第249話 首都決戦①

 どうしてこうなった。

 そう言いたい気持ちはあるが、エリーゼの思いはよく解っている。


 首都に向かってゆっくり歩いて進む俺達は三人。

 俺とレヴァンテ、そしてエリーゼだ。



 終焉の氷雪デルニアスブリザードからの離脱方法を説明してすぐにエリーゼが言ってきたことは、

「私も一緒に行くよ。これは決定事項だからね」

 怖さを感じさせるようなニッコリ微笑んでの、そんな一言だった。

「あ、はい…」

 しおらしく俺がそう応じるとガスランが笑っていた。ニーナもニヤニヤ笑っているが、ステラはまだ不安そうな顔だった。



 三人だけで進んで行く俺達はすぐに教皇国側にも知られるところとなった。目視でも見張りの兵たち数人がこちらを指差しているのが判る。

 そして矢が届く距離まで近付くと、狙撃兵なのだろう。矢が飛んでき始めた。

 彼らの腕は悪くは無いんだろうと思う。しかし相手が悪い。


 そうしているうちに魔法も放たれる。

 それらの全てがエリーゼの風の障壁でブロックされる。

 弓矢のような物理攻撃は風魔法によってその勢いは削がれ俺達に届くことはなく、そして魔法攻撃はエリーゼの風魔法による領域干渉に勝てず殆どが無効化される。


 壁の上に居る兵達が慌て始めている。

 次に出てくるのは何だろうと俺は思いながら、偵察の時にも確認していた壁を基点として張られている結界をもう一度解析する。


「シュン、なんか大きな魔道具みたいなのが出てきたよ」

「うん、火魔法だな。結界に連動している迎撃魔法と同じようなものだと思う」

「どうする?」

「一発は撃たせてみようか。いざとなったら雷撃で相殺する」

「了解。でも障壁張ったままでいいでしょ。ニーナの反射っぽいことやってみるよ」

「もちろん、いいよ」


 ゴオォォー、という音と共に吐き出されたのは火炎。

 そんなので届くのかなと思っていたら、炎の勢いはそのまま風魔法で火炎が真っすぐに俺達の方へ伸びた。

「いい組み合わせだけど、そのタイムラグは無くした方がいいぞ」

 俺はそう呟いて雷撃を撃つ準備。しかしエリーゼが領域の干渉力をひと段階上げて、逆風となる風魔法を発動。


 エリーゼによって逆進させられた火炎は、それを発動させた大きな魔道具に戻って行くが結界に阻まれた。

 結界は内からの攻撃は通すが外からのものは通さない。魔法の結果として残っている火や水などは物理結界がそれを阻む。

 この神殿オリジナルと言われる結界は実によく出来ていると俺も素直に感心している。帝国軍が攻めあぐねているのは終焉の氷雪デルニアスブリザードのせいだけでもないのだ。


 結界によって守られたが、壁上に居る兵達の動揺は大きい。まさか火炎が自分達の方に戻って来るとは思っていなかったのだろう。

 壁上の兵の動きが慌ただしくなり人数も増えてきた。

 そして壁の上のあちこちと幾つもの塔の上からの攻撃も俺達に降り注ぐようになってくる。矢と魔法が入り乱れて。


 レヴァンテが風撃を放つとその当たった個所を中心に結界が大きく揺らいだ。

「結界破れますね。もう少し威力を上げれば」

「…だろうな。でも派手にやらないと乗ってこないかもしれないから。それに、ついでに門の辺りも吹き飛ばすつもりだよ」

「雷撃砲ですか?」

「そう。レヴァンテに見せるのはもしかして初めてかな」


 こくこくと期待に満ちた顔で頷いたレヴァンテを見てエリーゼが微笑む。

 三人でそんな和気藹々とした雰囲気なのだが、俺達の周囲にはエリーゼに弾かれ続けている魔法や矢が飛び散っている。


 じゃ、そろそろ。そう言って俺は少し精神集中。


「さらに改造した新々レールガンだ。喰らえ」

 俺の前に広がったのは雷撃砲を放つ円盤が20個。5個ずつの四段構成。


「撃つ」

 ズギュギュギュンンンンッッッ!!!


 広く厚みもある大きな光が外壁の門に向かって走った。

 結界? 何それ。とでも言っているように一瞬のうちに結界も破り去った雷撃はそのまま門とその一帯の壁を広く消し飛ばした。射程はわざと短くしている。壁の中の住居群をなるべく壊さないため。

「エリーゼ」

「了解」


 エリーゼは既にベラスタルの弓を構えている。

 無くなった結界を嘲笑うかのように、ベラスタルの弓から100本以上の矢が同時に放たれた。付加されているのは雷撃雨だ。

 教皇国兵が多くいる壁の上、そして塔の上。更には壊れた壁の向こうに見えてきた兵士の方へ飛んだ矢がすぐに雷撃雨を降らせ始めた。

「レヴァンテ、壁を壊せるだけ壊していってくれ」

「畏まりました」

 という言葉が終わらないうちにレヴァンテの風撃が、俺が破壊した端から続けて壁を粉砕し始めた。

 エリーゼは第二波の雷撃雨を降らせる。


 雷撃砲を撃った直後から敵からの攻撃はほとんど止まってしまっている。

 俺は雷撃砲の第二射をレヴァンテが削っている壁とは反対側の壁に撃った。

 あっという間に、二人でかなりの範囲の壁を破壊してしまう。

 結界が再構築される様子はない。基点としている壁がこれだけ一気に破壊されたら再構築ではなく新しく構築し直すしかなく、それは当然のこと。


 その時感じ始めたのは異様な魔力の高まり。

「始まったな…」

 俺はそう言いながら、壁近くにまだ幾つか見えている物見の塔を雷撃砲の単発で消し飛ばしていく。

「協調魔法ですね。しかしこれは…」

「凄くスムーズだよな。気持ち悪いほどに」


 そう言った言葉通りにみるみるうちに魔法が構築されていく。結界が一つ無くなったおかげで、より一層はっきりと解析できている。

 魔力の流れは例の地下の貯蔵している何かが在る場所から。間違いない。


「じゃあ、嫌がらせシリーズ開始」

「了解」

 プッと笑いそうな顔になってエリーゼがそう応じた。

 レヴァンテは壁の破壊の手は止めず、更に警戒も緩めず。それでいて俺達の様子を見守っている。



 目をその方向に向けていた人には失明の危険が有るんじゃないかと思ってしまう。


 教皇国首都の中心部にある大聖殿と城。

 それらの周囲に張られている結界ごと隙間なく包み込むようにして巨大なライトの光球がびっしりと浮かんだ。光量は俺とエリーゼが出せる最大光量だ。

 防眩効果がある首飾りのおかげで俺とエリーゼには影響はない。そしてレヴァンテも平然とその光を見ている。


 そのレヴァンテが言う。

「構築は完了していますが、予想通り照準出来ないようですね」

「うん。ネタが割れてしまうとこんな物だろうな。でも油断は禁物。闇雲に撃ってくるかもしれないぞ」


 その時上空から大きな岩の塊が降ってくる。

 それは自然落下ではない異常なほどの加速をして城に向かって堕ちていく。

「ニーナか…、やっぱりやるんだな」

 おそらく結界に弾かれるぞとは言っておいたんだが、確かにこれだけ巨大なものが空から落ちてくるのは恐怖だ。しかも一つでは無い。狙ったその心理的な効果は納得できる。

 その落下に合わせて俺とエリーゼはライトを停止。


 とんでもない爆砕音が轟いた。それが二つ三つと続く。

 中心部に張られている結界が大きく揺らいで光を放っている。高い負荷が掛かっている証拠。結界によって弾かれた大岩は粉砕されて都市の中に飛び散っている。住民にはなるべく被害が及ばないようにすることは軍とも確認していたんだけど、これだと怪我人が出ているんじゃないかと心配になる。

 それにしても、意外とニーナのこの隕石爆弾でも結界は破れそうだなと思った時、魔法が発動し始めた。


「来たぞ…。レヴァンテ」

 レヴァンテが俺の方を見る。

「はい。ギリギリまで見届けるのですね」

「タイミングは任せる」


 エリーゼがぴったり寄り添った俺のもう片方の腕をレヴァンテが取った。これって、俺にとっては両手に花状態。戦場のど真ん中で何やってんだと思われそうだ。


 そんなことを考えていると、世界が暗転して歪んだ。



 ◇◇◇



 思わず閉じていた目を開くと、まるでここは天国なのかとそんな気分。

 天空に浮かんでいる俺達はゆっくりと下降している。

 自分と同じ高さに雲がある。

 そして見下ろした遥か下には見覚えがある景色。


「…っ!」

 俺にしがみ付いたまま息を呑んだエリーゼが、みるみるうちに笑顔に変わる。

「シュン! 凄いよ!」


 俺とエリーゼ、そしてレヴァンテの三名は、かつて俺がニーナと二人で降りた重力エレベーターの中に居る。重力エレペーターは完全に撤去したのかと思ってたけど、こっち側は残していたんだな。

 レヴァンテが俺達の方に向き直って言う。

「シュンさん、エリーゼ。ビフレスタへようこそ。シュンさんには、お帰りなさいませと言う方が正しいですね」

「あっ…、うん。お邪魔します」

 いやいや、俺んちじゃないしと思いながらそう答えた。

 エリーゼは興奮状態継続中。

「凄く綺麗な所…。優しい空気を感じるよ。穏やかで暖かい精霊の愛に溢れてる」

「エリーゼには判るのですね」

「うん。エルフなら感じるものだからね」

 精霊魔法が発現しているエリーゼなら尚更だろう。


 前回と同じように草原の中に降り立った俺達は、これもまた前回と同じように少し先の山荘風の建物へ進んだ。

 歩きながらレヴァンテが言う。

「シュンさん、クイーン達が喜んでるそうですよ」

「えっ、あいつらどこに居るんだ?」

「今は丁度ラピスティの傍ですね」

「そうか。元気に暮らしてるなら何よりだ」


 そして家の中に入ってひと休み。

 飲み物を飲んだりしていると探査に反応が出てきた。

「シュン、これって…」

「うん。デカい奴のお出ましみたいだな」


 レヴァンテがすぐに説明してくれる。

「シュンさん達を迎えに飛んできました」

「……迎え? そうか」


 この前も帰り際に少し顔は合わせているが、果たしてドラゴンとコミュニケーション取れるんだろうか。そもそもそんな疑問がある。

「心配しなくていいよ。大丈夫」

 いざとなったらやってしまえるから。そんな思いを込めて俺はエリーゼの手を握ってそう言った。



 家の外に出てドラゴンがやって来るのを待った。

 すぐに飛んでくる姿が見え始めてゆっくりとそれが大きくなってくる。


 舞い降りたドラゴンの背にレヴァンテに促されて俺とエリーゼは乗った。前回とは少し雰囲気が違い、ドラゴンは非常に穏やかな印象だ。確かにあれからいろんなことがあった。レヴァンテと俺達との関わりなどと併せてドラゴンにもそれらが伝わっているのだろう。

 興奮気味のエリーゼはドラゴンの背に頬を寄せて何かを確かめているような仕草。何してるんだろうと思ったら、ドラゴンの心臓の音を聞こうとしていると言う。


 エルフに伝わる古代の逸話だ。

 それは、とあるエルフの国の姫が賊に攫われてその身を汚されそうになった時、深い森の中で偶然耳にした鼓動のような音を頼りに逃げて助かったという逸話。

 鼓動に導かれるように森を抜けた所で待っていた若い雌のドラゴン、姫はその背に乗って無事に城に帰ることが出来た。姫を導いたのはそのドラゴンの心臓の鼓動。以後そのドラゴンと姫は終生変わらぬ友愛で結ばれ続けて共に穏やかに暮らしたと。



 そんな話を思い出しているうちに山の頂に到着。前回も解っていたラピスティの核があると推察していたところだ。

 そして、ドラゴンの背から降りた俺達の前に一人の姿が現れた。これもまたレヴィアオーブ。ラピスティの核も人を模した姿だったということ。


 穏やかな笑みを浮かべたその者は口を開いた。

「初めまして、ラピスティです。ずっとシュンさん達に直接会いたかったです」

 差し出された手を握り返して俺は思う。

 握手をする習慣はこの世界には無いはず。

 魔王から伝授されたんだろうなと、そんなことを思うと急に微笑ましくなってきて自然と笑顔になった。


 ラピスティの見た目は男の子。身長は小さい。150センチぐらいだろうか。

 ずっとレヴァンテ経由で会話をしていたような気がしているから、何となくのイメージとしてはもっと老成した人のイメージの方がしっくりくるのだが、実はその違和感はレヴァンテも同じように感じているということがすぐに判った。

「ラピスティ、その子どもの姿は何ですか」

 と、レヴァンテは身も蓋もないことを言う。

 いたずらっ子のような笑みを浮かべたラピスティから聞いてみると、俺達に会う為にこの姿に変えたそうだ。


「あまり長居は出来ないから、先にクイーン達に会っておこうかな」

 俺がそう言うとラピスティは頷いた。

「今呼びましたから、すぐに来ます」


 探査で見えていて近くに居るのは判っていた。

 すぐにキラーアントの群れがやって来た。


 キュッ、キュッ…


 クイーンを先頭に近付いてきたその群れは皆が触角を震わせている。

 クイーンに近付くと、クイーンはその顔を俺の顔に寄せてきた。

「元気そうだな。うん、俺達も元気だよ」


 エリーゼもキラーアント達に囲まれて触角での歓迎を受けている。


 レヴァンテがしみじみとした口調で言う。

「シュンさん達は本当に好かれてるんですね」

「一宿一飯の恩って奴だろうけどな」

 俺がそう答えるとレヴァンテとラピスティは笑った。



 キラーアント達が去ってからレヴァンテが静かな声で言う。

「良かったです。クイーン達がシュンさん達にまた会うことが出来て」

「うん…。そろそろ寿命なんだな」

「その通りです。既に次のクイーンも生まれていますから…、種としてそれは彼女も理解しています」

「そうか…。あいつに言ってやってくれ。お前は良い母親だった。立派なクイーンだったって」

「はい、必ず伝えます」

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