第264話

 スウェーガルニダンジョンの第6層最奥地に在る安全地帯に到着したのは、フレイヤさん達を伴ってダンジョンに入った翌日、二日目の夕刻だった。

 ミノタウロスが出現する第5層とミノタウロスキングも出てくる第6層は、俺達全員でそのことごとくを斬り捨てて進んだ。魔物の回収をフレイヤさん始めリズさん達も積極的に手伝ってくれた。


 この第6層安全地帯に張られているテントの数も今はピーク時の半分ほどに減っている。それでも悪臭は相変わらずだ。

 その臭さに思わず顔を顰めるフレイヤさん達にニーナが言う。

「ここは、いつもこんなものよ。だからいつもだったら素通りするんだけどね」

「酷いですね。王都のスラムを思い出しました」

 そんな風に応じたのはリズさんだ。


 先頭を歩いていた俺は後ろに居るフレイヤさんとリズさんの方を振り返る。

「到着は夜遅くなりますけど、7層奥まで進みませんか。火力全開で行きますから」

 俺がそう言ってもう一つ先まで進むことを提案すると、全員が賛成してくれた。


 実際のところ、ゴーレムが単体で出てくる第7層はそんなに難しい階層ではない。もっとも、それは雷魔法持ちが居るからこその話ではあるのだが。



 ◇◇◇



 俺とフェル二人が雷魔法で無双して辿り着いた第7層最奥。

 いつもそこを起点にして活動しているゴーレム狩りの合同パーティーは平常運転のようだった。前回、怪我をしていた二人に治癒を施した時とメンバーはかなり入れ替わっている感じだが、張られているテントの数から見て人数的にはそれほど変わっていないように見える。

 彼らからは離れた片隅に設営したテントの前で最初の見張りをしながらレヴァンテとフレイヤさんと小声で雑談をしていた時に、そんな合同パーティーのうちの一人が俺達の元へやって来た。


「アルヴィースのシュンというのはお前だな?」

 気配察知・探査で見えているのは好奇心と敵対心のような感情。

「人に名を尋ねるときは先に自分から名乗るもんだと教わらなかったか?」

 瞬間的に威圧を向けて俺がそう言い返すと、その男は身を竦ませた。

「あ…、あっ…。何だ、お前は」

 男は、後ずさりの一歩足を引いたところでよろけそうになりながら、それでも俺を睨みつけてきた。


 ふむ、竦みながらでも気持ちは奮い立たせることが出来るのか。

 一応は冒険者としてのそれなりの実力はあるようだ。


 俺とその男のやり取りについてレヴァンテは静観。しかしフレイヤさんは面白がっているのが表情で判る。


「大声出すな。眠っている奴が多いんだぞ、少しは気を遣え」

「へっ、ここは俺が仕切ってんだ文句は言わせねえよ」

 威圧を引っ込めたからか男は威勢が良くなってくる。

 それにしても、リズさんが率いる騎士団の姿を見ていたはずなのにこの言い分はなかなかのものだ。まあ冒険者同士のいざこざなんて、官憲はいちいち口を出したり止めたりはしないものだけど。


「で? 確かに俺はシュンだが、何の用だ?」

「俺と勝負しろ」

「今ここでか? ていうか、お前さっきビビってただろ。本気か?」

「うるさい、アルヴィースより強いってことを証明するんだ」


 合同パーティーの連中が何人かこちらを見ている。好奇の目とこの男同様にぎらついた目。そんな何種類かの視線が入り混じった注目を集め始めていた。


「もう、うるさいわね…」

 その時、ニーナがそう言ってテントから出てきた。

 傍に控えた騎士が簡単に事情を説明したのか、鼻で笑ったニーナは俺にひらひらと手を振って欠伸をしながらまたテントの中に戻る。

 騎士達がさり気なく脇を固めていたことも有って、ニーナの登場で男の気勢はそがれた感じが漂っていたが、ニーナがテントの中に姿を消すとまた喚き始めた。

「勝負しろ! これは冒険者としての話だ。騎士団は関係ねえ」

「いや、ニーナも冒険者だぞ。騎士団の主でもあるが」

「うるせえ、お前が相手だと言ってるだろうが。さっさと剣を取れ」


 威勢よく出てきたのに俺に威圧されて怯んだ様子は多くの人間に見られている。引っ込みがつかなくなってるだけだろと俺は思うが、そんな事を言ってもどうせこんな輩は治まらない。


 気が付いたらフェルがモルヴィを頭に乗せて一緒にテントから顔を覗かせていた。

 なんか楽しそうな顔をしているのが少し癪に障る。

 そんなフェルに早く寝ろと頷いて見せて、俺は座っていた椅子から立ち上がる。


 俺が木剣を取り出したのを見ると男はまた喚き始めた。

「真剣勝負だって言ってんだろうが!」

「いや、それ初めて聞いたぞ。まあいいさ。お前は真剣でくればいい」


 広めのスペースに移動して振り返ると、男もそこに歩いてやって来る。既に剣を抜いている。

「俺は剣を取れと言ったからな。間違ってお前が死んでも正当な決闘の結果だ」

「はいはい、それでいいよ。俺はついうっかりお前を殺してしまわないように気を付けるよ…。俺の木刀は切れ味鋭いぞ。この木刀を使って俺は負けたことがない」


 プッと吹き出す音が聞こえてきたのは、フェルの隣に顔を出しているガスランとエリーゼの方から。


 男に向き直って木剣を軽く中段気味に構えて俺は言う。

「さあ、いつでもかかってこい」


 じりじりとタイミングを取るように足を動かした男は、一気に剣を突き出して飛び込んでくる。

 ほう、まあまあのスピードだ。

 スッと身体をスライドさせて躱しながら

「お前、Bランクぐらいか?」

 そう尋ねると、男は体勢を素早く建て直して更に刺突してくる。


 もう一度同じように躱すと今度は剣を返して横に薙いできた。

 それもバックステップで躱し、男の剣と逆の背後を取るように俺は半歩だけ踏み込んでみる。

 フェイントに引っ掛かって剣を戻しながら距離を取ろうとした男のその剣を追うように側面に踏み込んだ俺は、木剣の先でチョンと男の肩を突いた。


「反応が遅い。そんなのじゃミノタウロスキング二体に囲まれたら死ぬぞ」


 バランスを崩して尻餅をついてしまった男の頭を軽く木剣でコツンと叩くと、男は尻餅をついたままの状態で剣を俺の胴へと振ってきた。


 バシャンッと鋭い音が響いた。

 俺が撃ち降ろした木剣が男が降ってきた剣を上から叩き落とした音だ。


 俺は男に背を向けて離れる。

 振り向いた時にもまだ男は立ち上がらずに固まったままの状態だ。

「さっさと剣を拾えよ。強さを証明するんだろ」


 怒りに猛り狂うのかと思ったら、男は困惑している状態のようだ。

 最初のような鋭さは無くなり、ただ振り回すだけの剣になった。

「もう諦めたのか? その程度でここを仕切ってるのか」


 ガーンッと、またもや木剣を叩き付けたせいで男の剣がまた地面に落ちる。


 男は、自分の剣が転がった様を茫然と見つめた。そして視線はそのまま小さな声で言う。

「参った…。降参だ」


「俺に話しかけてきた時からの自分の態度を思い出せ。言うべきことがあるだろ」

「……失礼な態度だった。すまなかった」



 ◇◇◇



 第10層のゲートがある広場に着いたのは、そんなことがあった三日後だった。少しペースを上げたせいで、同行者たちは皆さすがにバテている。

 フレイヤさんも疲労の色は隠せない。

 それでもポーションを飲みながら、バステフマークの五人と共に先に着いていたギルド職員たちと打ち合わせを始めている。


 俺はセイシェリスさん達とお茶を飲みながらお喋りタイム。

「もうゲートは使ってみましたか?」

「まだよ。ウィルは使ってみたくて仕方ないんだけど、フレイヤたちが来てからという話になったから、おあずけだったのよ」

 セイシェリスさんはそう言いながら、呆れた顔でレヴァンテとウィルさんの模擬戦を見ていて、その二人の横ではクリスとフェルがやっぱり剣を撃ち合っている。


 呆れているのはフレイヤさん達も同様だ。着いて早々に模擬戦なんか始めるもんだからこいつらは一体何なんだという目で見られるのは仕方ない。


 しかしもう夕食時、フェル達にキリを付けるように言った俺は、その日のメニューは少し豪華なものにしようとリズさんと相談。これまではずっと騎士団とギルドが用意してくれていた食事だったが、豪華なものを大量に食べようということ。



 ギルド職員も騎士も一緒に全員での賑やかな食事。その中で一際賑やかなのはいつものシャーリーさんとニーナだ。騎士達ともワイワイと話しながらいろんなものをたくさん食べている。ウィルさんとガスランとクリスは食べながらの剣談義。

 俺はティリアとフレイヤさんに帝国でのこと、特に教皇国を攻めた時の話をしている。レゴラスさん達が間一髪で終焉の氷雪デルニアスブリザードの範囲から免れていたことなど。


 そして夕食後には、まずは俺達がゲートを使って見せる。一旦ダンジョン入口に飛んでまたすぐに10層に戻った。

 恐る恐るという感じのギルド職員を制して、次は自分がと言い出したのはやっぱりウィルさんだった。フレイヤさんとリズさんと一緒にバステフマーク五人もゲートをくぐった。


「これはいい」

「10層はいろんな魔物が居るから今後の主流になるわね」

 すぐに戻ってきたウィルさんとセイシェリスさんは、少し興奮気味の表情で微笑みながらそう言った。シャーリーさんは夢でも見ているかのように虚ろだったが、我に返ると騒ぎ始めている。

「シュン、これは凄いぞ! やっぱりシュンはシュンだった!」

「シャーリーさん、俺が作った訳じゃないですから…」


 笑いながらティリアが言う。

「けれど、これでスウェーガルニの冒険者達も活気づくかもしれないね」

 クリスはうんうんと大きく頷く。

「目標になるよね。強くなっていつかはゲートにって」

 ティリアとクリスの言う通りだ。冒険者が冒険をしなくてどうする。ゴーレムを嵌め狩りで狩る事ばかりしていても強くはなれない。



 ◇◇◇



 フィールド階層が見える窓。それは扉が在った所だが、既に扉は無く開け放たれた窓のような状態なので、皆が窓と呼ぶようになっている。

 10層ゲート広場に着いてから、俺は何度も窓の所からの探査を行っている。

 これまでのところ最初にそこが開いた時からの大きな変化はない。

 時折、肉眼でも見えるのはサイクロプスが跋扈している姿。どうやらサイクロプス以外に別の種の魔物が居るようで、見た感じではサイクロプスが集団で狩りの為に出かけているようにも思う。

 ダンジョン内では魔物同士が戦うことは無いはずだが、このフィールド階層はイレギュラーばかりのようだし、その想像は当たっているのかも知れない。


 ギルドの職員は広場を念入りに調べ尽くしてからはゲートの調査に掛かりきりだ。それは実験と呼んだ方がいい類のことで、例えば上と下で同時にゲートを使用した場合にはどうなるか、そんな感じの事。


 翌日。フレイヤさんとリズさん達はゲートでダンジョンの外に出て行った。そのまま街区に帰るためだ。多忙な人達だから仕方ないこと。

 俺はと言うと、この日は朝から職員たちを手伝って引き続きゲートの調査や解析をしていたのだが、そんな俺の耳に元気なフェルの声が聞こえてきた。もう引き上げてきたのか、そんな時間かと俺は時計を見た。

 駆け寄ってきたフェルが言う。

「シュン~! コカトリスが居たよ!」

「えっ? あれは毒攻撃してくるんだろ。大丈夫だったか?」

「スタンの連射でバッチリ」


 広場の東と西の出入り口。そのそれぞれの通路の先の探索を俺達は進めている。

 バステフマークが東で俺達は西という分担。

 俺はゲートの調査の手伝いがあったのでこの日は不参加だった。


 フェルがニコニコと微笑みながらコカトリスの死体を一匹取り出した。

 鑑定でもコカトリスの死体だということが判る。実物を見たのは初めてだがギルドの資料で見た通りの姿をしていて、鶏とトカゲが合体したような異形の生き物だ。キメラ種の一つとして分類されることも有る。


 フェルかエリーゼのスタンの後、止めに首を斬り裂いたのだろう。その切り口は火魔法で焼かれた跡がある。

「あー、ちゃんと焼いてるな。ガスランが止めを刺したんだな」

「うん。止めを刺す時にガスランが、血が猛毒だから近付くなって言ってた」


 まあ、清浄の首飾りに付与している清浄と解毒の効果でかなり防げるんだけどね。


「ガスランの言うとおりだ。コカトリスの血には気を付けた方がいい」

「はーい」


 フェルとそんな話をしているとガスラン達も全員が俺の所にやって来る。

「コカトリスの解体は、少し時間が必要みたいよ。ドリスティアから詳しい人を呼ぶかもしれないって」

 ギルドの職員と話をしていたニーナがそう言った。



 ◇◇◇



 第10層の探索をその後三日間続けて、俺達はギルドの職員全員と共に外に出た。

 ダンジョンを出てすぐ、セイシェリスさんが俺に尋ねてくる。

「シュン、アルヴィースはどうする? 私達は職員を街に送ったら物資の補充を済ませてまたすぐに降りるつもりだよ」

「俺達ガスランの家に行く予定なんです。随分長いこと放置してるんで…」


 本当はスウェーガルニに戻ってすぐに行きたかったんだけど、教皇国に関することなどでこっちに帰ってからもバタバタしていたのと、夏休みのフェルと一緒にダンジョン探索することを優先したせいで延び延びになっていた。


 特に問題もなくダンジョンフロントから街区に戻り、ギルドで報告を済ませた俺達はウィルさん達に別れを告げて双頭龍の宿に帰った。

 宿でイリヤさんとマスターの笑顔に迎えられて、先に風呂に入ってから夕食。



「ほぅ、そうなのか…」

「はい。ありがたいお話をリズとニーナから頂きました」


 俺は、食べている最中にレヴァンテから意外な話を聞かされる。

 レヴァンテはフェルとリズさんが暮らす家に住むそうだ。

 黙ってニヤニヤ笑っているせいで解ってきたが、これはニーナも関わっている話のようで、ダンジョンで何やらレヴァンテとリズさんと三人で話をしていたのはこういうことだったのかと、俺は納得する。

 フェルはニコニコと笑顔を見せる。

「うん、大歓迎。部屋も空いてるから全然問題なし。モルヴィも凄く嬉しそうだよ」


「何か必要な物があったら遠慮なく言ってくれ。まあ、ニーナとリズさんがその辺もちゃんと考えてるんだろうけど」

「いえ、特に今すぐ何かがという物はありませんので…」


 俺は何だかほっこりした気持ちになって笑顔になってくる。

「そうか…。レヴァンテ。良かったな」

「はい、とても嬉しいです」

 レヴァンテはそう応えて俺に頭を下げると、喜びに満ちた美しい笑顔を見せた。


 モルヴィがフェルの肩の上からぴょんぴょんと飛んで、レヴァンテの頭の上に乗った。そんなモルヴィを両手で包むように降ろしたレヴァンテがモルヴィに頬ずりをして目を閉じて微笑む。

 ミュー…

 モルヴィも喉をゴロゴロと鳴らして共に喜んでいた。

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