第261話
事情を説明した俺は、続けてその職員に言う。
「仲間が待ってるんで俺達は戻ります。あまり遅くなると心配かけるんで」
「分かりました。こちらはギルマスに報告して対応を協議することになると思いますので…」
「でしょうね。なるべく早めに全員で出てくるようにしますから」
「はい、お願いします」
そして俺達は出てきたゲートに再び入ると、同じように転移を発動させてまた10層に戻った。
「はやっ」
「おかえり」
「どうだった? その感じだと問題は無いっぽいね」
フェルとガスランは俺達の戻りが早かったことに驚いているというより面食らっている様子。
ニーナの問いかけに俺は答える。
「1層の入口のすぐ隣に出たよ。新しく扉が出来てた」
「そりゃ、外は大騒ぎになるんじゃない?」
ニーナのその指摘通りだ。
このダンジョンが、実は転移ゲートがあるとんでもないダンジョンだったということ。これが知れ渡ればギルドも冒険者達も、そして代官サイドも大騒ぎだろう。
その時、レヴァンテが口を開いた。
「シュンさん。第1層のゲートを見て、ラピスティがゲートを使える条件についての推測の補足があるそうです」
「あー、うん。俺も何となく解って来てる…。この10層のゲートを最初に使わないとダメなんだよな」
「お気づきでしたか。そうですね、第1層のゲートを使えるのはここ第10層のゲートをくぐった者だけだろうということです」
第1層のゲートも簡単に解析はしてきた。おそらくその通りだ。
フェルは首を傾げながらも、それでも理解は出来ている表情。
「それって上と下で条件が違うってことだよね」
「そう、ここ10層のゲートを使うことには特に条件は無いんだよ。敢えて言うならここまで辿り着いたということで資格アリってことだな。だけど1層のゲートは、こっちの10層ゲートを使ったことがある者だけが使える」
ふむふむと頷きながらエリーゼが言う。
「10層に降りただけじゃダメってことなのね」
「てことは、私達も使っとかないと1層から飛べないってことよ」
ニーナのその言葉でフェルもガスランもハッと気が付いたような顔に変わる。
さて、腹も空いてきているので話の続きは食事を摂りながらにした。
食事をしながらフェルは、転移でここまで来れることでダンジョン攻略の効率が上がることを嬉しそうに話している。俺はそれよりも、不自然な北の通路のことが今は気になっている。こんな近くに得体の知れない何かがあるのはまずい。
食事が終わるとすぐに、エリーゼは電話でフレイヤさんと話し始めた。電話はスピーカーモードにはしていないのに、フレイヤさんがとても驚いている様子が何となく伝わってくる。
エリーゼはフレイヤさんにこちらの状況をひと通り説明し終えて電話を切ると皆に言う。
「やっぱりまだダンジョンフロントからの報告は届いていないみたい。でもフレイヤさん、それが来たらすぐにダンジョンに来るって」
「自分の目で見たいだろうからな」
「ニーナ、こんな転移ゲートって他のダンジョンにも有るの?」
食べ終わった後の食器をクリーンで綺麗にしてそれを渡しながらフェルがニーナに尋ねた。俺もそれは気になっている。
「トラップ以外の転移のことは私は知らないわ。そもそもダンジョンでこんなゲートが発見されたなんて話も聞いたことないし」
「そうなんだ…。じゃあきっと世界初だね」
そう言ってニコニコ微笑むフェルに皆が微笑みを返し、俺も笑いながら言う。
「まあ、もう少し検証してから評価した方がいいけどな。実はやっぱりトラップでしたとかいうオチが有るかもしれない」
◇◇◇
翌日、俺達は気になっていた北の通路を進んでいる。
通路の先が暗くなっているのは何故なのか、まずはそれが気になっていて、更にはその先には何があるのか。
「ダンジョン自体の光が弱くなって暗い訳じゃないんだね」
近付いて来て分かったのは今エリーゼが言った通りで、ダンジョンの中を照らす明かりが弱くなっているんじゃなくて、暗くなっているところではその光が吸収されているということ。そしてそれは通路の先に行くほど強まっている。
そこでは闇魔法の何かが行使されているように俺は感じ始めている。
俺は皆に停止してここで警戒するように指示。そして続けて言う。
「ちょっとライト飛ばしてみるよ」
ガスランがヴォルメイスの盾を取り出して、フェルを自分の後ろに引っ張った。
そんな二人に頷いて、通路の奥の方に向き直ってからライトの光球をまずは自分達の頭上に出した。
その光球を通路の先へとゆっくり移動させていく。
100メートルほど先でライトの光球の輝きが急激に失われ始めた。
「あの辺からみたいだな…」
「シュン、なんか気持ち悪い感じがする」
ニーナが顔を顰めてそう言った。
闇魔法の第一人者であるニーナは闇魔法への感受性が一際高い。
引き続き光球を先に進めようとしたら、レヴァンテが俺の袖を引いて言う。
「シュンさん、一旦引きましょう。この闇は危ないです」
「何か解ったのか?」
「説明は後で」
という訳で俺達は退却。一旦広場の方まで戻る。
安全地帯に戻るとレヴァンテはひと息ついたような安堵した表情に変わった。
「60%の確率でラピスティが推測していることをお知らせします。あの闇魔法は、おそらくは『
「呪縛…? 隷属?」
そう言葉にした俺にレヴァンテは頷いた。
「この類の呪縛魔法を使うのは、死霊系の魔物です。悪魔種の一部にも使える者が居ますが、ダンジョンの中ですから魔物と考えるのが自然でしょう」
エリーゼが問う。
「死霊系と言うと、リッチとか?」
「リッチもそうですが、レイスの可能性が高いかと思います。リッチならもっとシンプルに眷属化の魔法を行使すると思われますし、リッチは極めて希少種ですから」
「あのまま先に進んでいたら、レイスに隷属させられて死ぬまで生き血を吸われてたってことか」
広義にはアンデッドに分類される死霊系の魔物だが、アンデッドの代表的な種であるゾンビやフェルの進化前の姿だったレブナントとはその出発点が異なる。
自然発生するゾンビは生まれる際に輪廻の輪から魂が降りてきてその器に定着する。その意味では人や他の動物、魔物と何ら違いはなく、生き物としての形が異なるだけだ。もちろん人などの死体を再利用して形作られた身体という意味では異形な物ではあるが。
死霊系はこの魂の出自が全く異なる。死霊系の魔物に宿る魂は、死後に輪廻の輪に戻ることなく世界に留まり続けていたものだ。その殆どは元は人間の魂。
総じて知力が高く、人間だった時の記憶を残している個体が多い。そして、だからこそ人間と同様の欲望や価値観に基づいた行動をとる。魔法に秀でた個体が多いのも特色であり、一体存在するだけで災害級と評される場合もある。
肉体を持つリッチは悪魔種にカテゴライズする学者も居る。その理由は、人間社会に隠れ潜んでいた記録があるからだ。
それと比べて厳密な意味での肉体を持たないレイスは、闇に潜み人や魔物を罠にかけるようにして捕らえて、その力を奪って生きながらえていると言われる。
◇◇◇
通路の先が見通せる北門。そこは広場を囲う壁が途切れて北に続く通路が始まる所だから門と呼んで良いだろう。
その場所に座り込んで考える。もちろん異変が起きないか見張っておくためにここに陣取った訳だが、通路の先の暗い所に変化はない。
「何となくだけど、俺達の存在には気が付いてると思うんだよな」
「はい、おそらくは…。レイスやリッチは神の視点と同等の視覚を持っていると言われていますから」
俺にそう応じたレヴァンテの方にフェルが顔を向ける。
「この安全地帯の中も見えてるのかな?」
「見えていると考えていた方がいいですね。魔核疎外は知力が高ければレジスト可能なんですよね」
後半は俺へ確認するようにこっちを見たレヴァンテがそう言った。
それに頷いて俺は答える。
「そう。知力勝負だよ。人間並みの知力とかだったら全く意味が無いと思っていい」
じっと通路の先を見つめたままでニーナが言う。
「こっちに来ないというのは、来たくても来れない理由があるってことかな」
「俺もそれ考えてた。何かがあの先には在るんだろうな。そいつをそこに縛るものか、そいつが傍から離れず守る必要があるものか」
先頭は俺。そしてその後ろにはフェルとエリーゼ、ニーナが続き、最後尾にはレヴァンテとガスラン。
エリーゼが普段より前に居るのは意味がある。精霊魔法だ。攻防両方で。
さっきと同じ所まで近付いた所で全員立ち止まる。そしてエリーゼ。
「じゃあ掛けるよ」
「うん、頼んだ」
目を閉じて集中したエリーゼが発動させたのは精霊魔法。俺達全員を光が包んだ。
『精霊の守護』
これこそが真の絶対防御だと言える魔法。
いや、女神の指輪に不満がある訳じゃないよ。指輪はパッシブに効いてくれる物だからそれはそれでとても重宝しているからね。
目を開いたエリーゼが皆を見渡しながら言う。
「効果は30分ぐらいだから。それで一旦キリを付けようね」
「「「「「了解(了解です)」」」」」
続けてニーナの隠蔽魔法がやはり全員に掛けられる。
帝国でフェイリスから教えを受けて以来、ニーナの隠蔽は精度がひと段階上がっている。魔力消費は逆に減ったと本人は嬉しそうにそう言っていた。
通路を進む。
そして俺の合図でまた停止。そこはライトの光球を飛ばした所よりもかなり進んだ位置だ。
俺の横に立ったエリーゼがまた目を閉じて魔法の準備に入る。
邪を祓う精霊の浄化魔法が発動を開始した。
以前のような上空に魔法陣が広がる形ではなく、エリーゼから浄化の風が舞い上がり、それがゆっくりと通路に広がりながら前方へと吹きそよいでいく。
デュュュュュュュ…
デュュュュュ…
突然、耳障りな音。いや何者かの声が響き始める。
それは、こちらを威嚇する類ではなく苦しさのあまり上げてしまった声のように聞こえる。
そして暗かったこの一帯の通路がみるみるうちに明るくなってくる。
フェルが息を呑む音が微かに聴こえた。
俺は鑑定を始めている。
「見えてきた。隠蔽も解けてきている」
「1、2、3、…」
数を数え始めていたニーナが途中でやめた。
「30は居る」
ガスランが補足するように呟いた。
50メートルほど先には壁と見慣れた感もあるダンジョンのボス部屋の扉がある。その前に立ち並んでいると言っていいのか、そいつらは床の上1メートルから2メートルほどの位置に浮いている。おぼろげに体の線が見えるようで見えない。これはまだ残っている隠蔽のせいだけじゃなく、実体が定まっていないからだ。
しかし、おそらくは精霊魔法に反応しているのだろう魔核がぼんやりと青紫色の光を発している。確か、通常なら無色透明のはずのレイスの魔核だ。
「レイスだ。精霊の浄化魔法がかなり効いてる。警戒体勢のまま様子を見よう」
「「「「了解」」」」
「シュン、浄化で倒しきるまでにはならないと思うから」
エリーゼが魔法の制御を続けながら視線は敵から外さず俺にそう言った。
「分かった」
レイスが発していた声も途切れ、更に青紫の色が濃くなって頃合いだと思った俺は全員へ指示。
「ガスランはエリーゼを、レヴァンテはフェルを守れ。ニーナは重力障壁の準備。フェル、俺と一緒に雷撃だ。青く光っている所を狙え」
「「「「「了解(了解です)」」」」」
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