第260話

 撤退と決めればさっさと引く。

 冒険者にとって逃げ足が速いのはとても大事なことだ。今、現在進行形で敵に追われている訳では無いんだけど、君子危うきに近寄らず。


 そういう訳で俺達は第9層の中間安全地帯から当初の予定通りに先に進む。目指すは正規のルート(?)での第10層。


 ところで、グリーディサーペント討伐を含めた今回のダンジョン攻略でレベルアップした皆のステータス上昇がまたもや半端じゃない。

 特にフェル。

 MPはそろそろガスランに追い付く勢いだし、剣術レベルも上がっていてそれはニーナと並んだ。

 だからと言って剣術が互角になった訳では無いのが、スキルの難しい所だ。まあ当然と言えば当然なんだが、スキルをしっかり自分のものとして生かせる術というのは何もせずに身に着く訳ではない。特に武術の場合は、ステータスの特性を最大限に発揮できる体術や他のスキルも習熟し総合的にうまく使えてこそその真価を発揮する。

 言い換えるなら剣術レベルが上がったということは、その段階のスタートラインに立ったという意味だ。そこに至ったのはフェルの努力の賜物であることに間違いは無いが、同じレベルでもまだまだ上には上が居るし、もっと訓練して経験も積んでいくべきなのだ。



 ◇◇◇



 第10層に降りてから1週間が過ぎた。

 予定していた今回の攻略期間の半分が過ぎたので、そろそろ街に帰ることを考え始めていた俺達だが、第10層の奇抜さがかなり面白くて帰りたいと思う者は全く居ないのは事実である。


 通路で囲まれた10層のそれぞれの広場には、全くと言っていい程に同じ物が無い。そして各広場、そのスペースは奥に行くに従って次第に一つ一つの広さは大きなものになってきている。

 最初に遭遇したワーグばかりの所、そしてゴブリンだらけやミノタウロスの所など。出現する魔物の種類が多い。初めてラミアの群れを見た時には目を疑った。


 そしてこの日は、通路が少し傾斜してきたことに気が付く。

 やはりすぐに気が付いたエリーゼが

「下り坂になってきたね」

 そう言うとニーナが首を傾げ、ガスランは眉を顰める。

「ダンジョンで坂なんて初めてだよね」

「フィールド階層の中でしか見たことがない」


 実際にはダンジョンの入り口すぐの所には下り坂が在ると言えばある。だが、こんなに長いものは初めてだ。

 そしてこの通路が下っていく分だけ天井部分の高さが上がっていく。

 ダンジョンの階層の天井の高さはガーゴイルが空を飛んでくる第9層でかなり高くなっていた。そしてこの第10層ではそれ以上に高くなっていたのが、更に高くなってきているということ。

 気が付けば、通路の分岐やそろそろあってもいいはずの広場の入り口を示す壁が途切れた箇所もなく、通路が一本道のように続きそれは下り坂。

 立ち止まってマップで確認すると、これまで探索してきた範囲から一つ飛び出た辺りに俺達は向かっていることが判った。


 まだかなり距離はあるが、この通路の先には壁があるのが見えている。一見するとそこは行き止まりのように見える。でも、その突き当りの壁の色合いが異なっているのが遠目からも分かっている。

 ニーナがフェルに、その壁の方を指差して言う。

「あの行き止まり、なんかあるよね」

「壁の色が違うけど、もしかして壊せるのかな」


 いや、そうじゃない。

「壁があるように見えているが、あれは多分幻影だ」

「うん、探査ではあそこに壁は無いよ。あの先には結構広い場所がある」


「え?」

「は?」

「……」


 俺とエリーゼが通路の先のことをそう説明すると、フェルとニーナとガスランの三人は呆気にとられた顔をした。

 俺はレヴァンテも含めた全員に向けて言う。

「あの先に探査で魔物の反応が有る訳じゃない。だけど慎重に近付いた方がいいな」

「了解」

「なんだろ」

「幻影って…、何の為?」

 口々にそんなことを言いながら俺達は歩き続けた。



 第10層の通路も当然ながら安全地帯ではない。魔物は自分達のテリトリーであるそれぞれの広場から出て通路をうろつくことは無いが、獲物を見つけた時は話は別。実験してみた結果、ある程度は通路に出て追いかけてくるのが分かっている。


「ん、ここから安全地帯だよ」

 通路を更に進み、幻影のようなものがある行き止まりにあと30メートルの所で俺はそれに気が付いた。


 そこは行き止まりのように見えるが行き止まりではない。

 幻影だと言ったことがあっさりと裏付けられるように、近付くほどにその壁は紛い物だということが目で見てもはっきり判るようになってくる。特に安全地帯に入ってからはそれが顕著だ。

 幻影の目的やその意味は不明。

 近付いてひと通り調べてみてから、俺はその実体のない壁の中を通り抜ける。


「ダンジョンの照明以外では珍しい光魔法だ。やっぱり単なる幻影だよ。中は広場になっていて中央に建物がある」

 すぐに通路側に戻った俺は皆にそう言った。


 この幻影はホログラムのような物に近いと言えばいいだろうか。しかし、中からは外の様子はハッキリ見えるのだ。外からは壁と見せかけて視界を遮っているが中からは綺麗に通路の様子が見えていた。


 全員が壁の幻影を抜けて広場の中へと入った。

 その広場は小さめの宿場町程度はあるだろう。

 円形にダンジョンの壁に囲まれていて、今俺達が入って来た真南方向と正対する真北と真東、真西それぞれにも通路が見えている。東西南北全てに通路が見えているということ。

 そしてこの広場の中央には人工物のような建物がある。

 形は石造りの家というより壁が二つしかない箱。色合いは少し白っぽい。平らな屋根がある。壁は東西の二つの側だけで、南側と北側は壁が無い。俺達が広場に入ってきた南側からその建物を見るとその壁が無い所を通して建物の向こう側の様子が見通せる。

 建物の高さは約5メートルで、横幅はそれより少し広い。南北の奥行きはそれよりかなり短めだろうか。どうかすると少し奥行きの有る門のようにも見える。


「この広場の中も全て安全地帯だよ」

 床の材質を再確認した俺はそう言った。綺麗な石畳が継ぎ目がなく敷き詰められていて、その石畳全てに魔核疎外結晶が散りばめられている。

 広場の内側に面したダンジョンの壁面と天井も同じだ。


 第10層に降りてからは初めての安全地帯。これまで10層での野営は全て通路でしていた。俺が作った魔核疎外結界が大活躍だったのは言うまでもない。

 魔力源にしている魔石の消費が速いが、どうせ交代で見張りは居るのでその見張り役が頃合いを見て魔石の交換もしていた。



 広場の内壁に沿ってぐるっと一周して確認した俺は全員に言う。

「取り敢えず異常は無し。東と西は10層に降りてすぐの通路のような感じで分岐があって通路に囲まれた魔物が居る広場がありそうな雰囲気だった。北側はちょっと特別。通路が続いているがすぐには分岐がありそうな感じじゃないし、先の方が暗くなっててよく見えない」

「探査ではどの方向にも特に気配は無かったよ」

 俺と一緒に一周したエリーゼがそう補足した。


 皆は少し早いけどテントを張ったり野営の準備をして貰っていた。

 テントは建物から少し離れた所に設営。

 この建物。何の為の物なのかサッパリ分からない。近付いて鑑定もしてみたけどかなり頑丈なダンジョンの壁に匹敵する石造りだということと、丁寧にこの建物にも魔核疎外結晶が散りばめられていることだけは分かった。


 その時、建物に近付いていたフェルが声を上げた。

「皆、来て! 文字が浮かび上がってきたよ!」

 レヴァンテが真っ先に反応するが、モルヴィがフェルの肩の上でノンビリしている様子なのを見るとそのスピードを緩めた。


 行ってみると確かに文字が天井部分の石の側面、南に面した所に浮かんでいた。

 その文字が浮かんだ所をフェルは少し離れて下から見上げている。

「この建物に魔力流して見たの。そしたらカチッと音がして、文字が出てきた」

「魔力流してみたって…」

 ニーナは少し呆れているが、わざわざそんなことをする発想は俺達には無いかもしれない。

 俺は単純に感心している。

「凄いな。こりゃ大発見だぞフェル」

「えへへ、そう?」

「でも、何でもかんでも魔力流すのはダメ。何が起きるか分からないでしょ」

 と、エリーゼは小言を言うことは忘れていない。

「そうよ。ひと言、皆に言ってからにしないと」

 ニーナもそう言った。


 ごめんなさいと少ししょげてしまったフェルの頭を、ガスランがポンポンと軽く叩いた。そしてエリーゼ達には見えない角度から親指を上げてニヤリと笑った。フェルもこっそりとガスランに親指を上げている。


 俺もフェルに微笑んでから、

「だけどこの文字は…、古代語なのか?」

 そう言って書き写し始める。


 すぐにその文字は消えてしまうかと思っていたらそんなことは無く、浮かび上がったままだ。


「シュンさん、読みましょうか?」

「あ、そっか。レヴァンテ古代語読めるのか」

 何気にそんなことを言ってきたレヴァンテに俺は早速お願いすることに。


「これは古代語ですが、正しくは西方古代語ですね。当時は西方文字と呼ばれていました。主に魔族が用いていた文字です」

 それは初耳。古代語に更にそんな区分けがあったなんて。


「最初は、『資格ある者のゲート』…。そう書かれています。資格に関しての詳しい説明はありませんが、どうやらダンジョンの第1層と行き来が出来るようです」


「え?」

「はあ?」

「げっ」

「やった!」

 単純に喜んでいるのはフェルだ。

 俺はレヴァンテをじっと見つめながら言う。

「転移ゲートってことか…」

「そうですね。説明の内容が事実ならば、二点間固定転移魔法を任意発動できる物でしょう。そして対応する所にも同じゲートがあるのだと思います」

「双方向か…。魔法陣じゃなくてゲートになってるんだな」

 それにしても、さっき一応は鑑定と探査もしているのにこの建物、いやゲートからは何も感じられなかった。


「ずっと休眠状態だったようですが、今はスタンバイ状態だと思います。文字が消えていないのがその証でしょう。というのがラピスティの見解です」


 俺はゲートの中の壁、床、天井を探査と鑑定と解析をフル動員させて調べ始める。

 すると、見えてきた。



 ◇◇◇



「どうする。試してみる?」

 ニーナのその言葉にはガスランが真っ先に嫌そうな顔。

 エリーゼもどちらかと言うと気が進まない感じ。

 俺は試してみるべきだと思っている。神殿で転移トラップに引っ掛かったことは忘れていないが、今回のはトラップの類ではないという気がしている。

 レヴァンテはそんな微妙な空気を感じ取ったのだろう。

「私が試しに使ってみましょうか」

 そう言って俺を見つめた。


「とんだ先が本当に第1層かそれを確認するのは、俺が行った方が早いんだよな」

 俺がそう言うとレヴァンテが頷いた。

 俯瞰視点で確認済みの所が少しでも視界に入ればすぐに俺には判る。


「資格ある者ってのは?」

 フェルがそれを尋ねてきた。

「それも含めて確認ってことだけど、おそらく今のゲートの状態から考えるとそこはクリアできてる気がする。再起動させたフェルだけ特別というなら話は別だけどな」


「ラピスティは、第9層からこの第10層に降りてきた者ということじゃないかと言っています」

「あー、なるほど」

 自力で第10層にあるこのゲートまで辿り着いた者という意味だ。

 それは即ち、第1層に在るはずの対になっているゲートの方も、そこから転移できるのはそういう者だけということになる。

 いきなり誰もが第10層に飛んでこれる訳ではないということだ。


 フェルもその意味が理解できてきたようでコクコクと頷き始めた。

「ということは、今の時点でゲートが使えるのは私達とバステフマークの人達ってことだよね」

 そう言ったフェルに俺はその通りと頷いた。

「推測通りならそういうことになるな。まあ、もしかしたら俺達が知らないだけで他にも10層に辿り着いた人が居るかもしれないけど」



 ウィルさん達バステフマークの五人は、俺達が今回ダンジョンに潜って少し経った頃にガルエ樹海から戻ってきたという話をフレイヤさんから聞いている。ウィルさん達が樹海の調査団の警護をしたのは確かこれで二度目だ。今回は帝国の学者が数名それに同行していたはずで、王国と帝国の合同調査という話が実際に進行している。



 ゲートを綿密に解析した結果、その発動方法など細かいことも見えてきている。だからトラップではないと俺は思っているのだが、俺が解析できない隠されたトラップが有ればそれはまた違う話になる。


 今回はなんとなく、これは真っ当なものじゃないかという思いが強い。

 この第10層のゲートがある広場の、あたかもここに滞在しなさいと言っているような造りなど、ダンジョンの思惑やその真意は不明だが、ここはその思惑に乗ってみようと俺は考えている。


 さて、そういう訳で俺とレヴァンテとエリーゼはゲートの中に入る。

 いざとなったらニーナの座標を頼りにレヴァンテが飛んでくれるだろう。万が一ダンジョンの外に飛ばされたとしても、俺のマーキングとは異なりレヴァンテがラピスティや俺達と張っている魔法的パスはダンジョンに阻害されないことは判っている。

 これは、魔法的パスはその強さというものに段階があるのか、それともパスとしてのルートが異なるのか。それについてレヴァンテとラピスティも交えて議論と考察をしたのだが、それはまた別の話。



「んじゃ、ちょっと行ってくる」

「はい、いってらっしゃい。気を付けてね」

 ニーナはビフレスタに飛んだ時の事があるので割と気軽な感じ。

 フェルは少し心配そうに言う。

「すぐ戻って来てよ」

「気を付けて」

 ガスランは探査持ちが不在になることを気にしていて、自分が警戒をしなければと思っている。まあガスランもかなり気配察知は出来るし、モルヴィも居るので俺はそれほど心配はしていない。


 ゲートは中に入って壁に手を当てて魔力を流すと発動する。これは誰でもいいし東西どちらの壁でもいい。ポイントは中心辺りの内側の壁に魔力を流すということ。


 発動するとゲートの中の壁も床も天井も微かに発光し始めた。

 南北両方の壁が無い面も光に包まれて外が見えなくなった次の瞬間、転移したことが判る。神殿のトラップの時のような酩酊感などが一切無いのはさすがだなと思う。


 そしてすぐに光が消えると、当然のようにゲートの外の様子が全く違っていた。


 俺達はゲートからゆっくり出て辺りを見渡す。

 そこは狭い部屋の中。壁や床などの色合いや雰囲気は1層の物とよく似ている。


 そして扉がある。ダンジョン内のボス部屋の扉とは明らかに違う小さな物。しかし人が三人程度は並んで出入りすることに十分な高さと幅だ。

「扉か…」

「開けるしか無いよね」

 目の前に在る扉を見てエリーゼが笑いながらそう応じた。


 人の生体魔力波に反応する扉かと思ったらこれも魔力を流す必要があったようで、どうやら生体魔力波と両方が必要みたい。

 そして、扉を開けて通り抜けた俺は、そこは第1層に降りる入り口のすぐ横だということを知る。もうダンジョンの外がすぐそこに見えている、そんな位置だ。


 俺の目の前には全員揃って目を見開いている衛兵たち数人の姿とギルド出張所の職員数名の姿がある。衛兵達は武器を構えた警戒を解いていない。

「シュンさん達でしたか。一体どこから?」

 よく知っている職員が俺達を見てそう言った。


 どうやら扉が開き始めて警戒していた様子。

 警戒していたら中から出てきたのが俺達だと知って、安堵と驚きと疑念がその場に居る全員に押し寄せているようだ。


「ダンジョン内の転移ゲートでここまで来ました。この扉はいつから現れたんですか?」

「報告を受けたのはつい先ほどです。突然入り口の横に扉が現れたと聞いて、ダンジョンの入場を停止したところです」

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