第200話
尾行男はイレーネ商会からの差し金だろうと言う、ザッツのその言葉を聞いただけで俺は特に何もせずに宿に戻り、フレイヤさん交えて話し合い中。
尾行なんて何度されようが成功させなければいいだけで、今はそれどころでは無いのだ。
イレーネ商会の交渉担当としてやってきた美女。彼女に感じた違和感の正体について考えている。
「もう一人シュンを見ている人物が居た。それはその女性と同じ視点だった…」
エリーゼが俺の説明をそう反芻しながら考え込む。
さっきからニーナも考え込んでいて言う。
「知覚共有…? 他人の目を通して見ているということ?」
「うん、ブレアルーク子爵のこと、皆も憶えてるだろ。子爵が俺達を屋敷に招き入れたあの時、目の前には子爵一人だけだったが、実際には眷属となっていた子爵とその主人の両方と俺達は顔を合わせていた。今回の感じもそれに近い気がしたんだ」
「眷属と主の間の知覚共有は、身近な例で言うとフェルちゃんとモルヴィね。フェルちゃん達のは、知覚どころじゃなく感情の共有までしているみたいだけど」
そう言ったのはフェルとモルヴィをとても可愛がっているフレイヤさんだ。
「ええ、俺それも思い出してたんです。でもフェルとモルヴィのはかなり特殊な魔法契約なんですよね。しかもモルヴィは魔法生物だから、更に特殊です」
「シュン君、魔法契約という意味では一般的な意味の眷属も一緒よ。フェルちゃん達と違って契約の中身が隷属契約だという大きな違いはあるけれど」
「そうですね…。万が一を考えて今回は遠慮してましたけど、次は、魔力探査と解析をしてみます」
ニーナは言う。
「その女性が眷属化されているとして主は誰なんだろう…」
◇◇◇
それはさて置き製造業である。俺はひたすらに魔道具を作り続けている。取り敢えず仕入れることが出来た筐体500個分。安いものなのでそれなりの造りでしかないその筐体だが、エリーゼが硬化魔法を要所要所に掛けてくれるので、かなり頑丈で耐久性も高くすることが出来、綺麗に磨き上げられた状態なので高級感も出ている。家庭用としては十分だろう。ちなみに硬化魔法はコストが高く魔力消費が大きい。ステータス爆上がりじゃなければこんなにポンポンと掛けられる代物ではない。
そんな製造がひと段落したのは1週間後。自分が作った物だが、しっかり魔法解析も動作確認もして検品、チェック済み。
久しぶりの商業ギルドに入ると、すぐに応接室に連れて行かれる。俺の担当のようになった感もある例の職員である。
「ルークさん、そろそろ決めましょう。決めないとダメです」
「えっ? なに焦ってんです? ノンビリやるって言ったじゃないですか。どうせそんなに大量生産できないんだから」
「それはそれ、です。イレーネさんから会食のお誘いが来てます。早く会って決めちゃいましょう」
あっ、こいつ…。もしかして先日のイレーネ商会の美女に篭絡されたんじゃないか?
色仕掛けは俺に限っていた訳ではなかったのか。
まあ、でもいいだろう。その話には乗ってやるよ。元々そのつもりだし。
そして、早くもその翌日の夜には会食の席としてセッティングされたレストランへ俺は行くことになった。いきなり荒事になるとは思っていないが、エリーゼ達は近くで待機することに。
その店の入り口で俺を出迎えたのは、先日も会った美女。今日は一段と露出が多い。ニッコリ微笑んで俺の腕を取ると予約しているのだろう個室へと連れて行く。
部屋に入る前から、中に一人待っているのが判る。
ドアを開けるとその人物、イレーネ・ザイツバルグが立ち上がった。
「初めまして、やっとお会い出来ましたね。私はイレーネ商会の会長を務めております、イレーネ・ザイツバルグです」
ふむ…、ザッツはイレーネはエルフだと言った。
全然違うじゃねえか、と俺はザッツを怒鳴りつけたくなる。
が、俺は努めてポーカーフェイスでお辞儀をし、名を名乗った。並列思考ではいろいろ考えてるんだけどね。
「本日はお招きいただき、ありがとうございます」
そう言って、案内してくれた女性に勧められた椅子に着いた。
テーブルは丸テーブル。上座も下座もないという意味なのだろうか。椅子は等間隔に三つ用意されていた。
俺に少し遅れて椅子に腰を下ろしたイレーネはじっと俺を見つめる。
しかしすぐにその視線を女性の方に動かしてイレーネが言う。
「この子の紹介はまだでしたね。ルミエルです、仲良くしてやってください」
ルミエルと呼ばれたその女性は、改めて俺に頭を下げて微笑むと残っている椅子に腰を下ろした。
少しずつ運ばれるとても高級な料理を堪能しながら、世間話のような話をした。ルミエルの話の振り方が上手く、イレーネばかりが喋るということもない。互いの出自や過去に触れそうな方向には意識的に近づかず、それでいて話が途切れることもない。
「すみません、若い殿方とのお話が楽しくてつい仕事のことを忘れてしまいます」
そんな風にひと区切りつけるような言葉がイレーネから出たのは、料理がひと段落着いた頃合いだった。
イレーネは世間一般で言う絶世の美女というカテゴリーに含まれる。その妖艶な顔と肢体が醸し出す男を誘う色香は、多くの男を狂わせてきたことだろう。胸元や太腿の露出が多く色っぽさ半端ないなと思っていた今夜のルミエルがかなりの清純派に思えてしまうほどだ。
そのルミエルが先日と同じような書類を取り出して、料理の皿も片付いてお茶のカップが並んでいるテーブルの俺の前に置いた。
「いま一度お目をお通し下さい」
その書類を手に取って読み始めてすぐ、微かに漂ってきた甘い香りに俺は気が付いた。
少し前のことになるが、同じようなものを俺は体験している。
転移トラップで飛ばされた後、ラズマフまでひたすら東進している途中で遭遇した植物系の魔物。マウダストリが他の生物を自身の手が届く範囲におびき寄せていた、あの香りに似ている。
精神操作系の匂いだ。しかし状態異常耐性がカンストしている俺には何の効果もない。その匂いは感じているしその効果についても理解はするが、影響は受けないということ。女神の指輪も臨機応変なのだろう、俺には無害だと解っているかのように反応はしないで静かだ。
「いいですね。大筋はこれで構わないと思います」
素知らぬ顔で読んだ書類をテーブルに戻した。そして俺が涼しい顔でイレーネを見てそう言うと、イレーネは一瞬だけ目に微かな疑問の色を浮かべたように見えた。
「ルークさん、ありがとうございます。我々の思いをご理解、そしてご賛同いただけてとても感激しております。是非、一杯だけで良いですからお酒で乾杯しましょう」
「ええ、構いませんよ」
イレーネの言葉に俺が応じたのを受けて、ルミエルが部屋に居た給仕から酒のメニューを受け取って見始めた。俺はお茶の入ったカップを口に運びながら魔法解析を行う。
解析を続けながら俺はイレーネに言う。
「イレーネさんは、どうして軍需品にこだわっているんですか。もっと利益を上げられる商売が他にもあるような気がします」
イレーネは、俺がそう問いかけると一層の妖艶な笑みを浮かべて俺を見つめた。
そして、動くたびにその艶めかしさを自分のものにしてしまいたくなる衝動を起こさせるような赤い口唇を動かしてイレーネは答える。
「帝国西部を早く平定したい、そんな思いからですわ」
「そうですか…。実は俺、今回の交渉に先立ってイレーネ商会のことをよく知っていると言う人と話をしたんですけど、エルフの北方種族との商売もかなり成功していると聞きました。それも同じような思いからなんですか」
イレーネはじっと俺を見つめる様子は変えずに答える。
「よくご存じですね。それについては、究極の目的としては同じだとお答えしておきます」
三人で乾杯をした後、この夜の会食はお開きの様相となる。
「イレーネさん、ルミエルさん。これは今日のご馳走のお礼です」
俺はそう言ってクリーン魔道具を二つ取り出した。
「俺が作って納めるのはこの状態です。実際に売る時には商会名や商品名を刻むとかそういうこともしておくんでしょうから、これ使いながらその辺は考えてください」
「頂いてよろしいのですか?」
イレーネが嬉しそうにそう言った。
俺は微笑みながら頷いた。
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200話到達を機に、不定期ですが別枠で「フェルとモルヴィの学院物語」の公開を開始しました。宜しければそちらもどうぞ。
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