第221話
海辺の街ロフキュールを出て海から遠ざかるように半日ほど真北に進むと、小さな村が在る。その辺りは外縁の森から稀に魔物が流れてくることがあるせいで、村とは言え外壁はかなり頑丈な造りだ。
現在この村はスタンピード対策の為の軍の拠点となっていて、偵察部隊の情報がまずはここに集まるようになっている。
敵捕虜の自白などから、教皇国の第一のターゲットは領都メアジェスタだと推測されているが、国境地帯を守るロフキュールに手を出してきても不思議では無い。
村に駐留する軍の伝令から話を聞いた俺達はその村へ馬を走らせてやって来た。
村の住人は全員ロフキュールへ避難済みなので、門をくぐって見えたきたのは軍人の姿ばかりである。
「ステラが居る」
俺は探査で見えているマーキング済みのステラの反応を三人にも伝えた。
ステラの自分自身のIDやステータスの偽装は非常に完成度が高い。しかし、それでもさすがにフェイリスほどのレベルには至っておらず、俺の統合探査と鑑定に軍配が上がる。だからフェイリスだと無効化されてしまう探査のマーキングもステラには通常の人と同様に半永久的に有効だ。もっとも、スキルと魔法という違いがあるので一概に比較することは出来ない。レベル差はあるものの、ステラの偽装スキルは俺の情報隠蔽偽装スキルとほぼ同じようなものだろうと思っている。
「そろそろ偵察部隊も引き上げ時だよね」
ステラ達はギリギリまで偵察を続けるとジュリアレーヌさんは言っていた。しかしエリーゼが言うように潮時だと思う。時機を見て、今この村に居る部隊も住民と同じように全員ロフキュールに引き上げる予定になっているはずだ。
「今回のもステラが見つけたんじゃないかな」
とガスランが言ったのは、今回俺達がここに来る理由になった情報のこと。
門番をしていた兵に案内されて、俺達は村の中心にある建物へ入った。
「シュン。早かったね」
ステラは俺達を見るとニッコリ微笑んでそう言った。
「お疲れさま。術者を見つけたと聞いたから急いで来たよ」
互いの挨拶もそこそこに打ち合わせを始める。
大きく広げた地図で魔物が集合している地点、そこは魔物を操っていると思しき術者が居た地点をステラが俺達に示した。
「ここに集まった魔物はじっと次の指示を待っている状態。まだ群れを大きくするつもりだと思う」
そう言ったステラにエリーゼが問う。
「どうやって指示を出してるのかな」
「例の魔道具を使ってるのは間違いないと思う。時々手にして操作している様子が見えたから」
情報を時系列に擦り合わせてみると、ロフキュールにも連絡が入っていたメアジェスタ方面の兆候はこちらよりは進行が遅いようだ。
「二方面同時じゃなくて、ロフキュールを先に攻めるつもりかもしれないな」
俺がそう言うと全員が頷いた。
その集合地点は外縁の森の中だが、広場のように木が無い所らしい。以前ドレマラークと戦った時の森林火災が起きた跡のように土がむき出しなっていた土地を俺は思い浮かべていた。
「あの魔道具には対象になっている魔物の数が判る機能は無いから、術者は目視する必要があるんだと思う」
「なるほど。必要な数が揃ったか目で数える必要があるから開けている場所なのね」
そう言ったニーナに俺は頷いた。
ステラと共に居る兵達も見渡してから俺は言う。
「先手を打つつもりだ。魔物は極力殲滅するが少しだけ生け捕りにする。もちろん術者は生け捕り」
「生け捕り? おそらく魔物はもう3万ぐらいは集まってるわよ。ゴブリンとオーク、ワーグとヘルハウンドも居たわ」
「まあ、俺達もこの魔道具着けていくから大丈夫だと思う」
俺はキラーアントの巣穴で教皇国の部隊から押収した魔道具を取り出した。
◇◇◇
外縁の森の中、トレントの道をひたすらに進んだ。
途中、異様なほどに綺麗さっぱりと探査に反応がなかった魔物だが、遂にその巨大な群れの反応を捉えられる距離に近付いてきた。ここまで俺達に付いて来ているのはステラと偵察部隊の3人。あの魔道具が8個しか無いのでこの人数になっている。
更に進んで肉眼でも判る距離まで近付いた俺達が目にしているのは、その広場を埋め尽くし溢れている魔物の群れ。そして魔物達は不気味に静かだ。
広場に出る手前の木の陰に身を隠したまま様子を確認する。
広場の北の端に人間の反応が二つ有るのが判る。それは魔物の陰になってしまっていて今はまだ見えない。
ベラスタルの弓を構えるエリーゼは俺を見て頷いた。ニーナもそれに倣って俺に頷く。ガスランも準備OK。
「攻撃、開始!」
小さな声で俺はそう言った。
シュッシュッ、とエリーゼが放った矢が上空に上がる。その数は20本ほどだが、魔物達の頭上に広く広がるように落ちてくる。
ズガガガガガガガーンッッ
頭上10メートルのところで矢は弾けて雷撃雨へと変わった。20個の矢が弾けてそれぞれが雷撃の雨を降らせる。パニックのようになった魔物の鳴き声が響き、魔物達が一斉に身動きを始めるが、上を見上げたり周囲を見渡すばかりで戸惑いの方が大きいようだ。
そしてニーナの加重魔法がそれに追い打ちをかける。
グギャギャ、グブュゲボ…、ギャオン…
魔物の悲鳴のような鳴き声。
大型で超高速のブルドーザーが何台も縦横無尽に走り回っているかのように、魔物達が横方向に弾け飛んで行く。それもいろんな方向に。
そしてエリーゼの雷撃雨が続けて降り注ぐ。
魔物達はどこからどんな攻撃を受けているのか、サッパリ理解できないでいる様子だ。人間の術者も同様だろう。
「エリーゼとガスランは魔物の生け捕りも始めてくれ。ニーナ、俺達は人間相手だ。行くぞ」
「「「了解!」」」
エリーゼとガスランは矢と斬撃、そして雷撃と爆炎魔法で魔物を撃ち始めた。エリーゼはスタンも撃っている。魔物達は、おそらく術者からの命令の影響がまだ強いのだろう、そして俺達も魔道具を身に着けている。そのせいで魔物達は俺達の姿を見ても襲い掛かっては来ずに無抵抗だ。
俺とニーナは魔物が集まっている広場の外周を回るように移動しながら、広場の中に向かって散弾と加重魔法で魔物を弾き飛ばしていく。
「あ、逃げだした。追うぞ」
「りょーかいー」
探査で見えている術者と思われる二人が広場から離れて逃げ始めている。
広場の縁を回っていた足取りを速めて俺とニーナは二人を追う。彼らは広場から森の中に逃げ込んでさらに奥へと進み始めているが、その移動速度は遅い。
そんな俺達の様子を把握しているのだろう、そして選別した魔物の生け捕りも済んだようだ。エリーゼの雷撃雨とガスランの爆炎が一層激しい物になったのが音と魔力の探査で分かる。
「エリーゼもガスランも容赦ないな」
思わず俺がそう呟くと、後ろを付いて来ているニーナが応じる。
「減らせばそれだけスタンピードの脅威は小さくなるわ」
「この辺の生態系はボロボロだ」
「魔物をこれだけ集められた時点で外縁の森の生態系なんて既に白紙状態よ」
「ま、そうなんだけど」
相変わらずエリーゼの雷撃雨とガスランの爆炎の音が響き続ける中、そんなことを話して追跡しているうちに俺とニーナは二人を目視できる距離まで近付いた。
「スタン撃つよ」
「どーぞ」
◇◇◇
ニーナと俺が、気絶している術者二人を引き摺って戻るとガスランとエリーゼが生け捕りにした魔物をやはり引き摺って一箇所に集めているところだった。
「それぞれ10体ずつぐらいで良かったんだよね」
そう言ってきたエリーゼに俺は答える。
「足の速いワーグとヘルハウンドは少し多めでもいいかな…。そいつらは20匹ずつ確保してくれる?」
「オッケー」
ステラは、俺達の殲滅が始まってから呆然としていて、今も何か言いたげな表情を見せて俺を見つめるだけでまだフリーズ状態から戻ってこない。兵達3人は顔色が悪い。俺とニーナはそんな彼らに捕縛してきた二名を引き渡す。
「尋問するんだったね」
ステラはやっと再起動してそう口にすると兵達に指示を出し始めた。尋問はすぐこの場である程度は行う予定だが、まずは所持品などのチェックと縛り上げることからだ。それはステラ達に任せる。
その後1時間ほどかけて捕虜を一人ずつ尋問した結果、この魔物達に掛けられている伝染する呪いのような服従魔法については俺が解析したことの裏付けも取れた。
「じゃあ、俺達は次の作業を始めるから。ステラ達はもう少し待っててくれ。あ、魔物の死体欲しいのがあったら今の内だぞ。ニーナが焼いてしまうから」
「うん、了解。ヘルハウンドは少し持って帰りたいかな」
「好きなだけどうぞ」
ガスランとニーナが広場の反対側の方に寄せ集めていた魔物の死体を焼き始め、エリーゼは風魔法でその臭いや熱を上空高く逃がす。時折エリーゼ達が矢を放ったりしているのは、殲滅を始めた時からの血の匂いに釣られた服従魔法が掛かっていない魔物が近付いているからだ。
俺は、生け捕りにした魔物の魔核に定着している魔法の書き換え作業を始める。そしてその結果の確認テストも行った。
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