第251話 首都決戦③

 それは男女一人ずつの二人組。

 探査で彼らの動きに勘付いた俺はニーナと共に大聖殿近くに飛んで、既に大聖殿の外に出てきている彼らから少し離れた所に降り立った。

 男は一見軽装備の兵士かと思えるような剣や防具を身に着けているが、神官ならではのローブもその上から羽織っている。

 女の方も同様のローブを羽織っている。フードは被っていないせいでその長いブロンドの髪が見えていて、こちらは武装はしていない。


 二人は時折、何ごとか会話しながら通りを歩いている。

 ニーナの隕石の影響だろう。この辺りの建物はことごとく粉砕されてしまっていて、そんな瓦礫の間を縫うようにして二人は歩みを進める。その足取りの様子はこの瓦礫に埋もれた足元が悪い中であってもしっかりと目的の場所へ向かっている、そんな印象だ。


 大聖殿から15分ほど歩いて二人は立ち止まった。そして一軒の半壊状態の石造りの建物へ入る。二階建ての二階部分はかなり損傷しているものの一階部分は無事なようだ。

 ここは城から見れば大聖殿がある方向とはほぼ真逆の反対側。ニーナのとっておき巨岩による徹底した城の破壊の余波は当然この辺りにも及んでいるが、殊更に頑丈な造りのおかげで全壊には至らなかったのだろうかと思ったら、その建物に結界が張られていた痕跡を俺は感じ取れた。おそらくは今入って行った二人組が結界を解除したばかり。


 小さな声でニーナの耳元で囁く。

「この建物には強力なものじゃないけど対物結界が張られていたようだ」

「……」

 特別な場所なのね。と目で応じたニーナに俺は頷く。


 建物に入った二人は、一階から地下室に降りて行く。

 俺が地面の方を指差してニーナにそのことを伝えると、コクリと首を縦に振ってからニーナは小声で言う。

「何かを隠してるのかしら。結界と言い、住民も遠ざけてたんだよね」

「うん、そうだろうな」


 地下三階程度の深さまで降りた二人組は、今度は水平方向に移動を始めた。その先は城。正確に言うなら城が在った方向だ。

「地下通路…。城の地下に通じてるようだな」


 城は破壊されたが地下部分はまだ無事な所があるのだろう。

 二人組はどんどん進んで、城の真下部分で停まった。


 建物の中は意外と広いようで、俺はその中で彼らの様子を見ることにする。行けそうなら地下通路の中を追ってみようと考えている。

 建物に入ってすぐの広間にその両側にある部屋。そして広間の奥、突き当りにはまた部屋がある。その横には二階への階段。

 地下への階段は奥の部屋の中に在る。俺とニーナは二階に上がる階段を昇って、踊り場で座った。そこからは半壊した二階部分の瓦礫があって上には昇れない。

 二人組は停まった所からそれほど動いていない。

「奴らは戻って来るんじゃないかと思う」

「だよね。そうすれば地下を調べられそうね」


 少し待っていると動きが出て来る。

 やはり二人はこちらに戻ってきている。

「城の地下に何かが在るんだろうな」

「隠し通路に武器や非常食を置いておくというのはよくある話よ。城から逃げる時に持って行けるようにしているの」

「あっ、なるほど…。そういう可能性もあるのか。…ん、そろそろ出て来る」


 ニーナの隠蔽は掛かったままなので、じっと身を潜めて静かにしておく。建物の中の暗さと階段の踊り場部分なこともあって下からは俺達の姿は全く見えない。


 荷物を抱えた二人は階段を上がってきて広間まで戻ると揃って息を吐いた。

「思ってた通り、こっち側は崩れてなかったな」

「良かった。資材庫が無事で…。アレスの言うとおりだったね」

「たくさん食べていいぞ。二人だけの秘密だ」

「嬉しい。今日は何も食べてなかったの」


 踊り場から階下の方に首を伸ばして見ていると、そんな言葉を交わした二人は広間に在るテーブルに灯りの魔道具を置いて早速、非常食か何かの食べ物の包みを開けて食べ始めた。

 首都内の食料などの備蓄は少なくなっているのではないかという推測は外れては居ないようだ。むしろひっ迫している感じ。

 水は魔道具さえあれば困ることは無い。しかし食料となると話は別。大聖殿にも備蓄はあるはずだが、全員に行き渡るほどの備えは無いということなのだろうか。


 ガツガツと二人は食事を続ける。

 俺とニーナは静かにそれが終わるのを待っている。

 何故か女神の指輪がククッと微かに震えた。


 彼らからいろいろ話を聞きたいと思わない訳ではない。でも今すぐ彼らをスタンで眠らせたり拘束したりという選択肢はない。ここまで敵が忍び込んでいるかもしれないという疑いを持たれることは現時点では避けたい。


 食事を終えた二人が次に始めたことは、予想出来ない訳でも無かった。

 吐息を漏らす女と息遣いが荒くなった男。

 俺達にとって幸いなのは、彼らは広間の隣の別室で事を始めてくれたこと。

 ニーナは呆れかえっているが何も言わない。


 俺が気になっているのは、互いの身体をまさぐり合いながら言っていた彼らの言葉。

「この身も心も教皇様の物なのに、やっぱり貴方が欲しい。こんな気持ちになったのは久しぶりよ」

「不敬なことは解っている。だが俺も今は強く感じる。お前を取り戻したい」


 ふむ…。洗脳? そんな感じのものが解けてきているのか?


 俺はニーナに合図をして地下に降りる階段へ向かう。もちろん隠蔽は掛かったまま。だが、愛し合う二人はその確認作業に夢中なので仮に物音をたてたとしても早々気付くことも無いだろう。



 その地下通路は狭かった。

 天井は低く、横幅は人が二人並んで通るのがやっとという程度。俺は指向性を持たせたライトで先を照らしながら足早に進んだ。

 二人が停まっていた所はすぐに判った。石で囲われたような造りの通路の脇にドアがある。そのドアは少し開いたまま。

 そこは資材庫という呼び方が適切なのかは分からない。確かに建築の材料のような物もあるが武器や防具、そして魔道具の類。一番スペースを占めているのは食料だ。保存が利く物ばかりとは言えその種類も量も多い。

「結構たくさんあるのね」

 ニーナが久しぶりにその口を開いた。さっきの男女の営みが始まってからずっと静かだったけど、やっと調子を取り戻してきた様子。

「うん、これは間違っても敵に渡したくはないな…。全部貰っとこうか」

「賛成」


 二人で手分けしてさっさと片っ端から収納に仕舞いこんでいった。


 その後、気になっていたその通路の先へと俺達は進んだ。



 ◇◇◇



 そろそろ夜が明けようかという頃になって、俺達は総司令部がある駐留地に戻った。そのまま、主は不在だがレゴラスさんの部屋に入って全員で情報と認識の擦り合わせ。部屋はいつでも好きに使って構わないと言われている。


「じゃあ地下通路は、その家と城と大聖殿の地下を結んでいるのね」

「うん、城と大聖殿の間は崩落して通れなくなってたけど、その隠れ家みたいな所と城の間は通れた」

 エリーゼにそう答えた俺は、大聖殿の見取り図を出してその通路が繋がっていると思える箇所を示した。

「真っすぐ繋がってるみたいだからこの辺だと思う。多分隠し扉か何かで塞がれてるんだろうな。帝国の密偵も掴めてなかったってことは大聖殿の建て直しが終わった後に繋げたのかもしれない」


 今回の偵察で、敵の残っている人数などの情報に加えて兵糧が予想以上にひっ迫していること、精神操作系の術がやはり使われているのではないか、でもその効果は弱まっているのではないか。推測も含むがそんなことを知ることが出来た。

 言い換えると、教皇国、いや教皇は追い詰められているとも言える。

 しかし、神級魔法が行使される可能性。一旦発動するとその範囲の広さ故にそれから逃れることは非常に難しい。

 帝国軍も俺達も手詰まりなことは否めない。追い詰めているのに追い詰め切れていない。切り札はまだ教皇が持ち続けているという嫌な感じが俺にはずっとくすぶっている。

 何かの切っ掛けで互いに全てを滅ぼすような勢いでこの奇妙な均衡が崩れていくのではないか。そんな予感も感じている。



 ◇◇◇



 教皇国首都から膨大としか言えない魔力の蠢きが発生しているのが感じられたのは、その二日後の昼のことだった。魔法師でなくとも感じ取れるその強大さのせいで、今はそれほど人数は多くは無いがこの総司令部に待機している帝国軍の兵士達は浮足立っているようにも見えた。しかしすぐに取り決め通り配置に付いていく。


「シュン、何が起きてるか分かるか?」

 見張り台に上がろうとしていた俺を呼び止めてそう大きな声で訊いてきたのは総司令官だ。

「分かりません。ですが、前回以上の神魔法が飛んでくるのは間違いないでしょう。全軍を更に後方へ1キロ、出来れば5キロは下がらせた方がいいと思います」

「伝えきれるか分からないがやってみよう」


 俺達は急いで見張り台に昇って首都の方を見る。明らかにそこから感じられる不気味な蠢きはまだ続いている。

 しばらくして、魔力の流れに気付いた俺は北の駐留地の方を指差す。


 そして魔法が発動し始めた。

 一瞬で真っ白な霧に覆われたその一帯が凍り付く。

 ゴォォーッという風が唸る音。遅れて、渦を巻くような強い風が俺達が居る総司令部があるこの駐留地にも押し寄せた。


「わっ、これは…」

 吹き飛ばされそうになり手摺に掴まって思わずそんな声が出てしまう。

 一瞬遅れるがニーナの重力障壁が見張り台ごと俺達を包み込んだ。


 レヴァンテが俺に向かって言う。

「シュンさん。これまでと持続時間が違います」

「ああ、範囲も広いな」


 周囲の林の木々が引き抜かれたように宙に舞い、駐留地の建物が幾つか倒れ始める。屋根が飛んでしまった物も多い。


「レヴァンテ、事象改変の領域の高さは地上50メートルぐらいで間違いなさそうか」

「この干渉力を考えると氷雪の三倍。200メートルは上がった方がいいと思います。直撃の可能性が高まってますから、今は上に逃げるのが最善です」

「ニーナ行けるか?」

「行けるか、じゃないわよ! 行くに決まってる!」


 なるべくひと塊になるように身体を寄せ合いながらニーナの重力魔法に身を任せる。ステラもガスランが引っ張って連れて行く。

 これまでで最高の打ち上げ速度だったと思う。

 エリーゼが風を制御し始めてからは目を開けていられるようになってきた。


 しかしガクンと速度が落ちる。

 エリーゼは地上を見下ろして絶句。

 見ると、西に陣取っていた軍団の駐留地も同じく真っ白な霧に覆われていて、どうやら同時に二つ魔法を発動させたのだということが判ってくる。

 暴風はまだ吹き荒れている。


 そして目の前でまた一つ発動したのは、やはり終焉の氷雪デルニアスブリザード。総司令部が在った所が真っ白に染まった。地上を逃げていたら直撃されていたかもしれない。しかしニーナの重力魔法が強制停止させられたのもこいつからの影響だ。今、ニーナは高さを維持することに集中している。

「どんな魔法構築してるんだよ」

 俺は思わずそんな愚痴を言った。

 氷雪魔法としての改変領域の外側には干渉領域が出来上がっているのだ。


 レヴァンテが俺の手を掴んで言う。

「シュンさん、雷撃砲で相殺しましょう。それぞれに中心点があるはずです。そこを撃ち抜けば最低でも持続術式部分は定義破綻させられます」

「それしかなさそうだな。大聖殿を叩きたいが、こっちが先のようだ」


 しかし、それをすると言うことは特攻隊みたいなものだ。力関係を考えると近距離から雷撃砲を撃つ必要がある。

 探索、接近、撃破、離脱…。

 俺は並列思考フル稼働でシミュレーション…。

 侵食が使える余裕が出来ればいいんだが…。


 魔法の構築は今回も協調魔法だった。でもこれだけ連射している所だけを見ても、捨て身だということが判る。おそらくは何人もが命を落としている。協調の術者を使い捨てにしながら魔法を行使しているということだ。

 そして今回の制御はこれまでとは違う特別な方法。それが、あの地下に在る何かに関係しているような気がして仕方がない。



 俺はエリーゼをじっと見た。

 エリーゼは目を大きく見開く。そして首を横に振る。

 俺は小さく首を横に振った。


「レヴァンテ、ガスランとエリーゼとステラを連れてビフレスタへ退避してくれ」

「いや!」

 エリーゼが叫んだ。

「エリーゼ、俺はこんなとこじゃ死なない。だけど今は皆を守れるか分からないんだ。解ってくれ」

 唇を震わせているエリーゼをガスランが捕まえる。


 そうだ。さすが俺の兄弟。よく解ってるじゃないか。


 レヴァンテが俺に言う。 

「状況を見て戻ってきます」

「ああ、皆を頼む…。パスが無くなったらラピスティと何とかしてくれ」

「……」


 涙をポロポロと零しているエリーゼに俺は言う。

「愛してるよ、エリーゼ。世界の誰よりもお前が一番大切だ」

「シュン! シュン!」

 じたばたともがくエリーゼをガスランがしっかり押さえて俺を見て頷いた。


 そして、俺に頷いたレヴァンテがガスランとステラの腕を取って時空転移。


「さーて、ニーナ悪いな。付き合わせてしまって」

「何言ってんの。私を残さないと後でどんだけ言われるか怖かっただけでしょ。て言うか、そろそろ制御も厳しくなってきてるよ。魔法干渉力がこいつとんでもなく強い。さっきから落ちないので精いっぱい。降りられそうなとこもないし、正直、飛んだのは失敗だったかなって」

 ニーナはそう言って笑っている。

 そう。ニーナの重力魔法は限界が近い。この一帯は、あまりにも強力な事象改変とそれに付随する干渉で、他の魔法による改変を許さないような状況になってきている。ここから離れるかもっと高度を上げれば楽になったはずなのにそれすら出来なかった。


「まあ、地上だともっと早く詰んでただろうけどな」


 チラッと総司令部が在った駐屯地の方を見た。もうそこは、白く凍り付きただ瓦礫があるばかりの荒れた土地になってしまっている。レゴラスさんはどこに居たんだろうか。

 そんなことを考えながら俺は撃ち抜くポイントを探している。レヴァンテが言ったように、こんなに改変を持続させる為には何か核になっている部分が在るはずだ。


 間近でずっと見続けていて解析もある程度進んでいる。それで改めて、この神級魔法の本当の恐ろしさとはこういうことだったのかと俺はしみじみと感じている。

 昔の人に言いたい。

 ちゃんと、伝説でも神話でも何でもいいから後世に残しておいて欲しかった。

 

「ニーナ、重力魔法は引き受けるよ。まだ未熟だけど改変力勝負なら俺の方がいい」

「りょーかい。危なくなったら手伝うから」

 ニーナはそう言いながら高級ポーションを飲む。


 ガクンと高度が一旦落ちるが、すぐに俺は持ち直す。

 ニーナは風の制御を強めた。

「風の方が楽。何が違う?」

「闇魔法が相性悪いんだ」

「なるほど」


 そこに、また更にもう一つ発動の兆候。


「クソッ。そのケンカ買ってやるよ。この腐れ教皇が」

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