第244話 斜光の侵食
ニーナが斬り刻んだ賊の傷は見事に全てが手足の腱を切ったもので致命傷ではなかった。血が止まっていれば治癒の必要はないと判断して結局、俺は彼らにはほとんど治癒らしいことはしていない。
そして、宿場町で夜を明かした翌朝。
昨日のぐずぐずした天気が嘘のような快晴だ。
腹も満ちてゆっくり眠れたおかげか少しは落ち着いてきた様子の五人の女性。
彼女達に、レヴァンテの魔法で爆死した一人を除いた12名を拘束して聞き取りをしたこと、それから今後のことの話をする。
何人かが仇を討ちたいと訴えてくるが、貴女達が手を汚す必要はないと俺は答えた。
若い女性をただ解放しただけでは、また攫ってくれと言っているようなものである。賊が使っていた馬車と馬を押収して五人に使わせる事にして、必要な物と非常食などを分け与えた。馬は余ってしまうが連れて行くことにする。
「王国まで俺達も一緒に行く。だが何があるか分からないから、各自でちゃんと最低限の物は持っていて欲しい…。賊は他にもたくさん居るみたいだ。多くはここより南に移ってしまっているらしいが、油断はしないようにしよう。そういう意味で護身用の武器も渡しておく」
ガスランと二人で、これまでいろんな時にいろんな奴から押収した武器をその場に幾つも出して女性達に好きな物を選ばせた。
全員が短剣を選び、一人は長剣も手に取った。
「おっ、頼もしい」
俺がそう言って手持ちの剣帯を一つ取り出して渡すと、その女性は少しはにかみながら答える。
「結婚する前に冒険者をしていたことがあります。10代の頃のことですけど」
「そうですか…。どこかで時間とって剣の感触を思い出す為の訓練をしましょうか」
「はい、お願いします」
一瞬、その結婚相手はどうなったのだろうかと頭によぎるが、俺はそれには触れなかった。
女性達にも話したように状況はどうやら刻々と変化していて、王国に近い街道沿いで難民を待ち受けるように始まった難民狩りは、今ではいろんな所で発生しているようだ。それは帝国の大軍がこの主街道を南下したことと無関係ではない。
さて、気は進まないがやらなければならないことがある。
「じゃあ、そろそろやってしまうよ」
俺がそう言うとエリーゼは目を閉じた。
予め説明していた五人の女性は見届けたいと言ってこの場に居る。
宿場町の門を入ってすぐの広場のような場所に12名の男達を並べている。彼らの中にはもう気を失っている者は居ない。
そして、全員がこれから何が起きるのか理解しているようだ。きつく縛られたロープの縛めの中でもがき、目隠しをされたまま見回すように首を振って猿轡の下で何かを叫ぼうとしている。
俺はガスランと目が合う。
毅然とした表情でガスランは俺に頷いた。
ニーナは静かに男達を見ていて、その表情からはやっと変な気負いが無くなってきた感じが窺えた。
俺が発動させるのは光魔法。
少し発動に時間が掛かる。かなりの精神集中も必要。
「次に生まれ変わった時は、もうこんなことはしないでくれ」
準備が出来た俺はそう言ってから魔法を行使した。
12名の男達に一斉に魔法が作用する。
ピタリと、全員のもがいていた動きが止まった。
そして、光の侵食があっという間に彼らの身体を塵に変えた。
「
レヴァンテがポツリとそう呟いた。
◇◇◇
中途半端に破壊してしまった宿場町をどうするか悩んだ挙句に、また賊に悪用される可能性を考えて徹底的に破壊してしまおうという話になっている。
そういう話になると俄然やる気を見せるのが火魔法コンビだ。ニーナは取り敢えず壊してしまうとばかりに建物を一つずつ壊してその残骸を一箇所にまとめ始める。
ガスランとレヴァンテも柵の残りを全部なぎ倒し始めた。
俺とエリーゼは街道までたくさんの馬を引いて出て見物である。俺達の横で馬車の近くに立つ五人の女性も唖然とした顔でそんな三人の破壊活動を見ている。
「なあエリーゼ…、いつもの爆炎使えばいちいち壊す必要ないんじゃないか?」
俺がそう言うとエリーゼは吹き出した。
「そうだよね。うっぷん晴らしてるだけだと思うよ」
「あー…。ま、いっか」
「うん、いいことにしよ」
とは言え、燃やす物はなるべく狭い範囲にまとまっているに越したことはない。
倒してしまった柵も町の中央部分に集めてしまうと爆炎が発動する。
レヴァンテはその時には既に俺達の傍に避難して来ていた。
俺に向かってレヴァンテが何か言いかけるが、その声はニーナの爆炎の爆発音でかき消される。そこに続けてガスランの爆炎も。
長い時間燃え続けた炎がやっと鎮まった時には、宿場町だった所はその面影は全く残っていなかった。瓦礫の山を更に砕いて均してしまったニーナは、ひと仕事終えたと言いたげな晴れやかな笑顔を見せた。
「お疲れさん」
「ふぅ、スッキリしたわ」
そんな感じでいろいろとキリが付いて、気を取り直して街道を進み始めようと思ったその矢先に探査に反応有り。
それは俺達が来た西からの街道に現れた反応。
同時に気が付いたエリーゼが言う。
「あっ、きっとあの家族連れだよ」
「うん。間違いない。意外と早かったな」
「えっ? あのチビっ子たち?」
「ヒールで馬が元気になったからかな」
ニーナは少し嬉しそう。そしてガスランはちょっと冷静な分析。
待っていると、丘の上のようになっている西の街道の頂点にその馬車が見えてくる。
御者をしている男がすぐにこちらに気が付いた。
四人で手を振ると、男が馬車の中に声を掛けたのだろう。子どもたちが窓から顔を出してこちらを見て手を振り始めた。
俺達の元へ到着するとすぐに馬車から飛び降りてきた子どもたち。
ガスランが大人気である。
ガスランはニコニコ微笑んで一人ずつ抱え上げて頭を撫でている。
二家族の旦那二人と話して一緒に行こうという話になり、この際とばかりに賊から押収した馬を彼らの馬車の方にも増やした。これで速度も上がって馬の負担も減る。
俺達五人は取り敢えずはまだ騎乗のまま。そして馬車二台となった集団で街道を北上し王国を目指す。
◇◇◇
その後、順調に穏やかに進んだ俺達は日が暮れた街道沿いの停車場でテントを張っている。
子どもたちのおかげで賑やかな夕食の時間は楽しく過ぎた。ふとした時に塞ぎ込んでしまいがちな囚われていた五人もそんな雰囲気に救われている感じだった。
夜が更けていつものように最初の見張りをしている俺の傍には、これも最近ではいつものこととなったレヴァンテ、そしてニーナ。更には五人の女性のうち二人がまだ起きている。
「シュン…。昼はごめんね」
「ん? ああ、いいよ気にしなくて」
囁くような声でそう言ったニーナが言いたいことは解っている。
俺は読んでいた本から視線を上げてそう答えた。
自ら剣で処刑するつもりになっていたニーナを制して俺が処刑を執り行ったのだ。
「私がこの手で断罪すべきだと考えてた…。ここは王国じゃないけど私にはそうする責任があるって」
「知ってた。けど、それは間違ってる」
「うん…」
「たとえ王国内であったとしても一人で背負わなくていい」
「……ありがとう、シュン。今日は先に休むね」
「ん、おやすみ」
翌朝、朝食の前に俺がレヴァンテと剣を撃ち合っていると、ニーナが以前冒険者をしていたという女性に剣の素振りをさせ始めた。
何気に視界に入ってくるその女性の剣の振りはそこそこいい感じだった。
そしてガスランとエリーゼも準備運動を終えると剣を振り始める。
「シュンさん、余裕ですね。よそ見するなんて…」
「いや、たまたま視界に入ってるだけだよ」
レヴァンテの剣戟のスピードが上がる。
「わっ、ちょ…。急に」
と言いながらも俺もギアを一段上げる。
互いに持っているのは木剣で寸止めでやっているのだが、それでも剣の振りはかなり本気である。
その後長い間二人で割と本気モードで撃ち合って、レヴァンテの木剣が砕けたところで今日の訓練は終了。
「お疲れさん。今日もいい訓練が出来たよ」
「お疲れさまです…。でもどうして、いつも私の剣ばかり砕けるんでしょうか」
「まあ、木剣には俺相当慣れてるからな。その違いじゃないか」
「……よく考えてみます」
隊列の先頭はいつものように俺。馬車が二台続く。列の最後尾にはエリーゼとガスランとニーナ、レヴァンテの四人のうち二人が付くようにしている。
女性五人組は全員が馬車を操ることはそれほど問題なくできていて、順番を決めて交代しながら進んでいる。
余分があるなら自分達も防具を着けたいという申し出があったので、これまた過去に押収していた分から見繕った。胸当てやグローブ程度だが、ひと通りそうやって装備させてみるとこの一団は冒険者の団体だと見えなくもない。家族連れは二組の夫婦ともに最初から帯剣して防具も身に着けていたので余計にそんな印象が強くなった。
ゆっくり進む馬車の速度に合わせているので俺達の馬は割とノンビリモードだ。
天気も良いのでつい眠たくなったりする。
そんな様子に気が付いたのかそうじゃないのか、レヴァンテが話しかけてきた。
「シュンさん、光の侵食魔法のことを尋ねてもいいですか」
やっぱりそう来たかと俺は少し笑ってしまう。あの後すぐ訊いてくるんじゃないかと思ってたんだけどね。
「話せないことも有るけど、それでいいなら」
「はい、解っています…。私達は侵食は光の使徒だけが使える魔法という認識です。後に神殿が模倣したものは不完全なものでした」
レヴァンテが私達と言えば、まずそれはレヴァンテとラピスティということ。
「だろうな。フェイリスもそんなこと言ってた。うん、切っ掛けはルインオーブなんだ。だから最近のことだよ」
フェイリスに話を聞いたのはロフキュールに戻ってすぐだった。オルディスさんが光の古代の魔法についてはフェイリスが詳しいと言っていたからだ。
「けれど神殿の、ルインオーブのそれはシュンさんのもの程の完成度は無かったはずです」
「確かにあれはグロすぎる。俺もあれは使いたくない。それに、魔力消費が大きすぎるからあのまま人が発動させるのは結構厳しい」
「ということは、ルインオーブの侵食魔法を見てシュンさんが編み出したということですか?」
「うーん…、編み出したって言われるとこそばゆいんだけど。俺だったらこうするなって感じで改造したって感じだな。最初はあれに対抗する為に解析したんだよ。だけど光だからいろいろ見えてきて、それでなんとなく…。まあ原型なんかほとんど残ってないから改造と言うには度が過ぎてるのは事実」
「そう、ですか…」
レヴァンテは呆れるということではないが目をぱちくりと何度も瞬きをしながらそう言ったきり黙った。
しばらくしてレヴァンテはまた話し始める。
「侵食は…、魔族にとっては大きな脅威でした」
「ふむ…、解るような気がするが、魔王だったら対抗するのはそんなに難しいことじゃなかっただろ」
「それはそうですが…、どうしてそう思われるのですか?」
「重力障壁で簡単に防げるからな。隠してもしょうがないから言ってしまうけど」
俺が笑いながらそう答えるとレヴァンテは少し微笑んだ。
「対抗手段も解析済みだったんですね」
「そりゃ当然。だけど重力障壁が使える魔族は少なかったんだろうな」
「おっしゃる通りです」
もっともヒューマンだってエルフにしても重力障壁なんてものが使える人材は滅多に居ない。それはレヴァンテが話している大昔でもそうだったはず。
ただ、侵食は光魔法属性を持っている者だったらレジストできる可能性がある。魔族には光属性を持つ者が皆無だからそこはかなり分が悪い。
レヴァンテとそんな話をしているうちに昼休憩の時間になってきた。
周囲の状況を確認して、街道の脇にある空地へ入ることにした俺は後ろにそれを伝える。
朝と昼はなるべく手軽に食べるような形にしているので、それほど時間はかからずに準備が整う。今のところ道中の食べ物は全て俺達が準備していた物で賄っている。俺達全員が大量に収納に持っているので、この人数でもそんなに影響はない。
家族連れの夫婦四人と五人組はいつも申し訳なさそうにするので、お茶を淹れたりということをエリーゼが彼女達にも頼んだりする。夜は敢えて調理の手間をかけることが多いので皆でやってるんだけどね。
丁度食事を全員が終えた時に探査に反応が現れる。
騎乗した18人。
いつフラグ立てたんだろうか、などと思いながらも皆へ警戒を呼び掛けて片付けを急がせる。
万が一の時の体勢などについてはずっと話をしてきているが、改めて指示。
「女性五人と子どもと奥さんはそれぞれの馬車の中。旦那さん二人は馬車の横でお願いしますね。但し戦闘は基本俺達五人でやります。絶対に自分からは仕掛けず、もし攻撃されても防御に専念してください。必ず俺達の誰かが助けますから」
「了解です」
元冒険者の女性が真っ先にそう応じた。
さあ、賊の姿が見えてきた。害意、悪意、殺意、凌辱の欲求の塊。いかにもという感じだ。冒険者風の俺達を見て、走る馬の上で何か話し合っている様子だったが、若い女が三人もいることの方に奴らは意義を見いだして色めき立つ方向に舵を切ったようだ。多勢に無勢とでも思ってるのだろう。
「容赦しなくていい。尋問の為に生かすのは俺がスタン撃つから、それ以外はやってしまっていいぞ」
「「「「了解!(分かりました)」」」」
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