代表して答えたのはフェル。

「お忍びの高貴な方だよ。友達になったから連れてきちゃった。我が学院自慢の図書館を見てもらおうと思って」


 カウンターの中から出てきたレヴァンテは深々とケイレブ王子に頭を下げる。

「フェルが迷惑かけていませんか?」

「迷惑なんてとんでもないです。凄い剣技を見せてくれて、その上楽しい話をたくさん聞かせてくれて感謝しています」


 すぐに、近くに居た他の司書が小走りで呼んできた図書館の責任者が出てくる。

 彼は挨拶を交わすとケイレブ王子に図書館の中の案内を始めた。ニーナとフェル達と護衛騎士数名もそれに付いて行った。


「あの方が来ていたからなんですね…。シュンさんはお気づきでしょうが、何やら学院の外で怪しい気配がさっきから少しずつ増えています」

 カウンター近くの閲覧席に座った俺に近づくと、レヴァンテは王子たちを背後から見ながら小さな声でそう言った。

 コクリと頷いてから、俺はレヴァンテ同様の小さな声で返す。

「正門の向こうだろ。そっちはリズさん達騎士団が固めてるよ。ここの結界を破るのはかなり難しい。賊が侵入してくるとしたら開いている正門だからな」


 レヴァンテが言ったように、学院の正門の近くに不審な動きの者がいる。


 学院の正門の外の道は両側に商店が並ぶ商店街になっていて、それを通り過ぎた所には交差する新街区のメインストリート、そして乗合馬車の停留所がある。

 学院の生徒向けの店が多いその商店街は、今は学院が長期休暇なせいで閉まっている店が多く、今日もその例に漏れず賑やかさというものは全くない。

 最初に気が付いた時から少しずつ増えてきた不審者はその商店街の裏通りに二人ずつぐらいに分かれていて、現時点で判っているだけでも全部で10人程度。


「確かに監視、偵察にしては人数が多くなってきた…。リズさんに知らせておくか」

 俺がそう呟くとガスランが椅子から立ち上がった。

「シュン、俺が行ってくる」

「うん。怪しい奴が居る所を地図に書くからちょっと待って」


 俺が街区の地図を出して印を付けると、それをエリーゼが覗き込んで言う。

「この感じは、なんとなく門を出たところで襲撃してきそうな雰囲気だね」

「そうなんだけど、だとしても陽動だろうな。こいつらの他にも襲撃部隊が居ると思っていた方がいい」

 正門で待機している騎士は総勢30人だ。加えて王子本来の護衛騎士達と俺達が居る。奇襲を仕掛けてくるつもりだとしてもたかが10人程度で目的を果たせるとも思えない。


 地図と伝言を持って、正門の守衛室に居るリズさんの所にガスランが向かった。



 ◇◇◇



 正門を入った所に停めていた馬車に乗り込もうと近付いた時に、不審者に動きが出てくる。

「来た。リズさん達は正門防御に専念してくださいね」

「分かりました!」


 事前に話して決めた通りに、俺の合図で王子とその護衛騎士達は正門の横に在る守衛室の建物を背にするように構える。

 襲撃される可能性があることを聞いた王子は学院の奥へ逃げることはしたくないと言った。

「学院の中にはまだ生徒たちが居ます。僕のいざこざに巻き込むわけにはいきません。正門の所で撃退してください」


 リズさん率いる公爵家騎士団は正門を少し出たところで盾を構えて展開。

 見送りに付いてきていた学院長、そしてフェル達とレヴァンテも王子の傍だ。


 商店街の小さな脇道から6人が姿を見せた。こいつらは弓と魔法。

 何も言葉を発しないのに一斉に撃ってきた様子から、こういう襲撃に慣れている者達なんだろうと思う。こちらが迎撃態勢を取っていることに戸惑う様子もない。


 既にニーナの重力障壁はリズさん達騎士の前に張られていて、敵の攻撃はすべて防いでいるが、この襲撃者たちはそれでも攻撃を止めず、建物の陰などを使ってこちらの攻撃を防ぎながら矢と魔法を次々と放ってはまた身を隠して移動する。その繰り返しだ。

 そして新手の6人がまた別の脇道から出てきた。


「前に出る。フェルとレヴァンテはケイレブ王子の傍を離れるな」

「「「「「了解!」」」」」

 矢を放って迎撃しているリズさん達騎士の間をすり抜けて俺達4人が前に出る。


 エリーゼとニーナも矢を放ち、俺もスタンを撃つ。

 襲撃者は全員何らかの魔法耐性のある防具を使っているようで、当たってもスタン一発では仕留めきれない。それを見た俺はスタンの威力を上げる。

「魔法防御が強い。エリーゼ、スタンは威力を上げた方がいいみたいだ」


 商店街、そして民家のすぐ傍での攻防だ。威力の大きな攻撃はなるべく避けたい。すぐ近くの民家の幾つかには無関係な人が数人居るのが判っている。


 しかしその時、探査に反応が現れる。その反応はここに真っ直ぐに向かってくる騎乗していると思われる一団。約20名。

「これは敵の増援だな」

「シュン、早く片付けましょ」

 エリーゼはそう言うと、ベラスタルの弓に持ち替えて一番近い所に居る一人の敵に一気に30本ほどのスタンの矢を放って沈黙させた。


「ニーナ、近づく奴は抑えつけてしまえ。ガスラン、俺と二手に分かれて身を隠している奴を近接撃破だ。エリーゼは全員の援護を!」

「「「「了解」」」」


 商店街の右と左に分かれた俺とガスラン二人は、身を隠しながら遠距離攻撃を繰り出してきている残りの敵に次々と接近して剣で打ち倒していく。

 近付いてニーナの重力魔法で抑えつけられた襲撃者はすべてエリーゼのスタンの餌食となり、ガスランが最後の一人を剣で殴って昏倒させた。


 その直後、騎乗した集団がかなりのスピードで商店街の通りに入ってきた。正門のすぐ外で騎士達が盾を構えている様子を見るや、集団はこちらに向かう速度を更に上げる。最前列には大きな盾と槍を構えた重騎兵のような者達が並んでいる。


 縮地でガスランのもとに飛んだ俺は囁く。

「ガスラン、あいつらやり過ごして後ろに回るぞ」

「了解」


 俺は正門の方に居るニーナに叫ぶ。

「ニーナ、あいつらを止めろ!」

「まっかせて!」


 グシャンッッッ!! という音が響く。

 お馴染みと言えばそうなのだが、ニーナのベクトル反射も付いた重力障壁が重騎兵たちをすべて跳ね返した。真っ先に障壁にぶつかる羽目になった馬たちはすべて首から先が粉砕されてしまった。

 重騎兵に続いていた騎兵が数人その巻き添えを食らうが、大半は急停止に成功した。

「撃て!」

 ニーナの指示でリズさん達騎士とエリーゼが一斉に矢を放つ。その第一波、第二波が止んだ所で俺とガスランが奴らの後ろから接近。


「かかれ! 容赦するな!」

 俺達にタイミングを合わせたリズさん達が一斉に抜剣して襲い掛かる。

 矢の一斉掃射で倒れた馬が多く、騎乗したままの敵は残り少ない。


 俺はこの一団の最後尾に居た一番偉そうな雰囲気の奴とそいつが乗っている馬にまとめてスタン。落馬でケガをすることなどには構っていられない。

 続けて一団の後ろからスタンを撃っていくが、前の方は乱戦の様相になっている。見た限りでは、襲撃者の戦闘スキルはなかなかに高いことが判る。

 しかし、エリーゼとニーナ、そして敵の背後からのガスランの援護を受けたリズさん達が数的優位にものを言わせて次々と敵を倒してしまう。戦いは意外なほどに呆気なく終了した。


 リズさん達が警戒態勢を解かずに周囲の警戒を続ける中、意識がある者はもちろん、念のために動かずに転がっている者全てにスタンを撃っていると、学院の方から大きな声が上がった。怒声と何か指示しているような声。


「フェル達が戦っている! 行くぞ!」

 俺はガスランにそう言って走り始めた。

 探査で見えているマーキングを打ち込んでいたケイレブ王子の傍にはフェルとレヴァンテ。

 対峙しているのはいったい誰だろうかと思った俺は、縮地で飛んですぐにその正体が判る。


 そこに現れていたのは全身黒ずくめで顔も隠している10人ほどの集団だ。ケイレブ王子を守る騎士達を既に何人か倒してしまっている。

 こいつらは吹き矢のような物を使っている。

 フェルとレヴァンテは王子達を守ることをを優先しているのだろう。まるで猿のようにちょこちょこと動き回るその黒ずくめの集団をいなしたり牽制はしているが、攻めに転じることは自重しているようだ。

 近くの守衛室に王子達を逃がす退路は騎士が倒され黒ずくめに回り込まれて遮られているせいで、今は正門の外の方にじりじりと下がっている状態。背中を向ければ、間違いなくすぐさま吹き矢が飛んでくるだろう。

 王子に向けて飛ぶ吹き矢はフェルとレヴァンテ二人がすべて弾き返している。しかし二人の剣の範囲から外れている護衛の騎士達は次々とそれを食らってしまっている。


 俺がもう一度縮地で飛ぼうとした時、そこに後を追ってきたニーナの魔法が発動。

 一気呵成の加重が黒ずくめの集団を抑えつけた。

 しかし、どういう反射神経なのか、その加重魔法の範囲から一人が素早く逃れた。


 俺は狙いを変えてその男の懐に縮地で飛ぶ。

 一瞬、その男と目が合ったような気がした。

「見事だ。だがこれで終わりだ」

 神速で女神の剣を二度振り、俺はその男の腕を二本とも斬り飛ばした。


 斬られた勢いで弾け飛び地面に叩き付けられ転がったその男にすかさず強めのスタンを撃った俺は、ニーナが拘束している者達にもスタンを撃った。


 誰も声を発しない静まり返った中、状況を確認する。

 ケイレブ王子もフェルもケガはない。真っ青になっている学院長達もケガ一つなく無事。

 吹き矢を撃たれて気を失い倒れている騎士は多いものの全員死んではいない。

 これは即効性のある麻痺毒の類だろうかと俺は思う。


 ガスランが周囲の警戒は続けたまま言う。

「こいつらどこから侵入してきたんだろう」

「多分だけど、潜んでたんじゃないかな。昨日か一昨日かわからないけど前から」



 一旦守衛室の中に王子達を入らせてから、襲撃犯全員の武装解除と拘束を終えたリズさんを交えて俺達は相談を始めた。学院長は学院の中の方から駆け付けた教師や生徒たちを追い返す仕草を見せながらも一応は説明をしているようだ。


 リズさんは俺達に軽く頭を下げる。

「お疲れさまでした。騎士団本部からすぐに馬車と応援が来ます。捕縛した者達と死体は全員本部に連れて行きますが…」

 学院と騎士団本部は近い。

 ニーナがコクリと頷いた。

「リズ、取り調べ出来そうだったら始めててね。私達は王子を安全な所に連れて行ってから本部に行くことにするわ」

「畏まりました…。王国騎士団の人たちはどうしましょう。馬車は一台は回せると思います」

「治癒院に連れて行くしかないわね」


 王子の護衛をしていた王国騎士でまともな状態なのは、ケイレブ王子の側付きの女騎士とあと1名のみである。8人が吹き矢で倒されていた。

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