第232話

 俺とニーナは二人で重力エレベーターの中を降り始めた。

 このメンバーの選択基準は重力魔法が使える者。


 俺は重力魔法はそれほど得意じゃないが、このエレベーターの重力魔法に対抗する程度のことは問題ない。 …と思う。


 まあ、いざとなったらニーナが助けてくれるだろうと割と気軽に考えている。


 足の下にライトの光を出して穴の中を煌々と照らしながら、この不思議なエレベーターの魔法に身を任せ少しずつ下に降りて行った。



 ◇◇◇



 その少し前。


 人型のレヴィアオーブの残骸を載せた担架が穴の中で消えて皆が警戒レベルを一段階引き上げた状態の中で、俺は解析から導き出した推測を全員に話した。

「見えなくなった後にマーキングが示したところは、別の時空…。としか説明がつかない。消えたのは、この俺達が居る時空とは違う別の時空に入ったせいだと思う。それは異空間とでも呼んだ方がいいかな」

「「「「「「……」」」」」」


 集団フリーズから一番早く復帰したのは、意外にもニーナ。

「もしかしてそこが奈落なの? 魔王と勇者が相打ちになって共に堕ちて行ったと言われている…」

「その可能性は高いと思う」

 相打ちになったという伝説については俺は違和感がとても大きいんだけど、今はそれには触れないでおく。


 ガスランが神妙な顔つきで訊いてくる。

「それは聖域で発生した閉鎖空間みたいなもの?」

 俺はその質問には首を横に振って答える。

「ルミエルが閉じ込められたあれは時空の秩序維持の結果、この時空から排除されるべきものとして自然現象的に切り離されたもの。だけど、ここのは違う。別の時空として意図して構築された物だ」


「異空間…」

 エリーゼが真剣に考えを巡らせる様子を窺わせながら呟いた。

 俺は説明を続ける。

「似たもので身近な例で言うならダンジョンだよ。解り易いのはフィールド階層」

「あっ…」

「あのイメージでいいのか」

 と、ニーナとガスランが少し安心したような雰囲気に変わった。


 俺はそんな二人に頷いて見せてから肝心な話を始める。

「誰がどうやって作ったかは置いといて、造りはそんなものだという理解でいいと思う。だけど問題はダンジョンとは大きく違う点があって…、この異空間は時間の流れが違う。俺達が居る時空よりもかなり速い」


「時間が…」

「…加速された空間」


 またもや全員が考え込んだ。

 そんな中、しばらくしてオルディスさんが口を開いた。

「その異空間が伝説にある奈落かどうかはともかくとして、そこにレヴィアオーブが在る可能性が高いということだよね」

「そうですね。おそらくレヴィアオーブはそこで間違いないと思ってます。これが壮大なトラップだとしたら話は別ですけど」



 ◇◇◇



 警戒はしながら、でもゆっくりな下降なのでニーナが小声で話しかけてくる。

「ところでシュン。この異空間はどのくらい時間が速いの?」

「正確な所は何とも言えないけど、人型にマーキング撃ち込んでただろ」

「頭がパンクしそうだって切っちゃったんでしょ」

「気持ち悪かったよ…。それで、それから伝わって来る情報量がとんでもなく多かったんだ」

「えっと…、それは時間が加速されているから?」

「そう。情報が一瞬で一気に押し寄せてきた。後追いで解析できたのは、人型は下に降りてから少し移動して、すぐにすごいスピードで再生が始まっていたこと」

「……ということは、またあれと戦うことになるのね」

「それな…。まあ、次は話し合いが出来るといいな」


「話する気無さそうだったよね…」

 そう呟くように言ったニーナはふと何かを思い付いたように俺の腕を突いて言う。

「でもおかしくない? ダンジョンの外と中みたいに探査とかマーキングは阻害されるような気がするんだけど」

「さっきエリーゼも、時空を超えて認識できるのはどうしてって不思議がってた。で、それにも同じ答えを返したんだけど、この重力エレベーターのおかげとしか言えない。行き来できるようにしているだけじゃなくてそういう意味でも二つの時空を繋いでるってことなんだろう。探査は出来ないんだよ。マーキングは探査から派生したものだけど、生体魔力波や魔力そのものを察知する探査と違って眷属化みたいな魔法的パスに近いからだと思う」


 おそらくレヴィアオーブ本体が分身の人型と繋がっていた魔法的パスも、重力エレベーターがあるから繋がっていられたんだろうなと俺は思っている。


 ニーナが続けて問いかけて来る。

「これの魔法解析は出来た?」

 ニーナがこれと言ってるのは、当然ながら重力エレベーターのことだ。


「全部は無理。魔法のレベルが足りない」

「闇はそうかもしれないけど時空魔法も?」

「残念ながら…、時空魔法部分も解析できないところがある」


「そっか…。それこそがレヴィアオーブならではなのね、きっと」



 その後は二人とも静かに下を注視しながら下降を続けた。

 そして、いよいよ近付いた事が判った俺が手を挙げて合図をすると、ニーナが重力エレベーターの作用に逆らうように俺と自分に重力魔法をかける。

 俺達は宙に浮いたままその場で停止した。

 ゆっくり下に引き寄せるエレベーターの力を感じているのだろう、ニーナが言う。

「干渉は強くないわ。さっきの担架の時と同じぐらい」

「拘束する用途じゃないからだろうな…。この高さを維持しててくれ」

「りょーかい」


 俺は自分達の下5メートルほどの所に迫っている時空の境界を調べる。

 眼で見ても境界は分かりやすい。ライトの光がそこで止まっているから。

 俺達に作用している重力魔法とはまた別の闇魔法がその境界にびっしりと隙間なく作用しているのが判った。

「まさに時空を安定させているのは闇の力、か…」



 再び重力エレベーターに身を任せて俺とニーナは下降を始めた。

 境界を通り過ぎる瞬間も特に違和感を感じることはなく、ただライトの光球が役に立たず漆黒の闇の中に入った。光球は灯っているのだが光は全て吸収されてしまうかのように周囲を照らしてはくれないのだ。それだけ闇の力が強く作用しているのだろう。


 しかしそんな漆黒も束の間。

 下がるにつれて足元から明るくなり始めると、一気に視界が開けた。

「ほう…、これは凄い」

「…っ!」


 俺達は空の上に居る。

 透明のチューブが真っすぐ垂直に天まで届けとばかりに立って居て、その中を俺とニーナはゆっくりと降りて行っているような、そんな状況。

 明るい陽射しと青い空。自分と同じ高さに雲がある。

「シュン、下に森が見えるよ。あっちは海? 湖かな?」

 雲の合間から見える地上は、水と緑が豊かなようだ。

「生物、動物は見当たらないな…」

 地上にも探査が届く高度まで下がってきたので俺は範囲を目いっぱいに広げた能動的探査を続けているが、反応は今のところ無い。


「ホントに、ダンジョンのフィールド階層みたい。でもあれより普通の感じ。王国のどっかの地方みたいな…。街が在って人が暮らしていてもおかしくないね」

「どっちが広いかなんて訊くなよ」

「……どっち?」

「判らないから訊くなって言ったんだ」

 俺が笑いながらそう答えるとニーナも満面の笑みを浮かべた。


「あー、なんか久しぶりの開放感よ」

 しばらく嬉しそうに景色を眺め続けてからそう言って背伸びをしたニーナに俺も全くの同感である。

「ずっと地下を潜ってきたからな…。やっぱり空が見えるってのはいい」

「だよね」


 しかし、こののどかな気分もそろそろ終わりのようだ。

 探査に見覚えがある反応が現れた。

「ニーナ、下にお出迎えが来てるみたいだ」

「了解…。あの子なんでしょ?」

「そう。もう再生してるし…。しかも完全復活みたいだな」


 こっちでどのくらいの時間が流れたのか正確には分からないが、あの人型を担架に載せてここに降ろしてあげてから俺とニーナが降りてくるまでの僅かな間に、この時空で過ぎた時間は一日や二日程度ではなさそうだ。それだけこの時空の時間の流れが速いということ。



 ◇◇◇



 何とも形容しがたい。まるで地球で構想だけは盛んに語られ続けている軌道エレベーターのような、神話に綴られていてもおかしくない天空を貫く神の塔のようなこの重力エレベーター。

 それが俺達をゆっくりと地上に降ろしていく速度は全く変わらないままだ。

 そして次第に肉眼でもハッキリと見えてきた。

 既に馴染みが深い感じさえ受けてしまう赤い髪が印象的な人型レヴィアオーブは、身動きもせずにただじっと俺達が降りてくる様子をエレベーターの終点から少し離れた位置から見上げている。

「あいつ、さっきと違う服着てるぞ」

「うん、さっきのは防具、戦闘用って感じだったのに。今は普段着? というより神官っぽいよね…。あ、て言うか、さっきのはシュンが手足と一緒に斬ってしまったじゃない。だから着替えたんだよ」

「それはそうかも知れないけど…。てっきり服も再生するのかと思ってた。鑑定でも何か判らない材質だったんだぞ、さっきの服」


 装いにそれを纏う者の意志が現れているのだとするなら、最早ここに至っては戦意は無いということを意味しているのだろうか。


 俺は何となくそんな印象を受けていた。


 人型が待っているもう少し先の木立の横には小さな建物が在るのも肉眼で見えている。この異空間に来て初めて目にするその建造物は山荘風の家だ。雰囲気的にはフェルと一緒に皆でひと冬を過ごした湖畔の公爵家の別荘に似た感じがする。



 俺達が地表間近になっても人型は身動きしないままだった。

「あいつ、目があるし…」

「ホントだ…。なんか途端に人間味があるよね。可愛い顔してるんだからいつも目を見せてればいいのに」

 俺達の呑気なその言葉通りで、さっき上で対峙した時には瞳孔が無い真っ白な眼球だったのが今は普通の人間と同じような目に変わっている。

「ふむ…。戦闘モードだと目を隠すのか?」


 人型と俺達は、ついさっき戦闘という名の殺し合いをしたばかりの関係だ。本来ならそんなことを悩んでいる場合ではないが、ここに来てから見て取れる戦意の無さが、俺にはやはり本物のように思える。同じようにそう感じてしまっているニーナも暢気に構えている様子だが、モード切り替えの速さは定評があるニーナだから、万が一でも心配は要らないだろう。

 もっとも、また戦うことになるなら今度はニーナに近付く間もなく一切容赦せずに全力で叩き潰す。瞬殺するつもりだ。必要なら雷撃砲も遠慮せずぶっ放す。ここなら崩落を心配する必要も無いしね。


 地表に降り立った時、人型はずっと見守っていた場所で地面に片膝を着いていた。

 その姿勢が意味することは敬意なのか、降伏を意味する恭順なのか。その両方か。


 その姿勢のまま顔を上げると奴はこう言った。

「先刻は失礼いたしました。お二方をこの地の客人として歓迎します」

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