第23章 高貴なる者

第266話 王家からの依頼

 悪魔の木、パミルテの木。その実から造られた凶悪な薬物は主に帝国西部に流通していたことが帝国軍の調査で判っている。

 イレーネ商会は、目星を付けた有力者に直接手渡す形でその薬物を販売していた。

 薬物の回収は芳しくないそうだ。イレーネ商会から入手した者が既に使ってしまったのか処分したのか、もしくは別の第三者へ譲渡してしまったのか。今となっては、その全てを明らかにすることはおそらく不可能だろう。


 ギルドの治癒室にエリーゼとガスラン、そしてニーナがやって来た。

 三人は一様に表情が暗い。

「レオベルフには…? そう。ここに来るよう連絡はしたのね」

 ニーナはフレイヤさんにそう確認すると、続けて紙片に何かを記して騎士団へ使いを出すことを頼んだ。


 電話ではパミルテの毒で死んだ娼婦が発見されたという程度しか言っていない。そんな三人にミレディさんと俺が順を追って説明していると、ニーナがどういう呼び方をしたのかは分からないが驚くほど早くリズさんと騎士三名がやって来た。


 ニーナが、ギルドへやって来た時からの変わらない硬い表情でリズさんに言う。

「リズ、来てもらった早々に悪いけど特務部隊を呼んでちょうだい。今は何人スウェーガルニに来てるのかな」

「4名です」

「そう…。取り敢えずその隊の指揮官を私の元へ」


 姫殿下モードほぼ100%のニーナは久しぶりに見る。

 それを察したリズさんも他の騎士達も臣下モード100%である。


「畏まりました」

 そう応じたリズさんは騎士を一人伴って部屋を出た。


 残った二名の騎士は、さり気なくニーナを護衛しているのが判る。何かあればすぐに剣を抜き自らが盾になる。そんな気迫でニーナの傍に控えている。

 今すぐに何か直接的な脅威が迫っているとは騎士達も思ってはいない。これはニーナを安心させる為の行動だ。

 姫は一人ではありません。私達が付いていますよとその行動で示しているのだ。


 リズさんが出てしばらくしてレオベルフさんと領兵がやって来る。

 彼らに頷いて見せたニーナは狩りをする時のような鋭い視線に変わる。

「皆、ご苦労さま…。レオベルフ、話は聞いてるわね。すぐに対処を始めるわよ」

「御意」



 被害者が勤務していた娼館の徹底的な捜査と関係者からの聞き取り、並行して不審者の洗い出し。更に街の娼婦全員の検査も行うことになった。


 会議の場となったギルドマスター室で、話がひと段落するとニーナはまだ真剣な顔つきのままで俺に言う。

「検査はシュンにしか出来ないことだから、よろしくね」

「解ってる。レヴァンテにも手伝って貰おうと思ってるよ」


「そっか。レヴァンテにも出来るのね」

 エリーゼがそう言って少し微笑んだ。

「うん、押収した製品の一部はまだ俺が持ってるから、それを見せればレヴァンテにも可能だと思う」

 何かの時のサンプルにと手元に残していた物が俺の収納には入っている。



 翌日から丸三日と半日続けた検査で、パミルテの飲み薬、塗り薬を使った形跡がある女性は見つからなった。街のほぼ全ての娼婦については検査が終わった。

 これは街から認可を受けた娼館で働いている娼婦達である。

 個人営業だったり無認可の店で働いている女性は対象になっていない。

 とは言え、少し安心できたのは事実だ。ニーナも代官のレオベルフさんも最初に発覚した時のような深刻な様子は無くなっている。


 そしてこの日、対策本部が置かれた代官屋敷で衛兵の責任者からその日の捜査状況報告を聞いている時に、特務部隊の隊長も現れた。

 一同に向かって軽くお辞儀をした彼にニーナが小さく手を挙げると、彼はそのニーナの元に近付いて何やら耳打ちを始めた。


 ふぅっと溜息を吐いたニーナは面倒くさくて仕方ない顔になっている。

 そして皆に向かって言う。

「どうやら、ケイレブがそろそろスウェーガルニに着くみたいよ。お忍びモードだから出迎えは無しで良いんだろうけど」

「聞いてた予定通りだね」

 エリーゼがそう応じると、ニーナはこくりと頷いた。


 ニーナが言ったケイレブというのは、俺達に指名依頼をしてきたアリステリア王家、そこの三男坊のこと。要するに王子様だ。

 ニーナは出迎えなしと言ったものの、知ってしまった以上はレオベルフさんはそういう訳にはいかないのだろう。レオベルフさんが領兵に指示し始めた。



 ◇◇◇



 アリステリア王家からの指名依頼について、その内容を記したものを見せた時のニーナの反応も今と似たようなものだった。

「ケイレブ・ソリス・アリステリアというのは第三王子よ。王位継承権第二位ね」

「三男なのに第二位なんだ」

 と、単純な疑問を抱いて問い返したガスランにニーナが応える。

「複雑な事情があるみたい。あの家はいろいろあるのよ」


 確か、ケイレブ王子のすぐ上の兄である第二王子の母親が正室じゃないからとかそんな理由だ。

 ニーナが言葉を続ける。

「それは置いといて、ケイレブは正真正銘の天才なの。16歳なんだけど飛び級で王立学院はもう卒業してるわ」

 16歳だとフェルの一つ上か、と俺は思いながら言う。

「へえ、そりゃ凄い。てか、どういう意味での天才?」

「学問の方よ。以前会ったのは王子が小さい時だけどひ弱だったし、武に関してはイマイチだと聞いてる…。だから今回のこの依頼みたいな話になるんでしょうね」


 依頼は、ケイレブ王子に冒険者の活動を学ばせたいという話だ。何かの討伐とか具体的な目標がある訳ではなく、期間を定めて俺達アルヴィースに同行させてほしいという依頼。冒険者の実態を見たり雰囲気を感じたいのだろうかと、俺はそんな風に思っている。



 ◇◇◇



 特務部隊の隊長にありがとうと言って下がらせたニーナは、

「この忙しい時に来るなんて…、空気読んでもう少しヴィシャルテンでノンビリしてくれてれば良かったのに」

 と、ウンザリした表情でそんなことを口にしているが、空気を読むも何もこちらの状況は知らないんだから仕方ない。

 ちなみに王子一行はヴィシャルテンで少し長めの滞在をしているらしい。樹海に興味があるとかそんな理由で。正確にはおそらくあの神殿に興味があるのだろうと思われるが、正式な視察要請が無ければ王家といえども立ち入りは出来ないはずだとニーナはそう言っていた。


「指名依頼断ったら、王子はどうするんだろうな」

 俺がそう言うとレオベルフさんがギョッとした顔になる。それは、こいつ何言ってるんだという表情に見えなくもない。


 どうやら冒険者が王家の依頼を断るというのは有り得ないことのようだ。

 レオベルフさんとは対照的にニーナは平然と首を傾げる。

「うーん…、多分だけど。フレイヤに頼んで別の冒険者を探すんじゃないかしら。見学と言ってるけど、スウェーダンジョンに入ってみたいということみたいだから」

 エリーゼもニーナ同様に平然としている。

「報酬は破格だからすぐに見つかるよ」

「やりたがる人多いと思う」

 ガスランもそう同意した。


 もう断ることが決定しているかのような俺達のそんな口ぶりに、レオベルフさんは肩を落として諦めの吐息を吐いた。



 衛兵達の懸命な捜査にもかかわらず進展がない娼婦変死事件に関しては、ニーナの指示で特務部隊が増員されている。スウェーガルニ近隣に居た特務部隊も集められたということ。

 その日の夜。

 宿に帰った俺達の所にその特務部隊の隊長がやって来た。


「殿下すみません。他の人が居る所では話しづらい内容でしたので、宿にまでお邪魔するような形になったことをお詫びいたします」

「いいえ、構わないわよ」

 ニーナはそう言いながら俺に遮音結界を張ることを眼で促した。


 俺達は居てもいいんかい。という突込みは今は適切ではない。

 なぜなら、その隊長さんはブレアルーク子爵邸事件に端を発したフェルの一件の時に、俺達の傍にずっと居た顔馴染みだからだ。


 遮音結界が作動し始めたことが判ると隊長は話し始める。

「娼婦が店で取った最後の客のことが分かってきました」

「えっと…、それは冒険者風だったとかの男の事?」

 ニーナの確認の言葉に隊長は肯定の頷きを返す。

「はい、その流れ者のような男のことです」


 変死した娼婦は、死体で発見された日の前日夕方から一人の客の相手をしている。それはもちろん娼館の自室、彼女の仕事場でということ。

 聞き込みを重ねても、その客は一見の客だったことは間違いが無いようで、更には人相などからも街でも馴染みがない顔。入門の記録と照らし合わせてみると、とある冒険者の名が浮上している。

 その男は娼婦の死体が発見された日に街から出ている。


「ヴィシャルテンの入門記録でスウェーガルニを出た後にヴィシャルテンに入ったことが判りました。そして、スウェーガルニに来る直前にヴィシャルテンの出門記録も在りました」

「ヴィシャルテンから来てヴィシャルテンに戻ったという事ね」

「そうですね」


 ニーナは、鋭い目つきに変わって来る。特務部隊の隊長が、ここまでの話だけでレオベルフさん達が居る場所で口にすることを避けたとは思えないからだ。


「そして? まだ何か在るんでしょ?」

「はい。その男がスウェーガルニに来て居たのと同じ間、ケイレブ王子の供の一人がヴィシャルテンから姿を消していました」

「はあ?」

 思わず大声を上げてしまったニーナが自分で自分の口を押さえた。


 ニーナが近隣から集めるように指示した結果、集められた特務部隊の隊員の中には、お忍びで旅をしているケイレブ王子の動向を監視していた者も居たのだ。


「その冒険者のヴィシャルテンへの最初の入門記録は遡って調べさせていますが、おそらくは無いんじゃないかと推測しています」

「それは本当に大至急調べさせて頂戴。結果はすぐに知らせて」

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