第265話

「騎士団分団の剣術指南役か…。それはいいな」

「でしょ。だけど本業は学院の図書館の司書よ」

「はあ…?」

「「司書?」」

 エリーゼとガスランが声を揃えて問い返した。


 ニーナは驚く俺達に笑みを浮かべている。

 ガスランの家に向かう為に乗った乗合馬車の中で俺達四人が話していることはレヴァンテの今後について。馬車は客が少なく、今はほぼ貸し切り状態だ。


 ニーナによくよく聞いてみると、レヴァンテのことは姫殿下としてのゴリ押しが炸裂した訳ではなく、騎士団での剣術指導はリズさんからのお願いだそうだ。

 ニーナは続けて言う。

「フェルに指導している時の先生ぶりと、シュンと剣技で渡り合えてたのが大きいみたいよ。フェルとシュンの実力は騎士団皆がよく知ってるからね」

「まあ、そうだよね。シュンとまともに撃ち合える人なんて、まず居ないし」


 エリーゼがそう言って妙に納得しているが、それに関しては俺自身もそう思う。実際レヴァンテほどの剣士はそうそう居ない。攻撃系特化だが魔法もかなり使える魔法剣士だ。


「で? 司書ってのは?」

 ガスランが話の続きを促した。

「それも単純な話。レヴァンテは古代語とか古代エルフ語が読めるからよ」

「ああ、まあ…。それはそうだけど」

 そんな単純な話なのかと思って俺がそう呟くとニーナがニヤリと笑った。

「学院長に、こんな凄い人材が居るんだけど…。と話したのよ」

「ふむ」

「最初は講師に雇いたいと言われたのよ。でもそれは駄目だと言ったの。理由は、講師なんかになってしまうとかなり時間を取られるでしょ。レヴァンテの望みはフェルの傍に居ることなんだから、それはちょっと違うってこと」


 最終的にニーナはレヴァンテの意志を確認して決めたらしいが、普段は図書館に居て、主に学院の教師からの質問が有ったり困った時には助ける役目だそうだ。図書館の本は全て好きに読んで構わないという。レヴァンテには良い条件だと思う。

 そして週に一日程度、騎士団で剣の指導を行うということで話は着いたらしい。


「それなら学院の出入りも自由だからフェルと朝訓練も一緒にやれそうだし、いいこと尽くめだね」

 エリーゼが嬉しそうにそう言うと、ニーナも微笑んだ。

「そうでしょ。なかなかいい感じに持って行けたと自負してるわ」



 ◇◇◇



 ガスランの家の内外に異常はなく、家とロッジの大掃除と設置している魔物除けなどの魔道具の点検も終わってひと息つく。


 それはそうと、いつもここに来る時に通るバルマレ村の様子が変わっていた。具体的には家が増えていて、村が広がりを見せ始めていたということ。

 村長に尋ねたら

「今年になって家族連れの移住者が二組来たんですよ。ありがたいことです」

 と言って嬉しそうにしていた。


 バルマレ村の周辺は魔物が少なく農業や酪農、林業などを営むことに適している。いざとなったらスウェーガルニにもすぐに行ける近い位置だし、普段はノンビリ田舎暮らしという雰囲気でいいのかもなと俺はそんなことを思った。


「主街道からの道がちゃんとした小街道に整備されるといいんですけどねえ…」

 その村長はニーナの正体に気が付いていて、さり気なく陳情っぽい話をすることも忘れていなかった。


 結局、ガスランの家には二日間滞在した。

 アルネさんの墓参りの後、付近に僅かに居た魔物の討伐はすぐに終わって俺以外の三人は揃って魔法の訓練に余念がない。ガスランは風魔法をもっとちゃんと実戦でも使えるように魔法模擬戦っぽくニーナと対戦している。ニーナは重力障壁の改良だと言っていろいろと試行錯誤。エリーゼは雷撃の効率を上げることと精霊の守護の発動速度を上げることに取り組んでいる。

 俺はかなり前から考えていた新しい魔道具に付与定着させる魔法の仕上げ。以前からベルディッシュさんに依頼していたその魔道具の筐体となるものも、幾つかの試作品を経てやっと納得できるものが出来てきている。


 そうしてガスランの家への里帰りを済ませてスウェーガルニに戻った俺は、ベルディッシュさんの店に籠る。

 エリーゼとニーナ、ガスランの三人は騎士団の演習場でレヴァンテとフェル、もちろん騎士達も交えての訓練に明け暮れた。



 ◇◇◇



 冒険者ギルドからの言伝が宿に届いたのは、ベルディッシュさんの店での作業がほぼ完了した日だった。

 夕方、エリーゼ達より一足先に宿に戻った俺にイリヤさんがギルドからの書簡を渡してくれる。

 それは一通だが、内容は二つだった。

 ミレディさんが俺に急ぎ相談したい事があるというのが一点。そしてもう一つはフレイヤさんからで、俺達への指名依頼があるとのこと。


 ミレディさんの急いでいることには応えないといけない。

「イリヤさん! 俺ギルドに行ってきますから。エリーゼ達が帰ってきたらそう言ってください」

「分かりました~!」

 厨房で料理の支度をしているであろうイリヤさんにそう声を掛けて俺は宿を出た。



 ギルドのロビーに入ってすぐに気付いたのは、関心に満ち溢れた複数の視線だ。

 10層のゲートについては、フレイヤさんや職員を連れて行ったあの調査の後、ダンジョンの入場制限解除と共にすぐに情報が公開されている。反響は大きく、詳細な情報を求める冒険者達の為に掲示板にもかなり詳しい話が掲載された。

 ゲートを使える資格についての問い合わせが多いそうだ。有資格者と一緒にゲートをくぐれば飛べると思っている冒険者が多く、それは何度試してもダメだったと幾度も説明を繰り返したギルドは、改めて掲示の内容にそのことを追記したほどだ。


 受付の職員の女性は俺を見るとすぐに立ち上がった。

「シュンさん、ギルドマスター室へ行ってください…。他の方は…?」

「分かりました。いえ、今日は俺だけです」


 コクリと頷いた女性職員に俺も軽く会釈を返して、勝手知ったるギルドマスター室へと向かい始めると、そんな俺の進行方向を遮ったのは数人の冒険者達。

「シュン、お願いがあるんだ。聞いてくれ」

 その数人の中心に居る男が、真剣な表情でそんなことを言う。

 ここ最近はこういうのがとても多くなった。だから皆はギルドの演習場ではなく騎士団の演習場で訓練をしている。


「10層へ連れて行ってくれという話ならお断りだ」

「金は払う。その…、そんなにたくさんじゃないが…」

「お断りだと言った」

「冒険者仲間として頼む。俺達はどうしても新しい階層に行ってみたいんだ」


 その気持ちは解る。だが…。

「断る。自力で行ってくれ」


 ギルドのロビーや飲食スペースに居る者達も全員がこの様子に注目している。そんな彼らにも目を向けて俺は大きな声で言う。

「この際だから言っておくが、俺達はその類の依頼を受けることは無い。今は、10層ゲートの先の攻略に向けた準備で忙しいんだ。邪魔をしないでくれ」



 ギルドマスター室に入ると、フレイヤさんは俺に苦笑いを見せる。

「相変わらずゲートに連れて行ってくれという話が多いのね。私達が連れて行って貰ったのが前例になってしまったみたいで申し訳ないわ」

「まあ…、煩わしいですけど。そのうち治まるだろうと思ってます」

 て言うか、見てたのなら停めてくれればいいのに…。


 フレイヤさんはお茶を淹れ終わると、その二つのカップを手にして俺の前に腰を下ろした。

「それでね…、もっと煩わしい話なんだけど…」

 俺は、フレイヤさんが置いたカップを持ってその香りを味わいながら話を進めるべく応じる。

「指名依頼の件ですね?」

「ええ、そう…。私が門前払いしていないことで予想ついてると思うけれど、大物からの依頼なの」


 思わず溜息を吐いてしまう。

「……しばらく逃げてた方がいいですか」

「そうね。むしろ帝国に拠点を移した方がいいとお勧めしたいぐらいだわ」

「そんな相手ですか…」

「そうなの。依頼主はアリステリア王家よ…」

「はあ? 王家ですか?」



 ◇◇◇



 フレイヤさんから依頼内容を記した書類を受け取って、俺は治癒室へ行く。

「こんにちは、ミレディさんは?」

「あっ、お久しぶりですシュンさん。いらっしゃいませ」

 ドアから顔を覗かせた俺は、治癒師の女性から笑顔で歓迎される。

 そんな会話が聞こえたのだろう、呼びに行く必要もなくミレディさんが奥の部屋から出てきた。

 丁寧なお辞儀をしながらミレディさんは言う。

「シュンさん、すみません。お忙しい所を…」

「いえ、大したことやってた訳じゃありませんから」


 ミレディさんに目と頷きで催促された俺は、ミレディさんが今居た奥の部屋の中へ入る。

 その部屋は特別な治癒室で、重傷者や治癒に時間が掛かる者を診るための部屋だ。

 中央にある診察台の上には一人の女性…。の死体があった。

 死体が傷むのを遅らせるための冷却魔道具が作動しているせいで、部屋の中はかなり寒い。


 どういうことかとミレディさんを見ると

「先入観無しにシュンさんに診て頂きたいんです。特に、この女性の死因について。シュンさんの見解を教えてもらいたいです」

 そう言ってミレディさんは診察台から一歩下がりながら俺に頭を少し下げた。

 公営の治癒院からの応援依頼が来て、検死の手伝いをしているのだとミレディさんは言う。


「分かりました。見ている途中で質問はしていいですか?」

「もちろん構いません」


 掛けられていた白いシーツをめくると全裸の女性の姿が目に入って来る。そしてまずは鑑定。予想通り、既にIDは読み取れない。死んですぐではないということ。

「死んだのは昨日ぐらいですか」

「そうですね。昨日の夕方にはまだ生きていた姿を目撃されているそうです」


 魔力を流しながらの探査と解析で診察を始める。死体だからあちこち異常が検出されるのは当然だが、脳の損傷が少し著しいようにも思う。

 仰向けだった女性の身体をうつぶせにして背中側からも俺は続けて診ていく。


 この死体は20代前半と思しき若い女性だ。美人でスタイルが良い。長いブロンドの髪は王国では珍しくは無い。この女性は艶を出す為に少し染めているのが判る。

 仰向けに戻してもう一度、今度は深い部分まで探るつもりで全力の探査に切り替える。頭の先から順次詳しく見続けた俺は、下腹部に残存する魔法に気が付く。

「この避妊魔法は独特な物ですね」

「そうですね。一応は効果はありますがあまりいい物とは言えませんね」

「もしかして、この女性は娼婦ですか?」


 もぐりと言っていいのか分からないが、治癒師くずれのような人がこの街にも居て、娼館と契約を結び安価で娼婦達に避妊魔法を施したりしているという話を聞いたことがある。


「そうです。今朝、娼館の近くで亡くなっているのが発見されて、連絡を受けた衛兵が引き取ってきたそうです。ほとんど裸だったので殺人かと疑ったそうなのですが、治癒院では死因を特定できなかったせいでここに運ばれました」


 これまでのところ、突然死という感じの事しか判らない。他殺の可能性は低いようにも思う。しかし、半裸で転がっていたのは不自然だ。死因はともかくとして亡くなったのはその発見された場所ではないだろう。誰かがそこに死体を遺棄した。


「すみません。今のところ、直接の死因は呼吸と心臓が止まったからだろうという程度しか判りません」

 問いかけるような視線のミレディさんに、俺は一旦そう答えた。

「そうですか。私もそう思っているのですけど、何か引っかかるというか…。毒物の検査もひと通りしてはみたんですけど、毒の反応は無しでした」


 毒か…。確かにこの状態ならそれは疑うべきだ。

 そう思った俺は何故か嫌な予感がしてくる。

「もう少し待ってください。まだ診てない所がありますから」


 そう言った俺は女性の脚を開いた。そして器具を使って女性の膣の中に残留している物が無いか調べ始めた。

 器具で掻き出すと娼婦が仕事で使う潤滑油的なゼリー状の物が出てくる。それには香料と共に匂い消しの成分も含まれているので、異臭が漂うという程ではない。


 その掻き出した物を俺は全力で鑑定。

 そして見えてきた物は、俺は良く知っている馴染みがある物だった。


「ふぅ…、またこいつに巡り会うとは想像もしてませんでした」

「毒ですか?」

 ミレディさんが硬い表情に変わっている。


「例のパミルテの実から抽出された毒です。前に相談した時に言ったようにこれは強力な媚薬としての効果がある物です…。ですが、それにしてもこの量の多さは使い方を間違ったとしか思えませんね。或いは故意に致死量を盛ったのかも知れませんが」


 これの解毒の方法について何度もミレディさんに電話で相談したことがある。

「あのパミルテの実ですか…」

「ええ、間違いないですね。成分的には全く同じと言っても良いほどです。おそらくは帝国でイレーネ商会が作った物がここまで流通しているということなのでしょう」



 すぐにミレディさんが治癒室にフレイヤさんを呼んで、三人で相談。

 代官に連絡を取る事になって、俺はフレイヤさんに電話でエリーゼ達も呼んでもらうことにした。

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