第222話
村に戻るとロフキュールからの伝令が来ていた。俺達の為に来ていたその伝令は、ウェルハイゼス公爵軍が国境の関所に到着し早速国境警備に就いたという知らせを持って来ていた。公爵家の第四騎士団に率いられたその数約1万。
「やっと来たのね」
ニーナは少し不満そうな口ぶりだが、そう言いながらも表情は嬉しそうだ。
今回捕縛した二名を連行するのに帯同してすぐにロフキュールに戻ると言う伝令の兵。その兵に俺は言う。
「ロフキュールを狙っていた魔物の群れは殲滅済み。作戦の次の段階に入ったとジュリアレーヌさんに伝えてくれ。俺達はこのまますぐにメアジェスタに向かう」
「畏まりました」
それからしばらくして村を出立した俺達は、予備の馬を伴走させながら夜を徹してひたすらに馬を走らせる。今回の同行者はステラのみ。
「ステラって結構体力有るんだな」
馬を替える為に途中休憩した時に、俺はステラにそう尋ねた。
魔物が集合している場所へ急行した時も他の兵達はかなりバテていたのに、ステラだけは割と平気な感じだった。そして、それは今もそうだ。俺達のペースに付いて来れる人間は珍しい。
「小さい時から鍛えられているのと、やっぱり体質」
「あ、まあ…。そっか」
知り合ってそれ程経っていないので互いにステータスを教え合ったりするはずもなく、見かけだけの印象でそんなことを思っていた俺だが、ステラが言った体質という言葉で思い出した。
───そうだった。ステラはトゥルー・ヴァンパイアだった。
ステラは初めて見た俺たちの実際の戦いぶりに衝撃を受けたと言って、村に戻ってからしばらくの間いろんな質問を俺にしてきた。それに対しては、俺達の普段の訓練やダンジョンでのことなど差し障りが無い範囲で答えたのだが、そんな程度の説明でもステラは目を輝かせて熱心に聞いていた。
その流れでステラは俺にこう言った。
「雷魔法のことは、それほど多くは残っていないヴァンパイアのリュールの知識だけど、その中に少し有るの」
「お、それは興味深いな。差し支えなかったら教えてくれ」
「うん、全然問題なし。それは、神の一人が雷魔法を封印して禁忌の魔法にしたという話よ。魔物や魔族、悪魔種にとって天敵みたいな存在が雷魔法持ちだったから」
「神が封印したの?」
俺のすぐ隣で話を一緒に聞いていたエリーゼがステラに問い返した。
ステラはエリーゼに頷いた。
「魔族が神に願ってそうなったという話だけど、それがホントのことなのかは分からないわ。リュールも他のヴァンパイアから伝え聞いただけだから」
エルフと魔族の大戦は神の代理戦争だったのではないかという話が有るように、神たちも一枚岩ではない。しかし世界の魔法属性を一つ丸ごと封印してしまうようなことが神に出来たとして、逆にそれは創造神の禁忌に抵触しなかったのだろうか。
同じような疑問をエリーゼも持ったのだろう。更にステラに尋ねる。
「魔族ということは、邪神が封印したの?」
「そうね。エルフの伝承では邪神と呼ばれているけど、魔族を助けた神の一人よ」
◇◇◇
探査で魔物が全く見えてこない異常な行程も終わり、メアジェスタに到着した。
入門していつものようにエリーゼに懐いてしまって名残惜しげな馬達に別れを告げると、俺達はメアジェスタの軍司令部へ向かった。
そこで俺達を待っていたのは辺境伯側近のオルディスさんだ。
「皆にまた会えて嬉しいよ」
そう言ってにこやかに微笑んだオルディスさんは、何日も寝ていないのではないかと思えるほど疲労の色が濃い。
ステラがすぐにロフキュール側の状況説明。
今回の計画については、事前に書簡などでメアジェスタに伝達することはこれまでしていない。ジュリアレーヌさんが最も憂慮したことは、メアジェスタにスパイが居る可能性だったからだ。
魔物約3万を殲滅した話には、その場に居たオルディスさん以外の軍人達がどよめいた。オルディスさんは俺の顔を見て何か言いたげな顔をしている。
「それと同じことをこちらでもやるのかい?」
オルディスさんは俺をじっと見つめたままでそう言った。
俺は、首を横に振って答える。
「そうするのは第一の計画が上手くいかなかった時の第二案です。現時点では第一案のままキラーアントの脅威も同時に取り除きたいと思ってます」
オルディスさんは目を大きく見開いた。
「シュン、具体的に教えて貰えるかい」
そのオルディスさんの言葉に頷きを返して俺は話を始める。
「術者に服従魔法で縛られていた魔物を約50体生け捕りにして、その後こちらに向かわせました」
「……」
「今回教皇国に仕掛けられた魔物の服従魔法は自己複写型になっています。それを利用することにしました。具体的には、攻撃指示が出された時には外縁の森の外に出るのではなく、外縁の森の東方向に侵攻してキラーアントの巣穴に突入キラーアントと戦う指示にすり替わるように魔法を弄りました」
「え…?」
口をポカンと開けてしまっているオルディスさんに俺は説明を続ける。
「生け捕りにして放した魔物達が魔物の集合地点に辿り着いたら、そう書き換えた自己複写型の魔法が他の魔物の今の服従魔法に上書きされます。全ての魔物にそれが複写される前にスタンピードが開始されてしまうのが心配だったんですが、今のところまだのようなので、うまく行くことを期待しています」
「複写されるんだね…。あ、うん。自己複写型の定着魔法のことは知ってるつもりだ。学院で習っただけの理論上はという意味だけど」
「自己複写型はそれが定着している魔物の魔力を消費して発動します。複写自体はごく僅かな魔力消費ですし、複写は連鎖して撹拌しますから時間さえあればと思っています」
その後、魔物の集積地点と予想される地点の検討に入る。これに関してはメアジェスタの偵察部隊が情報をかなり集めていてほぼ特定できていた。解っていても手が出せないもどかしさはあったようだが、俺達のロフキュールでの成果と今後の計画を聞いた軍の司令部は一気に活気づいた。
◇◇◇
明けてその翌朝。
俺達は魔物の集合予想地点を目指してトレントの道を進んでいる。
ロフキュール側でもそうだったのだが、トレントの道を進んでいてもトレント自身に遭遇することが今回は殆どない。俺はトレントは何かを勘付いて身を隠しているのだろうと思っていて、多分それは間違いないのだろう。
「トレントは今回の呪いの対象外?」
そう訊いてきたニーナに俺は答える。
「今回のは植物系は除外されているよ。もっと言うと足があって速く移動できる動物系の魔物だけが対象」
「じゃあスライムは特別だったのね」
「スライムはあの時全滅させてしまって調べられなかったから推測しか出来ないけど、キラーアントに掛かっていた魔法は同種だけを対象にしていたから。おそらくそれと同じものだったんだろうと思う」
そして森をかなりの速度で走り続けて二日目。
遂に探査に現れてきたのはまたもや膨大な数の魔物達。元々広場もあったのだろう。しかしその場所は更に木々をかなり取り払って広場を広げていることも判った。
術者たちは今度は三名。やはり集団の中心の反対側の端、最もメアジェスタから遠い位置にテントを張ってそこに居るのが判った。魔物達がメアジェスタに進むのであればその魔物の集団の最後尾ということになる。
俺は奴らが侵攻を始めるなら早朝からだろうと考えていて、それを踏まえるとこの日は動きはないとも言える。魔物達はじっと身動きせずにどうかすると眠っているように静かだ。
魔物の数を数えていたエリーゼが言う。
「……4万。もっと居るね。おそらく5万ぐらい」
「全部が冬眠しているようなものか」
「食べ物飲み物が無くても大丈夫なように?」
「そういうことだろう」
エリーゼとそんなことを話しながら、俺は手当たり次第に手近な魔物から片っ端に服従魔法の状態を確認する為に解析を始めていた。
「よし、しっかり書き換えられてる」
俺が仕掛けた呪い返しみたいな複写魔法は、ちゃんと想定通りにこの巨大な群れ全体に伝染しているようだ。
ここまでは計画通り。
侵攻開始の前というタイミング的な運の良さはあったが、本当の勝負はこれからだ。
という訳で、当分は観察を続けることにした。
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