第262話 塔と巨人

 レイスが発動している呪縛魔法。周囲の光が吸収されているのはこの類の強力な闇魔法の副次的な作用だとレヴァンテは言った。


 既にその範囲に俺達は全員が入っている。精霊の守護が絶賛仕事中。


 ズガガーンンンッ!!

 ズガガガーンンンッ!!


 二人で撃つ雷撃。

 俺とフェルは初撃でレイス5体を撃ち落とした。


 一斉に反応した残りのレイス。その場から大きくは離れず、右に左に上下に攻撃を回避しようとレイスは飛び回る。浄化で弱っているはずなのに思っていた以上に俊敏な動きを見せる。

 雷撃に応じるように闇の魔法弾をこちらに向けて放って来た。狙いは大ざっぱだが、その魔法弾は数が多い。


 エリーゼの前に立ったガスランはすぐにヴォルメイスの盾でその魔法弾を防ぎ、そしてガンドゥーリルでも斬り裂き始める。ニーナは重力障壁を自分と俺の前に張った。予想以上の魔法弾の威力をギリギリのところで防いでいるが、既に一度障壁は破られて瞬時に強度を上げて張り直している。

「ニーナ、俺のところは無くていいぞ。あと今回はベクトル反射は無しの方がいい。おそらく振動系魔法だ」

「ごめん! そうさせて貰うわ!」

 俺も雷撃を撃ちながら、直撃しそうな魔法弾は女神の剣で受け始める。

 ニーナは重力障壁を自分の周囲だけに狭めるとレイスの後方を狙って爆炎を発動させた。

 呪縛魔法には魔法防御の効果もあるのだろうか。もしくはこのレイス達は火魔法への対策はしっかりと出来ているということなのか爆炎はすぐに消される。だが、牽制し注意を引き付けてくれているのは確かだ。


 レイスの照準が次第に正確になって来る。これは迎撃していることで居場所を知られてしまっていることと俺達の隠蔽が緩んできたから。

 そのレイスの攻撃の魔法を解析した俺は全員に向けて怒鳴る。

「振動系の魔法騨だ。気を付けろ! 連続して喰らうな!」

 鉄壁の精霊の守護でも、攻撃に対処し続けていればその減衰は速まる。

 レイスは、魔法防御を持つ敵と対峙することに慣れているような気がする。そして自分達の弱点である火魔法への対処も、ここまでのところよく出来ていると思う。

 そこに、俺は知性のようなものを感じた。


 レイスは、人間だった時の記憶を残す魔法に優れた魔物。


 グルグルと飛び回りながら闇の魔法弾を放ってくるレイス達を、俺は一体ずつ狙い撃ちしていく。レイスを一体撃ち落とす度にレイス達は一層攻撃を強めて、弾幕と言って良いほどに乱射してくるせいで、こちらからの手数は大幅に減って散発になってしまっているが仕方ない。


 モルヴィがレイスの魔法弾を立て続けに打ち砕いて消し飛ばし、レヴァンテも剣で斬り裂く。

 そんな一人と一匹に守られながらきっちりとレイスを丁寧に狙撃していくフェルと共に撃ち続けてなんとか少しずつレイスの数を減らした結果、やっと約30体のレイス全ての魔核を打ち砕いて消失させることができた。


 消失する間際まで飛び回りながら魔法弾を放ったレイス達は、死力を振り絞るかのように併せて呪縛魔法もどんどん強めていた。しかし最後の一体が消失した途端にその呪縛魔法は霧散した。


 もうしばらく浄化魔法を続けると言ったエリーゼを守るように全員が尚も警戒を続ける中、俺は皆に言う。

「呪縛魔法の正体が少し解って来た。次からは問答無用にぶっ飛ばした方がいいな。ただ、レイスは共鳴魔法とでも言うのかな…。補完し合って威力を上げていたみたいだった。レイス単体ではあそこまでの強度も範囲も実現出来ないと思う」


 魔法の効果範囲に入っていたからこそ身をもって理解、解析できた。エリーゼが掛けた精霊の守護のおかげで完全にレジストしていたとは言え、それが無ければ女神の指輪を持たないフェルは危なかったかもしれない。もちろんモルヴィが対抗できた可能性は高いんだけど、万が一を考えるとそんなこと試したくはない。


 奴らが発動していた呪縛魔法はその範囲に入るとまずは知覚に不調が起きるもので、続いてそれは精神へと干渉して酩酊状態になり身体の自由も損なわれる。そして術者であるレイスに隷属してしまう。

 そうやって捕らえた獲物から、レイスは力を吸収する。その際、レイスはやはり呪縛魔法を通じてドレインを行うのだ。MPのみならずHPも。

 状態異常と精神干渉、隷属、そして吸収までがセットになった魔法が呪縛魔法だということ。



 エリーゼが精霊魔法を停止して俺が一人で前に進んで扉と扉がある付近を調べ始めると、警戒の構えのままニーナが言う。

「これって、どう見てもボス部屋の扉だよね」

「一見そう見えるけど、違うんじゃない?」

 高級ポーションを飲んでいるエリーゼが疑問を口にして、それには俺も同意だ。違和感が大きい。


 これまでのダンジョンの各階層ではボス部屋の扉の前は広間でそこは安全地帯になっていたのに、ここは安全地帯どころか防衛するように魔物が待ち構えていた。

 しかし、転移ゲートでも明らかなようにこの第10層は特殊だ。これまでのパターンはもう通用しないと考えるべきなのだろうか。


 と、そんなことを並列思考で考え巡らせていると扉が動き始めた。


「総員そのまま警戒。扉が動き始めた」

 そう警告を発した俺は、皆が警戒態勢を取っている位置へ下がって剣を構えた。


 扉が勝手に開くなんて、もうここはボス部屋じゃないと言ってるようなものだろと、俺はそんなことを思っていた。



 ◇◇◇



 扉が少し開いた時に、気圧の違いで生じたような風が起きた。

 扉の方に引き込まれるほどでは無いが、レヴァンテはフェルをしっかりと掴まえている。


 隙間が大きくなって少しずつ見えてきたのは明るく広い空間、そして空だ。

 扉の先の床はすぐに途切れている。


 ガスランがぽつりと呟く。

「もしかしてフィールド階層?」

「そんな感じだな」


 扉が開き切ってしまう頃には風も鎮まる。そして辺りに更なる変化が起きた。

 完全に開いてしまった扉が消えていくのを皮切りに、今居る通路の床、壁。更には高い所に在る天井も全て変化していく。

 床や壁などを構成している物質に追加されている物は、魔核疎外結晶とそれに似たまた別の物。その解析は後回しにする。

 俺は床を指差しながら皆に言う。

「ここ、安全地帯になっていってるよ」

「え?」

「なにそれ」

 フェルとニーナはそう言って辺りを見渡し始めた。


 探査の結果今すぐの危険は無さそうだと告げて、まずは俺一人で扉があった場所へゆっくり近付く。

 近付くほどに視界が広がって来て見えてきたものは、遥か遠くに見える塔のような建造物。そして、俺が居るこの位置がとんでも無く高い場所であることが判ってくる。

 垂直の壁、そのかなりの高さの所に扉は在ったのだ。手摺も何も無いその縁に更に近付いて俺は下を見下ろし、続けて上を見上げる。そしてもう一度下を見た。


「上は見えないな…。下は…、下までは千メートルと言ったところか」

 俺はそんな独り言を言った。

 眼下は草原や林、緩やかな起伏がある土地だということが見えている。泉のようなものも在る。魔物の反応が幾つか感じられる。


 周囲の垂直の壁を見ても、下まで降りる為の手がかりのようなものは見当たらない。それどころか、光沢さえ有りそうな程に磨き上げられているような状態だ。

 俺は皆の方に振り返る。

「近付いてもいいけど、落ちないように気を付けて。凄く高いから」


「…っ!」

「これは…」

「凄い」

「あの塔は何だろ」


 警戒は解かずに近付いた皆が口々にそんなことを言った。

 フィールド階層を初めて目にするフェルはほぼ絶句している。

 そしてエリーゼ達も、以前見たオークの集落があったあのフィールド階層とはまた趣きが全く異なるその景色に心を揺さぶられている様子だ。


 レヴァンテは塔の方を眺めていたが、すぐに壁や下、そして上空を見上げる。

「上は幻影ですね。それでも結構高さはありますが」

「そうなのか。俺はよく判らなかった」

「ここはちょうど半分ぐらいの高さです」


 その時地上をずっと見ていたエリーゼが少し硬い口調に変わって言う。

「シュン、この反応って…」

「うん、ギガントサイクロプスだな」

「は?」

「えっ」

「……」


「距離があるから今のところ捉えることが出来た反応は近いとこだけなんだけど、林の中に居るのは全てサイクロプス。そしてギガントサイクロプスも複数確認済み。多分だけど、かなりの数が居るんじゃないかと思う」

 俺がそう説明すると、ガスランは目をキラキラさせ始める。それはフェルも同様。


 ニーナは顔を顰めている。

「ギガントがたくさんなんて、いきなりハードル上がり過ぎじゃない? 塔も不気味だし」

「ここを降りることが出来る冒険者ならばってことなんだろうね」

 エリーゼはそう言ってサイクロプスが居る下を覗き込むと続けて呟く。

人喰い巨人サイクロプスの階層…」


「ここが第11層ってことなのかな?」

 フェルのその疑問には誰も自信を持った答えは返せない。

 俺はフェルに向かって頷きながら言う。

「10層をちゃんと探索してからの方がいいけど、おそらくはそういうことなんだろうと思うよ」

「そうね。10層はまだまだかなり広いわ。そっちを探索してからにしましょ」

 ニーナは首を横に振って皆を見渡しながらそう言った。


 俺の脳内にチラッと、第9層で見つけた縦穴シャフトのことがよぎる。

 もしかして、あの底はこのフィールド階層と何か関わりがある場所なのだろうか。

 ふとそんなことを思った。



 ◇◇◇



 全員でゲートをくぐる。第11層(仮)に後ろ髪は引かれるが、ダンジョンフロントでフレイヤさんが待っている。


 ゲートの光が消えてダンジョンの入り口に着いた。

 扉を開けて外が見えるとフェルとガスランは少し興奮気味。

「わぁ、ホントに出てきた」

「便利…」


 そこにはギルドの職員や衛兵、領兵達に混じってフレイヤさんがニコニコと微笑む姿。

「皆、お帰りなさい。そろそろだろうと思って待ってたわ」

 と言ってるけど、エリーゼが今から上がりますと電話で連絡入れてたんだよね。


「ただいま、フレイヤ。皆もご苦労さま」

 ニーナは兵達にも労いの言葉を掛ける。

 兵達は全員最敬礼。


 フェルとモルヴィをまとめて抱き締めているフレイヤさんに俺は言う。

「お疲れさまですフレイヤさん。いろいろ報告したいことが多いです」

 フェルから少し身体を離して頭を撫で始めたフレイヤさんがコクリと頷く。

「ギルド出張所に行きましょ。最近街で評判の美味しいケーキも買ってきてるから。フェルちゃん絶対気に入るわよ」

「ケーキ!」

 ミュー…!

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