第245話

 一応は正当防衛の体を取る事にしているので、遠距離で瞬殺してしまえるところを俺達は奴らが近付くのを待っている。

 近付くにつれてはっきりと判る下卑た笑いと期待に満ちた欲望塗れの表情。既に彼らの半数以上の頭の中では様々な妄想が膨らんでいるのかもしれない。


 話し合いなどにはならない。奴らがそのまま仕掛けてきたからだ。

 迷いなくスムーズに全員が攻撃の形に入った所を見ると、常日頃からこういう襲撃をやってるんだろうなと、俺はそんなことを思う。


 盾を装備した比較的重装備の六人が騎乗のまま突っ込んでくる。同時に弓を構える数人が足を停めて俺達に狙いを付け始めた。

 そして更に魔法の兆候が二つ。どちらも風魔法だ。


 ほぅ、野盗で魔法師ってのは珍しいんじゃないかな…。

 しかも対人の実戦で行使できるほどの使い手が二人。

 もしかして、こいつらは前に予想した傭兵崩れ(?)なのかもしれない。


「シュンさん」

 レヴァンテが言いたいことはすぐに解ったので俺は彼女をチラッと見て頷いた。

 スッと消えるようにレヴァンテが移動を始めた。見ていた者にしてみればレヴァンテは突然消えてしまったように感じるだろう。


 最も早く俺達に届いた攻撃は風魔法。

 しかし、バリッ、パリーンッッと、少し軽い音がしてその魔法は斬り裂かれる。

 一歩前に出たガスランがガンドゥーリルで魔法を斬り裂いていた。

 そして次には矢が飛んでくる。しかしそれが届く前にニーナの魔法が発動。矢は空中で弾かれて地面に落ちる。

 驚く弓使い達が次の矢を番える頃には、盾持ちが突っ込んできた。

 グシャッという音が響いて盾持ち達は馬ごと見えない壁にぶつかって潰れて弾き飛ばされる。いつもながら馬は可哀想だとは思うが、仕方ない。

「魔法だ。魔法使いが居るぞ!」

「広がれ、散開だ」


 ニーナが張ったベクトル反射オプション付きの重力障壁に突っ込んだ盾使いの一人はまだ息があることを確認した俺は、今の声で指揮官らしき男を特定してそいつにスタンを撃つ。

 そして、魔法を斬られるという未知の経験をしたからか動揺して次の魔法を撃つのが遅れていた敵の魔法師の背後には既にレヴァンテが居る。容赦しなくていいと言った俺の言葉通りに、レヴァンテは魔法師二人の首を刎ね飛ばした。

 またその時には、弓使い達は全員がエリーゼの矢の餌食となっていた。ことごとく顔や喉を貫通しているので即死だろう。

 残りはガスランが次々と斬り捨て始めている。文字通り体が真っ二つになってしまった者も居る。サイクロプスの手足を斬り飛ばせるガスランが本気でガンドゥーリルを振るえばそれは当然のこと。


 ガスランからは最も離れた位置にいる男が一人逃げようとしている。

 雷撃を撃とうと思ったら、ニーナの青い爆炎が発動した。いつもの見境ないものじゃなくてかなり小さな狙いを絞ったもの。但しとてつもない高温だ。おそらく馬と人の両方とも骨も残らない。

 そしてガスラン同様にレヴァンテが、最後に残った慌てふためいているばかりの奴を馬ごと斬り捨てると、それで戦闘は終了。今回俺は剣を抜くことはなかった。



 収められるものは一旦収納に入れたりしながら生きている馬は引っ張って、死んでいる馬と賊達の死体、そして奴らが持っていた武器などを集めて並べていくと改めて気が付いたことがある。

「こいつらの装備、馬具にしても結構いい物ばかりだな」

「私もそう思う」

 エリーゼが思案気にそう言った。


 そんな装備を引き剥がしたり所持品などの検分はガスランとレヴァンテに任せようとしたら家族連れの旦那二人も手伝うと言ってきた。馬車から降りてきた元冒険者の女性も。

「じゃあ…。手伝って貰おうかな」


 ガスランも頷いているのでその辺の指示は任せて、俺は生きてる奴らの相手を始めた。


 今回の尋問は俺とエリーゼの仕事。指揮官っぽかった男はなんとなく口が堅そうな感じがしているので最初からエリーゼに見極めて貰うつもり。

 盾持ちで生き残っていた奴は何度かキュアを掛けても意識が朦朧としていてどうやら話は聞けそうもない。なのでスタンで眠らせているこのグループの指揮官らしき男を目覚めさせた。

 すぐに覚醒した男は自分が身ぐるみ剥がれた上に縛られていることと俺達を見て状況を理解したのか睨み付け始める。そして口を開いた。

「さっさと殺せ」

「まあ、落ち着け。そんなに焦るな」

「……くっ」


 そこにガスランがやって来て俺に耳打ち。

 こいつらの装備はほとんどが教皇国軍の正規品のようだと教えてくれる。

 ガスランは、俺達に同行している家族連れの旦那衆二人、教皇国の鍛冶職人でもある二人が間違いないと太鼓判を押したと言う。専門家の証言ってことになるのかな。

 軍人から奪った可能性もあるが、こいつらは違う気がする。


 尋問を始める前に、指揮官っぽかったこいつが持っていたマジックバッグを俺は調べる。

 生体魔力波認証でロックされているので、本人は無理やり開けさせられると思っていただろうが、俺はさっさとロックを解除して中身を見始める。

 すぐに目的の物、この男の身分を証明するカードを二枚取り出した。

 一枚は冒険者ギルドのカード。そしてもう一枚は教皇国軍の軍人カード。


「ふーん、やっぱり傭兵か。だとすると難民狩りは上からの指示ってことなんだろうな」

 男は俺がバッグからカードを取り出した時には、なぜ? という顔になったが、今言った俺の言葉には聞こえないふりをしている様子だ。

 しかし俺の後ろに立つエリーゼが背中をちょんちょんと軽く突いてきた。

 図星か…。


 少し離れた所からの爆炎の音が聞こえてくる。

 これはニーナが馬と人の死体をまとめて焼いてしまっている音だ。

「今のはお前の仲間の死体を焼いている音だよ。生き残っているのはお前ともう一人だけだ。そいつもあまり長くないだろうけどな」

「……」


 その後、エリーゼの魔眼で見て貰いながらいろんな質問を投げていくうちに、こいつらはもっと大きな集団に属しているということも判ってきた。拠点としている場所は頑として吐かなかったが、もう一人の盾持ちの生き残りの方の意識が覚醒して来たのでそっちを尋問したらあっさり話してくれた。

 長くないだろうと言ったのはその通りで、その男は一旦はそうやって意識が戻ったもののまたすぐに昏睡状態になり、その後しばらくして息を引き取った。


 指揮官っぽかった男はレヴァンテが剣で斬首。

 これで今回襲ってきた奴らは全員死んだ。



 ◇◇◇



 俺達は次の停車場を馬車の速度を上げて目指している。なんとか完全に日が暮れてしまう前には到着したいところだ。

 隣で馬を走らせているエリーゼが言う。

「二手に分かれるんだよね?」

「うん、ちょっと街道から離れすぎてるからな。この人達だけ残してという訳にはいかないだろ」


「シュン誰を連れて行くつもりなの」

「今、考え中」

 エリーゼとニーナが気にしているのは、今夜行おうとしている襲撃の事だ。

 傭兵から聞き出した奴らの拠点は、今向かっている街道の停車場から馬で3時間ほど小街道を進んだ村。随分前に廃村になっていて住人は以前から居ないらしい。

 そこには仲間があと20人程度は居るようだ。宿場町の時と同様に囚われている人も居るかもしれない。


 考えているとは言ったが、俺の中ではほぼ結論は出ている。


 てきぱきと手分けして野営の準備、同時に食事の用意を始める女性達。鍛冶職人の奥さん二人は手際がいい。俺達が出した食材をどんどん調理していく。

 旦那二人は女性達の武器と装備のメンテを始めた。今回傭兵たちから押収した武器や装備の質がいいので、その辺も合わせて一人一人に見繕いながら次々とサイズを調整したりメンテも施している。もちろん押収した時に俺とエリーゼが徹底的にクリーンで綺麗にしているので女性達にもそれ程抵抗はないようだ。それ以前に、自分を守り生き抜くためには、血で汚れていようが誰が使っていたかなども気にしていられないという気概が女性達にも見える。

 当初五人の女性の中には、賊達から尊厳を踏みにじられ続け、親しい人も居なくなってしまった今の状況に絶望している雰囲気を漂わせる人も居たが、この短期間にかなり前向きになり生き抜こうという気持ちが現れてきたように感じる。


 出撃は夜遅くと決めていた。

 俺はレヴァンテに声を掛ける。

「一緒に行ってくれるか。今回は俺とお前だけになるが」

「喜んでお供します。シュンさんが悪と断じた者ならば躊躇いなく斬り捨てます」

 いや、なんだか。最近はレヴァンテが俺の家来のような物言いをすることが多いのだが、気のせいじゃないと思う。


「あ、うん…。頼りにしてるよ」



 その村は、割と頑丈な壁で囲われていた。確かにここに来て探査には魔物の反応が時折ある。それは近い所ではないのでこの村に今すぐ来るということは無さそうだが、普段から魔物への警戒が必要な土地ということなのだろう。

 それほど広く囲っている物ではないので、中の把握がてらレヴァンテと一緒に壁を一周してみた。懸念していた結界は探知結界のみ。それは門の所だけなのですぐに停止できる。


 レヴァンテが小声で訊いてくる。

「30人…、ぐらいですか?」

「探査では全部で31人。どうやらここにも囚われている人が居るみたいだな」


 見張り以外はほとんど眠っているようだが何人かは一軒の家の中でまだ起きている。

 村の入り口は二箇所。

 しかし見張りが居るのはそのうちの片方だけである。片方は常に閉じてしまっていて使っていないのだろう。


 見張りをしていた二人をスタンで眠らせて家の陰になる所で素早く縄で縛って転がした。猿轡も噛ませた。

 直前に打ち合わせた通りに、まずは眠っている奴らをスタンで片付けていく。

 何軒かの家に分散してそれぞれ5、6人ずつという感じ。家には鍵などは掛けられていないので簡単な仕事である。

 起きている奴らが居る家は後回しだ。


 そして、最後のその一軒に俺達は近付いた。

「中には8人居る」

「多いですね」

「おそらく男は4人。それと密着しているのが一人ずつ居る」

「あ、そういうことですか」

「そう。奴らにとってはお楽しみの時間ってことだな」


 それぞれが別々の部屋に居るので、騒ぎにならないよう仕方なく女性にもスタンを掛けて全員を眠らせていく。しかし最後の部屋だけは男だけにスタンを撃った。

 何が起きているのか分からない女性は、ぐったりしてしまった男の様子に驚き俺達の姿を見ると「えっ、誰?」と声を発した。

 その女性の上に乗ったままの裸の男を引っ張ってベッドの下に落としてしまったレヴァンテが静かな口調で言う。

「騒がないでください。助けに来ました」

 その言葉で女性は一層驚いた表情に変わる。


 まずは服を着て貰おうと思うが、その女性には首輪が付けられている。首輪から伸びるその鎖の一端はベッドに繋がっている。

「首輪の鍵がどこかにあるはずだ」

 俺がそう言って探そうとしているとレヴァンテが応える。

「いえ、大丈夫です。外します」

 レヴァンテはそう言うと、一瞬ほんのりと光った魔法で女性の首にはかすり傷一つ付けずに首輪だけを切り裂いた。


 服を着て貰う前にクリーンで綺麗にした。

 自分の身体や髪に触ってその女性はまた驚く。

「服はそれかな」

「はい、そうです」

 前開きのワンピースのような服にもクリーンを掛けてしまうと俺はそれを着ることを促した。驚いてばかりが続いている女性は隠すことも疎かになっていて、いろいろと見えてしまっているのだ。


 裸の男達四人をいつものように目隠し猿轡のフル装備で縛り上げて、残りの女性三人の首輪をレヴァンテが同じように外した。俺は女性達全員にクリーンを掛けてから、最初の女性に言う。

「服を着せてあげてくれるかな。俺達はもう一度男どもの所を一回りしてくるから」

 間違いなく騒ぎになるので女性三人はクリーンを掛けるだけでまだ起こさない。

 そして簡単に食べられるものと飲み物を取り出して渡した。更にお菓子も取り出した。エリーゼ達が大好きなスイーツだ。

「良かったらこれも食べて。あ、服着せるのは食べてからでもいいよ」



 ◇◇◇



 村に在った馬車はかなりいい物だった。そしてまたもや馬がたくさん居るが、流石に多すぎるので余った馬はそこで放つことにして、村の外に追いやった。もし勝手に付いてくるのが居たらそれはその時。

 女性四人を載せた馬車を御しているのはレヴァンテ。今回の四人はかなり衰弱が激しい。最初に話をした女性はまともな方だった。ポーションを飲ませて馬車の中で眠れるなら眠って貰うことにした。

 俺は先導する形で馬車の前を進む。

 停車場に着くのは夜が明けてからになるだろう。


 ん、そろそろかな。俺は後ろを振り返ってレヴァンテに言う。

「そろそろだから」


 そう言ってまた少し進んだ時に、後方から轟音が響いた。

 雷撃砲を幾つも同時に撃ったような凄まじい音。


 振り返ると大きなキノコ雲のようなものが立ち昇っているのがまだ残っている光に照らされて見えた。


 村とその周囲、そして探査で見えていた男達全員の反応も消えた。

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