第250話 首都決戦②

 時空転移。

 デルネベウムとビフレスタという異なる時空の間を行き来した転移魔法。その解析は進まなかった。

 今回レヴァンテが行使して、女神が行使している時には全く見えないものが少しは見えたが、それでもおぼろげにという程度である。

 これは俺の時空魔法のレベルがまだ低いからなのか、それともまだ他に何か足りないものがあるのか。もしくはその両方か…。


 終焉の氷雪デルニアスブリザードの効果範囲から逃れる手段として考えたことは幾つかあった。吟味した末に、瞬間的に移動できるということ、そしてこの魔法の範囲の広さを特定できている訳ではないという理由から、この方法を選択した。

 事前に相談した際にレヴァンテはあっさり、造作もないことです、という返答をしてくれていた。



 さて、束の間の訪問でしかなかったが、にこやかに微笑んでまた来てくださいと言ったラピスティとドラゴンに見送られた俺達は、世界の暗転と歪みをまた感じてデルネベウムへと戻ってきた。


「お帰り…。で良いんだよね」

 ニーナが笑いながらそう言った。

 ガスランは少し驚いた表情。事前に解ってはいたし覚悟もしていたけどやっぱり実際に目の前に転移して来られてビックリという感じ。

 エリーゼがニッコリ微笑んで二人に応じる。

「うん、ただいまだよ。ビフレスタはいいとこだった。次はガスランも連れて行ってあげたい。感動すること間違いなし」


 俺達はニーナという座標に向けて転移してきた。レヴァンテはニーナと結んでいる魔法契約のパスを辿って時空転移を行使した。


 計画通りにニーナとガスランが今居る所は教皇国首都の南側。さっき俺達三人がゆっくり歩いて近付いて壁を壊しまくった首都の北側のちょうど反対側ということ。



 と、ノンビリ話してる時ではない。

 こっちでは終焉の氷雪デルニアスブリザードが行使されてまだ1分も経っていない。結構ビフレスタではゆっくり過ごしたが、それだけ時間が流れる速さが異なるということ。

 さあ、現実に戻ろう。俺は自分にそう言い聞かせる。


 俺は一気に広げた全力の探査で状況の確認を始めた。

 神魔法が行使されたことを明確に表しているような膨大な魔力がまだ渦巻いていて、それがノイズとなって探査にも影響はあるが駐留地を離れ距離を取って散開していた帝国軍の全軍が無事なのは確認できた。

「範囲の広さは前回と同じみたいだ。中心点は違うみたいだけど」


 急激というのも生温いほどの温度変化がもたらした暴風はまだ吹き荒れている。しかし、教皇国が行使する終焉の氷雪デルニアスブリザードの特徴は作用領域として地上からの高さはそんなに高くはない。

 それは魔力の消費量を抑える為だと思われる。空中を飛んでいる敵に対するならまだしも、人間相手の場合まずそんな敵は居ない。高さは20メートルほどに設定してその分横の広がりを増やす方が地上の敵を片付ける為ならば理に適っている。


 ニーナはまだ隕石爆弾を落としている。

 準備している大岩は残り約50個だと言う。


「聞くと見るじゃ大違いだ。こんなに大きかったなんて俺も予想外だよ。隕石は大正解だな、ニーナ」

 ニーナの隕石投下の様子を感心しながら見た俺が心からの称賛の言葉を言うと、ニーナはエッヘンとふんぞり返った。

「任せて。いろいろ考えてたんだよ、攻城戦になるのは判り切ってたからね」

 今回の巨大な岩は自然に有るこんな大きな物を採取してきた訳では無い。以前からニーナの投石用としてある程度大きな岩をニーナとガスランはちょくちょく集めていて、それを今回はエリーゼの硬化魔法で巨大な岩として固めた。だから自然の物よりはるかに硬いものになっている。巨大な鉄の塊が落ちてきたような感じだろう。


「さて、んじゃ仕上げに行くぞ」

「「「「了解(畏まりました)」」」」


 念のためにとニーナが掛けた隠蔽、それを纏った俺達は全速で首都の南門へ接近。走りながらニーナがまた大岩を城の真上に落とした。相変わらずの轟音。

「なんか隕石のサイズが更に大きくなってないか?」

「うん、今のは中くらいのよ」

「中って…、まだデカいのがあるのか…」

「とっておきのがあるからね」


 ガスランがニヤニヤしている。多分、そのとっておきって奴を見たことがあるんだろう。


 東側よりも民家など建物の残骸が多く残っている中を走り、予定していた位置で俺達は停止。首都外壁の南門から500メートル。こちら側はまだ壁は綺麗に残っていて、結界もこの辺りは別系統なので無事だ。


「撃つよ」

 ズギュギュギュンンンンッッッ!!!


 雷撃砲が南門一帯を完全破壊。

 俺とレヴァンテは北門でやったように引き続き壁をどんどん破壊していく。ガスランも敵兵が居るはずの塔の類を優先的に斬撃で破壊する。

「ガスラン斬撃の威力上がってない?」

 少し見えている教皇国兵に雷撃雨を降らせながらエリーゼがそう尋ねると、ガスランが答える。

「最近、ガンドゥーリルのパワーが上がった気がする」

 俺は壁に三連雷撃砲を撃つ手を止めずに言う。

「多分だけど、風魔法が発現したおかげだと思う」


 そう。ごく最近の話だがガスランに風魔法が発現した。レヴァンテの風撃を間近で何度も見たことが切っ掛けになったようだ。本人は次は土魔法を覚えたいと言ってたんだけどね。エリーゼが行使するいろいろと便利な土魔法に憧れていると。



 探査で見えている首都の中の人の状況は、ひとことで言うなら兵も民もパニック。

 北側からそして続けて南側からも一方的に攻められて、兵には既に統率されている印象は全くなく、住民達は幾つかある避難所のような所に向かっているようだ。

 外壁は北側と南側の両方で広い範囲が破壊されて、既に外と内を隔てる壁としての意味は無くなった。俺達が居る所からもたくさんの住居群や都市の中の通りが丸見えになっている。


 教皇国側は反撃も無くなり沈黙状態だ。

 もしまた氷雪魔法を撃たれる兆候が出たら全速で離脱する事にしているが、協調魔法という特性上、おそらくは短時間の間に連射は出来ないというのが俺とラピスティとで一致した見立て。


 そうやって壁の破壊がかなり進み、頃合いだと思った俺は皆に声を掛ける。

「そろそろ今日の締めくくりにしようか。ニーナも最後の一発を落としていいぞ」

 俺のその言葉でニーナがニヤリと笑みを浮かべて準備を開始。


 まだ壁があった状態でも見えていたが、今は視界が開けてかなり下の方までよく見えるようになった城が次のターゲット。

「撃つ」

 ズギュギュギュンンンンッッッ!!!


 見えている城の一番上から少し下を狙った雷撃砲が城を覆っていた結界を吹き飛ばして直撃。城の上層は消え去り、その下も連鎖するように崩れ始める。


 そこにニーナのとっておきが堕ちた。


 大きな爆裂音と妙に重いドシャッというような一気に潰れる音。そしてズズズズンッと俺達が居る所まで揺れが伝わってくる。

 壁外までにも弾け飛ぶ瓦礫や岩と共に大きな土煙が立ち昇る。



 教皇国首都の城は、その下層までほぼ完全に破壊された。城の周囲に在った内壁と合わせて、跡形もないと言ってもいい状態だ。

 政治そして魔法に関することの中心は大聖殿だろう。しかし、大都市の象徴、武力と防衛の象徴であったはずの城は無くなった。


 すぐ隣の大聖殿もかなりの影響は受けているはずだが予想していた通り、大聖殿の結界は更にそこ単独でも張られていた。

 しかし、今日はここまででいい。



 ◇◇◇



 一旦駐留地に帰った俺達は、その翌日には臨時の総司令部となっている新しい駐留地へ入った。そこは、最初の駐留地からは西の方向、首都からは更に距離を置いた位置に出来たばかりだ。


 俺達の作戦行動の間は別方面からの監視を行っていたステラもその司令部に来ていて、俺達を見ると顔をくしゃくしゃにして泣き出さんばかりに喜んだ。

「ありがとう。進展どころの話じゃないね。ここまで出来るなんて…」

「狙い通りにこの調子で住民が居なくなってくれれば、また違う攻め方が出来るな」


 既に俺達も情報として聞いたのは、俺達の攻撃が止んでしばらくして首都から人の流出が始まったこと。大半は住民だがその中には兵士も紛れ込んでいると言う。

 そうやって住民に紛れて逃げる兵も居れば、翌日からは帝国軍の駐留地の方まで来て投降する将校や兵士達も出てきているらしい。

 兵達の投降は予想以上だが住民が逃げるのは狙ったことだ。その為に壁が無意味な物になるように手間を掛けた。


 そして、その司令部には俺達もよく知っている人物が到着していた。

「シュン、皆もありがとう。よくやってくれた」

 レゴラスさんはそう言って俺達を抱き締めんばかりの様子で大歓迎した。

 聞けば、辺境伯軍は俺達の作戦開始の頃に軍団に合流したらしい。


 総司令官である帝国騎士団の団長とレゴラスさんら副官達数名との打ち合わせの場で、このまま一気に首都に乗り込もうという話が一部から出る。

 総司令官自身は慎重な姿勢だ。

 隣に座るレゴラスさんが俺に小声で訊いてくる。

「敵は、例の氷雪魔法はまだ撃てるんだよね」

「撃てますね。そこにはまだ手が出せてません。大聖殿を潰さないとダメですが、あそこにはちょっとおかしな物があるみたいです。それは単純に破壊するのは難しいものだと思われます。それとは別にあと…」

 囁くような声で俺はレゴラスさんに、強力な精神操作を行える者が居るんじゃないかという推測について話した。

「シュン、それって…」

「それはおそらく教皇自身なんだろうと思ってます。下手に近付くとそれに取り込まれる可能性があります」

 イレーネの精神操作は対象が男性限定ではあったが、帝国軍がそれで同士討ちをした聖域でのことはレゴラスさんもフェイリスから聞かされている話だ。

「離れていれば安全?」

「遠距離からの精神操作が出来るんだったら、多分既に仕掛けられてるはずですね」

「それは確かに」

「離れても効果は続くのかもしれません。でも少なくとも最初は近い距離だと思います。多分目視できるぐらいの距離でしょうね」


 その後、レゴラスさんの部屋でステラを交えて俺達全員での打ち合わせ。総司令官との調整はレゴラスさんがやってくれることになった。所詮俺達は臨時雇いのような傭兵のようなそんな立場だからね。



 ◇◇◇



 投降してきた教皇国の将校から聞き出せた情報を元に、俺達は地図を精査している。何度も近付いているので俯瞰視点も使った詳細な地図は作成済みだ。そして、以前から帝国が掴んでいた大聖殿の中の見取り図もそれに加わる。

 しかしその見取り図には載っていない更に深い地下での魔力の大きな動きを俺達は感知している。


 食料の備蓄が乏しくなっているだろうという情報もある。それは城を潰したせいだ。まあ、城の備蓄は無くなってもこの世界には収納魔法があるので実際の備蓄の残りは推し量る事しか出来ず参考情報でしか無い。

 大聖殿の中に今も残っているのは約500人の司祭や神官。そして兵は約三千人だという。当初は首都の中には最低でも7万人の兵が居るという話だったが、俺達の攻撃とその後の逃亡と投降でそこまで減ったのだろうか。


 この情報で一気に首都突入すべきという意見に大勢が傾いた。その程度の人数ならば終焉の氷雪デルニアスブリザードを撃つ時間を与えず短時間で制圧できるという話だ。

 その意見の人達は、大聖殿の近くに辿り着けば自爆する気でもない限り敵は自らを巻き込むようには魔法を撃てないだろうと考えている。俺はそれに関しては半信半疑だ。多少の影響はあるだろうが自分のすぐ周囲にも撃てるのではないか、そんな予想もしている。



 大勢がそんな強硬論に傾いた日の夜。

 レゴラスさんから依頼された俺達は再び偵察に赴いている。今回もステラが同行している。

 東からのルートにしたのは、以前の経験があるから。東側は先日の俺達の攻撃が及んでいない地域なので、様子もそれほど変わっていないだろうと見ている。


 教皇国側による壁上の見張りなどは既に機能しておらず、俺達は一気に壁際まで近付く。

 そして、そこから探査でじっくり見ていくことにする。

「大聖殿以外には人が居ないね…」

 そう言ったエリーゼは人数をカウントし始める。


 そうしている間も大聖殿には特に変化はなく、前回のような魂魄魔法の発動や大きな魔力の動きもこの日は感じられない。

 あの時に一瞬垣間見えた不気味な地下に在る何か。それが魔道具の類なのか生物なのか、その辺はまだ判らないが気配として何か邪悪なものを俺は感じてしまっている。それはエリーゼも同感だと言う。

 いずれにしてもそれが膨大な魔力を蓄えていることは間違いがなく、これをもし雷撃砲で撃ち抜いたら暴走して大災厄が起きる可能性は低くないと思っている。


 レゴラスさんから依頼された人数と配置の情報は得られたので帰ろうかと思い始めた時、俺は大聖殿の外に出て行こうとしている人の動きに気が付く。

「人が出てきた。何をしようとしている? 後を付けるか…」

 そんなことを言った俺をニーナが微笑を浮かべながら凝視する。

「ニーナ行こうか」

「オッケー、任せて」

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