第20章 奈落

第230話

 イゼルア帝国で当初軍需品として開発された高級MP回復ポーションは、その回復量と回復スピードにおいて一般的なポーションとは格段の差がある。

 高級という形容がない一般のMP回復ポーションは王国内でも大量に生産されていて、街の商店では普通の雑貨や傷薬と同じようにたくさん売られているし、どこの冒険者ギルド支部でも大量に在庫を持っていて冒険者に割安で販売していたりと、特別珍しい品物ではない。

 しかしそれが高級・・MP回復ポーションとなると話は違う。元々高価な上に帝国からの輸入量が少ないせいで、王国内ではとにかく価格が高い。高ランク冒険者ならば手が出せる品ではあるが一般の冒険者にとってはかなりの贅沢品という位置付けだ。


 そんな高級ポーションを俺とニーナはがぶ飲みである。

 以前にフェイリスから貰った物がまだ残っているのに、今回の任務の為にとレゴラスさんから大量に支給されたので躊躇うことなく飲んでいる次第。



 ルインオーブはまだ僅かに青い光を発している。

 この光が無くなってしまう事が機能の完全停止であり、そうなればルインオーブ消失と見做されるはず。あのままドレインで魔力を吸収し続けて機能を停止させることはおそらくは不可能だ。俺の未熟さのせいもあるがドレイン魔法はそんなに丁寧な仕事が出来る訳じゃない。どうしても重箱の隅っこのような部分には残滓として残ってしまう。

 だから俺はルインオーブの存在そのものをこの時空から消そうとしている。破壊ではなく。


「じゃあオーブを消してしまうよ」

 振り向いて皆ともう一度視線を合わせてから俺はそう言った。

 全員が黙ったまま首を縦に振った。


 エレル平原でダンジョンコアをそうしたように、俺は女神謹製財布と呼んでいるこの世界に来た時に女神から与えられたマジックアイテムにルインオーブを収納する。


 すると、久しぶりに指輪がグググッと震えた。

 なーんだ。見てるなら、こっちに来て少し手伝ってくれればいいのに。


 ゴメンね~♡ 忙しいの~♡


 女神のそんな声が聞こえてきたような気がして、俺は不覚にも吹き出しそうになってしまう。



 ルインオーブは砦であり、同時に鍵になっているんだろう。

 そう思ったことが証明されていくかのように、ミスリル製の台座に変化が現れる。


 どこに継ぎ目が有ったのか台座はその中央から二つに割れて、そのそれぞれが横に滑るように移動する。

 そして見えてきたのは台座があった部分にぽっかりと口を開けた直径1メートルほどの穴。


 まだ下に潜るのかと俺がまたもやゲンナリしそうになっていると、その穴が広がり始めた。それに合わせるように、台座だった二つの物は更に横に移動していく。


 穴の中から何かが上がってきていることに俺は気が付く。

 探査に微かに反応が有るそれは魔物でも人でもない。

 そもそも生物ではないのか…?


「何かが上がってきている。皆気を付けろ」


 俺がそう言った途端に、ガスランが構えているヴォルメイスの盾から大きな音が響く。ガスランは咄嗟のことに体勢を崩しているが、盾は手放さずにグッと足を踏ん張って耐えた。ニーナはかろうじて重力障壁を張ってその直撃は免れたが、それとて全てを防げた訳ではなく、衝撃を少し喰らってしまっている。


 そしてすぐに俺とエリーゼにも衝撃が迫る。

 盾を構えるエリーゼの前に出て女神の剣を居合の要領でひと振りした俺は、その衝撃波二つを切り裂いた。女神の剣は光り輝いている。俺は本気モードだ。


「いきなり乱暴な挨拶だな」

 穴から姿を現した人型の物へ俺はそう声を掛けた。


 まるで女騎士のようないで立ちとその姿は、遠目で見れば人間だと思うだろう。

 ひと際目を惹くのはその長い髪の色。

 燃え上がる炎のような深紅の赤。ストロベリーブロンド。

 白い肌に赤い唇、これもまた目を惹く。

 しかし間近で見れば人は皆、間違いなく恐れおののくであろう異形。

 それは不気味な眼のせいだ。

 眼球が全て真っ白で瞳孔にあたる部分が無い。


 鑑定で判る。この人型の物がレヴィアオーブ。

 変形できるなんて聞いてないし、ましてやそれが勝手に動くロボットみたいなものだとは…。

 いや、この異世界仕様で言うならゴーレムか…。


 完全に穴から出てきて床に降りたそれは、今居るこの広い地下の部屋の中を確かめるように首を巡らせた。その仕草は、ただ白いだけの眼球が視線というものを感じさせないことと相まって、人間の所作に似せているだけの機械じみたもののように感じられる。


 対人戦の場合、視線が分からない敵はやっかいだ。

 目は口程に物を言うというのはその通りで、目の動きや気配としても感じ取れる視線というものは対峙する相手にかなりの情報を与える。しかし人型なのにその情報が全く無い状況は対戦の方法が根本から変わる。

 これまで俺達は多くの魔物やゴーレムを相手にしてきてそういう敵にも慣れているが、おそらくこいつは強敵だったオクトゴーレムよりも強いだろう。そんな雰囲気を俺はビシビシと痛いほど感じている。



 そして人型のレヴィアオーブはその意識をまた俺達に向けた。

 視線は分からなくとも奴からじっくりと見られているのが判る。

 これは鑑定されている…。

「鑑定?」

 そう呟いた俺の少し後方に位置しているエリーゼに、俺は振り向かないまま首肯で応じた。

「なんか身体を触られてる感じ。気持ち悪い…」

 ニーナが忌々し気にそう言うと、ガスランがその言葉に同意している雰囲気が感じられる。

 軽く一撃を喰らってしまったせいでニーナはさっきからかなり頭に来ている。


 しかし、四人とも違和感を覚えているということは、こいつの鑑定は四人全員がレジストしてしまっていることを意味している。だからこそ繰り返し見直されている。


「お前は喋れないのか?」

 そう問いかけると、そいつは俺の方に再び顔を向けた。


 そして放たれたのは加重魔法。

 俺達全員を対象としていきなり上から抑えつける力が発生した。

 ニーナはさすがに自分の得意技だけあって、すぐに魔法を相殺して消してしまう。

 ガスランはガンドゥーリルでその加重魔法を斬り裂いて無効化し、エリーゼはヴォルメイスの盾で防ぐ。


 4人別々に行使されているので魔法が継続しているのは俺とエリーゼに対してのみ。

「それが全力か?」

 こんな全く人間味が無い奴に対して挑発に意味があるのか甚だ疑問だが、加重を生身で受け止めながら少し笑みを見せてそう言った俺は、全力の光魔法を込めた女神の剣で俺とエリーゼに掛かっている加重魔法を二つとも斬り飛ばした。


 またもや女神の剣の輝きが増す。

 指輪が喜んでいるようにググググッと震えた。


 今の俺の光魔法はLv10。レベルが10になってから魔法耐性が目に見えて向上し、更には闇魔法を弾くことが出来るようになった。それは対闇魔法限定の手段だが女神の剣に光を込めることによってガンドゥーリルの真似事が出来る。

 とは言え、相手の闇魔法レベルが俺の光より下ならばということだろうと思ってるけどね。



 人型レヴィアオーブは明らかに俺を警戒し始めたようだった。しかし次の瞬間には最も遠い距離に居るニーナ目掛けて飛び掛かっていく。

 騎士風の格好しているし次は肉弾戦かなとチラッと思ったけど、まさか本当にそう来るとは。


 ニーナには最初の一撃が当たっていることを憶えていたのだろう。弱そうな者から片付けようと判断したのかもしれない。

 しっかり構えを取っていたニーナはアダマンタイト剣で一撃を受け止めながら、同時に重力魔法で奴の足元を掬う。慣性を殺しているので走った勢いも無くなり威力が弱まったその剣戟をニーナが簡単にいなしてしまうと、そこにガスランがガンドゥーリルを振るった。

 ガシッと、人の身体だったら絶対にありえない音が響いた。

 肩から体を斜めに真っ二つにしてしまうはずのその一撃は止められている。


 そうやって信じられない程しっかり防いでいるのに、奴はガンドゥーリルを嫌がっても居る。俺がそう感じたのは気のせいだろうか。そして素早く距離をとったそいつは俺とエリーゼの様子を確認したように見えた。鑑定もまだ繰り返しているようだ。


 だが、敵を見て観察しているのは奴だけじゃない。

 俺もやっとこの人型の解析が進んで、いろいろと見え始めていた。

 そして、この人型はレヴィアオーブの一部だということも判って来る。


 俺が少しの間そうやって解析に集中していると、それを隙アリと見たんだろう。奴は俺の方に向かってきた。その俺への接近方法は神速。奴のとっておきか。これまでは見せていない縮地スキルに似たものだ。


 縮地スキルを使える者は同様の技に目敏い。俺は剣で迎え撃つ態勢を取りながら俺の懐を目指して瞬時に飛び込んでくる奴のタイミングに合わせて雷撃の円盤を出す。

 俺の胸の前、僅か50センチほどの所に垂直に立った直径1メートルの雷円盤に人型レヴィアオーブは突っ込んできた。

 俺の電撃や雷撃、雷撃砲もそうだがその雷魔法を放つ円盤には表と裏がある。俺に向いてる方がもちろん裏で、表側に飛び込んできた奴に向かって雷撃が放たれる。


 絶対に避けられない距離で放たれた雷撃を、奴は何とか躱そうとする。

 そして人間ではあり得ない身体の捻じれと動きで、全身の三分の一程度は雷撃から逃れて見せた。


 俺は手加減はしていない。雷撃砲のパワーに匹敵するほどの威力がごく短い射程で放たれたのだ。人や魔物ならあっという間に蒸発している。

 人型レヴィアオーブの身体の大半はその半端ない雷魔法のせいで一瞬硬直したがすぐに立て直してきた。

 こいつは一体どんな耐性を持っているんだと、俺は恨めしく感じてしまう。


 奴がすぐに振ってきた剣を俺が受けると、それからは剣の撃ち合いが始まった。

 互いに振る剣はスピードも威力もとてつもないもの。

 俺にとっては久しぶりに剣の撃ち合いで一進一退の展開になる。


 こいつ、やっぱりオクトゴーレムとは比べ物にならないほど遥かに強い。

 俺は少し楽しくなってきていた。


 しかし、こんな撃ち合いになるとガスランでさえもなかなか手を出せない。

 ガスランは一瞬のスキを狙って一定の距離を保ちながら斬撃を撃つ構え。

 それはニーナも同様。

 例のとんでもない威力の加重魔法で殴ろうとしている。

 エリーゼは雷撃がある程度は効果があったことを見たせいだろう、ベラスタルの弓を構えている。おそらく強力な雷撃を付与した矢を放つつもりだ。


 俺達は四人とも互いがやろうとしていることを理解し合った。

 よし、ケリをつけよう。


 俺が人型レヴィアオーブと剣を撃ち合いながら間合いを見計らってコクリと頷くと、三人が一斉に動き始めた。


 ガスランの斬撃が三つ飛び、ガスラン自身もそれを追い越せとばかりの速さで走ってガンドゥーリルを振るう。

 同時にニーナのとんでもない威力の強烈な横殴り加重魔法が、奴をガスランに向けてぶっ飛ばす方向で作用する。

 そしてエリーゼの雷撃の矢が追尾形式の狙いが付けられて続けざまに放たれた。


 ガクンと車に追突された時のように上体をのけ反らせて飛ぶように近付いた人型レヴィアオーブにガスランの斬撃と剣撃がヒットすると、またもや大きな音を響かせて打撃となる。やはり斬れない。

 しかし一瞬固まった状態のそこにエリーゼのベラスタルの弓から放たれた雷撃の矢が30本ほど命中。ガスランはすぐに後ろに下がる。

 ガスランに打たれた所は陥没し、ビクンビクンと痙攣でも起こしているかのように身体を震わせている奴の元に俺は縮地で飛ぶ。女神の剣には雷魔法を込めている。



 ───石川流刀剣術の五、流破四斬剣。


 久しぶりだな。もちろん死ぬほど繰り返した技だから慣れてるけど、縮地で飛んだ体勢だと結構難易度高いよ。



 この四斬剣を、オクトゴーレムをやっつけた時の話をした流れでフェルに教えてみたら、翌日、四つじゃなくてもう一つ追加してみたというとんでもない言葉が返ってきたことがある。

 どうして追加しようと思ったんだと尋ねると、手足だけじゃなくてあと首も斬ってしまえば確実だと思ったからだとフェルは言った。

「首じゃなくて最初に相手の武器を弾いてもいいよね」

「あ、まあ…。可能ならそれもいいかもな」

 そして試しに撃たせてみたら、ちゃんと型に則りながら4+1回剣を振っていたので、天才の凄さを痛感した。



 と、そんなことがあったのを一瞬俺は思い出していた。


 俺が縮地で飛んだのは奴の懐。

 女神の剣で刹那の瞬間に振るわれた四度の神速の剣戟が人型レヴィアオーブの四肢を断ち切る。

 手と足が四つとも千切れて全て飛ぶように弾けて転がり、胴体だけになった人型のレヴィアオーブはその場に崩れ落ちて動かなくなった。

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