第223話
「動きそうよ」
木に登って様子を見ていたエリーゼが降りてくるなりそう言った。
術者の三名がテントを畳み始めたと。
今は観察を始めてから二日後の早朝。
魔物達は冬眠をしている時のような省エネモードだが一日に一回食事を与えられていた。ロフキュール方面で捕縛した術者を尋問して聞き出したことには、人が住む街を標的とする為に魔物達を飢えさせるという話もあったが、それにしても操る側も魔物達の体力をある程度は補っておく必要は感じているのだろう。
そして、ここに居る術者たちが魔物達へ与える食事は魔物。要するに共食いだ。
人間とは絶対に折り合うことが無い魔物のことだから、俺はそれを気持ち悪いとは思うが可哀想などという感傷は抱かない。しかし、これは弱肉強食の自然の摂理ではない。術者という第三者による単なる無作為の命の選別だ。
俺はそのことを妙に腹立たしく感じている。
エリーゼの話を受けて術者の近くへ移動することを決断した俺は、全員にその指示を出した。今回もステラが同行していて、5人で広場のすぐ外の木々の陰を周回するようにして三人の術者が居る方へ進んだ。
木の幹の陰で右手を挙げてしゃがみこんだ俺に合わせて、後続の全員が同じように身体を屈めた。術者たちはテントを畳んでから何をしていたのか、口をもぐもぐ動かしている者も居る所から察するとどうやら食事を摂っていたのだろうか。
三名全員の姿が見えている。
互いに何か喋っているようだが、静かだとは言え膨大な数の魔物達がすぐ近くに居るこの場所では、魔物それぞれは小さな身じろぎでもそれが集まって騒がしい音となってしまっているので、彼らの話し声は俺達の所までは届かない。
俺は振り返って小さな声で囁く。
「タイラス・ゲネルフ。あの灰色のローブの男が、今回の魔法の発案者だろう」
「イレーネの元冒険者仲間だったよね。やっぱり関わってたんだ」
そう囁いたニーナに俺は答える。
「タイラスだけ種族はハーフエルフ。残りはヒューマン」
そうしているうちにタイラスが彼自身も首からぶら下げている魔道具を触り始めた。
俺はもう一度ニーナの方を振り向いて目で合図。その後ろに居るエリーゼとステラとガスランも二ーナに近付く。
魔物達の身じろぎでザワザワとしていた辺りの音が無くなる。
そんな中にタイラスの声が響いた。
「さあ、行動開始だ。下僕ども帝国を恐怖に陥れるがいい。行け! 帝国の人間を喰らい尽くせ!」
いや、魔法もその魔道具も解析してしまってるから判ってるんだけど。魔物に指示を出すのにそんな風に言葉にする必要ないんだよね。
どこか芝居じみたタイラスの物言いに突っ込みを入れたくなってしまった。
グギャギャギャ、ゲフゲフ、オオォ、ギャオン…
一斉に叫び始めた魔物達の鳴き声が響く。
そして魔物達がまずはゆっくりと移動を開始する。それは俺達が居るすぐ傍の魔物達から。
「少し下がってからニーナに任せるぞ」
「「「「了解」」」」
俺達は身を翻して森の中へと入り込む。すると、すぐにニーナの重力魔法に捉えられて俺達は全員が空中へ浮く。近くに居るエリーゼが俺の手を取った。ニーナはガスランとステラの腕を掴まえている。
下を見ると、俺達が今居た場所を魔物達が通って行く。
みるみるうちに魔物の走る速度が上がり、広場の群れ全体が水が流れるように後を追って流れ始める。
ニーナが更に高度を上げて木の上まで俺達は上昇。
「ん、ニーナここでストップ」
「見える?」
「いい感じで枝の間から見える」
術者三人が、魔物の群れが自分達の両脇を通ってどんどん森の東へ向かっている様子に慌てているのが見えてきた。ちゃんと主を踏みつぶさないように避けているのはこの魔法の優れている点でもあるな、と俺はそんなところに感心している。
タイラスは何ごとか喚きながら魔道具をしきりに操作しているが、もうその魔道具からの命令は受け付けられない。俺がそうなるように服従魔法に手を加えたからだ。もうキャンセルも変更もできない。
先に捕縛した術者に吐かせたのは、スタンピード開始の合図の具体的な内容だった。魔法と魔道具を解析して解っていたことの裏付けが欲しかったから。
そして進撃する方角と対象を指示することが明白となった。
俺はその両方が別のものに置き換わるよう服従魔法に細工をしたということ。
速度が上がってしまうと、魔物の巨大集団もスッと潮が引くように森の中へ姿を消していった。
「ステラ、このスピードだとキラーアントの巣穴までどのくらいの時間かかりそうか判るか?」
「こいつらって休みなしで進むんだよね」
「うん、もう止まらない。足の速い魔物とバラけてくるだろうけどな」
「多分だけど、あの速度が維持できるなら明後日の夕方ぐらいには着くかな」
「そんなに早いの?」
ニーナがそう訊くとステラは頷いた。ガスランもニーナと同じ疑問だというのが表情で分かる。
「ヘルハウンドは断トツに速いから、そんなもんだと思うよ。遅いオークでもその一日半か二日後ぐらいだと思う。魔物は森を走るのは慣れてるし、トレントの道はずっと繋がってるから」
トレントの道はよくできていて、決して行き止まりにならないように、しかもほぼ網目状になっている。そうなっていないと魔物などのトレントが捕食する対象が日常的に通ってくれないからだ。
木の陰だが空中に留まって俺達がそんなことを話しているとエリーゼが言う。
「ねえねえ、そろそろタイラスに説明してあげた方がいいんじゃない?」
「うん、そろそろいいかな。仲間割れも始まってるみたいだし」
雑談をしながらもタイラス達三名の様子を見ていたが、殴り合いこそ始まっていないもののどうやらタイラスは他の二人から罵倒されているようだ。そしてタイラスはそれに負けじと何か反論しているような雰囲気。
地上に降りた俺達は彼らの方へ。
ニーナが隠蔽魔法で自分とステラを隠し、俺とガスランは素の状態で進む。その少し後ろからニーナが続く。エリーゼとステラはその更に後方。
彼らが俺達に気が付いた瞬間にニーナが加重魔法で拘束すると、三人とも地面に貼りついた。
「何者だ!?」
「動けないぞ」
「誰だお前達は」
そう口々に喚き始めた仰向けに横たわって手も足も動かせない状態の彼らの顔の上に、俺はライトの光球をそれぞれ浮かべた。今回のは赤い光バージョン。
視界を全て遮ってしまうような光で俺達を見ることは出来ない彼らだが、喚くことを止めないので俺は大きな声で言う。
「静かにしないなら、その首に掛かっている魔道具を外して森の中に放り出すぞ」
「「「……」」」
一人ずつ加重魔法の拘束を解いてガスランが三人を縛って目隠しまでして地面に座らせた。
「前置きは聞かなくていいから本題から訊くが、キラーアントの巣穴には誰が来ることになってるんだ?」
「「「……」」」
同じ質問はこれまで捕縛した者達にもしていて、誰もそこまでは知らされていなかったようだが、こいつらは知ってそうな気がしている。
「そうか、言いたくないか。じゃあ魔道具なしでお前達に巣穴に入って貰うことになるけど、その覚悟はある?」
「俺は嫌だ! 話す。知ってることは話すから」
「お前、裏切るのか」
ヒューマンの一人がそう言うともう一人の三人の中では最も年配に見える男がそう応じた。タイラスは沈黙している。
「あ、そうだ。そっちのハーフエルフに言っとくけど。魔物に掛けている服従魔法はもう意味無いぞ。さっきお前が出した攻撃指示がラストオーダーになってるから」
「な、ん、だ、と?!」
「何を指示しても、もう言うこと聞かなかっただろ」
「何をした?!」
「敵はキラーアントってことにして、これが最後の命令だと付け加えた。あとは時間が経ったらその魔道具持ってても主と見做されなくなるぐらいだ」
目隠しでかなり顔を覆われているのにタイラスは顔を真っ赤にしているのが判る。激昂していると言っていい。その感情が強すぎて口を開いてもまともな言葉が出てこない。
「そんなに興奮するな。策士が策に溺れるというのはこういう事なんだよ」
「貴様…。名を名乗れ」
「いや、互いに自己紹介をする必要はないよ。タイラス・ゲネルフ。お前のことは判っている。イレーネのこともな」
イレーネの名を聞くとタイラスは途端に静かになった。俺はすぐにタイラスを魔力探査と解析で確認していたが、彼が隷属魔法によって眷属化されていた痕跡は発見できなかった。
そして、自供によってヒューマン二人は軍人だと判明。エリーゼの魔眼でその供述の真偽も判定済み。三名がそれぞれ持っていたマジックバッグは全て生体魔力波認証が付与されているものだったが、俺はそれを解除して中身を確認する。
そこから軍人としての身分証やいろんな書類の類も引っ張り出して眺めていると、ステラがそれを覗き込んで言う。
「暗号になってるね。それはメアジェスタの部隊に任せよう」
「うん、頼むよ」
俺達のそんな会話で察したのか年配の方の男が言う。
「俺達のバッグの中を見ているのか?!」
「当然だろ。お前達は組織犯罪者だからな。組織に繋がる証拠は普通探すだろ」
「……軍と共に巣穴に潜るのは、大司教だ。我々もそうだが、捕虜としてそれなりの処遇を望む」
男は落ち着いた様子に変わってそう言った。
ニーナがそんな彼にフッと笑いを見せて、しかし冷ややかな声で応じる。
「勘違いするな。お前達は無差別テロの犯罪者だ。その大司教とやらもな。戦争捕虜の扱いをして貰えると思うな」
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