第231話 重力エレベーター

 受けてしまった初撃で少し負傷していたニーナの治癒は既に状態を診始めているエリーゼに任せることにして、俺は人型レヴィアオーブの残骸を全て回収する。これもルインオーブ同様、俺が女神謹製財布と呼ぶマジックアイテムの中へ。


 それが終わると、警戒は続けたままニーナの治癒も兼ねて少し休憩しようと俺は皆に声を掛けた。


 階段部分に戻ってくる俺達をただ静かに待っていて、何だか心ここに在らずという様子に見えるオルディスさん達に俺は言う。

「まだ終わってません。レヴィアオーブの本体が残ってます。ですが、それはかなり離れた所にいるようです。今すぐの脅威は無いと思いますけど、警戒は最大限で継続しましょう」

 俺がそう言うと、オルディスさんは夢から醒めたような表情で言う。

「解った。そうか…。あー、それにしてもシュン、つい剣技に見入ってしまったよ」

 そう言ってオルディスさんは少し苦笑いを浮かべた。

 ポカンと口を開けて戦いに見惚れていた兵士二人だけではなくオルディスさん自身も同じように呆然としてしまっていたのを恥じている様子だ。

 俺はそんなオルディスさんに微笑みを返しながら答える。

「奴が手が二つで剣も一つだったので、助かりました」


「でもオクトゴーレムより相当強かったよね。そりゃ確かに、あれと違って手は二本だったけど」

 階段に座ってエリーゼの治癒を受けながら自分の横に座り込んでいるガスランにヒールを掛けていたニーナが、俺の言葉を聞いてそんなことを口にした。

 ガスランは渋い顔でボソッと言う。

「斬れなかった…」

 聖剣ガンドゥーリルに絶大な信頼を寄せるガスランにしてみれば割とショックなことなんだよね。気持ちはすごくよく解る。


「うん…。相性が悪いという言い方は少し変だけど、多分材質が似た者同士だからだと思う」

 俺がそう言うとガスランは俺の方を見て頷いた。

「それ、戦っている途中で感じた。ガンドゥーリルでガンドゥーリルを斬ろうとしているような、そんな感じ」


 これは口にはしないけど、もしかしたらガンドゥーリルとレヴィアオーブの製作者は同じかもしれないと俺はそうも思っている。



 オルディスさんと兵士二人も含めた全員で飲み物を飲んで少し落ち着いたところで俺はレヴィアオーブ本体のことについて説明を始める。

「人型も鑑定ではレヴィアオーブと見えたんですけど、本体と魔法的パスで繋がっていました。念入りに隠蔽されたそれは、眷属化の契約魔法に似たものですね」


 レヴィアオーブがまさに自分の血肉を分けた分身と繋がっていたような、そんな印象を俺は説明した。


「人型のレヴィアオーブと戦い終わって思うのは、レヴィアオーブはかなりの完成度の魔法生命体なんだろうなってことかな」

 俺のそのイメージの根本には、行動基準は違えど魔法生命体の一つの完成形としてのモルヴィの存在がある。フェルを唯一の主と認めて守護し一途な愛情を示している、フェルの愛猫のあのモルヴィだ。


 ニーナが首を傾げながら、しかしほとんど呆れているような顔で言う。

「教皇国の奴ら、本当に自分達の物に出来ると思ってたのかしら」

 俺もそれが疑問だ。

「マクレーンは自信と言うか確信があったみたいだった。でもこんな感じだとあいつら玉砕してただろうし。うまく逃げきれたら御の字ってとこだな」

 エリーゼは心底不思議そうな顔をして言う。

「何か秘策があったのかな」

 それに関してはオルディスさん。

「ひと通りの所持品のチェックと尋問した結果では、結界を破るためとかそんな魔道具はいろいろ持ってたんだけどね。肝心な所は自供でも大司教には資格があるからの一点張りだったよ。あれは何かの条件…、連中が言うその資格というものを信じ切ってたね」


 マクレーンは転生者だからということなんだろうな…。

 おそらく本体を調べれば、その詳しい適合の条件が判明するだろう。


 俺はもう一つ気がかりなことを話し始める。

「あと、今は気にしなくていいと思うけど…。ここの大掛かりな施設や仕掛けから考えると、神殿は最後の仕上げをしたんだろうと思う。オーブを封じたのは確かにそう。でもそれは最初から神殿の役割としてそうすることが決められていたんじゃないかと思ってる。要するに、レヴィアオーブを残した者と神殿はグルってこと」

「えっ…?」

「……」

 ニーナは大きな目を更に大きく見開いて驚く。

 ガスランは沈思黙考。

「人型が出現するのが凄く早かった。ルインオーブ消滅と連動してたみたいに」

 これはエリーゼ。

 エリーゼもそう感じていたんだな。


「俺がドレインしたせいで見えなくなってただけで、もしかしたらルインオーブとも魔法的パスが繋がっていたかもしれない」


 俺のその言葉を聞いて頷いたエリーゼは、俺の目下の最大の悩みを口にする。

「でも、それは魔王に神殿が協力したってことになるんだよね」

「俺もそこが気になってるよ。実はレヴィアオーブの所有者は替わっていたのか、ルインオーブは神殿が設置したんじゃないのか…。いろいろ考えてみてるんだけどね」


 考え込んでいたガスランが顔をくっと上げて言う。

「ガルエ神殿には魔族の遺体があった」

「そう。あの丁寧に安置された魔族の遺体を見てたから、俺も魔族と神殿の協力関係という構図が現実味があることとして浮かんだんだ」



 ◇◇◇



 俺の探査はフル稼働状態が継続中。


 人型レヴィアオーブが出てきた穴は、奴が出てきた時には直径3メートルぐらいの大きさまで広がっていた。そしてそれは俺達が人型を打ち倒すと閉じてしまうのではないかとも思っていたのだが、今のところその様子に変わりはない。


「警戒しててくれ。調べてみる」

 宝箱を開ける時のように俺以外の三人は少し下がった位置で注視する。


 穴の表面という言い方でいいのだろうか。

 床と同じ高さの所にモヤモヤした反応が有ることが判っている。

 それは穴を覆う膜のようにも見える。

 床と同じ高さまで目いっぱい水を張っているようなそんな感じだ。

 危害を加えてくるとかそういう類ではなく、これは重力エレベーターという呼び名が正しいだろう。


「闇魔法、重力魔法なのは間違いないけど…。この時空魔法との組み合わせは初めて見るな…」

 俺のその独り言にニーナが反応する。ニーナは極めて優秀な闇魔法使いだから敏感に同じ魔法属性を感知しているのだろう。

「この設置型の魔法をさっきの人型が使ってたんだよね。これで上がって来たんだ」

「そう。これは重力エレベーターだな」


 フェイリスの居城である帝都ルアデリスの帝国城に居候していた時、帝国魔法技術院が重力魔法を使ったエレペーターを試験的に設置していると聞いて見せて貰ったことがあるが、他の方式の物と同じように人が乗る箱が上下する仕組みになっていた。地球でおなじみのエレベーターと動力などは違うが基本的には同じようなもの。

 人が乗る箱そのものが重力魔法を発動させる魔道具になっていた。安全に配慮しているせいでスピードがとても遅くて実用的ではなかったけどね。斬新なものを期待していたので、正直、期待外れでがっかりした。


 今、目の前に在るこの重力エレベーターはそういう乗り物の類とは全く異なる。

 筒状になっているこの穴全体に魔法が作用していて、穴の上、それは何もない空中なんだけど、そこに立てば自動的に降ろしてくれそうな感じ。


 そんな解析した結果を皆に説明した。


「この魔法に任せて降りるの?」

 かなり嫌そうな口調でそう言ったエリーゼに俺は答える。

「トラップの可能性もあるし、まずはこれがどこまで降りて行くか確かめようか。そうだな…、プレゼントも届けたいし丁度いいかも。探査の仕込みと一緒に」

「プレゼント?」

「……」

 ニーナとガスランが首を傾げる。


「探査の仕込み…?」

 エリーゼは探査という単語に反応して疑問の声を上げたが、すぐに俺がやろうとしていることは察してくれたようだ。


「ということは、さっきの人型返してあげるんだ」

 エリーゼはホントに察しがイイ。

「解析も加工もできなそうな物持ってても仕方ないって言うか…。まあ、剣ぐらいは貰っとくけどね。それはフェイリスへのお土産だな」

「で、返してあげる人型にはマーキング撃ち込んどくのね」

「そういうこと。多分大丈夫だと思う」

 エリーゼと俺のそんなやり取りを聞いて、ガスランとニーナも理解したようだ。



 ◇◇◇



 そのままポイポイッと穴に放り込んでも良かったんだが、何だかそれは少し忍びない感じがしたので俺は担架を出して、そこに人型の残骸を綺麗に並べた。手足も元の位置になるようにして。方法は解らないから手足をくっ付けたりはしてない。

 仰向けに寝せたその顔は目を閉じている。瞳孔の部分が無かった異様な目が閉じられているせいで普通の人間の女性のように見えなくもない。模したのはおそらく魔族の女性の姿なんだろうけど。

 同じように顔を覗き込んでいたニーナが言う。

「この子、胴体だけになっても動きそうだったのに意外とあっさりしてたよね」

「ん? あー、こいつこれでもまだ生きてるよ。生きてるというと変だけど」

 えっ、とニーナは人型の赤い髪を整えるように撫でていた手を引っ込めて身体を引いた。


「うん、時間が経てばたぶん再生する。でもそれは自力だと何日もかかるんじゃないかな…。下手したら1ヶ月とか」

「てことは、今は休眠してるってこと?」

「眠っているというより麻痺してると言った方がいいかな。今は俺の雷の魔素がこいつの身体の中に大量に在る。斬った瞬間に直接体内に送り込まれてるから…。それの影響と手足を全部一気に切断されたせいでこいつの中の核となっている魔法が停止した状態」


 ニーナはふむふむと頷きながら言う。

「なんとなく理解はしたけど…。シュン、それ狙ってやったの?」

「まあ、正直言うと思ってた以上に上手くいった。でも、俺の剣に雷を纏わせれば斬れるだろうというのはかなり自信あったよ」



 担架の上の人型にマーキングを撃ち込むと、予想通りに有効になってくれた。モルヴィが初めて姿を見せた時に俺がマーキングを撃ち込んだら察知されて拒絶されたことがあったけど、この人型も覚醒状態だったら同じように拒絶したかもしれない。


 すぐにニーナが担架を浮かせて穴の真上に移動させる。

 いい? という顔で俺達を見たニーナに俺は声を掛ける。

「ゆっくり降ろして」

 ニーナは担架をじっと見ながら意を決したように息を吐くと、ゆっくり穴の中へ入るように担架を降ろした。


 床の高さまで降ろしたところでニーナが言う。

「干渉されてる」

「重力魔法をゆっくり弱めてみて」

「了解」


 持ち上げるニーナと下に降ろそうとする重力エレベーターの綱引きのようになっていた担架は、ニーナが譲る形で次第に下に降り始めた。


「もう私はリリースしてるよ」

「うん。降りる時はゆっくりなんだな」

 俺達は穴の縁から覗き込む。

 穴の中の暗さは分かっているので、担架には照明の小さな魔道具を灯りを点けたまま一緒に載せている。人型の顔の横に。


 少し速度が上がっているがそれでもゆっくりと担架は下に降りて行く。

 次第に小さくなっていって、あとどれくらい灯りが見えるだろうかと思った時。

 フッと灯りが消えた。

 そしてマーキングからの反応に異常が起きる。


 並列思考がすぐにフル稼働を開始するが、解釈が追い付かない。

 強い立ち眩みのようなものを感じながら、俺は皆に指示を出す。

「異常事態だ、総員警戒」

「「「了解」」」


 やろうとしていたことはオルディスさんにも説明して了承済みのこと。そして今回は彼らも階段部分に引き籠ってはいない。

 俺の警戒を呼び掛ける声と緊迫した俺達の様子に何か危機感のようなものを感じたのだろう、少し下がった位置に居る兵士達は緊張した面持ちで武器を構えて穴の方を警戒している。

 そしてやはり緊張した表情のオルディスさんが尋ねてくる。

「どうした?」

「途中で消えました」

 約200メートル降りた所だったとニーナが追加の説明をする。

「担架そのものへの重力制御に異常は見えなかったわ。だから、そこで突然自然落下になって落ちて行ったとかそういうのじゃなかった」

 更にそう言ったニーナの言葉を受けてオルディスさんが言う。

「何かのトラップなのか…?」

「もしかして転移トラップ…?」

 エリーゼが俺を見ながらそう言った。


 オーバークロック気味にフル稼働させたおかげか、並列思考での解釈が落ち着いて来てやっと少し余裕が出来た俺は、撃ち込んでいたマーキングとのリンクを解除してしまうと、エリーゼの疑問に応じる。


「いや、転移じゃないよ。でも、いよいよ降りてみるしかなくなった気がする」

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