第267話

 意外なことに、アリステリア王家の人間がスウェーガルニに来るのは初めてだそうだ。工業や商業が盛んな東部と比べて、王国の一般的なイメージでは王国西部のウェルハイゼス公爵領の領都アトランセルから先は未開の地。要するにド田舎ということらしい。


 街に入ってすぐに代官屋敷に案内されたケイレブ王子一行を迎えたのはニーナと俺。そしてリズさん率いる騎士多数。

 屋敷の門の所で出迎えていたニーナを見つけると、ケイレブ王子は

「ニーナ姉さん!」

 と駆け寄って抱き着かんばかりに喜んだ。

 そんな王子と一行を俺は一人ずつ鑑定と探査で見極めていく。


 この周囲、そして屋敷のあちこちにニーナの指示を受けた特務部隊が隠れている。彼らと共にエリーゼとガスランも隠れてこの様子を見ているはずだ。


「ケイレブ、大きくなったわね。チビちゃんだったのが嘘みたい…。それにしても東部ではなく西部の視察を希望するなんて王家では珍しいんじゃない?」

「ウェルハイゼス領は王国を支える大穀倉地帯がある所ですし、今では鉱産物や魔物の素材に関しても国内有数の産地です。それにスウェーガルニは、スタンピードを撃退し殲滅した話を聞いた時から一度はこの目で見ておきたいと考えていました」

「なるほどね。着眼点はいいと思うわよ。だけど…、お父さんから反対されたでしょ?」

「はい、最初は渋られました。でも、どうしてもニーナ姉さんに会いたいと言ったら、割とすんなりと許可されました。もちろん、教皇国首都が陥落していなかったら絶対に許して貰えなかったと思いますが」


 ケイレブ王子には第一王子と第二王子という二人の兄は居るが、姉は居らず下に妹が居るだけである。親戚の同世代の中でも年齢が近いニーナを実の姉のように慕っているというのは本当のようだ。


 ニッコリ微笑むニーナの前で、やはりニコニコと笑顔が満開のケイレブ王子。

 予想に反して好青年、というか好少年である。

 金髪碧眼のせいもあるのだろうが、顔立ちはニーナに少し似ているように思う。



 ニーナと王子の挨拶がひと区切りつくと、レオベルフさんが中へ入ることを促す。

「どうぞ中へお入りください。食事を用意しておりますので」

「ありがとう、代官殿」

 王子はそう言うと、自分に随伴する者達の方を振り返って頷いた。


 屋敷の応接間に入ると、席に着く前にニーナが俺を紹介する。

「ケイレブ、こちらアルヴィースのシュン。私の大切な仲間よ」

「はい! さっきから、そうじゃないかと思っていました。シュンさん、初めましてケイレブと申します」

 俺が口を開く前にケイレブ王子は笑顔を輝かせてそう言った。


 どんな接し方が適切なのか、それはニーナからレクチャーされてる。

「よろしく、ケイレブ王子」

 少しだけ頭を下げるが、俺も笑顔で努めてフランクな態度だ。


 お茶に続いて共に食事を摂りながら、ケイレブ王子のいろんな質問に俺とニーナは答えていく。やはり王子が最も興味を持っていたのはスタンピードの事のようで、根掘り葉掘りあの時の詳細な話を聞きたがった。


 怪しい冒険者の事さえなければ和気藹々なだけの食事の時間が終わると、今日は早めに宿に入りましょうと側近から説得されてケイレブ王子は渋々と腰を上げた。

 てっきり代官屋敷に宿泊させるのかと思ったら、レオベルフさんのその申し出は固辞されたらしい。警護をしている者にとってはその方が都合がいいのだろう。ニーナがそんなことを言った。

 このケイレブ王子の一行は、王子の警護や身の回りの世話の為に同行している者が約20名と、超VIPの供や警護にしては少ない。しかし事前情報として特務部隊の隊長は、警護は王国騎士団の精鋭が揃っているとそんな風に言っていた。



 ◇◇◇



 双頭龍の宿に戻った俺とニーナは、先に戻っていたエリーゼ達と一緒に特務部隊の隊長が来るのを待っている。

「怪しいのは居た?」

 遮音結界を張ると、すぐにニーナがそう言って口火を切った。

「ケイレブ王子の少し後ろに控えていた長剣を二本差していた男。名前はキース・ハルムンゼス。茶髪の逞しい奴」

「シュンが言ってるのと多分同じ男だと思うけど、凄く濁ってる色だったよ」

 エリーゼが俺を見て頷きながらそうつけ加えた。


「キース・ハルムンゼス…。聞いたことがある名前ね」

 そう呟くニーナ。

「俺が感じ取れたのは、敵対心と功名心。王子への害意もあるような気がした。そしてニーナに向けられた悪意も少しあった」

「ほぼ同じだけど、ニーナとシュンを見た瞬間にすかさず品定めしてるような感じもあったね。そしてやっぱり悪意。害意と言っていいほどのね」


 ニーナは厳しい表情に変わって質問を続けた。

「それ以外の供の者達は?」

「安心感と警戒心と、その両方だったな。親戚筋の言わば味方の懐に居るということと、それでもアウェーだという戒めと両方があったようなそんな感じ」

「そうだね」

 エリーゼがコクリと首を縦に振ってそう言った。


 ふぅっとニーナが溜息をつく。

「まあ、それは健全というか当然の反応ね。よく知らないけど一応は味方、でも武力では敵わない相手。そんなのが目の前に居ればそうなってしまうものだと思うし…。ということは、今日の時点で怪しいのはそのキース一人ってことね」


 答え合わせは特務部隊がしてくれるはずだ。


 その後、特務部隊の隊長が部下一人を伴ってやってきたのは少し遅い時間になってからだった。

「キース・ハルムンゼスが怪しいという話になっているわ」

 やってきた隊長に、早速ニーナがそう言うと隊長は目を見開いて俺達を見た。

「さすがですね。相変わらずシュンさん達は…」

 少し呆れたような笑顔を浮かべてそんなことを言った隊長に俺は問う。

「てことは、そっちも同じ結論ですか?」

「はい、例の冒険者を装った最後の客はキース・ハルムンゼスで間違いないですね。衛兵が作成した人相書きとは少し違っていますが、変装していたのだろうと考えています。そして何よりも、その時にヴィシャルテンから消えていた一人はキース・ハルムンゼスです。これは今日入門の手続きに立ち会って確信を得ました。間違いありません」


 冒険者を装って先行し、これから行く街の様子などを事前に調べることはVIPの警護の場合にはよくあることだと言う。言い換えれば、冒険者と偽ってスウェーガルニに来たことは警護担当としての本来の職務だろうという事だ。

 そんな目的で来た街で娼館に行って少し羽目を外すぐらいは有りがちなのかもしれないが、パミルテの毒との関わりについては本人に話してもらうしかないだろう。



 その夜のうちに、街区内の人が多く集まるところや主な宿屋などに衛兵によって貼り紙が貼られた。もちろんケイレブ王子一行が泊まっている宿にも。

 娼婦変死事件の重要参考人であるダインという名の冒険者について情報提供を求める似顔絵付きの告知だ。変死した娼婦の最後の客でその死に関与している可能性が高いこと。更には教皇国の陰謀で使われた禁止薬物を所持している可能性が高いことなど、ほぼ全ての情報が開示されている物だ。ヴィシャルテンから来てまたヴィシャルテンに戻ったことも書かれている。


 ケイレブ王子の警護を担当している騎士達の指揮官は王国騎士団の副団長である。

 その副団長の反応は素早かった。


 翌朝、朝訓練の後の朝食を終えた俺達の元に代官レオベルフさんからの使いの兵士がやって来る。


「キース・ハルムンゼスが警護の指揮官である王国騎士団副団長と共に出頭してきた。そういうことなのね」

「はい、そうです。取り調べは既に始まっておりますが、代官は殿下にも立ち会っていただきたいと申しております。出来ればアルヴィース全員でお越し頂きたいと」

「分かった。すぐに行くわ」

 俺達にも異存はない。ニーナに同意の頷きを全員が見せた。


 取調べが行われている代官屋敷に着くと代官レオベルフさんが出てきて、応接の一つに案内される。

 そこに待っていたのはケイレブ王子警護の指揮官、王国騎士団副団長。


 形式通りの公家への挨拶を見せた副団長は、上座に座ったニーナへ話し始めた。

「ユリスニーナ殿下もご存知だったのですね」

「何を?」

「ダインと名乗る冒険者がうちのキースだということです」

 この瞬間、ニーナの姫殿下モードが一気に100%に跳ね上がった。

 姫オーラの嵐が吹き荒れる。

「私を咎めているような言い方に聞こえるが、その態度はお前達王国騎士の総意か? 逆に問おう。王国騎士団員に公爵領民殺害の疑いがあると公の場で明言して宿まで捕縛しに行っても良かったのか?」


「あっ、いえ。そんなつもりでは…」

 完全にオーラに負けている副団長がしどろもどろになると、続けてニーナが質問を投げかける。

「ケイレブはダインという名の冒険者のことを知っているのか?」

「……詳細にはご存じありません。訪れる先々へ先行して様子を見ている者が居るのだろうぐらいのことはご存知でしょうが、ダインなる者がこちらから出した偵察だということまでは知るはずもございません」

「そうか…。ならばあの子を叱るのはやめよう。話は変わるが、今回娼婦を死に至らしめたパミルテの毒がどういう物か王国騎士団は知ってるか?」


「パミルテの毒…? ですか?」

 知らないのが明らかな様子なので、ニーナがレオベルフさんに書類を持ってこいと指で示す。


 ところで、今この副団長と話している最中にもエリーゼからのブロックサインが出ている。拳を握ったままだと嘘はついていない。指を一本でも立てると今の言葉は嘘だという意味のサイン。

 ニーナはそのエリーゼのサインを都度確認しながら話しているということ。


 レオベルフさんから書類を受け取った副団長は、その書類に目を通し始める。

 途中で少し唸り声のような音を立てるが、それでも一心に読み続けた。教皇国の指示に従ったイレーネ商会が帝国の弱体化を目論んで北方種族の反乱勢力や西部の獣人種小国家群への援助を行ったことなども書かれているのは、彼にとっては想像もしていなかったとんでもない話だろう。


「殿下?」

 副団長は読み終わると少し考え込んでそう言葉にした。今この場に居て殿下という呼称が相応しいのはニーナだけである。

「なんだ」

「こんなことがあったから、帝国に加担して教皇国を攻めたのですか?」


「そのことは知ってるんだな」

 ニーナが少し笑いながらそう問い返すと、副団長は深々と頭を下げた。

「今はまだ王都で知っている者は多くありません。ですから、私も知らない振りをしておくつもりでございました」


「そうか。王都に居る私の母を通じて国王にだけは詳しい内容を報告している。教皇国の悪事はお前が今読んだ書類に書かれているものだけではないが、質問への答えとしてはその通りだ。帝国の皇帝からの要請に積極的に応じて教皇国首都を破壊し教皇を捕縛したのはここにいる私達アルヴィースだ」


 話を戻そう。キース・ハルムンゼスのことだが…。

 とニーナは続ける。

「パミルテの薬、毒を使ったのがキース・ハルムンゼスだったならば、いかに王国騎士団員であっても特別扱いは出来ぬ。入手ルートなど徹底的に解明する」

「畏まりました。全面的に協力いたします…」

「うむ。そこなんだが、取り調べの立ち合いは構わないが口出しして邪魔したり庇ったりはしないでくれ」

「……御意」


「そしてもう一つ。キース・ハルムンゼスには何か別の企てがあると見ている」

「それはどういう意味でございますか?」

「逆に問いたい。奴にケイレブや私への害意が有るのはどういう意味なのかと」

「なっ…」

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る