第229話

 マクレーンの遺体は軍の遺体専用のマジックバッグに収納された。

 俺は、兵士達によるその収納が終わるまでじっとマクレーンの遺体を見続けた。


 後でクリーンで綺麗にしてやろう。そんなことを思いながら…。


 俺のすぐ傍に来ていたエリーゼが小さな声で言う。

「シュン、マクレーンと話していた言葉はニホンゴだよね」

「うん…。奴は日本からの転生者だった。転生の経緯は聞く時間が無かったけど」

「そうだったの…」

 エリーゼはそう言うと俺を抱き締めた。

 きっと俺は泣きそうな顔をしている。そんな自覚があった。



 当然のように兵士達はキラーアントへの警戒心を強めていて、抜剣している兵士も何人か居る。

 ニーナがずっと拘束を続けているが、いつまでもそうさせておく訳にもいかない。

 クイーンと他のキラーアント達から少し離れて奴ら全てを見渡せるような位置に居るニーナのところへ俺とエリーゼは歩いた。


「取り敢えずクイーン達を巣穴に戻すよ…」

 抱き締め合っていた俺達の様子と表情で何かを察したのか、ニーナは優しい微笑を見せて俺の言葉に応える。

「オッケー。浮かせて連れて行く?」

「いや、多分言うこと聞いてくれると思うから一匹ずつ放していいよ。最初はクイーンから」

「ほーい、テイマーシュンの言う通りにしますよっと」


 ニーナが掛けていた加重魔法を解いてもクイーンは動かずにただじっとしている。

「ほら、自分の部屋に戻るぞ。巣穴に戻ったら他のアントにも餌あげるから言うこと聞いてくれ」


 ゆっくりと移動を始めたクイーンの後を俺はついて行く。

 そうやって一匹ずつ巣穴に戻した俺は、そこでキラーアント達の前に魔物の死骸を出した。そして、そのまま全員がゆっくり食べ始めた様子を見ながらマクレーンのID情報に転生者という表示が無かった事について俺は考え始めた。

 突然の日本語でのカミングアウトに驚き動揺もしたが、冷静に考えるとステラの時には鑑定で見えたあの表示が無かったのはどうしてだろうかと次第にその疑問が大きくなっていたからだ。


 そんなことをしていると、おそらく俺の様子を気にしてくれているのだろうニーナとガスランがやって来た。二人は俺に付き合うようにキラーアント達の様子を見る。

「ずっと食べさせて貰えてなかったんだね」

「だから襲ってきたのかな?」

「正直、どうしてか判らないんだ。襲ったのはクイーンだけだし襲われたのはマクレーンだけ…。クイーンにも何か感情、怒りのようなものがあるように感じた。マクレーンがそれを呼び起こしたんだろうな。そしてクイーンはキラーアント、自分の子ども達に何か食べさせてやってくれと訴えているような気がした」


 ニーナがしみじみとした調子で言う。

「以前シュンは、魔物であっても魂の本質は善だと言ったことがあったよね」

「ん…? ああ、よく憶えてるな。ブレアルーク子爵邸の事件の後だったな」


 ニーナはコクリと頷いて言葉を続ける。

「憶えてるよ。その後も私、ずっと考えてたんだから…。うん、こんな様子を見ちゃうとね。なるほどなって思う」


 クイーンはどことなくキラーアント達がちゃんと食べているか、その様子を気にかけているように見える。


「そうだな…。母が子を思う気持ちは人間も魔物もそんなに違いはないと思う」


 そして子が母を思う気持ちも、きっとそれほど違いは無いのだろう。マクレーンが息を引き取る直前、日本の母を思い出していたように…。


 彼が転生者だったということは疑いようもない。鑑定で見えなかった件はまたステラとも話をしてみよう。



「マクレーンは俺と同郷の人間でした。それで奴の死に際に少ししんみりしてしまいました」

 オルディスさん以外に兵士も近くに居るので日本語での会話部分はほとんど省略して、俺はそう説明した。

「そうか…。キラーアント達も大丈夫そうだね。やっぱり飢餓状態だったせいなんだろうか」

「理由としてはそれが大きいでしょうね。あとは強い感情をぶつけるのも良くなかったんだろうなと…。これはかなりあやふやな推測ですけど」


 俺の話にオルディスさんは静かに頷いた。

 そして、俺達は殺人オーブへの対処についての相談を再開する。



 ◇◇◇



 解析結果と目にした少ない情報を併せて検討した俺が出した結論は、ルインオーブに隠蔽魔法は有効だろうというもの。


「ルインオーブのあの攻撃は人の生体魔力波を感知して照準していると思う」

「触ったらというより、そっちなのね」

 俺が隠蔽魔法が有効だと思われる理由を話すとニーナがそう応じた。

「もちろん触れることがトリガーになっている可能性は大きいよ。だけど念には念を入れときたい」

「確かに、あの女性はいきなり身体全体に魔法が作用している感じだった。オーブに触れている手や腕からじゃなくて最初から身体全体」

 そう言ったエリーゼに続いてガスランが言う。

「だったら、やっぱり近付くと危ないということ?」

 俺はガスランに答える。

「そう思ってた方がいいだろうな。書き換えで無力化出来なかったら破壊するしかないけど、こっちの攻撃でどういう反応が起きるかはホント未知数だから慎重に」



 最初の時に一緒に降りたオルディスさんと兵士二人は今回も同行する。但し、階段部分から見るだけにしてもらう予定だ。


「ここまで来て、シュン達だけによろしくとは言えないからね」

「いえ、上で待っててくれた方がいいんですけど…」

「ありがとう、気持ちは解ってるよ。だけどねシュン。私達は見届けたいんだ」

 オルディスさんのその言葉を受けて同行する兵二人もニッコリ微笑んで頷いた。


 そしてオルディスさんは隊の副官に指示をする。異常を検知した時、そして自分達が時間になっても戻らなかった場合には、速やかに撤退してこれまでの経緯と状況をレゴラスさんへ直接報告するよう言い含めた。



 ルインオーブの青い輝きはその繰り返されていた明滅こそ今は停まっているが、最初に見た時よりも明るさが確実に増している。最初は休眠モードだったのが今は待機中になっているようなそんな感じ。

 俺がニーナに合図を出すと、全員に隠蔽魔法が掛けられた。普段軽く掛けているような奴ではなく本気の全力モードでの隠蔽である。


 最初の時に立った位置まで俺は近付いた。

 斜め後方、少し離れた所にガスランとニーナ。そして俺のすぐ傍にはエリーゼ。


 俺以外の三人は初めからヴォルメイスの盾を装備。

 そしてあまりにも魔王との因縁が深すぎて、ここまでは収納から出すことすらなかった聖剣ガンドゥーリルをガスランは構えている。


 俺は皆の顔を順に見て互いに無言で頷き合うと予定の行動を開始する。ここでのメインは俺とニーナになる予定。


 ルインオーブを標的にして再び鑑定と解析。

 最初の時と変わりがない様子が分かる。俺はその照準を外さずにドレイン魔法を発動。


 ルインオーブはその輝きを一瞬だけ増すと、その後はすぐにまた明滅を始めた。

 しかし、輝きは少しずつだが確実に弱まっていく。

 明滅は魔力消費後に使った分の魔力を補っている現れなのかもしれないなと俺はそんなことを考えた。


 今、俺が発動しているドレインはコストが見合わない物だ。それは収支がマイナスということ。こちらに取り込む前に霧散してしまう魔力が圧倒的に多い為に俺が吸収する魔力よりもドレイン魔法の連続使用で消費している魔力の方が大きい。

 しかしこれでいい。

 その目的は、俺が魔力を得ることではなく相手の魔力を一気に大きく減らすことだから。


 そして、その明滅の輝きが弱まってくるに従ってはっきりと見えてきたのはオーブの中心辺りに定着しているたくさんの魔法式。それを並列思考の半分以上を使って更に解析していく。俺はドレインは止めず継続中。リソースを大きく使っているので頭痛がしてくるが泣き言は言ってられない。


 少し経ってルインオーブの明滅が再び停止して弱い青い輝きだけになった時、俺に嫌な予感が走った。

 すぐに探査で感じたのは風魔法の発動兆候。

「ニーナ来るぞ! オーブの表層が変化した。今度は風魔法だ。爆発する」

 予想していたオーブの次の一手の一つ。敵を検知する必要がない四方への無差別攻撃。おそらくは爆発に近いものだろう。


 その予想通りに爆風が吹く。

 しかし、その直前にニーナの重力障壁がルインオーブを包むように発動。


 全方位へ放たれた何もかもを切り刻まんばかりの強力な風の刃はそのことごとくがニーナの重力魔法の障壁に遮られて無効化される。風が当たった個所の障壁が白く輝く。

「この、やんちゃ坊主!」

 ニーナがオーブを中心とした障壁の範囲を狭めて、同時にその強度を上げる。


 かなり長い時間その爆風は続いたがやっと止まる。

「ニーナ、そのままもう少し維持しててくれ」

「解ってる。何時間でも大丈夫よ」


 いや、何時間でもは言い過ぎだ。まあ、気持ちはありがたく受け取っておく。とは言え俺もドレインは止めていないからお互い様ということで。



 そして爆風が停止したおかげで楽になった解析がやっと完了する。俺はすぐに魔力の供給経路を遮断し、更には大気中から魔素を吸収して魔力変換する仕組みも停止させた。


 俺はドレインを止めて言う。

「ニーナ。もう止めていいぞ。皆は一応防御体勢のままで待機してくれ」

「りょーかい」

「「了解」」


 全力の魔力探査と再度の魔法解析をルインオーブに一点集中させる。

 このオーブの初見からずっと既視感を感じているのは、これがダンジョンコアに似ているからだ。そして解析してからもその印象は変わらない。


「まるでダンジョンコアみたいだ。もしかしたら大元の技術的なことは共通しているのかもしれないな」

「ダンジョンコア…」

「ダンジョン魔法…」

「ダンジョン魔法のベースって、時空魔法と闇魔法だったよね」

 最後のエリーゼの質問には俺は頷きで応じた。そして追加の説明をする。

「このオーブを構成しているのは時空魔法と光魔法だよ。それ以上無くて助かった。爆風を起こした風魔法は別の定着を呼び出す形」


 念の為の解析を終えて、特に問題はないと判った俺はオーブに近付く。

 さすがに少し緊張するが、いざとなったら女神の指輪が守ってくれるだろうと気楽に考える。


 オーブを手にした俺はその中を覗き込むように見る。半透明のように見えるが実際には青い輝きがそう思わせるだけだ。輝きが失われてくると元は灰色っぽいとても硬い石のような物である。材質は俺の鑑定でもすぐには判らない。


「さて、さっきも言ったように、こいつが消えることはおそらく次の段階へのトリガーになっているんだろうと思ってる。皆少し下がっててくれ」

 俺は階段の所に居るオルディスさん達にも聞こえるように大きな声でそう言った。

 見ると、オルディスさんが了解の意味を俺に向けて手を挙げて示していた。


 ルインオーブが消滅すればレヴィアオーブへの道が開かれる。

 俺はそう予想している。

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